若松コロニーとシュネル(8

若松コロニーとシュネルSERIES_No.8,幕末_WITH_LOVE(若松コロニーとシュネル特集),死の商人と伝わるシュネルの素顔,カトリックと隣人愛,会津藩士のカリフォルニア,幕末,戊辰戦争,箱館戦争,WAKAMATSU COLONY&Jhon Henry Schnell_No.8

シュネルと若松コロニー:アカバネシュネルの謎


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シュネルと若松コロニーSERIES詳細編_No.8
青い目の騎士道!Schnellに導かれて・・会津人の大渡航:悲しみを乗り越えて
Sec.1 Sec.2 Sec.3 Sec.4 Sec.5 Sec.6 Sec.7 Sec.8(現在頁) Sec.9 ・・・
The Wakamatsu Colony: Gold Hill (会津人のカリフォルニア)
現在頁も、前頁に引き続き1871年(明治4年)
初秋、土に還る時:『心に会津が見える丘』の上
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現在頁に於いて、主人公的な存在は桜井松之助です。
資料頁へ ◇シュネルの本質を理解できる人々とは、◇簡単経緯、◇各人物追求、
◇アカバネと名乗った訳、◇開墾と理想郷,◇若松コロニーの概要、
■後半に別途「資料編」と、関連リンク編をご用意致します。

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61_その後の『おけい(OKEI)』と、増水国之助


近頃、増水は、あんまりおけいの寝ている部屋に寄り付かない。
不思議に思った桜井が尋ねた。
「どうした?もっと顔見せてやれよ。」

増水が言う。
「いや・・・、それは、だって、奥さんがちゃんとしてくれてるし、僕は男だから、
あんまり、うろうろできないよ。」

「何言ってんだ?ビアカンプさんの奥さんに、遠慮してるのか?お前らしくないな。
よし、それじゃ、私と一緒に、今日は見舞いに行こう。夜寝る時だけ、扉の前で、
『お休みなさい。』・・・近頃、お前、そればっかりだよな。おけいちゃんが心配してるぞ。
嫌われたんじゃないかって・・・。」


桜井はそう言いつつ、増水の顔を覗き込んだ。またしても赤くなってるに違いない。そう思ったからだ。
ところが、驚いた。赤くなるどころか、いつになく、青い。桜井は、言葉を変えた。

「いいか、KUNI、病気はな・・・仕方ないよ。そう簡単に治るものなら、病気って言わないよ。
お前まで、そんな暗い顔してたら、だめじゃないか。なっ?」


何の反応もかえってこない。・・・ 「あのな、」 桜井は言った。

「あのなあ、私は実は思っていたんだ。ビアカンプさんに世話になっておきながら、
あつかましい話だけど、相談しようと思っていたところだ。お前とおけいのことだよ。
きっと、ビアカンプさんも祝福してくれるよ。
私も、お前なら安心なんだ。体の弱い娘だって、お前だからこそ、ちゃんとしてあげれるさ。
お前は、優しい男だから。」


桜井が、喋り切る前に、塞ぎこむように、増水の強い語調が飛んできた。
なんと、増水は、目を怒らせている。

「桜井さん!それだけは、やめてください!僕はでしゃばりたくないんだ!
それに、僕は、あの娘に、是非、元気になって欲しい・・・それだけなんだ。
元気になって、本当に幸せになってもらいたい!」


増水は、怒ったように肩を怒らせて、桜井を振り返りもせず、
さっさと自分の部屋に消えてしまった。
62_桜井松之助、ついに混乱


部屋に戻った桜井は暫し考えた。おけいの病状は、奥様のおかげで近頃、不思議と安定しているようだ。
起き上がれる程ではないが、医者を呼ばず、買い薬だけで、どうにか凌いでいる。

「されば、何だ?」 思わず独り言。
この年齢特有の情緒不安定か?恋は魔物だから。それにしても何だか変だ。またしても考えた。
ふと、頭に浮かんだ。

なるほど・・・。確かに、縁談の話は、よく考えると、あつかましい事に他ならない。
おけいは、今や、ビアカンプ家の養女。となれば、増水はあたかも婿養子のごとくビアカンプ家に
押し付ける形になってしまう。若い彼といえど、借金トラブルのコロニーのメンバーには他ならない。
帳消しを狙う卑劣に見えるだろうか?まさか、ビアカンプさんに限って、そんな事はあるまい。

さすがの桜井も、ついに頭が混乱してきた。

余計な遠慮は、余計に歪みを齎す。考えすぎて、捻ってモノを語れば、ますます変になるのが世の常。
確かに適切な言葉が浮かんでこなかった。

63_増水国之助の旅立ち


ie.jpg

秋晴れのある日、

増水国之助が、あらためて、
桜井松之助に頭を下げた。


「桜井さん、
心から感謝しています。」



「おい!よせよ!なんだ!その服は!!
・・・貴様!何考えてるんだ!!」

あまりの突然のこと。桜井はうろたえた。
見ると、増水は、ビアカンプさんの長男のヘンリーさんに貰った三つ揃いのスーツに身を包んで、
風呂敷包みを抱えているではないか。

「桜井さん、宜しくお願いします。
コロニーのことと、シュネルのこと。
僕は遠くには行きません。フルーツ倉庫建設の時には、
必ず呼びに来て下さい。これだけは、仮に他所で首になっても、
他は二の次で、必ず馳せ参じますから。
・・・それから、おけいさんのこと。お願いします。」

増水国之助は、深々と頭を下げた。
桜井は理性を失った。大声張り上げて、思わず喚いた。

「馬鹿を言うな。お前が居なけりゃ、皆が泣くぞ!私だって・・・そりゃ、あんまりだぞ!
何があったんだ?言ってくれ。私が何か、鈍感だったのか?
お前に肩身の狭い思いをさせていたのか?言ってくれ。
・・
最後の男仲間を失うぐらいなら・・・私は、なんの為に今生きているんだ!!」


侍、桜井も、この時ばかりは、思わず涙してしまった。言葉の後半は、まるで
すがりつくような語調に化けていた。

一方、増水国之助は、動揺もせず、しっかと立っている。あの時の泣き虫小僧は、どこへ
行ってしまったのだろう。今の彼とはまるで別人だ。決心は余程固いのだろう。

「この家は、昔、確か、白パンでした。きっと、僕達のせいですね。今は黒いパンですよ。
僕は逃げるつもりありません。桜井さん一人に被せる気なんて、さらさらありません。
大きな事言えないけれど、自立して少しでも収益が得られたら、少しづつ、ビアカンプさんに
お支払いしたいと考えています。だから遠くには行きません。幸い、僕はこの体です。
力仕事も何でもやりますよ。僕のことなら、大丈夫ですから・・・。

・・・シュネルから手紙が来たら、是非教えて下さい。今もシュネルを尊敬しています。
・・・
机の上に、手紙を置いてきました。ビアカンプさんに申し訳なくて、手紙にしました。
・・・
よっぽど、桜井さんにも、手紙って思ったけど、それだけはいけないと思って・・
・・・許して下さい。だけど、僕を信じて下さい。」


それだけ言い切るや否や、増水は、ぺこりと頭を下げて、そのまま立ち去ろうとする。

桜井が、その背中に噛み付いた。

「国之助!おい!・・・おけいはどうする気なんだ!
お前が居なくて、おけいは、どうなってしまうか考えたのか!
おい!考え直せ!」

増水の背中が凍りついた。微動たりともしない。
暫し、まずい沈黙が流れた。以外にも、増水が振り返って、落ち着き払ってこう言った。

「桜井さん!それも、これも全部考えた結果ですよ。
おけいさんは、この家の娘として、幸せになって欲しい。
病気が治るように、毎日毎日祈ります。
・・・
僕も、おけいさんの花嫁姿を見たい。
桜井さん、その時は、絶対、知らせてくださいね。」


「なんだそりゃ?一体、どういう意味だよ!?」

・・・思わず桜井は、叫んでいた。動揺が止まらない彼に対して、KUNIはいつもの笑顔を取り戻していた

「桜井さん、元気でいて下さい。」 ・・・まるで立場が逆転していた。
「泣き虫小僧は、俺のほうかよ!もう、やめてくれ!!」
・・・桜井は、膝をがっくりとついてしまった。

みんな行った。みんな去った。誰一人残ってない。

後は私と、哀れ、病の娘だけが取り残された。
彼女の口癖はひとつ、私は卑しい身分。
その娘が取り残された。
・・・
そして私。私はこの地になんら不要の・・・ただの侍。
侍とは、大工らのような技術を持たぬ身、不要の男。


桜井松之助は冷々と泣いていた。

【解説】緑色の字は、桜井氏と思われる人物による手記による


64_可愛い『国之助』の大馬鹿者め!帰って来い!
桜井の懊悩_『純情小僧め!増水国之助の胸の内』


桜井は、いくら考えても、こればかりは解せなった。
増水国之助とは、従順でとにかく可愛い男だった。それだと言うのに、どうして去っていったのだろう。
しかも、己を過信して、自立に憧れ、帰国の野望に燃えたわけじゃない。
ずっと一緒に暮らしてきた仲だから、それは、桜井が他の誰よりも解る。

だが、ビアカンプ家への懸念から、おけいから遠ざかろうとしていた姿が、なんとも痛々しい。
桜井は己の力不足を痛感していた。

今晩の夕食は、桜井だけじゃなくて、ビアカンプ家全員、食欲が無い。
増水は、誰からも愛されていた。ビアカンプさんが言った。

「MATSU、元気を出せ。KUNIは年頃なんだよ。皆おんなじさ。背伸びしたい頃かもしれぬ。
私はあの子を見捨てる気は、これっぽっちもないよ。幸い近くに居てくれるらしいじゃないか。
就職先は、君にすまないが、もう調べて解ったよ。私の知人だから、大丈夫さ。
なに、なんかあったら、帰ってくるように説得しよう。
あの子が、ここで居心地が悪い点があるなら、私も改めようと反省している。
単なる従業員だなんて思っちゃない。家族なんだよ。」


桜井は深々と頭を下げた。

こんな日に限って、おけいが起き上がってきた。
皆がべそをかいている為、ビアカンプ家の長男、ヘンリーさんが気を使って席を立った。

「おけいさん、目玉焼きが食べたいな。」

彼はとても優しい青年。おけいより、ひとつ上。おけいには、このただならぬ雰囲気を見せまいとして、
台所へおけいを呼び出して、なんだかんだと話かけていてくれる様子が解る。
わざと冗談を言っては、彼女を笑わせようと、必死だ。ところが、おけいは言葉がほとんど解らない。
折角のジョークも水の泡。それでも、随分頑張ってくれてるヘンリーさんが、なんだか痛々しい。
まるで、あいつみたい!!

!!!もしや、これか?
・・・桜井は、一人、ぽかんと口をあけてしまった。

おけいより一つ上ということは、そう言えば、考えたことなかったけれど、国之助と同じ年齢だ。


途端に、あの意味不明な発言が耳裏に蘇ってきた。

『僕も、おけいさんの花嫁姿を見たい。
桜井さん、その時は、絶対、知らせてくださいね。』


「国之助の大馬鹿者め!これは全然違うのに!
・・・お前は、気を回しすぎだ!!国之助!帰って来いよ!可愛い国之助!」

思わず、桜井は地団駄踏んだ。

桜井の年齢、人生経験からすれば、なんともないことだ。ヘンリーさんには、そんな気は全くない。
ヘンリーさんは、とても優しいのだ。病気の娘に隣人愛を注いで下さるだけであって、
年頃の特別な感情はこれっぽっちも感じられない。

おけいとは、いつも一張羅の垢染みた着物を着ていて、外国人にとって、これっぽっちも
魅力的に見えない地味な娘。おどおどしながら奉公人として使えようとしているばかり。
おまけに今だに、言葉も半分位しか解っていない。ヘンリーさんはご主人の家族だから、
おけいは、必死でぺこぺこしてるだけ。・・・彼女は、そんな娘なのだ。

30歳を超えた桜井なれば、それは見ればすぐ解る。ビアカンプ家の皆とて、べつにそんなこと
思ってもいないだろう。本人達がその気なれば話は別だが、どう考えても、そんな様子は皆無に等しい。

それに・・・おけいは、案外頑固なのだ。おけいにとって、外国の人は外国人のまま。
主従関係として極めて従順だから、シュネルが祈れば手を合わせる。奥様に勧められるから、
病気になる以前は、教会にも付いて行った。だが、この子は違う。桜井は感じ取っていた。

コロニーのメンバーである以上、皆と同じ形態をとっていたが、
この娘の意識は頑なだ。この娘にとっては、意識は昔のまま。キリスト教は怖い禁教!でしかないのだ。
桜井には、それが解っていた。目立たないだけで、この子は心に神を求められずにいる。
だから苦しい。だから病を追い出しきれずに引き摺っている。
この娘がこの国に来たのは、運命と、主従関係。そして、唯一彼女の信仰心にも等しいものが
あったとすれば、それは、フランシスお嬢様の可憐さ・・・きっとそれだけだったのだろう。
キリスト教を心の中で怖れ拒んでいる者が、将来愛し合うことに繋がるだろうか?

【解説】フランシスお嬢様の可憐さ≒信仰心に近いもの・・・とは:彼女はシュネルの娘の
子守役としてシュネル家に奉公していた。子は彼女にとても懐いていた。経緯はこちら


桜井の一人思案も、束の間。たちまち打ち砕かれてしまった。
台所から、慌しいヘンリーさんの声が聞こえた。

「しっかりして!おけいさん!早く!お母さん!早く来て!」

・・・おけいが倒れた!

あの娘はどうしてこうなのだろう。またしても、無理して奉公しようと起きてきただけだったのか!




桜井は、ビアカンプさんに、とても気に入られていた。
なんといっても知識が豊富だ。帳面にも詳しい。素朴な農夫はいつだって商人に騙される。
ところが、桜井は抜け目ない。ビアカンプさんが損しないように、目を光らせている。
また、日本特有の狭い農地。土地も作物も無駄は許されぬ環境で培われた知識は、なにかと役に立つ。
細々と手を加えては、浪費を防ぐ。彼のアイディアは、ことごとく農場運営に功を奏していた。


それは、ある日曜日、ビアカンプさんに付いて教会へ向う馬車の上のことだった。
ビアカンプさんが、桜井に尋ねた。

「MATSU、お前は侍だというのに、なぜ、農業に詳しいのだ?」

桜井が答えた。

「日本の耕地は極めて狭いのです。しかも、我々が居住していた奥州は冬が長い為、僅かな
期間に農作物を仕上げてしまわねばならない宿命でしたから、小技が必要なんです。
ですから、作物も土地も無駄は許されません。二期作や、二毛作、三毛作といった具合で、
農民は皆、細々と手間をかけます。自然に任せるだけでは、皆食っていけません。
この地、カリフォルニアなれば、諦めて放置するような急勾配の斜面とて、日本人はもれなく、
畑作や稲作に用います。それは、だんだん畑や棚田といいます。・・・」


すっかり感心して聞き入っていたビアカンプさんながら、さすがに 棚田 には、思わず笑った。

「MATSU、斜面の畑は、まあ解らぬでもないが、田んぼは水だろう?
どうやって斜面に水を貯めるんだ?たちまち流れ落ちてしまうではないか!!
干からびた堅い米を作ってどうする?ハハハッ!!それどころか、途中で枯れてしまうだろうさ!」

桜井が答えた。

「ですから、農民は、斜面をひとつひとつ掘り起こして、
棚に作りかえるんです。
水が、それぞれの棚に溜まるように、
全部やり直すんですよ。」


驚いて、ビアカンプさんが、桜井を見つめて言った。

「だが、それと、お前さんの知識はどう繋がっているんだ?」

再び、桜井が答えた。

「私達、侍は、農民の年貢で治世せねばなりません。治水も灌漑用水も、復興も皆、
我らの仕事です。先刻申し上げました山間部の農地は、やはり率は悪いものです。
手間は二倍三倍でも結果は低い数値です。その為、我らは肥沃な土地の者と、こうした農地を
保有する者と、切り分けて、年貢を適切に設定して徴集します。
その為、侍も、農に係る知識はまるごと素人では、とても勤まらないものなのです。
知識不足の者が地を治めるなれば、農民一揆につながります。

また、農作物に無駄を出さない為に、効率的な保存という点で、蔵はきっちり設計します。
日本には旧来の校倉作りという方法があります。通気性が良いのです。夏涼しくて、冬は保温性も、
多少あります。・・・私達は、城郭設計ばかりやっていたのではないのです。」


ビアカンプさんは、口をぱかんと開けてしまった。


馬車が、街に近づいた。この丘を越えれば、もうすぐだ。
今日は、ひとつ楽しみがある。教会の後には、増水が従業員として住み込んでいる魚屋さんがある。
今日は、彼の顔を立てる為、たくさんシーフードを買おうと、ビアカンプさんも御機嫌だ。

礼拝の後、桜井はもう、胸の高鳴りが止まらない。
あいつに会える。あいつは元気なのだろうか。国之助の顔が目に浮かぶ。

やっと、シーフードショップに辿り付いた。ビアカンプさんは、店先に立っていた若者に、
早速、何やら伝えて、店主を呼びに行かせた。ほどなく店主がやってきた。

なんと!国之助は、既にここに居ないと言う!

・・・勢い、ビアカンプさんは、店主に怒鳴りつけた。

「なんだと?!なんであの子を手放したんだ!
どこに行ったんだ!早く言え!!」

いつになく乱暴な物腰のビアカンプさん。店主の胸元に掴みかかった。
思わず、桜井が、制止して、その場をおさめた。

事情はこうだった。増水は、店主が引き止めるにもかかわらず、収益を理由に、漁師の仕事の
雇われ人として、今船に乗っているという。
「なにがなんでも、早く資金を貯めたいのです。危険な仕事程収益がいいから」 ・・・と言ったという。
涙ながらに、店主に詫びて、去って行ったらしい。

力なく、ビアカンプさんが呟いた。

「可愛そうに。あの子は、やはり、どうしても日本に帰りたかったんだな。
どんなに無理したところで、そう簡単に帰国資金には、及ばないというのに。
無茶しやがって・・・。」


この間、桜井は、店先に立っていた若者に、そっと内情を探ってみた。
ひとつ、手掛かりが掴めた。若者同士には、少しだけ本音を語ったらしい。
それは、だいたい、こんな話だった。

「好きな人が居る。その人を身請けしたいと言っていた。

変な店の女ならやめておけと制止したところ、
気質の娘だと言ってた。
なにやら、どこかで女中として奉公しているらしい。」



桜井は、脳天を斧で打ち砕かれた思いだった!!
・・・馬鹿っ!国之助め!

途端に涙が零れ落ちてきた。なぜ、俺に言わないんだ!!



帰りの馬車は、ほとんど無言だった。馬車が農場の坂道にさしかかった時、初めて、
ビアカンプさんが、桜井に言った。

「駄目だ!危ない。やはり若者だ。若者とは、誰しも浅墓な生き物なんだ!
君にはすまないが、あの子は、私が強制収用するぞ。あの子は解ってない。
金に目が眩めば、口車に乗りやすいのが常だ。漁師ならいいが、そのうち、
今さら、砂金だの、鉄道工事だの、口達者な悪いブローカーが大勢居るんだ。
あいつは、自分が語学が達者だから、少し鈍感なんだ。黄色い人種がどんだけ犠牲に
なっているか、てっきりあの子は解っているものだと・・・私もうっかりしていた。
・・・いやでも、首根っこ捕まえてでも、絶対にこの農場に連れ帰るぞ。
今度、港に船が着いたら、私は彼を、引き摺り降ろすつもりだ!いいなMATSU!
お前さんも腹をくくっておけ!」


うっかり、桜井は相槌を入れ忘れるところだった。
・・・
本当はそれじゃない。だが、まさか、ビアカンプさんには言えない。
桜井は、つくづく、自己嫌悪に陥っていた。

66_急転直下!おけい危篤!


馬車が農場に着くなり、大騒ぎだった。
おけいの介護の為に留守番を引き受けたビアカンプさんの息子嫁が、長いスカートを
手でたくし上げて、猛烈な勢いで、馬車まで突進してくる。

「大変です!おけいちゃんが大変です!」

医者を呼びにやろうにも、今日は総勢で出かけたため、馬車は二台共に彼らが占領していた。
息子嫁は狼狽している。

気の効くヘンリーさんは、ただちに皆を降ろすなり、一台の馬車を
街へ向けて、全速力で飛ばして駆け戻って行った。

「今すぐ、医者を引っ張ってきます!
おけいさんを頼みます!!」

立ち昇った砂塵の列が丘の上まで、続いていた。




桜井は、ノックもせず、おけいの部屋に飛び込んだ。

「おけいよ、おけい!私だ解るか?おけい!」

おけいは在らぬ方向を見据えている。猛烈な熱だ。痙攣が始まっている。
桜井は、布団をめくって、全身をさすった。
驚くビアカンプさんの嫁達。もはや、体裁などかまっていられぬ。
戦場の侍達の荒療治だ。意識を飛ばせてしまえば、もう終いだ。

「おけいよ、おけい!気を確かに持て!」

しまいに、桜井は、彼女の細い肩をぐいっと捻るようにして、意識の再生に武者療治に出た。
乱暴なこの療法のおかげで、おけいの意識が戻った。

「桜井さん!・・・」

「そうじゃ、わしじゃ!でかしたぞ。おけい!お前は偉いぞ。
わしが解るなれば、傷は浅いぞ!
もう少しじゃ、しっかりせよ。医者がすぐ来るぞ!」

おけいは、力なく微笑んだ。

「桜井さん!私はずるい娘です!どうか、あの丘に私を・・・!」

「ならぬ!ならぬ!わしが許さぬ!武士の命令じゃ!
ならぬものはならぬ!会藩の教えじゃ!ならぬ!

竹之内の350年 はどうした! 忘れたのか!愚か者め!」

おけいは、ふらふらと首を揺する。いやいやをしているのかと、初め思った。
しかし、ぐらつく視界の中、必死で何かを探しているのが解った。

「おけい!おけい!KUNIはのう、お前の為に・・・」

言いかけて、こればかりは言葉の語尾を濁らせた。

「おけい!KUNIはのう、
・・・お前にお土産を、買ってやりたくて、
買ってやりたいからなんじゃ。必ず帰ってくるんじゃ!・・
嘘じゃない!本当じゃ!今日確かめたんじゃ!」

再び、強烈な痙攣が始まった。

「おけい!おけい!」

おけいは、細い腕を必死で宙に浮かせた。瞬時に、桜井はその手を掴むと小指を絡めてやった。


「桜井様!お許し下さい。お先に・・・。
お願いです。あの丘に私を・・・。
心に会津の見えるあの丘に・・・!」


「おけい!おけい!」

桜井の絶叫が、家中に響き渡った。

67_土に還る時:『心に会津が見える丘』の上
【解説】上枠、及び真下の青い字は史実発言、及び手記らしき文章に基づいています。


おけいよ、おけい、
あの時、約束したではないか。
良きにせよ、悪しきにせよ、会津の見える丘は、
みんなで登ろう。みんな一緒に飛ぼうと誓ったのは、
何処の誰じゃ・・・。

お前は、ずるい娘よのう。
一人で先に、独り占めしよった。

おけいよ、おけい、そろそろ見えるか?
心に会津の丘はもう見えているのか?


「おけいよ、おけい、そなたはずるいおなごじゃのう。」

桜井は、この丘で、一人呟いた。たった一人、取り残された侍が呟いた。

4d.jpg

そして、今、私は、本望叶って、念願のこの丘に葬られた。



■衝撃的ラストで、文章はぴたりと止む。 最後の『私』とは、なんと、『おけい』に入れ替わる。
思想も主義も、男の意地も、藩士のプライドも・・・全部関係ない。ただの少女。
運命に弄ばれて、異郷に埋もれたごく普通の少女。それが「OKEI」さん。皆の涙を誘った。
■メンバーの誰かによる手記の断片があるようだ。全文に至ると、一人の人物による文章でない要素
が感じられる。量的には前半の人物が多いが、後半突如、別の男性ではないかと思える文面に移動する。
全体的には『私』とは、或る男性。
ところが、終結直前の『私』とは、いつの間にか、女性である『おけい』に入れ替わる。
手記に基づいて発表された英文は、悲劇の少女の気持ちを、象徴的に描き出している。

68_桜井松之助の脳裏、巡り巡る走馬燈

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桜井松之助の脳裏、巡り巡る走馬燈。
いくつも、いくつも揺れ動いてゆく。
愛してやまぬ・・・あの丘、我が会津の里よ。



雪が溶けて、悲しみまで一緒に溶け出した。
勝てば官軍。負ければ賊軍。
『葬る』ことも、『弔う』ことも、許されぬ時・・・




青い目の侍、シュネルが怒りに震えて叫んだ!

そこは思想の弾圧もない。祈りも弔いも阻まれることはない。
『弔い』が許されぬなどといった馬鹿げた話など、
もう金輪際無縁だ!

青い目の侍、平松武兵衛の家に密かに結集した私達。藩主様をお救いしよう。
誠の会津を再生するのじゃ!!官軍ごときに屈してなるものか。会津魂は不滅ぞ!

hiramatu.jpg


我々は、危険を冒して、荒れ狂う海を渡った。


我らの会津を再生するのじゃ。会津魂は不滅ぞ!
カリフォルニアに新天地を!
何人にも侵されることなく、藩主様の誠の国を創るのじゃ!

ならぬ!ならぬ!屈してはならぬ!
この尊い『会津藩の藩旗』を見るが良い!
殿から賜った『松平のこの名刀』!!

命にかえても、殿をお救いするのじゃ!

平松武兵衛こと、シュネルが、いつか語った。

心に志を抱け!志は、志は富士山より高く!
志に、侍も民もない。皆尊いものだ!
それは、会津磐梯山より美しい!
4e.jpg

4c.jpg寝ても覚めても頑張った。
鍬を振り上げ、開墾の日々。
この地に、会津の養蚕技術を!
あたり一面に茶葉の菜園を!
4.jpg
皆で泣き崩れたあの夏の日。悪夢のような悲報!
萱野権兵衛様が、一藩の責任切腹を!

「罪は藩主に非ず。戦犯首謀者は我也!」

シュネルの激が飛んだ!
萱野様の死を無駄にするな!
生き延びた我らの使命を忘れてはならぬ!

いつもシュネルは先頭に立って皆を導く男だった。全米大喝采の『秋の農業フェア』。
日本の茶葉と、美しい絹が、カリフォルニアで生産されるぞ!人々は大絶賛!
4i.jpg


しかし、貴方は去って行った。
シュネルよ、シュネル、答えてくれ!

まさか、おけいと同じ国へ、
貴方まで、飛び去ったのか!!
噂は嘘だと言ってくれ!

5a.jpg


神よ!神よ!なぜ、貴方はいつも
黙ってばかりおられるのですか?
なぜゆえ、我に、お声を賜れないのですか?
mizutama.gif

それでも、私は耐え、
生き延びねばなりませぬか?


侍、桜井松之助、脳裏を過ぎるは、在りし日の会津城。
知ってか、知らぬか、
カリフォルニアの丘に、風そよぐ。心に会津が見える丘。


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資料編
■各人物、資料編_No.1(=若松コロニーSERIES_No.9)
The Wakamatsu Colony: Gold Hill (会津人のカリフォルニア)
文章解説(c)by rankten_@piyo、
写真等、素材については頁下表示
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