ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン& オペラとクラシックコンサート通いのblog

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン& オペラとクラシックコンサート通いのblog

PR

×

サイド自由欄

QLOOKアクセス解析

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

Verdiさん

Verdiさん

カレンダー

コメント新着

Verdiさん @ Re[1]:9/14 N響定期公演 (2024年9月 Aプロ1日目)(09/14) Maybe.さんへ >隣の席のテーブルマナ…
Maybe.@ Re:9/14 N響定期公演 (2024年9月 Aプロ1日目)(09/14) 誰がどうであれ、感動したなら構わないけ…
Verdiさん @ Re[1]:3/30 東京春祭トリスタン(04/01) emigmaさんへ ああ、ヤノフスキですね。ま…
emigma@ Re:3/30 東京春祭トリスタン(04/01) ひぇっ!ヤンソンスがN響ふったんですか!…
Verdiさん @ Re:12/3 N響定期公演 (第1971回 2022年12月Aプロ1日目(12/04) NHKで録画が放送されたのを観てみました。…

フリーページ

2008年01月29日
XML
カテゴリ: オペラ
 東京文化会館  14:00~
 4階右側

 イヴァン・ホヴァンスキー公:アレクセイ・タノヴィツキー
 アンドレイ・ホヴァンスキー:エフゲニー・アキーモフ
 ゴリーツィン公:アレクセイ・ステブリャンコ
 シャクロヴィートゥィ:ヴィクトル・チェルノモルツェフ
 ドシフェイ:ゲンナジー・ベズズベンコフ
 マルファ:ズラータ・ブルイチェワ
 代書屋:ワシーリー・ゴルシコーフ


 このところ大物の歌劇場引っ越し公演は大抵パスしているのだけれど(だって高過ぎますがな....)、マリインスキー劇場だけは是非にも行きたかった公演。
 まず第一に、私は実はロシアオペラが好き。第二に、それなのに、ロシアオペラを観る機会は限られているから。今シーズンは、キエフ・オペラがイーゴリ公を年末に持ってきたりして(でも観損ねた!)、割と恵まれてますが、ムソルグスキーを日本の団体で公演してくれるということは殆どありません。この10年でも、新国立劇場で「エフゲニ・オネーギン」をやったくらいか。演奏会形式でなら、他にもありますが、ムソルグスキーやボロディン、リムスキー=コルサコフは上演されません。
 というわけで大枚叩いてチケットを押さえたのでした。実はホヴァンシチーナを舞台で観るのは初めての筈。

 正直、ロシアものを旧ソ連系の歌劇場が持って来る場合、歌手の誰がどう、というのはよく分かりません。区別がつかないんですよね。いや、没個性である、というわけではありません。例えば、イアーゴ張りに悪辣なシャクロヴィートゥィ役の悪辣さ加減は見事だったね、というような感想は、勿論あります。でも、だからその歌手が格別、とか考える前に、各々のスタイルが良く似通っていることの方が目に付くのです。
 いけないのではありません。良く似たスタイルの歌い方で揃っている。それが一種独特の魅力になっている、というのは言い過ぎでしょうか?グレギーナとかホロストフスキーなんかは、やっぱり特殊なんだろうなと思うのです。

 まず何よりも感心させられたのは、音楽のねちっこさ。合唱もオーケストラも、幕の最後までねちっこくしっかりと演奏していて、それがピアニッシモの時でも、ディミヌエンドして行く時でも、きちっと聞こえるのです。勿論会場が東京文化会館ということもありますが、それにしても大雑把のようでいて隅々までよく意識が届いていて、丁寧です。だから、聞いていて最後の一音まで聞き尽くせる。
 勿論ご想像の通りパワフルな演奏です。が、単にパワフルなだけではない。日本のオケなんかがやる大音量というのは、「大きな音を出す」ことでしかないので、時には自分達で自分達の出してる音をコントロール出来なくなっていたりする。マリインスキー劇場の場合、勿論そんなことはなく、大きな音も出すのだけれど、それがちゃんと音楽上の表現として必然性があって、しかもコントロールされている。だから、「ああ、大きな音だ」とは思わない。よくよく考えてみると大音量だな、という風にしか感じないし、むしろそのことよりも、それに伴う表現力に気が惹かれます。
 合唱は更に輪をかけて見事。デュナミークのコントロールは勿論、良く揃っていて、綺麗。いい合唱です。なるほどこいつら見事なもんだ、と改めて感服。

 演出は、まぁオーソドックスと言っていいものだと思います。このオペラ、簡単に言ってしまえば、ピョートル大帝によるロシアのヨーロッパ化(前近代化、という言い方があるのならそう言ってもいいかも知れない)を排除されゆく者達の側から描いたもの、としてもいいかも知れません。
 ピョートル大帝は、言わばアジア的であるロシアの旧態依然としたツァーリが、ヨーロッパ的な王・皇帝に転換していった分岐点を選択した人。銃兵隊を率いるホヴァンスキー公、分離派教徒が古いロシアの代弁者であり、その点で鋭く皇帝と対立する存在。それを際立たせているのが、放埒にして無頼の徒である銃兵隊の一種猥雑な雰囲気に対する、統制の取れた西欧式の軍装に身を固めたピョートル大帝軍。そのトップであるピョートル大帝は最早「ツァーリ」の衣装ではなく、帝国軍の制服に身を固め、部下との差は本質的には見られない。この軍装の差は実に分かり易く端的にこのオペラに通底しているテーマがなんであるかを見せてくれます。
 この光景を見るにつけ、機を見るに敏とばかりに地位を確立したシャクロヴィートゥィすら、大貴族でありながら皇帝に付いたことを後悔する時が来るやも知れないことを思わせます。ピョートル大帝以降の道は、啓蒙主義に先立つ、絶対君主制の確立期に当たるのですから。


 それにしても、やはりロシア史劇は面白い。歴史そのものも面白いけれど、そうした背景を巧みに使ったオペラの出来がやはり秀逸。
 これでチケット代としては、まだしもベルリンやらウィーンやらよりは安めで、しかも悠々買えてしまうというのだから、コストパフォーマンス高いな、と思わざるを得ません。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2008年01月30日 02時10分07秒
コメント(0) | コメントを書く
[オペラ] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: