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昨日の経済学史、キターーー(゚-゚)ケネーさんに絞ってよかった。3題中1題選択で「重農主義の説明と、アダムスミスの経済思想を説明した上で、スミスの重農主義の評価を述べろ」っていうやつ。ってか余裕!!模解にスミスの知識をちょっと足して終了ー☆一発目の教場試験「優」ゲッツ!!さぁ、あと4時間後に中国語、公共政策論、国際政治だ。これもいただきにいきますか。試験後のビールをインセンティブに頑張ろう!!
2004.07.09
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本日試験。。。遅刻しないように&対策が全くで、徹夜完了・・・。というわけで朝を迎えましたが、レポートは終了。題は、メリアムのアメリカ現代政治学への貢献。そして、本日4限の経済学史の試験勉強中・・・。出題は論述で3題中1題解答。前期の出席時間トータルで20分以下。(初回先生の顔を見に。最後、テスト問題を聞きに)というわけで、さっぱり分からないまま。当日を。山を張ってケネーさん一本を精密に記憶することにします。彼は医者だったなんて初耳でした。今は古く役立たずの「経済表」を数学から離れて2年の役立たずの僕が、本番は「あたかも知っているかのように」記述すべく、悪あがきでもしますか。
2004.07.08
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憂鬱な前期試験が始まる。大学生に最も厄介で、個人の幸福追求を著しく侵害する憎むべき存在。かような真似をしてまで、大学は私学の威信に賭けて消費者を拘束しようとしている。この横暴に幾人もの大物学生が反吐を吐きドロップアウトしたのかは知らないが、悲しい運命の契機とはなるであろう。・・・ていうか授業に出ておけばよかったと後悔!なんか書けば「可」が来ないこともなさげな大学なのでいっちょ、頑張ってみますか(~~)
2004.07.07
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僕も大学2年になり、早くも3ヶ月が経過しようとしている。こんな情報化社会の中で、忙しいを理由に更新を全くしてこなかった俺って・・・。との認識のもとで、やっぱ、パソコンって便利よね、お金もかからないし夜中にメールしても怒られないし、友達とは連絡が続くし、、、ってことで、これからもHP復活させていきますのでよろしくお願いします☆
2004.06.29
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我が国の安全保障は激変する国際社会と同様に日本のスタンスも激変しているように思われる。イラク戦争に関わらず近年、日米安全保障共同宣言、日米新ガイドライン、周辺事態法、テロ対策特措法、有事三法、イラク特措法と今までとは比較にならないほどのスピードで展開している。ここにきて極東の意味も実質的に変化し、特措法という形ではあるものの世界に対する日本のメッセージも質的に変化しているのである。また近年のアメリカの単独主義は、まさにラフィーバーのアメリカ外交の標準公式である「アメリカ例外主義+合衆国のパワー=有効な一国行動主義」の如くに今までの国連による平和への努力、国際法による平和への努力を無視した形で展開され、戦争のパラダイム自体も変化し、参加方法もコアリション・オブ・ザ・ウィリィングになってきている。 こういった時代背景のもとで、日本が冷静に国家百年の計を考えて、国益を極大化できる姿勢をとっていくにはどうすればよいのだろうか。近年多くある意見にアメリカ追従をやめろというのがあるが、日本の情報がほとんど全てアメリカによるものであるのに、例えば、アメリカがコアリション・オブ・ザ・ウィリィングを迫ったとしたらほとんど日本は意志を示さないわけにはいかないという現状がある。氾濫する情報を自国の国益と戦略に鑑みなくてはならないはずの外交の基本が蔑ろにされてしまっているのである。 この現状を打破するには、外交官中心の二国間外交や情報収集を強化せねばならないであろう。かつては広田や幣原のように外交官が活躍したが、今首相である小泉純一郎議員は他国で「首相に会わせなかったらODAやめるぞ」と言ったように、日本の経済力にあぐらを欠き信頼を失ってしまっている。信頼は、外交官の活動によって育まれるところも大きく、信頼ある外交をせねば国連内での発言も効果がなくなってしまう。人権委員会での北朝鮮の拉致非難決議でさえも、多額のODAを支援している国であっても非難側につかなかった国があるように、極めて損な外交をそういった努力不足で行っているのである。 今もう一度外交官の役割を見直すことで、地に足の付いた外交姿勢を模索せねばならないと考える。
2004.01.13
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現代社会は、ボーダレス社会、高度情報化社会という流動化する社会であり、今までの単純なフレームではなしに、様々な問題、サブシステムが高度に連関しております。私は日本の安全保障を語る上で最も重要視すべきは、国民と政治家の決断であると考えてきました。日本国憲法という平和主義を堂々と掲げたが故に戦後政治家を苦しめた憲法の呪縛、ジレンマを如何にほどきつつも、最大限に運用して実を実らせていくのかが最大の焦点であると考えてきました。その証拠に司法は日本の国家としての根幹に関わる案件は、高度に政治的と判断し統治行為を行って、同時に行政があまりにも肥大化したために、政治は構想力を失い、憲法の中で、また今もつ日本の国力、外交カードを並び変えたり、言葉遊びを行い続けてきたのであります。 由々しきは、先日の選挙でも国家としてのプリミティブな役割である安保が棚上げされ、他国による人権侵害を放置し、イラク派兵も落としどころを決めぬまま、選挙公約が決定され、基本計画策定、先遣隊出発となったことでありまして、国家のためになされない政治を目の当たりにして背筋の凍る思いがしました。水島先生の同時代への直言は、今まで政治的な観点でしか安保を捉えられなかった私に、司法のレンズから安保を考察することで多大な思想深化を促してくれました。私は、後期より法学Bを受講し、同時に私は議員立法策定の夢のために予備校で司法を学んできましたが、本来政治の前提である立憲主義、すなわち国民の人権、自由を最大限確保するために国家権力を最大限規制するということが、安保の諸所の法律によっては国民の自由が侵害されるという現状を、私も含めおそらくは多くの国民が気づかぬままに、参議院にいたっては押しボタン式で可決され、実行されていくという現状を知りました。 また、後方支援という言葉では「まぁ、いいか」と思うような政府の政策も、アメリカ軍の現状分析、つまりはアメリカ軍の軍人が不足し、軍事開発どころかアメリカ経済では現状の減価償却だけでもいっぱいいっぱいのアメリカからすれば、後方梯団に他国がかわってくれることの重みを考えれば、正に今までの日米関係が、極東という文言の解釈の変更からも分かるように世界戦略として位置付けられていくという流れを知らず、正に「場当たり的」に政策決定される恐ろしさを知りました。しかし、現実に目を向ければ政府の真意がどこにあるのか把握できないが、実際にイラクの地を踏むわけであります。自衛隊の武装について法的に問題があるにせよ、奥大使がアメリカによって危険地帯と色づけされた地帯をなんの武装もせずに外交なされていたのであります。先日早稲田に来校された岡本行夫首相補佐官が「奥大使にはクマ退治スプレーを買っていってあげようとしていた」とおっしゃられていたが、外交の最も基本である外交官の交渉、情報収集をする外交官さえ警備、武装を許さず、その命さえ守れない国は国家としてどうなのかという疑問が拭えない。だったら自衛隊は完全武装すべきであって、政治は彼らのためにロジックを整えなければならないのではないだろうか。東京都に目を向けてもそうだが、アルカイダがもし首都に天然痘ウィルステロを行っても、既存の法律ではどの地域でどれほどの被害者が出たか等の情報開示さえ出来ないそうである。確かに感染症に関わる法律はプライバシーの保護や個人の権利尊重の観点から難しいが、政治の最大の眼目である生命保護であるとしたら現状でよいのか。この本を読んで最も難しい壁にぶつかったのは、立憲主義の観点から、どれだけ法を遵守させ個人の自由を担保するのか、どれだけ国家権力が介入して政治の最大の眼目を履行するのか、その調和をどのようにして図るのかということである。
2004.01.09
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ネット接続したべ~。ようやく家にネットが開通♪これでどんどん更新できるぞ!!最近メチャメチャ寒くなって風邪をひいてしまった別所ですが、みなさまは大丈夫ですか??今、私は単位を賭けて猛勉強中です。当然「可」狙いです(笑)2単位でもいいからGETしたいよー><数学0点でも高校は卒業できたが大学は甘くないかぁー・・・。。。。どうしようー。やるっきゃないかぁ!!
2003.12.01
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著者はさすが経済学博士のことはありしっかりとした現状認識に基づいて書かれており、環境問題を扱った本で今までで一番、現状認識から政策提言まで最も現実妥当性の高いものであると感じた。本書の目的は、未だマイナーな環境税なるものの、租税としての基本的性格、経済効果、環境政策を位置付け、その定義を試みることが目的であるが、後半の高度にアカデミックな部分を私が理解できなかった部分を除けば、ほぼその目的は達成されたと思う。長谷川教授ゼミで環境問題を扱って早くも7ヶ月を迎えるが、我々が抱く前提となるものは、本書の第一章(現代の環境問題)に集約されているように思う。その内実はと申しますと、経済発展の過程で公害が生まれ、確かにそこには自然と人間を捉える宗教や価値観があるとはいえ、全ては国内のものであった。つまり、そこでは、国家が政治の最大単位でも上手くいくものであったが、現在の環境問題は、本ゼミの名称にも見られるように、既にグローバルイシューとしての性格が強く、一カ国が国益のみのために働いても、もはや解決され得ない問題であるといえる。解決の方向性とは、故に国内にたとえると自然人の権利が公共の福祉に従うという条件がつくように、国家が、家庭が、企業が己の利益を追求するには、必ずプラスサムを考え行動せねばならないということである。以上の認識が、今現在の私の思考深化した現状であります。 次に、本書に関しての私の意見を述べると、グローバルイシュー解決の根本原因は、P20に書かれている、先進国と発展途上国における対立に尽きると考える。確かに、筆者の環境問題を「経済発展に伴って生じた外部不経済」という定義をすれば、経済的側面、例えばOECDは経済的手段を支持し、経団連は反対するといった対立も問題であるけれども、それはある程度方向性さえ決まればトップダウンで解決されるだろう。しかし、法体系の不十分な無秩序が前提の国際社会で、各国がプラスサムのために外交を行うのは非常に難しく、これには筆者も明確な答えを出していないが、その外交という観点から今後も私は研究したいと思う。 以上のことも、環境税の知識も興味を感化したが、何より私が興味をもって読んだのが、日本の自主的な取り組みの第二章である。経済活動と環境保全は相反するものであろうと考えていたが、実際には長期的な視座をもって寮目標を達成した日本企業とその成果に驚いた。また、環境税を詳しく学んだが、結局はBDIの声明で、環境税による生産コストと生態系保護効果を利益衡量しても、環境保護「技術」での解決のほうが説得力をもつと思った。経済的手段に関しては更なる研究の必要があると感じた。
2003.10.28
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現在深夜3:40.やっと言語表象論のレポートが完成。石原慎太郎から始まり井上ひさし、司馬遼太郎の原稿について記述した。すごく目が痛く、超眠たいのではあるが、まだ大隈塾のBBS感想文と外国語文献研究のレポが書けていない。。。明日も徹夜かぁ・・・と思いながらも今日はこのまま眠りそうだ。最近思うのは忙しかったり、やることがたまってくると苛立ってくることが多くあるがよく考えればそれはおかしな話である。まぁ学校の授業は半分強制的なところもあるが、それ以外の雄弁会や法律の勉強や歴史、小説・・・は自分の意志でやっているものであってそれを面倒くさいというのは意味不明なはずである。眠かったり、つらかったり、つらかったり、つらかったり・・・といろいろあるけれども、全ては「楽しく」するよう心がけようと思う。
2003.10.01
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お久しぶりです(笑)以下に私の日記怠慢ぶりデータを公開します。 日記件数 32件 日記記入率 16% であります。というか、このHPも一部雄弁会員に発見されかなり気恥ずかしいのですが、まぁ更新するよう努力します。今日から大学の後期授業が始まりました。1限目は「政治学A」久しぶりに1限目に間に合った。この授業は前期もあったのだけれども、5月に「これ意味ねー」と負の価値判断を下し(○○会チックなワード)参加しなくなって7月に久しぶりに参加したところ、教科書が英文で、口をあんぐりさせた驚きの授業なのだが、前期の試験は4択10問であった。6問正解以上で単位はGETらしいが、極めて、極めて微妙なラインである。ちなみに単位がこなかった時のことを懸念して、名誉のために、私の得点は5問か6問のどちらかであって、1、2問の知的怠慢点ではないことを付記しておく。今日の3限目はお楽しみの「大隈塾」である。ゲストスピーカーは自民党参議院議員山本一太である。前期の石破茂に比べれば私の「ウキウキ度」はアルコール度数でいうと0.3%未満だが、まぁ楽しみである。ちなみに、前期の講義が本になったらしい。著者は田原総一朗で、アスコムから出ている。
2003.09.29
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高校時代の研究、前期大隈塾、早大雄弁会内での研究をもとに我が国の安全保障について私が考えるところを述べたいと思う。日本の安全保障を考える際に最も優先すべきは日本人の生命であって、他国民や環境等は二の次である。人間誰しも情や義理で動かされる部分は大きいけれども、政治はそうではない。政治の最大の眼目は、国民の生命や財産を護ることであって、その国益の追求のためにはエモーショナルな判断ではなしに、シニカルにならざるを得ない。前期小沢一郎代議士は今後の政策として国連の決議に対する我が国の積極的貢献にプライオリティーをおかれていたが、国連の決議に身を任せて自国の決断を放棄するのは上述の認識からして間違っていると思う。では、どのような姿勢で我が国は外交をなさねばならないかというと、我が国はODAにせよ様々な機関への分担金にせよ、かなりのお金を払っている。我が国が打撃力をもっておらず、日米安保によって軍事的コストが低い点、パワーポリティクスによって外交できない点を鑑みれば、経済力を最大のカードにせねばならないが、それによって我が国はその効果を最大化する努力をせねばならない。換言すれば、払っているお金を使って、日本の都合のよいように世界を規制していき、その中で日本の安全を担保せねば成らないと考える。それは、日本の軍事的側面の特殊性からしてもそうだし、我が国が戦後間もない頃は、所与としての国際社会の中で上手く順応することで経済発展せねばならなかったが、これほど成熟すれば、国際社会は所与のものでなく構築するものであり、我が国は既にそのステージに入っていると認識からしてもそうするべきであるといえる。 では日本の現状を分析してみますに、我が国の外交は何を護り、何を切り捨て、結局何がしたいのか分からない場当たり的な外交をしている。国の独立や尊厳を護ることは、それ自体が目的化してはならぬが、国家が国家たることに際して重要であって、そもそも国家のプリミティブな役割が、国防と治安の維持である以上政治はまずその機能を果たすべきであって、そのために他国からの人権侵害に対し、正当な領海保全措置や、経済制裁を行えずそれを放置すれば、国家そのものが溶解する危険性があるのではないだろうか。こういった国家危機を叫ぶ識者は日本にもたくさんいるが、それが現実妥当性ないのは国の独立や尊厳を護ることが目的化してしまって、国益という観点から利益衡量なされていないからである。特に安全保障という面においては、9・11を境に大きく変わったと思う。国際社会と戦争のルールにおける既存のパラダイムは、ウエストファリア条約以降の国際法で規定された戦争のルールを無効にし、転換を強いた。それは、テロという行為により、国家間でのルールが通用しないことが明らかになり、同時に我々は、大量破壊兵器がテロリストや独裁者の手に渡ったときには、莫大な被害を被る危険性があるということを実感した。その中で、我が国はどういった姿勢をもたねばならないのだろう。 戦後経済の発展は遂げた。次は、アメリカの核の傘の中で、自国の安全保障面での発展を遂げなければならないと考える。自国の安全保障面での発展というとすぐに「日本への回帰」と自主外交の戦前を想起されるが、自国の安全保障面での発展とは、戦後思考停止してきた安全保障のソフト面の見直しであって、ハード面の増強ではない。例えば、戦後唱えつづけてきた「専守防衛」という概念でさえ、国会議員の中でさえその捉え方は異なる。我々が普通考える「専守防衛」は、自国の領土から自衛隊が出て行って攻撃する戦争はしないことだと考えているが、現在は軍事技術の発達により第一撃防御が肝心だから、正当防衛には他国領土攻撃もやむをえない、に変更するなど、国民の合意をせねば、安全保障が国民の手から離れた、軍部の暴走ならぬ、政府の暴走という事態になりかねない。 日米安保は、不戦条約としても大きな意味を持っているが、それが日本外交の決定打になってはいけない。安全保障を含め、国益の最大化には、いつもアメリカに依存では追求できない。現状の中でラディカルに転換できないにしろ、「良識ある国際社会が一致団結して個々の案件に対応することで、恒久的な平和が生まれる」という考えが所詮世界大戦による戦争パラノイアに陥った一時期の空想であると明白になった以上、安全保障の面でも我が国はアメリカ依存から少しずつ離れ、利益衡量した上で自主的な安保をしなければならないと思う。 その前段階として、我が国は経済以外での「信頼」を得なければならない。「信頼」は冒頭で触れた、義理や情でなく、国家としての判断基準の確立である。つまり、この国は、こういう事態にこういう行動をとるだろうと予測させる信頼である。現実的なレベルでいうと、「テロには徹底的に対抗する」国、であったり「国家危機の国には経済的支援だけでなく科学技術も支援してくれる」国、であったり「この国は国家の発動たる戦争をしない国」であったりと、判断基準が明確になればそれによる結果で見返りの国益が期待できる。特に、パワーポリティクスの限界や、アメリカ一国主義に嫌気がさしている国際社会の潮流の中で我が国の経済力と、奇跡的な歴史背景、高度に発達した科学技術は外交の大きな武器になる。いわゆる他国を魅了するソフトパワーを最大限に生かし、国益を追求することが、ひいては我が国の安全保障にもつながると考える。 P.S自衛官募集のポスターが家に張ってある。モーニング娘。が笑顔で 「GO!GO!PEACE!」といっている。。。。。。国際政治と国防をなめんじゃねーーーー!!!と私はそう思うなぁー。
2003.09.28
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9・11後の世界は日々激変しております。そして、国際社会と戦争のルールにおける既存のパラダイムは、ウエストファリア条約以降の国際法で規定された戦争のルールを無効にし、転換を強いております。それは、テロという行為により、国家間でのルールが通用しないことが明らかになり、同時に我々は、大量破壊兵器がテロリストや独裁者の手に渡ったときには、莫大な被害を被る危険性があるということを実感したのであります。2003年3月20日から始まったイラク戦争においても、各国の主張、思惑は異なり、今までと同じように解決できない案件にどう向き合うかを模索しております。フランスはアメリカへ反対しましたが、その反対の内実は平和的解決ではなくアメリカへの牽制でした。米英は、親米政権の樹立をし、石油の国際価格コントロール等の目的がありました。その中で日本はエモーショナルな判断ではなしに、冷徹な目で国際社会を見、外交をしているでしょうか?本弁論では、この、激変する世界で、日本が持つべき姿勢、日本が国家としてのあるべき方向性を見出すことであります。 日本のイラク戦争に対するアメリカへの賛成ひとつとりましても、日本はギリギリまで決断せず、その場の雰囲気で柔軟に対応するという答弁の一点張りでした。政府はよく、国際社会と協調して、とういう答弁をいたしますが、日本はどういう国益のために、どういう社会を構築し、どういう目的でその決断を下すのかが極めてわかりくいものであります。確かに、安全保障の面では多くを日米同盟によって担保し、それにより外交の選択肢を規制されているのは事実ですが、現実外交の多くの決断は、追い込み型予測によるものであります。つまり、国際社会の出方を待って、選択肢が限られてから決断するというものです。これでは、日々激変する国際社会で、イラク戦争でのフランスのように結果的に損をする決断をしたり、判断が遅れて、誤るかの可能性が大いにあります。私はこれを打破する政策を以下に提示いたします。 そのためには、まずどうしてこうのように、自分の国家の運命を自らの手で考えられないでいるのか、ということを考えなければならない。冷戦時代頃までは日本はとにかく経済の規模を拡大することのみを国家目標として、あえて政治大国を目指さなかった。そういった目標に於いては、アメリカとの関係性の中で経済も国家の安全も頼ることが一番の得策であった。冷戦時代から左翼は対米追従を批判してきましたが、それはただ単に対ソ、対中国隷従を目的としたものであったけれども、戦後の日本が内包しているきじゃく性の根幹の原因を突き止めれば、やはり日本の非軍事化、弱体化を徹底的にしようとしたアメリカの占領政策であるだろうと思う。これが大きな問題なのであります。 長期的な国家戦略がどうあるべきかと考えたとき、それはつまりは日本は一体どういう国を目指すのかという国家としてのイメージに辿りつく。国家戦略の根幹が「心」のあり方に帰結するのであれば、私の考える国家イメージに不可欠なのは「主体性」であり、「自立」であります。その理由は、先に述べた通りですが、結局冒頭に述べたような危機の原因は、主体性のなさであると考えます。 この国家観を具体的な形で、また現在の国際社会の上で照らし合わせてみる。冷戦崩壊後、アメリカはクリントン政権に於いて、目的と手段のはっきりしない外交をし、国際秩序が見えない時代が続いた。ブッシュ政権は、とくに9・11後、テロリスト国家やテロリストに対し、先制攻撃を認めるブッシュドクトリンが生まれ、その後の激変した世界において新しい国際秩序が見えかけている。その中で日本が具体的に考えるべきは、いかなる外交、防衛政策を考えるべきかである。そして、場当たり的に、また、エモーショナルに外交政策を訴えたところで、それは主体的ともいえず、国益になるものでもない。米国のイラク攻撃の際にマスメディアは、ほとんどといっていいほど米国批判をした、また国民の多くも反対をした。日本の安全は日米安保によってのみ担保され、その恩恵に預かっておりながら、安全保障の面で反米をする。そして、なんらオルターナティブを示さないのでは、現実的な外交とはいえない。私は、外交に於いて、完全に主体的な決断を下すことは出来ないと考える。なぜなら、日本の安全保障を考える上で、日米安保はコストの面でも抑止の面でもこれにかわる有効な政策がないからだ。しかし、日米安保はあくまで手段であって、それが目的なのではない。かつて、カーター政権下の大統領補佐官のブレジンスキーはフォーリンアフェアーズでこう述べた。「日本はアメリカの被保護国である。また、日米安全保障条約は保護国条約である。」たしかに、対等の同盟国といえども日本の外交、防衛での決定権は制限されることを考えれば、この条約は片務的といわざるを得ない。 長くなりましたが、私がなすべき国家方針を明らかにすると、日米安保は安全保障の上で大きなメリットがあり、こちらから切ることはしない。しかし、条約はあくまで手段であって目的ではないのだからこの中で、主体的な外交姿勢を模索することが大切だといえる。上述した現状分析からすると、外交の選択肢は、安全保障の面で大きく規制されているとすれば、これを改善しなくてはならない。つまりは、憲法9条に象徴されるように、武器装備というハード面は朝鮮戦争以後整備が進んだのに対し、ソフト面を思考停止にさせたままであったということが問題なのである。これが、現実と精神が大きく乖離している所以であり、空想的な平和主義を唱える人が存在する理由なのであります。 ここで、そのソフトの面をハードの面とを両立させなければなりません。ソフト面の改善とはつまり、今までの安全保障はすべてアメリカ任せという考えであります。日米同盟は損なってはならないけれど、国家として当然の努力はしなくてはならない。でなければ、同じ価値観を持っているからという理由で存在している日米安保に頼っても、戦地で血を流すアメリカ兵の気持ちがわからないのなら、どこに日米安保の意味があろうか。ここでひとつ、これを考える上での例を示したいと思います。クリントン政権下の1994年の米朝合意の時、北朝鮮は朝鮮半島エネルギー開発機構と引き換えに核開発をやめるといいましたが、それ以前につくられていたかもしれない核問題には触れなかった。それは、核がアメリカ本土には届かなかったからです。つまり、アメリカは国際平和以前にアメリカ国民の生命を守ることが必要なのです。だとしたら、日本は自国に届く核の抑止をアメリカ頼みにしてはならないから自国で開発しなくてはならない。北朝鮮による領海侵犯も、事前に日本が領海保全措置をとるべきだった。国家の安全保障を自国でできないのでは、正確にはする意志がなければ国際社会においても主体的に行動できるはずもありません。日本はいろいろな機関に多くの分担金、ODAを拠出しておるわけです。これが本当に世界のために役に立つには日本の主体的な関わりが必要なのです。アメリカは世界の統一を図っています。価値観を共有させようとしています。しかし、それはテロを生み、先進国からの反発をも招いているのです。日本は世界平和を目的とするには、共生の姿勢、つまり多元を重んじる姿勢で外交をせねばなりません。 日本の自主的な自国の安全保障を進めることで、外交における日米安保の依存度を少なくする。そして、多元的な世界を確立するために、日本外交は分担金、ODAを拠出し、多元に反する政策や使われ方をした場合には即刻拠出打ち切りをし、世界を規制していくべきなのである。こうして世界は平和になり、日本の一貫した信頼ある外交が確立されるのである。9・11後、今までのシステムが揺らぎ、アメリカ一極支配が進む中で、日本はこれを機に、世界平和の為の旗手となるべきなのであります。こうして、日本は今まででの外交における閉塞感を打破し、国際社会の秩序をコーディネートしていくことができるのです。
2003.07.21
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あなたは疑惑のデパートと言われているけど あなたは疑惑の総合商社だ!と鈴木宗男を非難した辻本清美が逮捕された。また早稲田のは恥じが増えた。全く社民党はいかん!中川とかいう議員もとんちんかんのちんぷんかんぷんやし。福島がいなかったらつぶれるね!社民党☆<終>
2003.07.18
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今、大学のPCルームで勉強中である。もうすぐ深夜の0時を過ぎようとしているが、明日の1限目は政治学のテストである。政治学の教授は比較的若いイタリア政治専門の教科書朗読的講義を展開する早稲田の非看板教授である。私は、「ちっ、日本がイタリアから政治で何を学ぶの??」と見切りをつけ、今ツケがまわってきたわけだ。私は世界史など知らぬ。世界の歴史学んでる暇あったら、なんとかこの平成不況をどうにかしろ!高校世界史など、先進国としての地位におぼれたブルジョワ的、いや成金的娯楽にしか過ぎん!教養より、行動だ!と高校時代、世界史に見切りをつけ(必修科目だったのにね)たために教科書さえ理解できない。私は今クルド人については多少詳しいが、シュメール人など皆無なのである。ましてやハンムラビ法典がどれほど厳しいものなのかなんて私は興味ない。(・・・こともない。世界史って奥が深いね!楽しいね!!←建前・・・日本人的思考方法)いや、もう論点がバラバラだけど、とにもかくにも明日のテストはやばいんじゃい!!!!! 1時間前イマムラからTELがきた。このクソ忙しい時間の、電波が頗る悪い中での電話はエキサイティングかつローカルな会話が展開された。具体的には、この米国一極支配時代におけるグローバルガバナンス構築の模索や、日本型経営システムのオルターナティブとなるシステムについて等々多岐にわたった。イマムラは、この問題に対し幅広い教養からコメントをし、一貫したロジックで問題解決を試みていた。そして、おまけに彼はこうつぶやいたのだった。「東京きてから、よく風邪ひくようになったんやけど・・・。」彼は、「体が資本」という教訓を僕に教えてくれた。この教訓はかつて新保が電車の中で中学1年の後輩の会話から盗み聞きして感動した教訓でもある。体が資本・・・。私の中での「資本」という概念が崩れていく。いとあわれ。これ即ち世の常なり・・・。鈴中卒以外の人へ注意)イマムラっていうのはアラブ系民族人でもイラクかどっかの指導者ではありませんのでご安心を。彼はおそらくウラル・アルタイ語族です。
2003.07.16
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風邪が治りません。熱が未だ38度近くあります。さすがに今日は大学を欠席します。今日の夜、田原総一朗さんの、朝まで生テレビを観覧して参ります。チャンスがあれば質問もしてきますので、みなさまどうぞテレビでご確認ください!!では今日はこれにて。
2003.06.27
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昨日の夜から風邪気味で今日は1日中熱が38度近くございまして、鵬志会の方々には多大の迷惑をおかけした上に、講演会後の慰労会(他サークルの慰労コンパ。オールナイト)にも参加せずスイマセンでした。特に実行委員長の伊井さんにはこの場を借りてお詫びいたします。この日記を見た伊井さんはおそらく俺がなんていい後輩だと感じるでしょう!!では会室で。それで肝心の講演会ですが、800人を超える大盛況!先日の与党党首の講演会とは全く違っておりました。これも一重に情宣の徹底と、各会員の講演会成功への想いからのものでしょう!早稲田にも色々政治サークルがあって僕は雄弁会と鵬志会に入っておりますが、どちらとも決めれない、また他の政治サークルには全く関心を示さないのは、僕にとって、この2サークルは、同じ政治への思いを共有する、また尊敬できる先輩、啓発されるものが多いサークルであるからです。大変なことは承知ですが、この知り合った人と今後も仲良くしていきたいと思います。また、風邪にも関わらず、今日は雄弁会の入会問答がありました。そして今日やっと入会できました。思い返せば、この3ヶ月間いろいろありました。自信いっぱいで上京し、新歓出店でその自信を喪失し、厳しい合宿、毎日の定例演練、毎日やめたいと思っていたし、もっと遊びたいとも思っていましたが、この3ヶ月は政治に誠実にあり続けてこれて本当によかったと思います。将来の夢も変えたいと何度も思いつつも、こうして今日をひとつの区切りにして、しきりなおして明日からもまた東京から青い風を送りたいと思うし、それを鈴中や早稲田の人々と共有したいと思います。これから年月を経るごとに怠慢になったり、限界を感じたり、傲慢になるかもしれません。今日は、鵬志会の方も、雄弁会の方も、泣くほど嬉しかったし、本当に恵まれた環境で生活できているなと実感しました。高校時代から今の日本では駄目だ!わが国が社会に適応するのではいけない!日本が国際秩序を創造するのだ!と思い、実現するために上京した初心を忘れず、まだまだ非力な自分をみつめつつも、それでも自信をもって、Going my way!! I am expected to change the world!で今日に賭けて生きたいと思います!では、全国1億2千5千万人の別所支持者のみなさま!今後もどうぞこのHPをよろしく!!では、早く風邪を治したいと思います。おやすみなさいませ!
2003.06.25
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おはようございます!久しぶりに1限から大学に行ったのに休講で寂しく新聞を読みつつ、これを書いている別所です。さて、延長国会の最大の焦点であります、イラク復興支援特別措置法案。略してイラク特措法。特措法っていうのは、本来自衛隊は国境を越えて活動できないから、国際貢献で海外に行くときは、PKO協力法や、この前みたいにテロ特措法のように、法的根拠が必要。今回にのみ適応されるのがイラク特措法といいます。さて、そのイラク特措法なんですが明日の衆議院本会議で趣旨説明が行われ審議入りします。ポイントは4つ。①武器使用基準・・・米軍への襲撃が後を絶たないイラクで、正当防衛と緊急避難のみの武器使用基準で任務を遂行できるのか?また、任務を妨害する相手への威嚇射撃まで認めると憲法との整合性はいかがなものか?②活動地域・・・非戦闘地域ってその区別は??地域設定の根拠、基準が示されるか?③武器、弾薬輸送・・・憲法の禁じる武力行使と一体化する可能性があるとして、テロ特措法はでは野党の反発があってできなかった。今回はどうか??④国会関与・・・法案は20日以内の事後承認。民主党は事前承認を求めるとみられる。修正協議が本格化すれば与党は譲歩するのか?? 国民の44パーセントが賛成している自衛隊派遣!!皆さんは賛成か??私は賛成である。戦争に支持までしたのだから行って大いにアメリカに貸しをつくっておきたい。
2003.06.23
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21世紀を迎えた日本は、グローバル化の必要性が叫ばれる中、国際社会の中でいかに振舞っていくかが問われています。国内的にも旧態依然とした仕組みを改革する糸口も見つけられず、体外的にも日本の国際社会における立場は厳しさを増してきています。こうした原因は、戦後日本は国家観を築けず、日本人としてのアイデンティティーを確立できず、未熟なまま現在にいたっていることにある。そうした、綻びは、特に国際間の舞台で目に付くようになっている。 こうした日本の綻び、つまり、独立国家なら持つべき国家観が現在の日本から欠落している例は、湾岸戦争を始め、過去にいくつも見られるが、今現在、我が国にとって最も脅威であります北朝鮮問題をとってみましても、その欠落は見られ、今後の日本の危機的な行く末を暗示しております。 私は、この弁論において、対北朝鮮政策を例にとって、この激変する世界の中で、我が国が国家としての姿を失わないようにするためにも、我が国が独立国家として、どのように国際社会と向き合い、関わっていけばよいか、ということを述べたいと思います。国家とは、自分の精神なり、情操が育まれた文化的風土という共通項を踏まえて、初めてあり得る連帯感で存在するものである。また、政治の最大の眼目は国民の生命と財産を守ることである。40年前から、北朝鮮という独裁国家によって、我が国の国民が公然と拉致され、おまけにその多くは半ば殺されるか、餓死させられている。我が国は、北朝鮮の領海侵犯を防がず、他国による人権侵害を放置し、なおも国交正常化交渉やコメ支援等を行ってきた。9.17後でこそやっと北へ真剣になりだしたものの、独立国家の大義を無視し、当然なすべきことを、40年間にわたって全くやってこなかった日本は、独立国家としての意志がないとしかいいようがない!!我が国は第二次世界大戦後、世界に稀に見るほどの平和憲法と平和の精神を掲げ、同時に人々の自由と人権の保障を守ろうと決意しました。しかし、その憲法が成立してから約半世紀が過ぎ、この半世紀の長きに渡って続いた平和に日本は、国民も含め、政治家や官僚までもが飼い慣らされ、奇妙で安易でそれ故に危険な平等の観念に蝕まれています。その結果が、世界の人権を希求するどころか、自国民の人権さえろくに守れず、信じる大義のためになんら行動しない国家が今の日本の現実なのであります。 外交は自国の国益を賭けて話し合うことであります。自国のいいように交渉を進めるためには数多くの外交上の選択肢、つまりは外交のカードを持っていたほうがよい。それは数が多いほうが有利な発言ができることが多いからである。しかし、例えば日本に2001年春に北朝鮮の金正男が我が国に不法入国した際に、当時の森山法務大臣、田中外務大臣はじめ、日本政府は北朝鮮外交の有利なカードを引き換えに様々な案件解決への何かしらの戦略をうつどころか、不法入国者を雑居房にぶち込むという正当な法的処置さえとらず、外務省の役人をつけて丁寧に帰国させた。また、日本国民が何人も拉致されたテロ国家に対し、拉致解決のカードとしてでなく、無条件にコメを援助している。おまけに当時の河野外務大臣は「古古米じゃ気の毒だから、新米を送ろう」と発言したほどである。このような日本の態度は結局金体制を維持させ、問題解決には一切寄与していないのである。国家として、国家の最大の眼目を現実的に履行し、自ら掲げる大義を国際社会に果たしていく国家ならば、こういった数々のターニングポイントで、問題解決のための外交カードを上手く活かすはずである。拉致問題が国民の意識レベルにまで行き届いたころからさすがにコメ支援はなくなったが、今も社団法人や市町村から北に援助したり、万景峰号からは金日正用の食料が届けられている。日本から無駄で、ただの金体制維持のための援助をなくし、我が国が真剣に「拉致問題の解決なくして国交正常化なし」というメッセージを送るためには、今後日本が独立国家としてなすべきことは、まず、万景峰号の往来を拒否し、船内の徹底的調査をすることである。また、今までの外為法の解釈を改め、日本の金融機関を通じた北への送金の停止。その他には、アメリカがキューバ危機にみせた経済封鎖を日本も各国に呼びかけるべきだろう。こういった具体的政策のもとになっているものは、日本以外の国が歴然として在り、それらの国とあくまで国対国として戦わなければならない。そしてなんだろうと、歴然と勝たねば前進も名誉もありえない という認識である。そしてそういう姿勢で外交に臨まなくてはならない。 そういった姿勢がないことが見られる例がある。それは先日の北から届いた日本人拉致被害者の死亡者リスト及び死亡診断書である。外務省はあれを鵜呑みにし、家族にそのまま伝えたが、仮にもそれを診断したのは日本の主権を侵害し、非人間的侵略行為を繰り返してきた独裁国家である。そこにどれだけの信憑性があるのか。もっと自発的に情報を集め、韓国が太陽政策で情報を公開しないなら、外務省の権限で調査すればいい。また、日本とアメリカが同盟国であって、対イラク、対テロで共通の認識を示し、ブッシュがイラクに無条件で核視察に応じないなら叩く、といったように日本も北に少なくとも拉致査察を要求し、生死確認、指揮系統の調査をし、補償要求をすべきである。国家の権威でできることをしないで、未来の有事の議論ばかりしてもまったく無意味ではないか。 北の幾度となく繰り返される領海侵犯に於いても、確かに打撃力は米軍に依存しているとはいっても、その前段階に、日本の権威で行う領海保全処置をしっかり行えば拉致や工作船も防止できていた。そういった自助努力をやった上で、日本の防衛力で対処できないときに、初めて日米安保に頼るべきではないだろうか。 北朝鮮問題だけでもこれだけの問題があり、日本の外交姿勢の欠点があきらかになった。私が上に挙げた対処策、政策をふくめて、日本が国家として当然の措置を講ずれば、拉致問題も解決していただろうし、覚醒剤や麻薬が引き起こす国内犯罪も少なかったはずである。 北朝鮮問題を通じて、日本がいかに独立国家たりえていないかが明確になった、そして何が足りないのかがみえてきた。当然外交は時と場合によって柔軟にせねばならぬが、日本が真の自立を獲得しなおすには、今現在の著しく国家の責任を放置し、自らを毀損するような姿勢ではなく、国家の大義の為に当然の措置を講じることである。やはりこうした当然の措置がとれないのは、日本の軍事力が弱いことと、戦後ずっと持ちつづけているアメリカ依存の精神であろう。時代も変わり、アメリカは日本を属国として黙らせておいてはくれなくなった。旗を見せろ、集団的自衛権を認めろ、日本版CIAを作れ・・・。おまけにいざとなれば安保があると、日本国民は考えているが、安保には日本が有事の際には必ず日本を守るとは書いていないのである。国家として当然のことを政府がしなければ、必ず信頼はなくなり、国家は毀損し、解体していく。パワーオブバランスの観点からも、アメリカとの関係は重要だが、独立国家としての自覚と、将来を考える上で、日米安保体制について最後に具体的な政策を述べたいと思う。アメリカの世界的なへゲモニー維持に日本の戦略基地使用は今後も認めるが、その代わりフィーの要求をする。協力関係においては日本は極東だけにとどまらず、特措法を作ってでも主体的に国際貢献するのだから、極東有事の際にはお手伝いする。しかし、ことが日本の防衛に関すれば独自に徹底的に時自国を守る。という二頭立ての軍事体制でいくべきである。 できることをせずに、できないことを望むものほど醜いものはありません。防衛力に関しても、自国の防衛に関しては徹底的に防衛するのだという意志力と、それを体現した防衛力をしめすことで抑止力になる。こうして国家としての基本的な行動と、主体的な外交姿勢をもつことで、日本国民から信頼される政策がうてるし、外圧に影響され場当たり的な政策、デメリットだらけの政策がなくなるのである。こうして我が国は、この激変する世界の中でも自らの姿を失わず、理想の世界を主体的に希求していけるのである。 以上。
2003.06.14
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更新およびBBSへの書き込み遅れてすいません。今週中に雄弁会の弁論を書かなくてはならずその為に少々忙しい日々であります。同窓会はいたします。また詳しくは来週書き込みます。同時に北朝鮮に関する弁論と磯村さんへの反論も含め書き込みます。あと、政治系ネタは大好きですが、浪人生や政治学部以外生のために新聞の易しい解説を僕の個人色を色濃く含んで毎日書き込もうと思うのですがどうでしょうか??あと、日本史の問題集(特にマーク用)ある方ください。それと、兄弟や親戚で男の学ランの上着(170~175CM)あるかた下さい。(切実に希望)最後に、東京在住の方へ6月25日に僕の入っているサークルで亀井静香氏を呼び、講演会を開きます。よければきてください。詳しくはYAHOOで「鵬志会」と検索してください。またそこのページの、会員要綱の東海ブロックには僕の紹介も載っています。PS 早稲田の赤本(政経、文、法、商)に僕のAOへの思いが写真つきで掲載されています。ぜひ、一読を!!草々
2003.06.11
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早稲田が慶応を倒し優勝を決めた!!さぁ!恒例のちょうちん行列だ!僕は大隈講堂で行列を迎え、野球部の精鋭達を前に校歌と紺碧の空を歌った。その後戸塚でのビールかけは遠くからの見学となったが早稲田での連帯感を感じた一日だった。以前、筑紫哲也氏が「大学はスポーツが強くないと、エネルギーがわかない。」と言っていたが、やはり、学問の府とはいえ、スポーツを通じて一つになれる。そんな早稲田が好きになった。
2003.06.02
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近年の日本の国際社会における立場は総じて厳しさを増し、日本に国際社会の中での生き方を問い直すことを迫っています。例えば、平和と安全の問題において日本は、世界のどの国よりも際立って世界平和を待望しながらも、日本がその為に具体的かつ積極的に行動することは否定するといった、矛盾した外交を行っています。こうした、一般に「一国平和主義外交」と揶揄される外交姿勢では、全世界的な平和に有効的な貢献が出来ないのは当然であるし、世界の公共益にならないだけでなく、日本の国益にもつながりません。平和と安全の問題をアナタ任せにしておけた時代から、今日本は自らの頭で考え、行動せねばならぬ時代へと移りつつあるのです。今、将来を見通した外交姿勢を確立しなくては、我が国はいつまでも場当たり的な政策しか打つことしかできないし、将来的に大きな不利益を受けかねないのです。私はこの弁論において、現今の日本の外交姿勢の問題点を分析し、今後日本が持つべき外交姿勢に迫りたいと思います。 その為にまず1つの具体例を考察していこうと思います。先月、つまり2003年の4月16日にジュネーブで開かれた国連の人権委員会で、北朝鮮の拉致非難決議が採択されました。北朝鮮による日本人の拉致はテロであり、我が国の国民の生命が他国によって直接脅かされる大問題であり、解決せねばならず、採択された結果は喜ばしい。しかし、採択の中身が問題である。賛成票は28あったが、反対は10、棄権が14、韓国にいたっては採決前に退場した。過去の人権問題と比較しても、どう考えても非難が妥当と思われる問題に対し、多くの国が反対をした。我が国は外交原則に国連中心主義を掲げ、国民の国連に対する見方も、時に国連崇拝とか国連信仰と揶揄されるほど好意的なものであり続けてきたが、これが国連の実態であり、国際社会の現実なのである。ちなみに反対票を投じた国は、中国・ロシア・アルジェリア・スーダン・ベトナムなどであり、棄権国はインド・パキスタンなどの国々である。今回の決議は北の「人権」と「拉致」の問題で、舞台は人権委員会だったが、北の核脅威の問題が国連の“本番”に提出されても結果は同じになるはずだし、今回のように中国やロシアも拒否権を行使し、韓国も傍観者になりかねない。国際社会の中で今最も日本が関心をおく北朝鮮問題で国連が頼りにならないのなら、日本の安全を守るためには日米同盟強化以外に手はないだろう。 外交において、このように選択肢が少ないことは国家の不利益をこうむりやすい。なぜなら、今回対イラク戦争でフランスがアメリカとの関係の重要性を理解しつつも、あえて不支持を表明し、国連決議推進諸国から支持を得ようとしたように、様々な選択肢の可能性がなければ、国益を賭けた議論が出来ないからである。今回に関していえば、国連を通した解決策がないとなれば、米国追従政策を取らざるを得ず、イラク戦争について、またそれ以外の問題でも日本の主張、選択は制限されてしまう。この案件を通じて日本の外交姿勢を考える焦点は大きく3つである。1つは国連。2つ目は日米関係。そして3つ目は日本と世界各国との関わりです。 まず今回の採択において反対票が多かった、ただ単に国連という機関が、国益を重視する主権国家の集合体であり、諸国家の上に立つ機構ではないというだけではないだろう。自らの国益に直接的には関係なくとも、できる範囲で日本が国連内で具体的に活動していれば、もっと賛成が多かったのかもしれない。ここで論じたいのは、国連の不完全性と日本の国連内での活動の2点である。まず、国連は国益を推進する場でもあり、一カ国の力や知恵だけでなく、数が重要であって、その中で国連をうまく機能させるには相当抜本的な改革が必要であり、分担金1%未満のような国々の意思によって、20%を負担する日本の行く末が左右されるのであれば日本がそれだけの金を投じるメリットがなくなる。だとすれば、日本の外交において、国連をこれから発展させることは大事だが、今現在国連を中心とし、過信し外交を行うことはよくない。今後日本は、今まで以上に平和活動に積極的に行動しなくてはならない。日本は経済大国であって、お金だけでなく、それ以外にも期待されていることは大きい。その例としては湾岸危機、湾岸戦争の対応が挙げられる。他には例えば58年のレバノン監視団への自衛隊要員派遣要請などもある。国連が国益の集合体である以上平和を希求するにしても、次善の策としてある国への経済制裁する事態も、効果がなければ武力制裁も免れ得ない。国内、例えば憲法の制約を理由にし、ただ「平和は大事だ」と唱えるだけでは説得力をもたない。金だけでなく、平和のために具体的に行動することで初めて日本の考えは一貫したものとみなされ、初めてそこに正当性や信頼が生まれるのではないか。国連の個々の平和活動の必要性や正当性については自らの手で判断すべきであるが、必要かつ、正当と認められたものについては率先して積極的に参加すべきだし、その為なら国内法の改正も当然やむをえないだろう。そうすることで初めて自らの主張する事ができるし、そうした姿勢があれば賛同する国も出てくるだろう。 次に2つ目の焦点である日米関係について述べます。日本はこれまで我が国の安全保障において何よりも日米関係を重要視してきました。確かに、米国が軍事的スーパーパワーを誇っている現実を見据えれば、日本の国益に反するものではない。しかし、日米同盟が外交の全てではないことは意識しておかねばならないし、日米同盟において、日本にちって米国は唯一の同盟国であるが、向こうにとっては違うように双方にとってのその意味が違うこと。また、日本が他国に攻められれば米国の若者は日本の為に血を流すが、こちらはそうすることはないということを踏まえれば、同盟関係は完全に対等ではなく、こちらがある種の負い目を感じなければならない。今まではそれでもなんとか日米安保5.6条で双務性を保てられてはいたが、今や日本の思いやり予算は感謝されず、アフガン戦争に見られるように、自衛隊派遣もせねばならなくなった。他の国の戦争には自衛隊は加担しないという国策を、日米関係を重視するあまり、それを捨て、他国の戦争に自衛隊を派遣するのでは、今後日本が長期的な戦略を打ち出すことは出来まい。また、米国はグローバル戦略においてコアリション・オブ・ザ・ウィリングという枠組みを形成しようとしている今や、米国にとって、日米関係が決定的な要因にはならなくなる可能性がある。今のように目先の利益を追い、長期的な戦略が打てないのではまずい。対米協調は無論基本だが、それとは別に日本国自身の座標軸を持つべきです。日本にとっての自由とは何か。民主主義とは。そして国益とは。そういう問いかけに根ざした戦略が今後の日本の外交には必要です。 最後の焦点である日本と他の国々との関係性について述べます。先の拉致非難決議の棄権国のインド・パキスタンにとっての最大の援助国は日本であるのに、賛成を得ることはできなかった。過去にも、日本の意を全く介さずに行った核実験にも見られるように、日本の数少ない積極的外交手段と考えてきた経済協力も限界を露呈しています。金だけ払ってメリットのない外交手段なら日本の外交手段として行使する必要はない。確かに日本の経済援助は、日本国にある程度の発言権と信頼を確保できているが、それのみでは効果がなく、それ以外の手段も講じる必要がある。特に、周辺諸国の日本人に対する歴史的脅威感や不信感をお金で一掃することはできない。「人」の役割に目を向け、「知日派」「親日派」を作ることがこれからの外交上最も重要であり、最優先すべき政策だと考えます。外交上で有利な発言権を得るためには、どれだけその国のために、世界のために汗を流したかが重要です。今の日本の受身的外交では、戦略ももてないし、有利な発言権ももつことも出来ないのです。 今回の弁論において特に私が強調したのは、このめまぐるしく変動する国際社会において、日本は長期的な戦略をもって、外交上の選択肢を増やすことであります。国連の問題、日米間の問題を見直し、国連信仰や日米完全追従の姿勢を改め直し、日本が主体的な外交姿勢をもつことで、日本は国際的発言権と、発言の正当性を持ち、我が国の戦略に応じた効果的な外交ができるようになるのです。
2003.05.22
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今日は早稲田大学の井沢記念ホールにて北朝鮮の拉致問題のシンポジウムに行ってきました。会場では鈴中卒の善行君とも会った。シンポジウムには佐々木俊夫氏を迎え、他にはテリー伊藤氏、拉致議連事務局長である平沢勝栄代議士、斉木昭隆外務省参事官、拉致事件報道の先駆けの石高健次さん及び横田めぐみさんの弟さんである横田拓也さんがいらっしゃいました。 数回のシンポジウムを経て、私の中での拉致に対する考えも少し変わりました。私の考えは近日掲載したいとおもいますが、このHPをご覧の方で拉致問題に意見のある方はぜひ聞かせてください。オススメ図書 草思社 荒木和博著 「拉致救済運動の2000日」平沢さんHP http://www.hirasawa.net/index.html
2003.05.14
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今日から早稲田大学雄弁会の新歓合宿である。朝8時半に上野駅に集合し、みんなで埼玉県の本庄セミナーハウスに電車で向かった。1時前に着き、1時から結団式というのがあった。そこでは会員みんながこの合宿でどのように何をどういった姿勢で成すかということを述べるのだ。雄弁会は社会変革を目指すサークルなので、みんなそれぞれに問題意識を持っている。妥協は許されないし、言葉には責任がなくてはならない。結団式はその日12時間にも及んだ。深夜は当然先輩や同級生との議論で朝まで過ごす。初めての野次、初めての徹夜議論、熱気で激しい議論。高校時代から求めてきたものこそこれだ。総理大臣を何人も輩出してきた雄弁会に、今私はいる。明日40分かけて私は「日本の自立という」演題のもと弁論する。みんなを説得させ、巻き込んでいきたい。雄弁会HP→ http://www.yu-ben.com/
2003.05.01
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今週の大隈塾は小沢一郎でした。小沢さんの意見は各HPで参照してください。http://www.jiyuto.or.jp/ ←とかまた大隈塾についてはhttp://www.waseda.ac.jp/open/center/ookuma.html を参考に今日は授業後の感想を述べる!日本は国際社会に於いて、国連中心主義を掲げ、また同時に日米関係を尊重している。しかし、それを理由として我が国独自の考えを表明することなく、ただ他国の意志に従っているだけではないだろうかという疑問を抱いてならない。これは私だけの感慨ではなしに、今日多くの日本人が抱いている感慨でしょう。確かに日本人の美徳として、謙虚たることが素晴らしいというものや、日本人の基本的な性格として大勢順応主義というものがある。こういった日本人独自の美徳意識というものは、ある一種の日本人のアイデンティティーとして大切なものであるし、そういった独自の美徳意識が日本国独特の文化を発達させたことは歴史が証明している。しかし、ことが国際社会の中の一国家の意志となるとそういった美徳はむしろ弊害でしかないだろう。ずっと、日本はアメリカの属国である。やら、日本はアメリカの下僕であるとか、サイレントパートナーである。という識者が後を立たないが、果たして本当に日本は独立国家としての様態をなしておらず、他国に依存した国家意思のない腑抜け国家なのであろうか。もしそうだとしたら我々は真の自立を獲得しなおし、世界の中で強い存在感をもてるような体制を作らなければならないだろう。そういう意味に於いて私は小沢さんの意見に賛成したい。
2003.04.28
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今日の授業で田原総一朗塾頭と石破茂防衛庁長官が講師としていらっしゃった。慶応ボーイの長官の父親は政治家で知事までつとめた方である。長官の選挙区は鳥取1区。彼はどうして首長にはならないのかという問いに対し、僕と同じ考えをもって衆議院議員である道を選んでいる。それは、衆議院議員でないと、憲法が語れない、安全保障が語れない、外交が語れないからである。私が思う政治の最大の眼目は、国民の生命と財産を守ることである。だとすれば、政治家はあらゆる可能性に備えて法を整備しなければならない。今、安全保障に関する提言論文を書いているので完成次第ここにUPしようと思う。今日の授業で僕は一番前に座っていたので長官と1m以内の席で90分を過ごしたわけだが、さすが現職大臣だけのことはあって2人のSPもついていた。もっと踏み込んだ話を期待したが、とてもおもしろい内容だった。来週は自由党党首であり、かつては石破長官の同志でもあった小沢一郎党首がいらっしゃいます。国連と日本との関係についていろいろ質問できたらと考えている。
2003.04.21
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今月の蛍雪時代の20ページ台に僕が顔つきで掲載されています。ノートの取り方っていうテーマなんだけど、伊藤(亜)先生による添削のノートのコピーも掲載されています。ぜひご覧下さい。
2003.04.17
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現在サークル作りに励んでいる。今はメンバーは政経1年生20人程度だが50人は集まることを見込んでいる。そして4年で200人が集まり、4年間で早稲田最大級サークルになると思う。大学では縦のつながりは広がるが、普通のサークルでは横のつながりが薄くていかん。あと、どうも先輩に敬語を使うのは性にあわん。とりあえず政経1年限定の政治系知的ALLROUNDサークルをうたう我が蒼嵐会の幹事長として、新歓コンパをひらくために今努力している。明日はビラ作りと顧問教授相談、来週には田原総一朗先生に直接相談のアタックまでかんがえている。ゆとり教育による総合教育への参加余地の検討、選挙のお手伝い、政治家による講演会、企業へのインターン派遣も含め、早稲田のパイプを最大限に活かし、やれるだけやってみようと思う。蒼嵐会がしっかりと成長したら他大学との交流会も考えたい。それが今の僕の小さな夢である。
2003.04.16
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今日は朝早稲田で科目登録の結果発表を受け取りに行ってきた。大隈塾が取れた!!大隈塾ってみんな知ってると思うけど、講師に田原総一郎氏や小沢一郎氏、阿部副官房長官や予定では石原慎太郎東京都知事等々、現在の日本を引っ張る面々をお迎えして政治について学ぶ授業のことです。これはやはり早稲田じゃなきゃ集められない先生方&授業ですよね。明日その第一回の授業があるんだぁ。メチャ楽しみ♪夕方からは新宿で鈴中12期生東京の会の為に、新宿に行った。東京に住む鈴中生16人と白木屋で飲んで食って歌って騒いでコールして一気して叫んで暴れてハッピーって感じでした。その後有志6人で横浜の新保宅にお邪魔させてもらい、朝まで桃鉄。。。風邪は悪化の一途をたどっている。
2003.04.12
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イラク戦争が事実上終焉を迎えた。TVでバグダット陥落が報道される中、僕の興味はイラク国民の本心である。ある者は、「バイバイ。サダム。」とかかれたプラカードを持ち、ブッシュに感謝と叫ぶ。またある者は、アメリカ兵に向かって「子供たちを殺しておまえらは心が痛まないのか」とこの戦争への怒りをあらわにしている。 日本国を含め、世界各国の国益、対イラク戦争への考えにももちろん興味はあるが、そんなものなしにして果たしてこの戦争はイラク国民にとって、よかったのか、悪かったのか、もう少し整理して考えてみたいと思います。 今日は、家庭教師としてのバイト初日です。緊張するわぁ。。
2003.04.10
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全国の「東京から青い風」ファンのみなさん!!本当にお久しぶりです。本当に知的怠慢でした。今まで何をやっていたのかといいますと、政治活動でも勉強会でもありません。簡単にいいますと新歓コンパです。毎日毎日オールでただのみ、ただ食い。。。早稲田の校歌を馬場駅前で歌い、周囲に迷惑をかける。紺碧の空っていう歌詞の中に「理想の王座を占むる者われ等、早稲田、早稲田、覇者覇者 早稲田」ってのがあって、ここの歌詞が大好きなんだけど努力なくしてこれが可能なのか?早稲田はラグビーで覇者になって最近までそれをみんな自慢してるけど、早稲田のラグビー部のおかげであって、早稲田の生徒はほんとに勉強してない!!僕も政経というブランドに安住して、国を語ることも忘れ、世界を語ることを忘れていました。僕は改心します。昔から政治家になると叫び、友人のどれだけが本気にしてくれているかわからないけど、もう一度決意新たにスタートをきります。 また僕の友人!!携帯のメアドと引越しした人は新住所を zipp814@george24.com まで送ってください。では今後とも「東京から青い風」をよろぴく☆
2003.04.06
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今日は早稲田でずっと科目登録&ガイダンス。夜は松村・善行を含め政経の友人とめしをくった。10時半帰宅。
2003.03.29
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朝7時9分久居発名古屋行き特急に朝日新聞を持ち込み乗車した。みどりの窓口で9時20分名古屋発東京行きの新幹線のぞみ号のチケットを押さえ、名古屋の代ゼミに向かう。講師室の西きょうじ先生に大学決定の報告と将来について話を聞いてもらいアドバイスをもらうためだ。西先生の授業を僕は2年間取っていた。先生の授業ではいつも知的興奮を刺激されたものだった。これから受験生の方は絶対受講すべきだと思う。と、かなり緊張したが、先生はフランクに話してくれた。少々話しすぎてのぞみに乗り遅れそうになったが、間に合った。 東京に11時に着いた。池袋で2時間ほどショッピングをし、アパートへ帰ったが、バイトの面接のためにもう一度引き返して高田馬場へ。そこでW大の友人からメールが来て、友人4人と飯を食いにいった。もちろん店は馬場の○○。2000円以上払った。。。 帰ったらネットのモデムが届いていた。接続に2時間も要したがなんとかこうしてネットできるようになった。明日からはこのHPもバリバリ充実させて行けることになった。 期待しなはれ!!
2003.03.28
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今日は朝から自動車学校だった。
2003.03.27
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朝起きた。頭が痛い。どうしてだかK君の家にいる。気づけばもうお昼を越えまくっている。
2003.03.26
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今日は卒業ライブだった。S中の3年から6年のいくつかのバンドが参加した。僕も6年9人のボイス系アカペラバンド「ゴルジ隊」の一隊員として、「一世風靡の前略道の上より」と「SMAPの世界に一つだけの花」と「ラグフェアーの恋のマイレージ」を歌った。ボイス系と自称したグループだが、クオリティーが高いかといわれれば、NOと答える。なぜならクオンティティーを重視し、且つ短期集中型のバンドであるからだ。曲の音あわせやパート分けより先に、衣装や小道具を考えるといった不埒というか奇天烈なグループだが、一応成功と呼べたのではなかったろうか・・・。 ライブ後、12期生30人以上で打ち上げに行った。まずはサイゼリに行き、その後たんたん麺に行った。申し訳ないことに、そこでの記憶がほとんどない。かなり迷惑をかけたかもしれない。T君曰く「限界を超えていた」、B君曰く「ブラックリストに入った」とメールで通知してくれたが、・・・・・もう、あとの祭りである。
2003.03.25
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同じ中高を過ごした鈴中のみなさまには、私がどのような人間か知っておられると思いますが、今回の対イラク戦争を日本から眺め、この国際社会に於いて日本が果たすべき国際的役割及び外交姿勢に対し、考えが若干変わりましたのでここで私の外交姿勢をちょっとのべたいとおもいます。 先日、ラマダン副大統領だったかアジズ副首相であったかは記憶しておりませんが、日本とイラクとの関係に於いて、「日本はアメリカ、イギリスに続く3番目の敵だ」と明言されている。 日本は、経済力2位の大国であるが、国際社会においては、協調路線というわけのわからぬ外交路線に身をゆだねた、石原慎太郎東京都知事がいわれれば、まさに虚勢された宦官のような国家とも呼ばれるほど自己主張せぬ国である。その日本を第3の敵と言っている。むしろ確信したのは日本の影響力の大きさである。攻撃を加えず、また国際社会に独自の声を届けずして、敵とわざわざ明言されるほどの影響力。。。。って途中で終わっちゃった。。。
2003.03.24
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大学の科目登録がもうすぐ始まる。マイルストーンと講義要綱と格闘し、なんとか決めてみたが単位とか教養演習とかわけわからん。 それより俺はYゼミの講師評価のが楽しかったりして(笑)わかってる奴はしってるとおもうけど、俺は夢がある。今年やりとげなければならない夢が! 小論!小論!小論!高校3年間唱えたこのフレーズ。小論だけがアイデンティティー!負ける訳にはいかんのじゃぁ!!!! 今日は熱く俺の決心を日記と致しました。最近手抜き&知的レベルが低い と、数々のご批判賜っておりますことは重々承知しておりますが、わたくし、マイPCが手元に無い故、日記も速攻で書かなければならないという現実をご理解いただけますよう、別所家一同お願いいたします。
2003.03.21
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遂に始まった戦争に対して、皆々様々な意見をおもちであろうが、とりあえず僕の意見を述べようと思う。別にみんなを洗脳しようという気は全く無く、むしろ反論、批判を大いに歓迎する。 今回、我が国政府はアメリカの武力行使に対して、支持表明することを決断した。故に、私は今回の戦争を「イラク戦争」もしくは「対イラク戦争」と呼ぶ。なぜなら公平な立場で見る必要がないからだ。むしろ、イラクに対して今回の戦争で勝利を収めるためにアメリカを支援せねばならない。イラクの国民がどうなろうが、そこにつまらぬ感情を持ち込む必要も無い。むしろそういった慈悲の気持を持ち込むのは危険だ。戦争を始めれば、勝たなければならない。たとえどんな戦争であれ負けることはあってはならない。それが戦争である。そして今回の政府の決断は、それを決意したものである。 そういった政府に云々するのは自由だが、自分は反対だ、平和を望むと叫んでみても、結局は自分の身を毀損するだけでしかない。民主主義国家日本の現在の政府を容認しているのは他ならぬ、1億3千万人の国民である。「大事なことは多数決で決めようよぉぉ!国会に行く人は選挙で決めて、ぼくたちの権利を託そうよぉぉー!」それが現在の日本の政治体制であって、国民が認めている体制なのである。だから、一度決まった決断に背くのは、民主主義の理念を否定することに他ならないのだ。 イラクは正しくない!国連の要求を否定した。そしてアメリカの外交努力も虚しく、互いの信頼は切れ、戦争に陥った。しかし、それでも外交努力をした国も多い。フランスをはじめ、ドイツやロシア・・・。しかし日本は早々と外交努力を諦め、国連中心外交の柱を捨て、日米関係を優先した。ここに何の問題がある??2つの共存が許されないと決まったとき、君はどちらを選択する??僕は間違いなく日米関係である。理由は簡単、そちらの方が国益につながるからだ。 私は、現政府、現総理を軽蔑するしかしらぬ全ての日本国民を軽蔑する。なぜなら、何度も言うが、政府を軽蔑しても結局自らを毀損するだけでしかないということを知っているからだ。私は小泉さんが嫌いではないし、小泉さん以外に構造改革を断行できそうな人を知らぬ。しかし、今回の案件には反対である。しかし、一度我が国の姿勢が決まった以上、文句はいわぬ。そこで文句をいうのは、集団を無視したスタンドプレーでしかないからだ。この戦争で仮に米英豪の軍隊が負ければ、(可能性がないわけではない)日本の国家は亡国となるだろう。しかしそれはしかたがないことだ。私は従う。 今まで読んでくると、僕が血も涙も無い、自民党支持者だと思われているかの知れぬが、最後に僕の今後の考えを述べようと思う。まず、今回明らかになったのは 1、日本の外交姿勢。 ・・・国連を軽視し、米国との関係を最優先する。 2、憲法の形骸化 ・・・平和主義の喪失 3、日本の国家理念の空洞化 ・・・憲法の理念を国際世論にする気など無い。 4、日本の歴史観の歪曲 ・・・この長い歴史の中で、我が国が学んだ教訓が 生かされない。ということだ。これだけの事実を目の当たりにし、私はイラク情勢よりも、今後の日本を心配する。これではいかん!!むしろ絶望を通り越して、我はひどく憤慨しておる。 しかしこれがまぎれもなく日本の現実なのだ。そして、今や世界に誇れる日本像はないのだ。 ここからは各人の決断である。アングロサクソンの行動原理に学ぶもよし、自民党に賛成の意を示すもよし。 しかし私は、自らの国家観と歴史観を育み、日本国憲法の3大原則である、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重を現実化する。そしてそのためにならどれほどのリスクでも負ってでも行動する道を歩む。 翼ある、国民よ。しっかりと己の道を探し、飛びたて。空を知らぬ地上の者に、明日を語る資格はない。
2003.03.20
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今日じいちゃん家に行った。僕は別所家のスターである。大学に合格してからというもの、結構尊敬されている。じいちゃんやばあちゃんに尊敬されると恐縮というか、日本型経営システムにおける年功序列制の崩壊を如実に物語るというか、なにか国民性から重要なモラルが抜け落ちていく様を目の当たりにしたような衝撃であった。 しかし安濃というところはいなかである。一志よりもいなかであると俺は思う。しかし安濃から特待生として6年制に編入し、毎日通い遂には東大に受かっちゃう例を身近に見てしまっては、誰も安濃を馬鹿に出来ず、それどころか僕は安濃を日本のサンフランシスコと名付けたくなるほどである。僕は今またあつよしと、日本のニューヨークと呼ばれる三重県の県庁所在地の、アメリカの貿易センタービル、いや失敬、縁起が悪い。。。日本のエンパイヤーステイトビルディングと呼ばれるアスト津で、此れを記しておるのだが、今、無性にアイツの事が気になっている。アイツっていうのは、北野あられである。彼は僕に一言「あかんわーあかんわースキーにいかなあかんわー」といい、つい先日三重を去ってしまった。 彼が居なくなった三重において12期生は利己的に、自分の欲望のままに走り回っている。いわば無法地帯である。遂には慶福が茶髪にしたくせに同時に黒さいを買ってしまう次第である。 はやく北野マンよ帰ってきておくれ!そしてゴルジ隊の隊長として体調をよくしてくれ。
2003.03.18
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大学の宿題で書評を書いたんだ~★読んで知的興奮を得ていただきたい。 これから、佐藤俊樹の「不平等社会日本」について書こうと思う。日本型の経営システムが崩壊し、それに変わるシステムを見出せず、深刻な不況に苦しむ今の日本は、激しい閉塞感に覆われている。この状況から脱出するには、ただ己の感情や観念でもって、ひたすらに軽蔑するのみではいけない。感情論ではなく、しっかりとしたデータに基づき将来の為に新しい社会デザインを構築せねばならない、という点で他の書物とは違い、もっと現実的な目で日本を捉えることが出来るのではないか、という思い出この本を選択した。 私は、生まれてから幼稚園、小学校、中学校、高校と、一般的な進学を進めてきたが、学校社会以外の世界をほとんど知らず、日本社会がどれほど平等で、もしくは不平等なのかを身をもって実感したことがないけれども、著者が、社会階層と社会移動全国調査、略称SSM調査の統計から行った分析によると、戦後進んだと思われる平等化が、1980年以降に一転して、階級社会に転じ、不平等な社会になったらしい。不平等社会とは、努力しても仕方ない社会のことを指すが、私の生まれ年が1984年であるから、どうやら私の世代の日本は、努力しても何も変わらない不平等な社会であるらしい。 SSM調査は、1955年以降10年毎に行われているが、この調査での職業は大きく以下の6つのカテゴリーに分類される。ホワイトカラー上層、下層、自営、ブルーカラー上層、下層、そして農業である。日本社会に於いてはホワイトカラー上層、つまり知的エリートが先導し、下層上位者であるのだが、そのエリート達は、親の地位を継承した、再生産されたエリートであり、本人の努力だけで勝ち得た地位ではない、と筆者は述べている。私たちの世代では、センター試験の受験者が約60万人。大半が4年制大学進学を望んでいる。高学歴、つまり4年制大学卒業者をエリートとよぶには、いささか不満を覚えるが、その入試も、進学も、親の地位や収入にかかわっており、本人の努力だと思われている実績も親から受け継ぐ、もしくは社会システムや性別の違いから既に与えられた既得権的な実績であるという。これは筆者に指摘されるまで気付かなかったことだが、よく考えてみると、とても的を射た分析であると思う。だとすれば、日本社会は努力だけでは報われない社会、つまり生まれによる差が決定的な差につながる不平等社会だと言わざるを得ず、こうして分化した階層のさは広がるばかりだということになる。 努力すれば何とかなる平等社会だからこそ、そこに意欲と責任といったものが芽生え、それが社会的・経済的に日本の発展につながる、と筆者はいうが、私もそう思う。それは、戦後の日本社会の質の高い労働力による高度経済成長と、今となっては過去のセンチメントの対象でしかない社会主義の荒廃にみられるように歴史も証明していることだろう。知的エリートにおいても、進学校を卒業し、既得権に守られ、それ以外の世界を知らぬため、自らの地位に安住し、責任感を失い、結局、空虚なエリートが再生産されている。努力したら何とかなる社会、親の差だけで自分の一生が決まらない社会にするために筆者は4つの課題と対策を上げている。1つ目は、ホワイトカラー系専門職とブルー系専門職の融合である。これがなければブルー系が未来に希望が持てなくなるからだ。2つ目は、管理職キャリアの再編である。これは簡単にいえば、エリート街道しか知らぬ者に、世界を知ってもらうということである。3つ目としては、選抜社会の多元化が挙げられる。そして最後に、世代を超えた不平等の緩和を挙げており、格差の拡大再生産の防止を唱えている。 本人の力だけによる社会、がんばれば何とかなる社会にしたい。もし、本人の力によらない有利不利や、幸福不幸を解消するなら、それを保障する仕組みを維持し、成功といえる成果をあげた全ての人が胸をはって「自分の実績だ」といえる社会でありたいと、筆者は述べている。私の父は中学しか出てないが、私は大学に進学することが出来た。難関な入試を突破できたのは、ひとえに自分の努力のおかげだと思っていたが、やはり親の収入がなかったらば、あり得ないことだと改めて気付いた。収入の格差や学歴の格差があること自体は悪いことではないと思うが、多くの国民も望んでいるように、努力すればなんとかなる平等な社会を私も望む。生まれや親の地位による、いわば出来レースなどに何の価値もない。この本で、今の日本の現状を、感情論ではなく、データ分析によるありのままの姿を捉えることが出来た。筆者の指摘する課題、対策は正しいと思うが、これをどう実践するのか。これは筆者だけでなく、私を含めた全ての日本人に対する課題であると思う。
2003.03.17
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今田中くんの家にきている。なぜなら三重に帰ってきたからMYPCがないからだ。彼は僕の友達だ。彼とは小3の時に某E進学塾で出会った。しかしその後中2まではなすことはなかったが今や同じく憲法改正を唱える同士である☆彼は○○で○○し、今は頑張って○○しようとしている。僕は彼のそんな所が好きだ。彼が今、「光あるうち、光の中を歩め!」と唱えている。壊れた。
2003.03.16
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昨日、猪瀬氏の公演が終わり、ダッシュで東京駅に行き、11時半の夜行バスで名古屋へ。ドリーム名古屋っていう名前の割に座席の寝心地が悪く、苦痛の6時間の帰路となったが、名古屋に朝6時に無事到着。その後友人のK.Y君宅に伺い、共に学校へ行った。 昼からは、津で昨年度の国際青年事業の報告会に行った。世界青年の船は1ヶ月以上の旅で、世界の国々の人々と交流できるが、3年前のイギリスのホームステイで感じたように、2週間も経てば我が愛しき母国、日本が恋しくなることは間違いないため。行く事は出来ない。。。興味のある方は内閣府等のHPをご覧アレ!最近TVニュースも新聞も読まず、当に知的怠慢であるが、三重に帰って来たことだし、久しぶりにちゃんとご飯を食べようと思う。
2003.03.15
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はじめまして☆ベッチーニョです!今日は埼玉県の和光市の講演会に行って来ました。時の人猪瀬さんは、小泉総理に任命された道路公団民営化推進委員です。彼は作家としても高く評価されているだけでなく、TVでのコメンテイター等、幅広く活躍されています。やはり時の人だけのことあって、警察の警備はすごいものでした。さて内容はといいますと、官僚政治から脱却して、市民が動かす真の政治を目指すという彼の信念と、委員として公共事業に対する怒りを謳われていました。詳しくは猪瀬さんのHPを見ていただければ分かりますが、一例をあげますと、関東の高速道路には100M置きにオーバーブリッジがあります。どうしてだか分かりますか?それは、道路を作るときに元々畑であった土地を収用したため畑が道路により2分割されたため、そこの所有者が渡るために作られた物でした。オーバーブリッジ1本1億円!!一日に1人の人間が1回通るか通らないかわからぬ橋に我々の税金が使われています。これでいいのでしょうか??これは一例でしかありません。官僚の感覚でなく、我々はしっかりとした感覚でもって、そういう官僚主導型政治にNOというべきではないでしょうか? 講演の最後に猪瀬氏からサインをもらい、完全にミーハ―として帰宅し、私の行動に深く後悔の念を覚えた1日でありました。
2003.03.14
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