バベルの図書館-或る物書きの狂恋夢
1
おそらく、チェーザレ・ボルジアを描いた数少ない映画ではないかと思うのですが、『Los Borgia』、観ました。なんでも、コリン・ファレル主演でチェーザレ・ボルジアのハリウッド映画が動いているとかいないとか。ともあれ、塩野七生『チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷』、そして最近では惣領冬実のコミック『チェーザレ』で、結構マイナーなこの人物、日本では熱狂的なファンがたくさんいるようで、政治思想や哲学、歴史からこの人物を知った私からすると、不思議な気もしたりします。でも、やっぱり何か惹きつけて止まないからこそ、私もチェーザレ・ファンですし、関連映画を観たくなるわけで。 『Los Borgia』(2006)は、日本未公開の映画で、チェーザレの父・ロドリーゴがローマ法王アレクサンデル6世として即位するところから、チェーザレの枢機卿時代を経て、血生臭い政争や、強固だった同族との争いに手を染め、やがて法王の剣となって、イタリアをボルジアの旗の元に、容赦ない武力と知略で平定しようとする様が描かれます。と言って、肝心の戦争はほとんどシーケンス的に挿し込まれる程度。暗殺や抗争のシーンも、ハイライトを除けばバックグランド的に使うこの手法、明らかに“中世版ゴッド・ファーザー”狙い。やっぱりボルジア家の物語が、『ゴッド・ファーザー』に重なってしまう心理は、洋の東西を問わず、なのでしょうか。勿論、不穏なファム・ファタール、チェーザレの実妹・ルクレツィアとの愛憎も盛り込まれています。 ならばキャスティング。これ、気になりますよね。で、どうしても塩野&惣領ラインで、美男美女オンパレードのイメージになってしまうんですけど、そう期待されたら微妙…かも。大事なのはマッチング。でも、仮に主要キャストだけを見た場合でも、美し過ぎる愚弟・フアン、キャラ弱め末弟・ホフレあたりは、なかなか見事なキャスティング。イイねぇ。 ルクレツィア。これがまたドンピシャ。というか、演じるMar?a Valverdeという女優。不肖ワタクシ、マジ惚れしてしまいました。ヤバイ。 怪物ロドリーゴ(Llu?s Homar)、これも凄いや。もう、オーラが…。見事な体格、迫力のある低音美声、猜疑心溢れる賢しらな眼差しと家族に見せる包容力とのギャップ、息子に劣らぬ親父フェロモンな野獣パワー。うーん、まさにロドリーゴその人だ。チェーザレたちの母であるヴァノッツァ、ちょっと枯れすぎ。この映画のロドリーゴなら、あんまり惚れないじゃないかなぁ(困)。主要キャストじゃないけど、『carmen.』のPaz Vegaが女傑カテリーナ・スフォルツァ役で出演してます。ちょっと女傑っぽさがないなぁ。ヘンにしおらしい。 で、肝心のチェーザレ。どーん。なんで、こんなん?って思う日本人は絶対に多いはず。怜悧で、抜き身の剣のようにスラリとした感じとは程遠い、ほぼ四頭身、やたらにマッチョで、濃い男。馬から下りる姿も、おたおたしててユーモラス。何故???残念なキャスティング…なのか??? そこが解らない。スペイン的美男子って、こんな人多いもんなぁ。ハビエル・バルデムにしても、アントニオ・バンデラスにしても、実はずんぐりむっくり。でも、セクシーなんだよなぁ。で、このチェーザレ(Sergio Peris-Mencheta)さんも、案外なかなかイイんですよ。ニヒルな笑みも様になり、知性を感じさせる眼差しもまた。目で殺す、むせかえるようなムンムン・フェロモン。映画が終わるころには、結構いい役者さんだなぁ、と思えてしまったんですけど、とにかく姿が…。頼むから殺陣やるなぁ、バストアップだけの演技にしてくれ~と懇願したくなってしまう…。個人的には推しですが、絶対に塩野&惣領ラインにはかすらないこと太鼓判。ま、遺っているチェーザレの肖像って、結構マチマチなんで、一概に今様美男子だったと断言も出来ないんですけどね。ルックスだけが美男子の条件に非ず、ですし。 そうならそうで、じゃ、今チェーザレ演るなら誰だろう…。いわゆる超若手の美男スターや、ブロンド系でもないでしょう。適度に憂いと屈折がある、意地悪顔の実力派…と考えたとき、なぜか頭に浮かんだのはジョナサン・リース=マイヤース。海外TVドラマ『チューダー』メージが強いのかな。でも、彼なら日本のファンでも納得しそうな感じがするのです。あ、チェーザレがダメなら、ミケーレ役でもいけそうだな、なんて。 さて。劇中、家族の絆を祝って乾杯するパーティのシーンがあるのですが、その象徴的なシーンが物語るように、この映画はチェーザレの生涯というよりも、ボルジア家という家族の一代限りの興隆と衰亡を、ロドリゴとチェーザレの二大竜巻を軸に描いたファミリー・ムービーと見るべき。そんな『Los Borgia』ですが、さまざまな視点から鑑賞できる数少ない資料として、チェーザレ・ファンには一見の価値アリ、の一作でした。(了)チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷チェーザレ(1)■「旅から、音楽から、映画から、体験から生死が見える。」 著書です:『何のために生き、死ぬの?』(地湧社)。推薦文に帯津良一・帯津三敬病院名誉院長。
2009/04/27
閲覧総数 1803