2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全5件 (5件中 1-5件目)
1

フジコ・ヘミング コンサート 「トイチ君の冒険」の今(い)ままでの物語(ものがたり)はここで読(よ)めるよ!下(した)の絵え)を押(お)してネ!フジコヘミング昨日東京文化会館大ホールで開かれたフジコヘミングさんのコンサートに出かけてきました もちろん姫とね!!当日は残念にも雨・・・にも関わらず会場は当然満員おまけに会場周辺は国立博物館もあり 例の「阿修羅展」もあり大混雑でした。オイラも姫も「阿修羅展」も観たかったのですがコンサートの終演が17:00時では無理とおもい断念ですまぁ・・「阿修羅展」のほうは6月まで公開してますのでまたの機会にと思っていますコンサートは定刻の10分遅れで開演5Fのバルコニー席もいっぱいです。オイラたちの席は1Fの16列目の真中あたり。音楽を聴くにはナイスポジションです。フジコヘミングさんがいつものように、けだるい表情とあんまりやる気のない雰囲気でピアノに手を添えて軽く会釈後いよいよ演奏開始ですドビュッシーの「月の光」から始まりました。オイラの好きな曲ですそして・・同じくドビュッシーの「雨の庭」おもてなしの雰囲気をかもしだすナイス選曲です。やがてベートーベンの「月光」が第一楽章から第三楽章まで演奏されていきますベートーヴェン自身はこのソナタを「幻想風ソナタ」と呼んでいましたが、詩人のルードウィッヒ・レルシュターブが、第1章の静謐な美しさを「スイスのルツェルン湖の月光の波間に揺れる小舟」とたとえたことで「月光」と一般化するようになりました。難易度も第三楽章以外は比較的容易な曲です。う~ん・・ベートーベンのこの曲はこのピアノとこの会場ではいまいちかぁ?なんていっちょうまえのことを思っていたオイラです でも出来はよかった・・正直言うと・・フジコさんの「月光」と言うかベートーベンはあんまり聴きたくはありませんオイラ的にはルービンシュタインの方がいいと思います。会場は静まりかえり咳音ひとつ聞こえません。姫はとみれば・・音楽に合わせるように首を・・・うんっ?寝てます!!あれっ?確か・・「月光」が開始されたころは起きていたのに・・よほど 音楽が心地よくて気に入ったのでしょうね・・時折「ビクン」としてましたけど・・起きませんでしたそののちショパンのノックターンやショパンが4曲程奏じられ休憩の時間に突入ですお姫さまですか?はい、起きてましたよ最後のショパンの「革命」あたりでで、 「素敵だネ~」ですと・・「寝てたよ・・」「そう、気持ちよくて・・思わず寝たくなるほど気持ちよくて・・」「ふ~ん。。。」相変わらずです。お姫様は。今度、寝た時には 「涎がでてたよ~」って言ってやろ~っと。しばしの休憩が終わったのちフジコさんの真骨頂の演奏に突入ですまずバッハの作品が2曲演奏され、いよいよリストの作品の演奏に突入です。「ためいき」アルペッジョがショパンの雰囲気ですがリストの方が華やかでダイナミックです。流れるようにコロコロと演奏されます。そして「春の宵」日本画家の伊東深水作「春の宵」を思い出したオイラは不謹慎かも・・ハンガニーニの第6番あたりからはフジコさんが踊るようにそして音楽に丸め込まれていくように躍動しつつも一体化して見えてきますそして、おおとりは当然「ラ・カンパネラ」 いや~いい!!最高ですよ!完成された円熟味が感じられます演奏後彼女は見栄を切るように鍵盤から解き放たれたように左手を大きく上げました。拍手の嵐です。そしてこちらを向きます。オイラ達の席は1Fの16番。それでも妖艶に輝く彼女の瞳の輝きを感じられた気がします「魅入られる」とは・・こう言うことなのでしょうか?リストに魅入られた彼女、そしてそれに魅入られたオイラ・・正直なところ10年前の演奏はダイナミックな迫力と圧倒的な技術に押されてました。が、今回はなんと言えばいいのでしょう・・この作品に彼女の人生をみた思いがしました。ピアノを演奏するには想像を絶する体力が必要ですそろそろ80を迎える女性にはとっても大変なことですはっきり言えば10年前より衰えを感じないこともありませんが、それを補って余りあるものが今の彼女の演奏にはありましたとくに最後の部分のドラスチックに盛り上がる部分は最高でしたいや~・・・よかったです。アンコールに答えてショパンの小作とベートーベンのテンペストを演奏されましたがオイラの頭の中にはいつまでも「ラ・カンパネラ」が静かにしかし力強く聞こえていました^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^フジコ・ヘミングさんの事を御存じない方のために・・(引用)イングリット・フジ子・ヘミング(Ingrid Fujiko Hemming)日本名 大月フジコは日本人ピアニスト、大月投網子とロシア系スウェーデン人建築家、ジョスタ・ジョルジ・ヘミングを両親に1932年12月ベルリンで生まれる。5才の時、両親と帰国。父は開戦の気配の濃い日本から離れ、以来母の手ひとつで東京に育ち、6才から母の手ほどきでピアノを始める。青山学院高等部在学中の17才でコンサート・デビューを果たす。父が日本を去ったあともスウェーデン国籍のままだったが、スウェーデンに住んだことがないため18才でスウェーデン国籍を失う。(18歳までに一度も入国した経験がなかったため国籍を抹消された事に5才の時、両親と帰国。父は開戦の気配の濃い日本から離れ、以来母の手ひとつで東京に育ち、6才から母の手ほどきでピアノを始める。青山学院高等部在学中の17才でコンサート・デビューを果たす。父が日本を去ったあともスウェーデン国籍のままだったが、スウェーデンに住んだことがないため18才でスウェーデン国籍を失う。(18歳までに一度も入国した経験がなかったため国籍を抹消された事によるもの。当時日本は父系血統主義を採っており、日本国籍も取れなかった。後にスウェーデンに就籍する)その後、30歳の時に赤十字に認定された難民として国立ベルリン音楽大学へ留学を果たした。このころは大変貧しく苦しい状況が長らく続いた。人間関係においても、日本でも外国でもどこに居ても外国人として疎外された。フジ子は「この地球上に私の居場所はどこにもない...天国に行けば私の居場所はきっとある。」と自身に言い聞かせていたと話している。ヨーロッパ滞在時リサイタル直前に既に16歳の頃、中耳炎の悪化により右耳の聴力を失っていたが風邪が原因で両耳が全く聞こえなくなり、その後の演奏会はすべてキャンセルを余儀なくされ、次第に音楽界から忘れ去られていった。現在は左耳の聴力のみが40%ほどが回復している。1995年、母親の死去を機に30年余りの外国生活に終止符を打ち、帰国。「もう人前で弾くことはない」と決意していたが、平凡なピアノ教師の生活に甘んじることができずに「人生をもう一度取り戻したい」という意欲がわく。1998年4月、再起の舞台に母校の芸大の旧ホール(上野奏楽堂)を選んだ。1999年2月11日にはフジ子のピアニストとしての軌跡を描いたNHKのドキュメント番組、ETV特集「フジ子~あるピアニストの軌跡~」が放映され大反響を巻き起こした。1999年10月15日、東京オペラシティで再起をかけた本格的リサイタルを行い見事大成功をおさめた。これを機にコンサート活動を始めるが、どの公演もチケットは発売と同時に完売。
2009.05.07
コメント(11)

なぜかフィリッピン3 「トイチ君の冒険」の今(い)ままでの物語(ものがたり)はここで読(よ)めるよ!下(した)の絵え)を押(お)してネ!こんなものも・・写真はフィリッピンで売られているたばこです20本入りもありますが基本はこの10本入りですしかし、バラ売りがこの国の人たちには一般的みたいですよ幼い子供たちが器用に走行中の車にも、そして言うまでもなく渋滞で停車中の車にも近寄り売りに来ますその幼い子供たちを大人や(特に警官)が操っているのですある日のことでした4車線ほどある道路の道端に若い女性が倒れ込んで憐れみをこうように手を差し伸べていました時刻は夕方の7時30分ころで あたりはうす暗く車の通行量も半端ではありませんでしたオイラはAさんに「大丈夫なの?あの人・・」そう尋ねましたしかし、これも糧を得るための演技だそうですこの国はあんまり信号はありません信号があると停止線でのオーバー停車や信号無視などの違反金がすべて警官のポケットマネーに変貌してしまうからだそうですことほど左様にこの国での犯罪の多くには警官が関与している場合が多いそうですこちらにもインスタント食品がありますもっとも美味しくはありませんカップ麺はいくら時間が経過しても固いです写真の「カップヌードル」も同じですよドリンク類は豊富にあります栄養ドリンクは日本の1,5倍の大きさですコカコーラーなんかは別ですがペットボトルのキャップは「あれ?誰かが開けた?」と思うほどゆるく上手く開きませんドリンク類をボトルで購入して飲用することをこの国の一般の方々はしませんよビニール袋にサーバーで入れてもらってストローのようなものでチューチューと飲みますこれも先ほどのタバコと同じです都市部にはもちろんこんな店もありますマクドナルドレッドロブスターこのような店を利用するのは富裕層の人でがマックやレッドロブスターよりもこちらではカントリーウエスタンで有名なケニーロジャースが経営するケニーロジャース・ロースターズが有名で東南アジアで多くの店舗を運営していますKFCがフライ物であるのに対してこのチキンはロースト(焙煎)してあります10年ほど前に世田谷の用賀と神奈川の大船に店舗がありましたがいつの間にか撤退しましたチキンとライスボールそれに野菜とポテトがセットになっていて確か200ペソほどだったとおもいます写真は現地のコンセントです電圧は220ボルト~110ボルトですが携帯の充電は110ボルトの場合は充電器の番号が02の場合はそのまま使用できますしかしプラグ形状が a、 b3 、cの3タイプに分かれますので変圧器とプラグは必要ですこの国のコンセントはタップ穴があっても通電していない場合が多いですよ------------------------------------------------前日の御返事です------------------------------------------------うみニャンさんへ >縁とは不思議なものですねいい出会いはユキさんの人徳です暖かいところでリハビリが出来てよかったですかね(^^)「嘉納さん」出て来~い!!(笑)私の通うスポーツクラブも支払いがクレジットカードで、入会時に入らされましたREそうですね出会いは不思議なものですまさに「一期一会」ですかね・・大切にしたいものですね嘉納さんとは会えませんでしたがその後違うスポーツジムに加盟させていただきましたクレジットカードと銀行のカードなんかで財布がパンパンです・・・------------------------------------------------ 10983「ちゃき」さんへ >口に入るモノに神経使うんですねぇ。さてさて・・・「GW終了後の2週間が問題かも・・」私もそう思います。ところで・・・体調はどうですか?RE我々は口に入るものを気をつければいいのですが現地の方は口に入るものを得るために必死ですまるで聞き及ぶ戦後日本のそのものです体調は一進一退ですよ------------------------------------------------ゆうあいママtosaさんへ>リハビリですね 高知にフィリピンの応援している方がいます。そのお礼にと、フィリピンから広大な土地を頂いたそうです。規模が違いますね。本当情けは人のためならず・・・フィリピンの方は親切ですよ。台湾の友人が娘さんの介護にフィリピン女性を雇用していました。親身になって看護してくれましたよくなられましたか?高知へはいつ頃・・・楽しいイベント一杯です。日程によっては対応できますよ。なお、月・火・水は仕事です。REあちらの土地の価格は驚くほど安価です場所によりますが今度のプロジェクトでは4000坪の土地に工場と、宿舎とオーナーの自宅を建てるプロジェクトなのですが・・予算も驚きですよAさんとはこんな形になるとは思いもよりませんでしたただただ元気になっていただきたい思いとそしてAさんが元気になることがオイラの励みになるそう思っただけなのに・・病気もおんなじ年齢も近く この間さらに驚いたのはAさんも私と同じく右耳が不自由だと伺ったことです高知と言うか・・四国には7月頃にでもと
2009.05.05
コメント(3)

なぜかフィリッピン2 「トイチ君の冒険」の今(い)ままでの物語(ものがたり)はここで読(よ)めるよ!下(した)の絵え)を押(お)してネ!出発だぁ~前日成田に宿泊後いよいよフィリッピンに向けて出発ですオイラとHさんは航空券を入手し最後の税関のチェックですところが・・Aさんに渡すべく用意した手作の「梅干し」と機内で飲もうと持参したドリンクが持ち込不可とのこと規則によると120CC以上の液体物は手荷物として機内には持ち込めず荷物として預ければOKとのことですオイラ達はフイリッピンの空港でウロウロするのが嫌だったので(ウロウロする日本人をみるとカモにされるそうですよ)機内持ち込みOKの縦横高さが合計で140Cmで9K未満の荷物にまとめて来たので預ける必要はありませんでした(機内持ち込みのサイズおよび重さは航空会社で異なりますが だいたい似たりよったりです)やむをえません・・廃棄処分になってしまいました(空港に預け帰国後もらう方法もあります)この検査が終わればもう実質上は外国です免税店でドリンクをGETしてHさんは煙草をかって・・・(免税店で購入したものはセーフテーとされ120CC以上の液体も 機内持ち込みOKです)「さぁ・・当分煙草も吸えないし 一服を・・」そうHさんが切り出し通路わきにある「喫煙ルーム」で余裕綽々でしたでも、時計を見るとフライト予定の15分前「これは・・やばい・・」そう思ったオイラは普段であればおいてきぼりを考えるのですがいかんせん、彼は今回は介添え人です涙をのんで「時間がないから・・早く」そうせかし出発ゲートに向かいましたヤッパり・・ほとんどの乗客はもう搭乗済みで冷やかな視線を浴びながらもわざとヨタヨタしながらようやく シートに腰をかけたのがフライト5分前でした「やれやれ、ようやくこれで出発が・・」そう思っていたら機内アナウンスで「4名のかたが今こちらに向かっておりますので・・」だと上には上があるもんです・・・オイラ達が乗った飛行機はフィリッピン航空でこの航空会社のパイロットは全てフィリッピン空軍のOBで運転技術が素晴らしいので選んだのとニノイアキノ空港では専用の到着ブースだからです(JALやその他の航空会社は少し離れた場所に到着します)それに・・この航空会社はなにかと便利なのです1年間のオープンチケットさえ持っていれば・・・このあたりの事情はまた今度にでもネ出発時間を30分ほど遅れ飛行機は離陸しました目的地には午後1時30分の到着なので4時間ほどのフライトです実際はもう少し長いのですが時間を追いかけるように飛びますのでこんなもんでしょう(フィリツピンと日本の時差は1時間10分ほどです)飛行中は快適そのものです各座席にはTVモニターがありビデオも見れますし音楽も聞くことができます機内食はそこそこでオイラはウイスキーをHさんはワインを飲んでご機嫌でしたただ・・水は飲みませんでした航空機なので安全な水だとは思うのですがフィリッピンの生水は絶対に飲んではいけませんオイラは滞在中はホテルやレストランの水であっても飲みませんでした。おそらく、ホテルやレストランそして機内の水は沸騰させ消毒をされているとは思うのですがフィリッピンの水に当たると最悪です同じように100%の果汁ジュース以外は気を付けます濃縮還元も駄目です。そして特に気をつけなければならないのはホテルやレストランで食べる果物です(特にバナナ)これに菌があるわけではないのですが日本で売られているものに比べ「アク」がありますそして、これらの果物は言いようがないほど美味しいのでついつい食べ過ぎると下痢になってしまいますえっ?Hさんですかぁ? さすがに鋭いですね・・はい、到着後3日間は苦しんでおりましたよ下痢でなんのために着いてきたのか判かりゃ~しないよ・・全く。写真は滞在中お世話になったホテルでケソン市にありますすこしボケていますが・・・来客用のテーブルとその上にはフルーツがありますおいしそうですよね・・でも ホテル備え付けの果物や冷蔵庫の中の飲料には一切手をつけず近くのコンビニエンス(7-11とミニストップがあります)で購入して全部入れ替えておいて利用しますコンビニで購入すれば約30ペソ(約60円)の飲料がホテルの物を利用すると3倍程度の値段になるからですベットルームです なぜかWサイズでした・・どの部屋もそしてシャワールームです床は総大理石ですが驚くことはありませんこの国には大理石がゴロゴロとあり野ざらし状態ですシャワーの水は出がよくありませんしバスタブもありませんそしてお湯が出ない!なんてことも日常茶判事ですから・・このホテルはおかしいと言うか我々には理解できません1泊は2000ペソ(約4000円)でも1ヵ月借りると1200ペソなのです 1ヵ月で・・・よくわかりません。ホテルの窓から見た向かい側の飲食店ですこのお店は24時間営業で大音響の音楽がかかつていました平気みたいですよこの国の人は、オイラも慣れましたがねこの国は深夜になっても人が絶えることがなく聞けば2交代で生活しているような感じだそうです路線バスも深夜2時3時でも走っていますし恐ろしいほどのスピードで走行しますこのあたりの事情はまた今度御報告いたしますね------------------------------------------------前日の御返事です------------------------------------------------ 夢見るグランマさんへ>どほほ ^^; いつも、、子ども達に、、携帯は持っていないと意味がないんよ。だから、、携帯はいつも持っといて・・言われているのに、、どほほ (^^ゞ持つのを忘れてます。あはは^^保護者さんから、、留守電3件も入っておりやした。それにしても、、元気だったので安心しました。取り越し苦労の心配ばっかりしていたので、、元気な声を聞けて、、ふうう~~~心から安堵しました。そしていつもお心に掛けていただいていますこと感謝申し上げます。ありがとね。RE今回の渡航もあり 携帯が3個になってしまいましたでも、こちらでは従来からの電話が専用ですまぁ・・便りがないのは安心の印とでも思っていてくださいこれからが大変ですがガンバリます全ての夢と約束は忘れていませんから------------------------------------------------ テントワさんへ>お帰りなさい(^^)ノ GW特に何をしてるわけではないのですがバタバタしてまして訪問するのが遅れちゃいました。お帰りなさいですぅ~(*^-^)ノでも突然フィリピンなのでビックリでした。リハビリに行かれてたような感じかな?とにかくお元気そうで安心しました。RE当初はリハビリだけ・・と気軽にご訪問させていただいたのですがいつの間にかビジネスに発展してしまいましたいつもテンタ君に元気をもらっています以前は歩くことが出来たのですからテンタ君に比べると幸せな方だと思いますし決して歩くことを諦めたわけではありませんそう、あの絵のようにいつの日かテンタ君ともども野原を駆け回ることを目指していますよ!------------------------------------------------10983「ちゃき」さんへ>フィリピン・・・ マッサージはどうでしたか?日本の検疫は甘いですよ。だって発病していないキャリアは素通りですもん。他国も同じ程度なんでしょう。いつ世界流行してもおかしくないです。RE健全なマッサージは1時間500ペソ(邦貨で1000円)程度ですとっても上手ですよ。私は行いませんでしたが特別でも1000ペソほどですただ・・観光客の場合は4000ペソ程度かと・・勝手に邦人がお金をバラ撒くせいでお高くなります出国、入国を含め潜在発病者の拘束ないし隔離は国関係の問題もあり困難だと思います特に日本だけが甘いわけではなさそうですもし、甘いとしたらすでに新型インフルエンザは国内で発生していると思いますアジアの中では日本と韓国は比較的優秀な方かと思いますがいずれにしろ GW終了後の2週間が問題かも・・
2009.05.04
コメント(5)

なぜかフィリッピンその1 「トイチ君の冒険」の今(い)ままでの物語(ものがたり)はここで読(よ)めるよ!下(した)の絵え)を押(お)してネ!Aさんからの連絡1月の寒いころ、オイラはいつものようにリハビリを兼ねウロウロと徘徊を繰り返す日々が続いておりました「はやく 暖かくなんないかなぁ~そうすればもっと体も動きそうだし・・」なんて当てのない希望を持ちながら・・・・・そんなある日以前ご紹介した「戦友」のAさんから電話が入りました「どう?調子は?」「あいかわらずですよ・・」「杖、ついてるの?」「はい・・」「そう・・ねぇっ・・」「はい?」「そう・・私はもう杖なしで歩いてるよ」「えっ!もう!?」「こちらは 温かいし毎日マッサージを受けても安いよ」「ねぇ・・フィリッピンにこない?」「ええっ?」「病院で随分お世話になったしそのことを家族に話すと『是非招待すれば』ともいわれてるから」「で・・でも・・」「大丈夫!航空券代だけ用意すればいいから」その後何回もAさんから連絡があり ご厚意に甘え、フィリッピンにお伺いすることになったのですところが・・このAさん、現地フイリッピンではとんでもない大物だったのですまさに・・「情けは人のためならず」を実感したオイラです。写真は5月1日に帰国し宿泊したホテルから撮影した飛行機です。この飛行機が新型ウイルスが猛威を振っているメキシコからの直行便です帰国時は成田ではインフルエンザの検疫で混雑をしておりましたが、オイラ達はフィリッピンからなので機内検疫もなく機内で書いた質問状の提出とサーモーグラフィック検査のみでOKでしたとくにオイラは車椅子だったので耳で体温を測ってから別のゲートから楽々入国させていただきました次回からフィリッピンでのことをご報告させていただきます。おっと!その前に・・「嘉納」さんだよね・・コ○ミスポーツに数日後に向かったオイラは・・「あのう、申込みにきたのですが」「はい、どうぞこちらへ・・」「嘉納さんは?」「本日はお休みになっております」「あ、そうなですか・・」「はい、で、お申込みの方は?」「あっ、法人で・・」「はい、法人でございますね」「はい」「それでは・・」そういいながらキーボードをポチポチ押しやがて・・「あれ?法人の登録は?ないですね・・」「はい だから申込みに・・」「そうですか。書類の方は?」「えっ?書類ですか?」「はい」「嘉納さんからは・・法人の銀行印、銀行口座そして申し込む人の身分証明書だけと・」「法人の登記簿謄本とかは・・?」「いいえ」「そうですか・・それで会社の規模は?」「規模ですか?10人ほどですが・・」「こちらにございますパンフに・・」そう言いながらパンフレットを差し出されました見ると・・最低で100人になっていました「10人はダメなのですか?」「いいえ」しげしげとそのパンフを見ると人数が多い方がメリットがある仕組みですオイラんちの規模ではあんまりメリットはありませんがそれでも個人で入るより良さそうです。そこで「法人で結構ですので申し込みます」「はい、それでは・・とりあえずコ○ミに登録を」「コ○ミ?」「はい、コ○ミで審査しますので・・」「審査? ここのセンターでなくコ〇ミに登録?」「はい、それと、お支払はO●Cカードになりますので」「O●Cカード?クレジットカード?」「はい」きれた・・ついに新規カードはもういらないコ○ミスポーツに登録に来ただけでコ●ミは関係ないよ~それに・・審査だと!!ふざけるな!!てな訳で大暴れをして加入するのはやめましたそして、その日の担当の方の名前は深野さんでしたふかのさん=ふかのうさんではまぁ・・しょうがないわなぁ・・・----------------------------------------------前回の日記の御返事です---------------------------------------------->花霞4さん お帰りなさい。どうされたのかな?ってずっと気になっていましたよ~。とにかく、良かったです!REモバイルPCを持ち出したのですが現地の通信事情がよくなかったので・・でも現地法人も立ち上げ有線通信も構築してきましたので大丈夫かと。スミマセンでした御心配をおかけして・・---------------------------------------------->ゆうあいママtosaさん 旅のおみやげ話楽しみです。どんなことがあったのかしら・・・・((((((^^))))))ドキkドキドキドキ・・・ワクワクワクワクワク・・RE今回は旅というよりリハビリとひょんなことからビジネスに発展しました旅でしたので観光では経験できない生の現地の情報がお届けできるとおもいます---------------------------------------------->夢見るグランマさん どんだけ、、心配したと思ってるんじゃい ・・・( ̄- ̄)会社に電話をしようか・・そう思いつつ、、電話番号を書いた紙を机に置いて、、なんぞイヤナことを聞かされるのが怖くて・・電話も出来なんだ。。。(>_
2009.05.04
コメント(4)
こんにちは!そして・・ただいまです!!昨日フイリッピンより帰国しました「えっ!フイリッピン?」はい・・いろいろあったのですあの日から・・・・また 明日からこのサイトを再開させていただきます詳しくは次回からのご報告で!
2009.05.03
コメント(4)
全5件 (5件中 1-5件目)
1


