売り場に学ぼう by 太田伸之

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Nobuyuki Ota

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2023.04.30
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官民投資ファンドの社長就任直後、真っ先に講演に呼んでくれたのは富山県高岡市でした。当時ここで商業活性化を専門家としてサポートしていたのが宝永広重さん、神戸の旧居留地にいくつも大型ブランドショップを招致した大丸神戸店の実務責任者だった方です。そして地元経営者として宝永さんと一緒に活動していたのが、私の教え子だった松田英昭くんです。


​前列左から4人目の私の後方が松田くん​

1994年秋、ファッション産業人材育成機構(通称IFIビジネススクール)夜間テストプログラムが始まり、アパレルマーチャンダイジングのクラス担当がジュンコシマダを軌道に乗せた岡田茂樹さん、リテールマーチャンダイジングのクラス担当は私、まだ東京ファッションデザイナー協議会議長でした。それぞれのクラス25人を週一度半年間教え、カリキュラムや指導方法の点検という意味もありました。

94年から2000年まで夜間プロフェッショナルコースで教えた受講生はのべ数百人、その中で特に気になる受講生の一人が出身地富山県高岡市に戻ってセレクトショップを開業した松田英昭くんです。IFI受講当時は日本橋馬喰町界隈の製品問屋の代表格エトワール海渡の社員でした。彼が地元に戻って初めてもらった年賀状に「地元で小さなセレクトショップを開業しました」とあり、地方都市の駅の地下街でセレクトショップなんて果たして続けられるのだろうかと心配しました。

ところが、松田くんの会社「ブルーコムブルー」は地下街の小さなショップから高岡市と富山市に店舗を広げ、ダウンコートのモンクレールなど高額インポート商品も販売、ネット通販でも売上を伸ばして地元で注目される小売店になりました。




2枚ともブルーコムブルー路面店

松田くんが経営する路面セレクトショップは写真のように規模も大きく、高岡や富山のおしゃれな生活者に支持されています。また、楽天市場のテナントとしても実績はかなりあるようです。ショップを案内されたときは先生風を吹かせて店内の定数定量やVPの改善すべき点をあれこれ伝え、松田くんは緊張した面持ちで聞いていました。ショップスタッフにすればボスの対応を見て「このおじさん、いったい何者なの」だったでしょうね。

富山県の伝統技術や優れものを集めたイベントでの講演、その合間を縫って高岡の誇るブランド「能作」の工場見学に出かけ、能作克治社長の案内で錫(すず)製品が完成するまでを見せてもらいました。美大やデザイン学校を卒業した若い社員がベテラン社員にまじってものづくりする光景にまず驚きました。繊維であろうが金属であろうが、地方都市の元気な工場はどこも若手社員が嬉々としてものづくりしているのが共通点ですが、能作も全く同じでした。

能作社長に聞けば、当初仏具など金属加工業だった能作はご多分に漏れず「地方」「下請け」「赤字」の三重苦、このままでは将来がないと考え、産元商社や問屋を経由せず自社ブランドを作って自分たちで販売してみようと自主生産自主販売プロジェクトを立ち上げたそうです。下請けの工場が自社で商品を企画生産し、直営店や百貨店インショップで直接消費者に販売する、恐らく最初はかなり反対意見もあったでしょう。が、NOUSAKUはいまや海外でもリビング雑貨関連業界では認知されています。


松屋銀座地下ウインドーの能作


錫のカゴは柔らかく自由自在に形を変えられる

実は、私も海外出張のお土産に能作の錫製品のカゴ(写真上)を利用しています。なんと言っても軽量でかさばらずトランクに簡単に収納できるのがありがたい。外国人に手渡し、目の前で箱を開けてもらって自由自在に曲がて形を変えられるカゴの使い方を説明すると、みなさん必ず大喜びします。大手町のパレスホテル地下ショップを訪ねた海外旅行者が、「このままミラノにショップを作らせて欲しい」と申し出たこともあったと聞いていますが、日本の伝統技術と現代的デザインが融合したリビング雑貨、「これぞクールジャパン」と言える品物です。



現在松屋銀座の1階正面ウインドーと地下ウインドー数箇所は能作がズラリ、銀座地区でも急増している訪日観光客に注目され、7階能作ショップ(写真上)はきっと平常時よりも賑わうでしょう。


立山の麓で始まったIWA5プロジェクト



同時に桝田さんはドンペリニヨン最高醸造責任者だったリシャール・ラフロア氏が立ち上げた日本酒「IWA5」プロジェクトを支えています。このプロジェクトは蔵元で長期宿泊できて美味しい食事も楽しめるフランスワインのシャトーのようなラグジュアリービジネスを目指していますが、桝田さんの協力なしには実現しなかったプロジェクトです。

日本酒ビジネスはボルドーやブルゴーニュのワイン醸造と違って蔵元は酒米を外部の生産者から仕入れるのでワインのように酒をじっくり寝かせる、つまり古酒として長く保存することが経済的理由でなかなかできません。醸造した日本酒を早く出荷して現金化し、秋には翌年販売するお酒のための酒米を購入しなくてはならないからです(ほんの一部の蔵元は自社の田んぼで酒米を栽培してはいますが)。



しかし桝田酒造はワインのように古酒を毎年大量に保存、熟成したお酒も販売しています。他県にも古酒を販売する蔵元はありますが、経済的に余裕がない蔵元でないと古酒を大量保存することはできません。富山市には全国的に有名な寿司店「鮨人(すしじん」がありますが、この名店で店主が胸を張って提供している日本酒は満寿泉とIWA5です。

長年懇意にしている霞ヶ関のお役人が数年前富山県庁に出向と聞いて、私はブルーコムブルー、能作、桝田酒造店の会社見学と鮨人での食事を勧めました。太平洋側の人間にとって富山県はちょっと縁遠い地味なイメージの県でしょうが、富山湾の美味しい魚介類だけでなく元気印の会社がいくつもあってこれから成長が見込める県の1つだと思います。





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Last updated  2023.05.05 19:19:42
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