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それはそれとして、来場者アンケートが例によってあるようです。 アンケートへのショートカットはこちらにあります。↓ https://www.lfj.jp/lfj_2026/news/2026/05/03-02.html 有料公演のプログラムにもQRコードが付いてます。そちらからも行けるようです。 期限は5/19(火)までだそうです。 サイン色紙が貰えるそうです。もらったことないけど。なにしろ10名様だし。 最初の方で「ご意見を...」って項目があるのですが、自由記述はそこだけなので、書きたいことはそこでぶちまけましょう(笑) 私は「どうせ後でも出てくるだろう...」と思って軽く書いたらそれでおしまいでした.....
2026年05月10日
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で、例によって総括なんて書いてみるわけですが。 今回の開催報告が上がっています。 https://www.lfj.jp/lfj_2026/news/release_LFJ2026.pdf 来場者数19万人、内国際フォーラムへの来場者が15.5万人。有料公演は90公演で、10.5万席のチケットに対し実販売率は79.2%。2割以上売れ残ったという話になります。 これは、去年とそれほど変わりません。コロナ明けの2023年は規模も小さく、動員人数は2024年以降そう大きく変わらず。販売率は約9割から落ちて来ています。過去の実績はこのリンクから見られますが、確かに、かつての動員100万人という話からは程遠いかなと。 ただ、率直に言うと、数字以上の変化を今回は感じています。と言うのは、肌感覚で、人が少ないんですよね。恐らく、滞留している人が少ないんです。 顕著なのが夕方以降の人出。以前のLFJは18時過ぎてからが本番、みたいなところがあって、その辺から3本聞くのは当たり前、みたいな勢いでした。それはお前だけだろう、てな話はありますが、それにしても、夕方以降も熱気があって、地上広場も地下展示ホールも、周辺含めて人出があって、屋台村で何か買って食べようとしても座るところが全然見つからなかった。 今年は、18時過ぎくらいには、潮が引くように人がいなくなって、地上広場のキオスク裏の会議室のテーブルみたいなのを並べてるところは殆ど人がいなかった。まぁ、こっちはそれで助かってるわけですが、それにしても。 昔と比べて、なんとなく滞留しようという雰囲気になってないのは感じます。こちらは公演聞きに行くからお構い無しではあるんですが、そういう、いわば「雰囲気を楽しみに行く」的なライト層が抜け落ちちゃってるし、来ても滞留してない感じですね。 確かに見て回ろうというものが少ないのは確かです。加えて、地下展示ホールは有料公演のチケット持ってないと入れなくて、まぁそのシステムは理解は出来るし仕方ないんですが、そうすると、試しに寄ってみた人はどうしようもない。ただ屋台村があるねぇ、で終わってしまう。その屋台も高いですからね、最近は。 一方で、会期中にも書いたけれども、皆さん健全化しているのかなとも思います。夜遅くまで聞いて回ろうという人が少ないのかも。 正直言うと、日頃のコンサートでも感じるところだけれど、今の日本のクラシック音楽市場は相対的にすっかりシュリンクしてしまっているし、そもそも音楽界全体に音楽として耳目を引く存在がいなくなってしまったし、だから、多数に訴えるものが減っているのは分かるんだけれども..........厳しいですね。 いつも言うことだけれども、やりようはあるとは思います。ただ、今までのようにはいかないでしょうし。やっぱり、「LFJとはどういうものなのか」を再定義しないと長続きしないと思います。 いろいろ意見はあるとは思うけれど、やはり私はアクセスのしやすさをもっと訴求していいんじゃないかと思っています。ただ、それも色々難しいんですよね、確かに。というのは、私のような古い人間が見ている世界と、今時の若い人が見えている世界とでは、見え方が違うと思うのです。この間、CDが売れない話を書いたけれども、音楽はパッケージで聞くものと思っている私みたいなのは全体数で言えばもう少数派で、当たり前にネットで聞くもの、という人が圧倒的に多いのでしょう。確かに、中途半端に沢山CDを持ってる私のライブラリーよりも、ドイツグラモフォンのアーカイブにサブスクリプションでアクセスして聞いて回る方が合理的です。どうせ全て聞けないんだし、と思えば。 LFJの会場ではCDはサイン会へのエントリーチケット同然に機能していて、でも多分それは割と一般的なもので、CDはもうただのグッズの一つでしかないんでしょう。音楽そのものではなくて。 だからこそ生で聞く、現場で聞く、ということに価値が再発見されているのだとは思うのですけれどもね。ただ、そうした時に、今のLFJはちょっと色々な意味でアクセスしにくいんじゃないかな、という気はします。チケット代もそうだし。一方で、結構空席もあるようで、例えば唯一聞いたホールAでの最終日最終公演、もうホールAはB席でいいかな、と思ってB席買って行ったのですが、行ってみたら2階席の前側、A席のエリアだと思いますが、ガラガラ。後で聞いたら1階席も後ろの方は結構空席があったようで、B席も満席ではなかった様子。初日に聞いたホールD7の最終公演も当日まで席が残ってたし。多分売れ残ったんじゃないですかね。確かに「映画にインスパイアされた即興演奏」を夜9時過ぎからやる、というのは、ガチ勢にもライト層にも響かなかったのかも知れないですけれどもね。そうしたことの積み重ねとしての販売率8割なんだと思います。 なんかね、去年と同じで、ただ、盛り上がってるのか?というのは悩ましい気はします。運営はしやすくなってるんでしょうけれど、結果低調なんだとしたらそれはそれで問題だしね。 今年はマルタンがトラブってて日本に関われなくて、勝手にやってる感じですが、その辺も来年以降に影響しないか気になるところではあります。ただ、こういう状況を総じて言うに、今の状態って「やめちゃおう」って思ったらやめられちゃう状況でもあるのかな、とは思いますね。そういう意味では静かな危機感も無きにしも非ずです。
2026年05月10日
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もう9日の夜なんですけどね。4日も経っちゃった。まぁ、一部では、まだGW説もあるそうなので、いいか........(?) 今年よかったもの、ですが、実はちょっと書きにくくもあり。いや、いいと思ったものが無かった、てなことではなくて。正直、チケット発売の頃はどうなることかと思ったけれど、実際聞いてみたらそれほど悪くもなかった。 じゃ何が書きにくいかというと、私としては、一番よかったと思ったのは、演奏じゃなかったから。公演番号234、2日目の15:30からのホールD7での、ピアノ広瀬悦子・サンドアート伊藤花りんによる、グラズノフのヴォルガの舟唄とムソルグスキーの展覧会の絵の演奏に乗せて展開されるサンドアート。そう、サンドアートなんです。これは2日目のところでも書いたんですけどね。 サンドアートってどうするの?という話ですが、演奏はまぁピアノで演奏されるわけで、これは説明不要ですね。で、サンドアート、これ、私は初めて見たのですが、要は机の上で砂で絵を描いていく。それをホールD7のスクリーンに投影しているわけです。その「砂で絵を描いていく」が実に見事。凄かった。 展覧会の絵。皆様ご存知ですよね。導入の「プロムナード」に続いて、題材となった絵の題名が曲の題名となっている。この各曲の演奏に合わせて、砂絵を描いていく。演奏時間の中で。しかも、ほぼ演奏終わりと同時に絵が完成している。そしてそれを惜し気もなくさっと消して次の絵に行く。まぁ、確かに、砂絵ってそういうものなのでしょうけれど、思わず「勿体無い...」と思うくらい見事な完成度。しかも、聞きながら過程を見ているので、それを逆手にとって、描いた部分を更に上書きしながら見せていくことで、見る側は時間の経過と共にストーリー性も持って見ることが出来る。 サンドアートってこれが普通なの?と思って調べてみましたが、こういうのはあまりないのか。この伊藤花りんという方、ライブ配信もされているようですが、こういう風に曲に合わせて絵を描いていくというのはあまりないのではないかなと。しかもリアルタイムでそれぞれの絵を完成させていく。流石に即興ではないでしょうし、予め部材を準備したり - 絵の額縁のようなものは準備されてましたけど - 、殻のついたひよこが踊るやつは手で部材を踊らせたりとか、まぁ、ごく一部はそういうのもありましたけど、そもそも砂絵が見事で綺麗。それを曲に合わせて、つまり数分で作り上げていく。それを十数曲続ける。タフですよこれは。 KAJIMOTOの社長さんがいたので、思わず「これ凄いですね」という話をしたのだけれど、他にもネタはあるそうです。来年もLFJやるなら出てくるんじゃないでしょうか。というか出て来て欲しいし、みんな見てほしい。 まぁ、申し訳ないのは、だから、もう絵に神経行ってて、演奏はあまり覚えてないんですよね。悪くなかったとは思ってるけれども。 そう。演奏じゃないところが私の今年のNo.1なんですよね。これが問題。 だからって、他がダメだったとは言わないですけれどもね。レ・ミュジシャン・ド・サン=ジュリアンは面白かった。古楽器というより民族楽器という方がいいような面々。ツィンバロンやミュゼット、テオルボなんかも入れながら、コットンクラブでの演奏も合わせれば、16世紀から19世紀、うっかりすると20世紀までの音楽をカバーしつつ、クラシックというより民衆音楽寄りの音楽を演奏していった。結局私はコットンクラブも含めて3回聞いたのですが、これは当たりだった。 もう一つ、アンサンブル・マニェティス。こちらはソプラノとメゾを擁して、カルダーラ、ヴィヴァルディ、シューマン、ワーグナーを小編成で聞かせるというプログラム。まぁ、評価は分かれるところかも知れません。流石に粗いところもありますし。でも、面白いという意味では十分評価に値するもの。ちなみに、レ・ミュジシャン・ド・サン=ジュリアンはαレーベルに録音が結構あるのですが、マニェティスは調べたところどうも録音はないらしい。だから、サイン会も無し(笑) なんでも出来そうな人達なので、来年も来てくれるといいんですけどね。 あとも色々ありましたけどね。ただ、自分が選んだものがそういうものだったから、というのはあるにせよ、ある意味オーソドックスなもので、これは、と思ったものはあまりなかったかな。 伊藤恵と北村朋幹の2台ピアノでの春の祭典。この曲は、LFJで、小曽根真と確か児玉桃、そして確かアルゲリッチと酒井茜の組み合わせで聞いた覚えがあるのですが、この2組がオーケストラ版に寄った、華やかで賑やかな演奏だったのに対して、こちらはいわばこの曲の骨格を露わにするような演奏で、興味深かった。 公演番号137、初日D7の最終公演、ジャン=バティスト・ドゥルセの、映画にインスパイアされた即興演奏、これは面白かった。アルバムで取り上げていない「ロスト・イン・トランスレーション」は、多分、日本人のこちらが捉えていたイメージと、そうでない日本人以外が捉えたイメージとの落差が面白かった。勿論他の映画の即興も面白かったけれども。 あとは、3日目のケフェレックのリサイタル。最後まで拍手は無しで、プログラムも追わずに聞いてくれ、散歩にでも行くように、と弾き始めての半ばくらいでのバッハのBWV147のコラール。ケンプ編の聞き慣れた音楽ですが、妙に心に残りました。久しぶりに聞いたからかな。 こんなところですかね。まぁ、終わってみれば、なんだかんだ楽しんだなという気がします。
2026年05月09日
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で、大体は、次の日からやれあれが良かったのこれが良かったのって話を書くのですが、今回、ちょっと思ったことを。実はこれ、LFJに限らず前から思ってることでもあるんですが。 このところ毎年展示ホールに新星堂が出展していて、CDとかDVDのセール品を出していたりしたのですが、今年はありませんでした。何の気なしに「無いんですか?」と尋ねたところ、「最近は売れないので」とのこと。多分LFJの会場で、ではなくて、そもそもCDやDVDを普通に流通させて、その中で在庫が残ったりしてるからセールに出す、というのが成立しなくなってるんだと思うんですね。 会場でCDが全然売れてないかというとそんなことはなくて、出演者のCDを売っていて、それはそれなりに売れて(百枚も千枚もじゃないですがね)、サイン会に参加したりしている。でも、この機会に普通のCDを、というのは多分ない。会場だけじゃなくて一般的にCDが売れないんだと思います。まぁ、そんなことはわかってるんだけれど。でも、このシステムって、今時のアイドルビジネスと同じ構造ですよね。握手券もらうためにCD買う的な。今はそれすらないのかな。知らんけど。 要するに、CD聞かないんでしょうね。今は。実は、オーディオ関係の出展がガラス棟であって、そこでエントリーモデルとして数十万円クラスのシステムを聞かせてもらったんだけど、システムアンプの機能として「もちろん」ネットワークオーディも聞ける、という話から、ネットワークオーディオをやらない私は正直「時代遅れ」扱いになっちゃうんですね。いやそういう言われ方はしなかったけど。 ただ、数十万円クラスの「エントリーモデル」なんかで聞かない人の方が大多数でしょう、世間一般には。ネットワークオーディというよりは、Youtubeで聞くんでしょうね。聞くっていうのか疑問だけど。 ただ、よく言えば権威付けされていない、悪様に言えばなんのスクリーニングもされていないものでどう聞いていくのか。率直に言えば、クラシック音楽というのは、なんの予備知識もなく聞いて楽しめるものではあるけれど、あえて「勉強」せずともあれこれと聞いていくという観測の積み重ねによって、明らかに聞こえてくるもの、見える世界は変わっていく。正直、今ネットで拾えるものの積み重ねでそういう域に達することが出来るのか、というと、無理だろうな、というのが正直な感想です。まぁ、絶対に出来ないというものではないのだろうけれども。 で、そういうものの延長線上に、LFJの聞かれ方も出ているのだと思います。例えばホールB5やB7は、今は違う目的に使われてしまっていて、コンサートはやらないけれど、あれがあったから初回のベートーヴェンでの、イザイ四重奏団の全曲演奏会とか出来たんだと思うんですよね。やる方の意思もだけれども。 というか、そういうことを求められていないんでしょうね。そういう意味でのお客の方の変容というのも大きいと思います。いい悪いでなく。 ただ、もう一つ思うことだけれども、やはりお客の質が悪化してると思うんですよね。正直に言いますが、悪化。どう悪化しているか。マナーを知らない。まぁ、そうなんです。言ってみればそういうこと。でも、それが、以前言われていたようなものとは随分違っている気がします。 今年はかなり取りやすくなったけれど、今でもG409やD7のようなホールはチケット取りの難易度が高いです。言い換えると、チケット買ってる人は偶然で買ってるなんてことはまずない。確信犯的に「これを聞こう」と思って来ている。そういう、言ってみればガチ勢のマナーがおかしいんですね。一言で言うと、「公共の場」に出てくる準備が出来ていない人が増えている。当人達は「何がいけない!」って言うと思うんですよ。でもねぇ、例えば、演奏中に飴玉とかガサガサガサガサ延々やってたりするんですよね。LFJといえども音楽の演奏会で、クラシック音楽というのは静寂を基本にするものなのだから、原則、余計な音は出しちゃいけないんですよ。でも、どうみても、「私クラシック音楽好きなんです」風の雰囲気を漂わせてるような人が、ガサガサやってる。大体どのコンサートでもいましたね。私は、人が生きている以上避け難い音は基本しょうがないと思ってはいるけれど、飴だのティッシュだのはいずれ曲間がくるんだから我慢しろ、とは思ってます。鼻ズルズルとかも実はそうだし、調子が悪いならハンカチくらい手元に置いておけと。そうでなくたってくしゃみが出ることはあるんだし。でもねぇ。今の人は我慢しないんだよね。他にも、エレベーターで杖ついてる人と並んで立っていて、扉が開くや我先に降りようとするとか、自分が座ってて、誰かがその先に席に行こうとしても、座ったままだとか、そもそも座り方だのなんだの、君社会に出て来ちゃいけないよ、って人が最近は多い。何故社会に出て来ちゃいけないかというと、社会というのは、自分以外の人がいるところだからです。だから、それぞれの場に応じて、求められる態度というものがある。別にコンサートなんだからジーンズ履いてくるなとかそんなこと言わない。それより大事なのは、他者がいるという前提で振る舞うこと。それは「私に課せられた制約」ではない。今はそういう「制約」的なものは忌避されるべきと思われている節があるけれど、そんなことはない。それは「自分以外の人がいること」を保全するためのものなのだから。 大袈裟に聞こえるでしょうけれどもね。でも、結局、他者とどう折り合うかってのは、道歩いていても求められることなんです。それが出来てない。そして勝手に自分の思い通りにならないと言って文句を言う。 嫌な世の中です。別にLFJに来る人が特に悪いわけじゃない。社会の縮図通りで、ただ、そんなことも気付けない感性の鈍麻した人がLFJに限らず今のコンサートには溢れてる、ってとこなんでしょうね。 そういう人はすぐ上から目線とか言うんでしょうけれども、言い切って仕舞えば、そりゃ上からも何も君が下賤で卑しいから、自然と自分が勝手に下になってるんだよ、ってとこなんですがね。 LFJでのマナー、という話で言うと、震災前後くらいの頃の方が、小ホールだろうと大ホールだろうと、そういう意味ではもっとマナー良かったと思いますよ。音楽とか、他者に対する配慮、配慮でなくとも意識というものがまだあったかな。
2026年05月06日
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というわけで3日間お疲れ様でした、ってとこですね。最終日はいろいろ朝から聞きましたが、そうだなぁ……特筆すべきはなんだろうなぁ……ケフェレックのリサイタルがホールCでありました。あの中でバッハのBWV147のコラール、ケンプ編のものですが、あの演奏が思い返すと今日一番だったかなぁ。本当にいろいろあったんですけどね。でも、特筆するならそれかなぁ。でもこれ多分私個人の思い入れの問題でしかないんだと思うんですけどね。まぁ、でもそういうものだよね…
2026年05月06日
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最終公演もほぼ時間通りで無事終了しました〜(そのあとちょっと呑んじゃった)家に帰ってゆっくり総括しようと思います。お疲れ様でした♪
2026年05月06日
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最初で最後のホールA!いってきます。
2026年05月05日
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夕方撮った国際フォーラム…今はもうこんな感じ。展示ホールは20:10で締めるらしいですが、その時間までコットンクラブpresentsの演奏があるようです。一服したらラス前だ…
2026年05月05日
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遅いお昼を兼ねて休憩中…あと3公演です。
2026年05月05日
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あ、やってるやってる…大盛況でした。夕方からサイン会もあるようです。
2026年05月05日
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晴れた!昨日一昨日と曇りがちのはっきりしないお天気でしたからね。ビール日和です。でもその割に最高気温はそれほどでもないようで。というわけで3日目です。最終日。今日は朝からですが、その割にやや余裕ありそうな…でもないか。まぁ、最後まで楽しんでいきましょうか。
2026年05月05日
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というわけでLFJ2026の2日目も終了しました。 今日は1番の驚きは#234、広瀬悦子の演奏に乗って伊藤花りんが展開したサンドアート。これは確かに見ないと分からないですが、展覧会の絵の演奏に合わせて、スクリーンに投影された砂絵の、これはキャンバスというのか、その場でリアルタイムで絵が作られていく。それも全曲余さず。いや、プロムナードは別ですが。すごいというか素晴らしかったのは、その過程を音楽に合わせて我々も見ている訳ですが、その過程も見ているから、見ている側のイマジネーションも更に膨らむんですね。例えば、「古城」。演奏と共にまず古城が描かれていく。ほぼ完成か、と思ったら、その古城の上から、その絵を崩しながら何かを描いていく。現れたのはギターとそれを演奏する男。ギターに隠れて古城は半分以上見えないのだけれども、見ている我々はそこに一度古城が完成形で描かれたのを知っている。残像ではないけれど、その記憶の上にギターを弾く男を描いて重ね合わせる。凄いです。 我々はなんとなく絵のような形あるものは時間的に静的で、出来上がったもののように思っている。一方で音楽は時間と共に移ろうもので、動的で、固定されないものだと思っている。このサンドアートは、「絵」であろうとも、時間と共に移ろうもので、しかもその移ろいを味方につけて表現に出来てしまう、というのを見せてくれました。こんなものが見られるとは思ってみなかった。 KAJIMOTOの社長さんに聞いたのですが、この人、他にもネタがあるそうで、来年以降も期待出来るかもしれません。それに、砂絵は手元で描いているけれど、それを投影しているので、実はD7のような小さいところでないとできない、というわけでもないので。 まぁ、しかし、冷静に考えると、これって全然音楽の話してないな(笑) まぁ、いいか。このサンドアートなんて、これで通常のコンサートやろうとしたら大変だろうと思うんですよね。LFJの1時間程度のコマだから出来るとも言えるし。これぞLFJというものかも知れません。 レ・ミュジシャン・ド・サン=ジュリアンとか、アンサンブル・マニェティスとか、この辺も良かったですね。 来客数は.....今日は、少ないなと思いましたですね。特に日が落ちると途端に人が減る。公演にはそこそこ人はいるんですが。 では、明日はいよいよ最終日です。もうちょっと頑張ろう。
2026年05月05日
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まぁ、23時前だからね、こんなもんでしょう。最後はD7で237。デキシーランド・ジャズというかまぁお祭り騒ぎ。ちょっとスッキリしたかもしれない(笑)また明日〜
2026年05月04日
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今年は人が引き揚げるのが本当に早くて、19時前なのにガラガラです。人出も少ないんですかねぇ…次まで時間が空くので、ビール飲んじゃう…
2026年05月04日
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234、広瀬悦子の演奏で、ヴォルガの舟唄と展覧会の絵。 サンド・アートで伊藤花りんという方がアサインされていて、バックに何か見せるのかな…と思ってたら、確かに砂絵でした。なんとリアルタイムで絵を描いていく。全部。本当に全部の絵を。 これは凄かった。リアルで見ないと凄みが伝わらないと思いますが、どこかでチャンスがあれば是非ご覧になってみてください。
2026年05月04日
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ベトナム料理店の老舗、サイゴンの有楽町店の系譜を継ぐのがここ国際フォーラム地下のお店。長生きしてもらいたいものです。レバンテはもうなくなってしまいましたからね……ここでもサコッシュ貰えます。
2026年05月04日
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昨夜夜半からの雨も上がって、暑くなりそうな5/4、2日目です。いや実際湿気が多くて蒸し暑いんですけど… 今日はそこそこ。まぁ、一応個人的には聞いていいだろうと思って買ったので、そこそこ大丈夫かな… 昨日に比べると朝の出足はロースタートなようですね。まぁ、昼くらいになればまた混雑するでしょう。
2026年05月04日
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というわけで初日終了です。 今日良かったなと特に思ったのは、最後の137、ジャン=バティスト・ドゥルセの、映画にインスパイアされての即興ピアノ演奏。クラシックではないですかね。ちょっと小曽根真の演奏に似た趣はあります。ああいう楽しさ。ただ、ジャズのフォーマットではないな。クラシックかと言われるとそれともまた違うか。それがまた面白い。最後の、ベルイマン監督の「ファニーとアレクサンデル」を材にした即興、これがなんともいえず良かった。この映画知らないんですけどね。というか多分ちゃんと見たことあるのって、ロスト・イン・トランスレーションくらいじゃないかな。それもまた別の意味で面白くて、私は日本人なので、日本人として、異国として描かれる東京というものを主題にしてあの映画を観てしまっているのですね、きっと。だから、ドゥルセの演奏は、私の持つあの映画のイメージともまた違っていて、でも確かに異国にあっての孤独感とか違和感とかいうものは感じられて、これは面白かった。その意味では、いつか、ベルイマンの「ファニーとアレクサンデル」も観てみないといけないのかなと。 あと、133の、アンサンブル・マニェティスによるカルダーラを中心にしたプログラム、これも面白かった。久々のバロック爆発ですね。 今年は人が多いのか少ないのか、知人に言わせるとやはり少なめじゃないか?とのこと。私の印象としては、昼間はむしろ去年よりも多いんじゃないか?という印象で、でも、夜、19時くらいになると、潮が引いたように人が減ってるな、という感じ。つまり、皆健全なんだよきっと.........22時過ぎまで聞いてちゃいけないんだよきっと....... まぁ、明日も懲りずに朝から晩までですけどね。
2026年05月04日
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まだ22時過ぎなんですが、深夜の趣がありますね… 今日の最後はジャン=バティスト・ドゥルセの、古今東西の映画にインスパイアされての即興演奏というもの。今日の午後まで売れ残ってたんですが、これが結構良かった。まぁ、何を求めるかで受け止め方も変わってくるかもしれませんが、私には良かったかな。中川英二郎とエリック・ミヤシロを振ってまで行った甲斐はあったかな。
2026年05月03日
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あっという間に夜です。腹拵えに、有楽町駅改札横の荻野屋で峠の釜飯(陶器入り)があったのでこれにしました。1400円也。もう1公演あります。
2026年05月03日
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まぁいろいろあれど、来るのには変わりないわけで、LFJ初日です。 今年は比較的ロースタートなのですが、さてさて…… 今日は曇り空。夜半には雨も降るみたいですが、夏日になりそうだってことで、ままなりませんなぁ。 ともあれスタートです。
2026年05月03日
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新国立劇場 14:00〜 2階正面 ヴェルディ:椿姫 ヴィオレッタ:カロリーナ・ロペス・モレノ アルフレード:アントニオ・コリアーノ ジェルモン:ロベルト・フロンターリ フローラ:谷口睦美 ガストン子爵:金山京介 ドゥフォール男爵:成田博之 ドビニー侯爵:清水宏樹 医師グランヴィル:久保田真澄 アンニーナ:花房英里子 新国立劇場合唱団 東京フィルハーモニー交響楽団 指揮:レオ・フセイン 演出:ヴァンサン・ブサール もう何度目の再演なのか、新国の傘が飛んでる椿姫です。 演出はもう言うほどのこともなし。意味無く凡庸、と言うのが私の評価。むしろ再演演出をどう構成するかがポイントだと思うのですが、ただ、正直、この演出、バレエ出さないんですよね。2幕2場のところ。個人的にはあれは地味に効いてると思っているのだけれど。調べたら、この演出、多分2015年かららしいのです。もうそんなになるのか。で、その頃からバレエが入ってないらしい。振付がクレジットに無いので。 あれを凡庸というのか、と言われそうですが、正直、個人的には昔藤原がオーチャードで成人の日絡みでやっていたニューイヤー椿姫の演出、アレの方が恐らく一般的には凡庸と見做されるのでしょうが、あちらの方がいいと思います。アレは特筆すべきものが物語に付与されていない凡庸さ。こちらは、演出の意図そのものが凡庸。後者の方がタチが悪いと個人的には思います。とはいえ、今更椿姫をどう演出するんだ、といったところなのでしょうか。バレエが出ないとコストも抑えられますしね。 あと、2幕と3幕を続けてやるのも個人的には好きじゃありません。なんかね、貧乏くさいっていうかみみっちい感じでやなのですよ。調べたついでに以前の新国の公演確認したら、昔は2回休憩入れてたんですよね。幕の設定っていうのもある意味作品の一部なのだから、そこに意味はあると思っています。時間が掛かるのは確かなんだけれど、それを言うなら休憩が増えて時間が伸びるとか文句言う以前でもうオペラ来ない方が人生幸せですよきっと。オペラのない人生というのもそれはそれでアリなのだから。私は嫌だけど。まぁ、オペラやるならちゃんと幕は幕で切れ、とは思います。 公演の話。結論から言うと、割と面白かった。ただ、正直、歌唱陣はどうってことなかったなと。外題役は一言で言うと2幕勝負のタイプ。随分喝采を貰っていたようですが、1幕に関してはコロラトューラを初め技巧的にもう一つで、華やかさも今ひとつ。ダメじゃないけど喝采するほどじゃない。3幕については、ドラマ性がもう一つ。2幕も、といって、そんなにいいわけでもないんだよなぁ..... いいとこ無いじゃん、とまでは言わない。ただ、まぁ、こんなものでしょう、といったところ。悪くはない。ただ、特筆すべきところがないだけ。難点が目立って無いだけでも十分ではあるんですが、まぁ、だからといって絶賛はしないよなぁと。 テノールとバリトンは、まぁ、その劣化版みたいなもので。決して良くはない。テノールはやや力量不足の感があり、バリトンはちょっと歌が雑。つまりは、アルフレードとジェルモンにはよくあるレベルの話で、これも特筆するほどでもない。そんなもんです。 では、つまらなかった?いや、実はそうでもない。というか、バレエのない2幕2場、これが良かった。 この場の最後の重唱、これは何度も書いた記憶があるけれど、ヴィオレッタの1番の見せ場はここでのヴィオレッタの歌い出しからの歌唱だと思います。アルフレードが「支払いだ!」といって夜会の場で皆が見ている前で金を払うというか叩きつけるとかまぁ演出で色々。どうでもいいけど、そういや、現代演出で、この場面でPaypayとかで振り込んだり、Bitcoinで支払ったりする演出ってどうしてないんでしょうね。今時現金叩きつけるとか全然現代的じゃない気がするんだけど。 まぁ、そんな話はともかく、金を叩きつけられたヴィオレッタは失神したりして、我に帰り自らを恥じるアルフレード、追い詰めておいて今更この場でアルフレードを叱責しつつ葛藤を独白するジェルモン、会衆、その中で一人素朴な旋律でアルフレードへの愛を語るヴィオレッタの歌。これこそがヴィオレッタの見せ場。ここをどう歌うかがヴィオレッタの真価が問われると思うのですが、この日の公演はここが良かった。但し、どちらかというと、これ、ヴィオレッタが格別良かったわけではないと思います。悪くはない。でも、ここに向けてコントロールしていたのは指揮者だと思います。これは指揮の勝利。ここを聞かせどころと定めたか、見事に凡庸な歌唱陣と合唱を引率していった。その過程でヴィオレッタの歌も見事に嵌めてみせた。 この場面での拍手も決して多くはなかったし、終演後も歌手にはそこそこ拍手は出ていたものの、指揮者とオケには普通程度の拍手しか出ていなかったけれど、この公演の真の立役者は指揮者だったと思います。ブラボーは彼にこそ相応しい。 あ、合唱は例によって何歌ってるかわからないものでした。オケは良かったですよ。ちゃんと何すればいいか分かってる類の演奏。ということは結局指揮者ということになるんでしょうけれどもね。 ただなぁ。もうそろそろ演出変えてみていいんじゃないかと思います。安上がりだろうとは思いますが、凡庸なんだもの。昔の藤原演出でいいと思うんで、ノイズの少ない演出で見たいなと思ったり。新演出でとんがったところを目指すのも、それならそれで悪くはないけれど。まぁ、日本のオケの年末の第九みたいなもんだろうから、今更どうかしてやろうと思わないのもわかりますけれどもね。
2026年05月02日
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武蔵野市民文化会館 14:00〜 2階右手 バーンスタイン:「キャンディード」序曲 「ウェストサイド物語」〜 マリア / トゥナイト セレナード <独奏アンコール> ヴァインベルク:24の前奏曲 op.100 〜 第5番 (クレーメル編) ワーグナー:「さまよえるオランダ人」〜 「期限は切れた」 「ワルキューレ」 〜 「冬の嵐は過ぎ去り」 「タンホイザー」 〜 夕星の歌 R.シュトラウス:4つの最後の歌 〜 「夕映え」 「薔薇の騎士」組曲 <アンコール> R.シュトラウス:4つの歌 「明日」 op.27-4 菅野よう子:花は咲く テノール:ルチアン・クラズネツ ソプラノ:レーカ・クリストフ ヴァイオリン:ギドン・クレーメル バリトン:マティヤ・メイッチ バイエルン州立ゲルトナープラッツ劇場管弦楽団 指揮:ミヒャエル・バルケ 武蔵野市民文化会館の自主公演。昔、一時期、よく行ってたことはあるのですが、最近はあまり行きません。正直、企画がクセが強すぎて、来るお客もクセが強すぎて、そこまで行くことないや、と思ってしまったらもう行かなくなった。 なのですが、今年の正月にウィーン・リング・アンサンブルの演奏会をやるというので、久々に来たのです。その時、この公演のチラシがあって。で、例によって、細かいこと分かりにくくしか書いてないので、なんだかわからんけどクレーメルが弾くのか、休みの日だし、買っておくか、くらいで、ろくにプログラムもチェックせずに買ってたんですよね。なんかバーンスタインとワーグナーなのね、名曲集的なものか、くらいのノリで。で、会場に来るまで、「今日はクレーメルを聞く日」という認識でやってきたわけです。だから、殆ど何も期待してなかったんですよね。期待してないというよりただただフラット。一曲だけだけどクレーメルの伴奏なのね、くらいの勢いで。我ながらなんぼなんでも酷い話だ... ただ、言わせてもらうと、私、ミュンヘンには何度も行ってるけど、ゲルトナープラッツって何処にあるのか知らないんですよね。確かにミュンヘンにはStaatsoperの他にも劇場はある、という認識ではあるし、確か旧王宮の中だかに劇場があるんだっけか?くらいの記憶はあるけれど、ゲルトナープラッツ劇場というのは知らない。1865年に創設されたらしいんですが。ちなみにゲルトナープラッツ自体は、市庁舎があるMarienplatzの南東、ドイツ博物館の西にあたる場所らしいです。多分通ったことあるとは思うんだけれど... で、来てみたら、これ、どちらかというと声ものメインじゃないですか。とはいえ、歌手は知らない人ばかり。どうやらこの劇場の座付き的な歌手を連れた来たということらしいです。 結論から言うと、何の期待もなく聞いたせいもあろうけれど、結構良かったです。 まずクレーメルの話をするなら、私も何度も聞いたことある人ではないのだけれど、音がこんなに綺麗な人だったか、と認識を新たにした、というのが一つ。まぁトップクラスのヴァイオリニストだから、音が綺麗なのは当たり前だろと言われればそうなんでしょうけれど、まず思ったのがそのこと。技巧的にはどうなんでしょうね。流石に衰えはあるのかな、とは思いましたが、それは技巧派の極みのようなクレーメルなればこそ、と言うべきで、やっと普通の凄いヴァイオリニスト、ということでしょうか。ちょっとグルベローヴァを思い出しました。グルベローヴァも晩年は往年の超超絶技巧は影を潜めて、ただの空前絶後のトップソプラノに成り下がっていましたが - 成り下がってやっと空前絶後のトップクラスだったのですよ...空前絶後と言える程度に比較出来るようになったという....(個人の見解です) - 、クレーメルもそれに似たところがあるというか。ああいうの聞いて「このくらい弾く人は一杯いる」とかいう人もいるんでしょうかね。まぁ、私はヴァイオリンは詳しくないから、きっとよく分かってないんでしょう。 バーンスタインのセレナードというのは、要は協奏曲。聞いたことなくて、思いの外大曲で、ちょっと弾いて終わりなのかな、と思っていたけれど、そこそこ長い結構面白い曲でした。バーンスタインらしい、現代曲だけれどちゃんと旋律のある曲。 アンコールのヴァインベルクも聞いたことなかったのですが、しかし、あれ、あれが終わりで間違いないのかな?ちょっとよく分からなかった。演奏はやっぱりとてもいい綺麗な音で、もっと聞きたかったんだけどな。 歌手陣は、前半後半ともにまぁこんなものかな、という感じでしたが、バリトンはそこそこ悪くなかった。一番良かったのはソプラノでしょうか。特にアンコールのR.シュトラウスの「明日」はとても良かった。この曲は、グルベローヴァが、特に晩年、リサイタルで歌っていたけれど、いい曲です。これを久し振りに聞くとは思っていなかった。この佳曲をやっぱり綺麗に歌っていました。夕映にも良かったけれど、歌唱としてはこっちの方が気に入ったかな。テノールは....まぁ、可もなく不可もなく、かなと。 でも、正直言うと、こういうプログラムだと思わずに来たので、なかなか楽しめました。なんだろうな。上手い下手とか凄い凄くないとかいうことと違って、ちゃんと歌ってるんですよね。音楽になっている。「音楽になってない演奏会なんてあるのか」と言われそうですが......まぁ、ありますよ。音楽になってはいてもまるで音楽として楽しくないのとか。 オーケストラも勿論悪くない。正直、たとえば縦の線があってないとかいうことはあったと思います。上手い下手を言えば下手だと思います。でも、音楽になっている。引き合いに出すのもアレですが、先週聞いたN響の方が、きっと技術的には上手いのでしょう。たとえばバリバリの現代曲とかやらせたら、N響の方が上手く演奏するのかも知れない。でも、こういう音楽、というのはつまりショスタコーヴィチやストラヴィンスキーあたりまでだったら、きっとこっちの方が上です。なぜそう思うかというと、この人達は自分がどういう音楽をやろうとしているか、多分きっちり入っているから。 前に、日本の合唱団について、この人達一人で自分のパート歌ったら多分歌になってない、という話を書いたと思いますが、それと同じで、N響のあの演奏会では、一人一人がどういう音楽をやるのか、その中で自分がどういう音を奏でるのか、という見取り図があるように見えなかった。だから、技術的には「合っている」のかも知れないけれど、音楽として何やりたいのか分からなかった。 このオケは、何をやろうとしているのか、分かるのですよ。薔薇の騎士組曲なんか、決して綺麗に揃ってはいない。でも、何をやろうとしているのか、ちゃんとわかる。だから、音楽として楽しいのです。それがあるから、R.シュトラウスの歌曲がとても面白かった。歌唱だけじゃないんですよ。 指揮者は若手らしいですが、勿論悪くないのでしょう。 他を引き合いに出して褒めてしまうというのはちょっと失礼ではあるんですけどね。ただ、先週のそれからするととても良かったのですよ。本当に。まぁ、だからといって、次ミュンヘンによる機会があったとして、Staatsoperを振ってまで行くかと言われると、多分それはないんだろうなとは思うんですが。でも、本当に楽しかったですよ。
2026年05月01日
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