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日本アマチュア無線連盟社員総会が昨日、東京都庁の隣の東京都新宿で開かれたので行ってきました。鳥取県米子市の米子鬼太郎空港からもスカイマークが飛ぶようになり、航空運賃が安くなったのでスカイマークで行きました。スカイマークは発着時間が遅れと聞いていたので、前日の便で行きました。今回も予想道り発着時間が1時間遅れました。日本アマチュア無線連盟の社員総会は、6月15日(日)午後1時から東京都新宿区西新宿の東京都庁舎近くのベルサール西新宿8階で開かれました。社員総会は社員132名中、出席者108名、委任状2名、書面議決8名で、議事は第1号議案 平成25年度決算の件。第2号議案 役員選任の件の2議案が審議されました。議長JA3DBD局,副議長JA0BFA局稲毛会長の挨拶、続いて議長にJA3DBD宮本荘一さん副議長にJA0BFA川上孝一さんを指名して、第一号議案の説明、準備書面での質問に日野岳専務理事から答弁がありました。JARLの運営の問題、経費削減、ライフメンバー、TMS社の問題など多くの質問が出されていましたが、執行部から答弁があり、採決の結果賛成多数で可決されました。 続いて、第二号議案 役員選任の件が議題となり、まず、理事の選任から審議に入り、理事候補者を1人ひとり賛否をはかりました。その結果JA1ELY、JA2GXUの2人が承認されなかった。その他の15人は承認されました。続いて監事の選任の件は2人共承認されました。報告事項は、平成25年度事業報告、平成26年度収支予算、平成26年度事業計画の3件、準備書面での質問も多数ありなしたが、執行部の答弁があり、すべて承認されて、予定時間を少し過ぎて閉会となりました。社員総会のあとで第1回理事会が開かれ、会長に山之内 俊彦氏(JA7AIW)副会長、前川 公男氏(JA9BOH)、高尾 義則氏(JG1KTC)が選ばれ、新体制がスタートしました。
2014.06.16
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60年前の昭和29年に米子東高等学校に入学した、53期の喜寿記念の同期生会が79名の参加者で大変盛り上がった一日でした。6月4日、米子市の全日空ホテルに高齢者の男女が三々五々集まってきた。遠くは東京、関東周辺をはじめ、大阪、関西、もちろん米子市はじめ県内、島根県安来市から79名の出席者でした。「高校入学60年53期・喜寿記念の同期生会」は、午前11時30分が少し遅れて始まった。会場に祭壇を祭、山崎制義君(琴浦町神崎神社宮司)金田正毅君(大山町加茂神社宮司)の二人の神官により神事から始まりました。今回参加した79名をはじめ53期の同級生の健康と幸せを祈念すると同時に、すでに亡くなった同級生80名の冥福を厳かに祭壇に祈念し、代表して幹事長の塚田節雄君が玉串を奉奠して神事を終わった。続いて全員で記念撮影を写真屋の熊谷憲太郎君が行い、その後、今年の春に叙勲の栄によくした、上村(高橋)伴明君に記念品を贈って叙勲を祝いました。 前段のセレモニーを終わり、関東、関西、地元の3人の代表の音頭で乾杯をして宴会に入りました。集まった面々、特に男性は白髪やつるつるが目立ったが、女性は一見若そうに見える人が多かった。しかし、60年前はみんな同じ童顔の美少年、美少女であった。60年の時の流れを感じたひとときでした。 宴会はおいしい料理に美酒に酔い大変盛り上がり、話も60年前学生の頃の話から、近況、不自由になった体の話、病気の話まで幅広い話題はつきなかったが、次期も同期生会での再会を誓って同期生会を終わりました。飲み足らない人、話たらない人50人が、場所を変えて2次会に行き、1次会の続きの話に花が咲きました。2次会の最後に賑やかに「一本締め」をして、再会と皆さんの健勝を祈念して楽しかった同期生会を終わり会場を後にしました。
2014.06.05
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ひい孫たちの飾り付けで記念撮影母が元気で満97歳になりましたので、子ども、孫、ひい孫の身内で「白寿の祝い」をしました。母は大正6年3月2日生まれで満97歳、数え年では98歳になりました。一週間に1日デーサービスに通い、そのほかの日は天気が良ければ庭の草取りし、自分のことは自分でして、それなりに元気で暮らしています。白寿は99歳ですが、1年早くこのたび祝いをして、長寿とこれからも元気で暮らすように祈念し、我が家に弟夫妻、息子夫妻、孫娘3人を招いて楽しい白寿の祝いをしました。孫たちはお祝いの飾り付けをして、首にレーを掛けてやりました。弟夫妻は胡蝶蘭の鉢植えを、息子夫妻は赤いバラと白い花の盛りかごを贈って祝ってやりました。ひい孫たちも組み体操で祝いました和やかなうちに昔話に花が咲き、おいしい料理とおいしいビールや酒、ジュースを飲んで楽しいひとときを過ごした白寿祝いの一日でした。
2014.05.04
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都合により削除します。
2014.04.19
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先日の関東地方の大雪の影響で、郵便事情が大変悪く郵便物が予定通り着かないので、書類を持ってJARL本部に行き、近くを走っている都電荒川線のチンチン電車に乗ってきました。都電荒川線は東京に今も残っているチンチン電車で、三ノ輪橋から早稲田の間12.2キロ、30停留所を49分間で、のんびりと走っていました。今回は大塚駅前から荒川車庫前までの区間を乗ってきした。料金は160円の均一制で今も都民の足として利用されていました。 走っている電車はいろいろな形式や色のもの、古いものから新しいまでが走っていました。また、荒川車庫には廃車になった懐かしい古い電車も残して展示してありました。土曜日、日曜日および祭日は無料開放になり、見学もできるようになっていました。 展示されている懐かしい電車 チンチン電車の語源は、発車の際に車掌が発車の合図として「チンチン」と打鐘していたことによるが、荒川線はワンマン運転しているが、発車の際には懐かしい「チンチン」の打鐘(電子音)していました。
2014.02.22
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大山町老人クラブ連合会大山支部の第2回ボーリング大会を米子市のボーリング場で行いました。参加者が34名(男22名、女12名)で、最高齢者は81歳でしたが、みんな元気に楽しい大会でした。老人クラブは、健康・友愛・奉仕を活動の基本としています。今回のボーリング大会は、寒い冬の季節にグランドゴルフやゲートボールなどの屋外でのスポーツができないので体力増強と親睦を図るために、昨年から始めた大会です。80歳以上と女性にハンデー10点加算して、2ゲームトータルで得点を競いました。 ストライクやスペアが取れるたびに、みんなの拍手や歓声が上がり、とても賑やかで楽しい雰囲気の大会となりました。往年の名選手や昔取ったきねづかで、皆さん頑張りましたが、若い頃ようにボールが走らず、右や左の溝掃除もしきりでした。 今大会の優勝の得点は320点(2ゲーム)で、それはちなみに私でした。昨年の大会に続いて2年連続優勝でした。賞品は1位から3位までと飛び賞、ブービー賞と参加賞と沢山の賞品があり、和やかな楽しい大会でした。
2014.02.08
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ちょっとまじめに記念撮影 新年恒例の米子アマチュア無線赤十字奉仕団JA4YGAの新春ミーテェングが、昨日米子市ふれあいの里で開かれたので参加しました。午前10時半から米子市のYSPボールで、ボーリングで軽く汗を流し、体をほぐしました。ボーリングの参加者はJA4LGA,JH4PKQ,JN4KDE,JE4PQO,JG4IJP,JI4VEIの6局でした。 JA4XNF野口委員長午後から会場を「ふれあいの里」 に移してミーティング、JA4XNF委員長,JN4KCT,JN4UVQの女性2名を加えて参加者はちょっと寂しい9名でした。野口委員長のあいさつ、昨年の活動の報告。年末には日本赤十字社鳥取県支部からアマチュア無線局の移動用に新しい発電機を購入していただいたことの報告もありました。 日本赤十字社鳥取県支部から貸与された発電機 このことは米子アマチュア無線赤十字奉仕団の平素の活躍や活動が認められたことであり、大変うれしいことであります。今後も更なる活動が期待されていることであり、しっかり頑張らないといけないことであります。米子アマチュア無線赤十字奉仕団は、平素の活動や訓練により、いざという時の災害に即対応できる体制づくりに更に努力することを確認して、新春ミーティングを終わりました。
2014.01.20
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諏訪神社の前で記念撮影 大山ライオンズクラブの新年家族例会が琴浦町であったので、参加してきました。毎年、例会の前に、その年の恵方の方角の神社に参拝するしきたりになっており、今年は琴浦町八橋の諏訪神社に参拝して、今年1年の家内安全と幸せ、そして大山ライオンズクラブの発展を祈願しました。この諏訪神社は古来諏訪大社明神と称され、貞観3年(861年)信濃の国諏訪から勧請されたと伝えられています。主祭神は建御名方大神(たけみなかたのおおかみ)さまで、信濃國の国造りをされた神様で、國譲り神話では建御雷神との力比べが知られている。新しく御影石で作られた100段の石段の上の、小高いうっそうとした森の中のこじんまりとした神社で、最近に遷宮が行われたのか屋根瓦などが新しくされていました。 第1098回例会は会員・家族で11名と少人数の例会でしたが、全員起立して、開会ゴング、国旗に敬礼、国歌「君が代」斉唱、「ライオンズクラブの歌」斉唱、会長あいさつと進められ例会はおわりました。 続いて新年会にうつり、美味しいご馳走と神社からいただいた御神酒とビールを沢山いただき2時間の宴会があっという間に終わった、楽しい新年家族例会でした。
2014.01.16
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出雲大社のしめ縄・重量4トン出雲大社に初詣に行ってきました。朝は曇天の天気でしたが、出雲大社に着いた昼過ぎには冷たい雨になってしっまいました。途中、松江市の日産で充電して出雲大社に到着し、平成の遷宮できれいになった出雲大社本殿に初詣をしました。鳥居の外の清めの手水鉢で身を清め、拝殿、本殿に向かい、家内安全、家族の健康と幸せを祈願しました。本殿を一巡りしたら、本殿はきれいになっていましたが、修理中の小さな社殿も沢山ありました。神在月に全国の神々が来られてお泊まりになる神さんのホテルもまだ修理中ででした。正月も8日となると参拝者は以外と少なかったが、バスツアーの団体客の姿が多く見られました。中国四国の近県はからは勿論ですが、遠くは名古屋からのバスもきていました。正月の出雲大社まいりでは、出雲そばを食うことにしているので、駐車場の前の和風の作りの、そば屋さんで「天ぷらそば」を美味しくいただきました。ご縁広場の道の駅で、いっぱいに充電し土砂降りの雨の中を帰路につき、途中で松江市の日産でもう一回充電して帰宅しました。
2014.01.08
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我が家の玄関とアンテナ設備 少し遅くなりましたが『明けましておめでとうございます。』今年も健康で毎日が楽しい一日にしたいものだと思っています。今年の正月は、雪もなく暖かい穏やかな本当に過ごしやすい正月で、年が変わるのを待って久方ぶりに、氏神さんの佐間神社に初詣に参りました。『家内安全と家族みんなの健康、今年一年の幸せ』を祈願してきました。 玄関の正月の花1月4日はお寺さんの正月で、妙玄寺の住職さんが「御祈祷寶牘」と、もう1枚蟻に似た絵が印刷された御札の2枚を持って来られました。蟻の絵の御札はどんな意味があるかわかりません。我が家は4日は正月にもかかわらず神さん事は何もしない風習になっています。 大山スキー場には、新聞によると1.2mの積雪もあるようですし、これも大山町にとっては、よい正月のスタートになりまた。
2014.01.04
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佳愛・愛海・愛莉の孫3姫広島で生活している長男の家族5人が12月31日に里帰りしてきました。我が家の3人を加えて家族8人全員で正月の餅つきをしました。普通の年は正月の餅つきは、12月30日につくのが恒例になっていますが、今年は神様にお供えする餅だけを30日について、その他の正月餅は、息子夫妻と3人の孫娘の帰りを待って31日の餅つきとなりました。我が家の正月餅は、餅米を3升(5,4リットル)をついて、神様に供えたり、家族が正月に雑煮にして食べたり、冷凍保存いたります。 正月の餅つきは、臼にしめ縄を巻いて、こよみの方位で歳徳神の方角(今年は東北東の方角)に向かってつきます。3人の孫娘達も1人が、20回づつ子供用の小さな杵で力いっぱいつきました。つき上がった餅は96歳の年寄りの母が、今年も餅切りをして、孫達女性軍が丸めて餅にします。餅つきが終わると、みんなできな粉を付けた餅を手ぶらで食べました。この手ぶら餅の味は格別にうまいものです。 こうして大晦日の餅つきが終わり、紅白歌合戦を見て、あまり変わったこともなかった2013年もくれました。
2013.12.31
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山陰道の赤碕・中山ICから名和IC間の開通式が関係者270名が参加した盛大に行われました。午前10時から中山農業者トレーニングセンターで式典があり、平井知事・森田町長のあいさつに続いて、来賓の赤沢・浜田・舞立の国会議員祝辞が述べられ、市町村長などの来賓紹介、国土交通省道路局長の事業報告、最後に全員で万歳三唱して式典を終了した。 式典終了後、場所を赤碕・中山IC付近の山陰道に移して開通のテープカットと、くす玉割を平井知事・森田町長・中山小学校、中山中学校の代表などの関係者がおこない、その後、参加者が通り初めをして山陰道、赤碕・中山ICから名和IC間8.6キロが開通しました。式典とテープカットに参加して、大山町の関係者と大型バスで通り初めをして開通を祝いました。この区間の開通によって、東に行くのが7分間短縮されます。式典の始まる前に、中山中学校のブラスバンドが、開通式を盛り上げるために「あまちゃんのテーマ曲」など数曲の演奏を披露しました。
2013.12.21
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大山町老人クラブ連合会の女性の集いを「中山生活創造館」で開催しました。約100名の方が参加されて、年末の忙しい時でしたが、歌に楽器演奏、トークと楽しい1日を過ごしました。 講師は原田 彰さん、肩書きは全日本リコーダー研究会顧問・とっとりリコーダーコンソート音楽監督・とっとりわらべ館唱歌教室講師で元中学校の音楽の先生です。原田先生の楽器演奏はすごい、1人でのハンドベル演奏、2本の笛を吹く、、そのほかハーモニカ、ピヤニカ、太鼓、カスタネットなどを駆使しての演奏でした。 トークでは、音は不思議な魔力を持っている。音は目に見えないが不思議な力を持っている。・『音』は、その人の気持ちを表す。・『音』は、人の気持ち変える。・『音』は、表情と関係が深い。音楽は心の健康薬で、心を癒し、若返らせてくれる。・リズムやテンポは、心に好ましい刺激を与え、脳機能を活性化する。・メロディーは、心をなごませる。・歌詞は過去の懐かしい思い出につながる。・音楽の刺激は、脳細胞を活性化し、ぼけを予防する。・声を張り上げられるのは、若さの証拠。など音楽を聴いたり歌を唄うことで若さが保たれる。と言う話でした。楽しい歌「紅葉」「村祭り」「里の秋」や「もしもし亀よ」の替え歌で「年を取るってどんなこと」、その歌詞は「年を取るってどんなこと、忘れっぽいというけれど、一杯詰まった知恵の箱、出すのにちょっと迷うだけ。」など唄いました。今日参加した大山町の約100人の老人クラブの女性の皆さんは、大分若返られたかな!!
2013.12.19
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モンゴル中央県から行政(教育)実務研修のため、12月10日から15まで鳥取県に3名来県していました。鳥取県西部のモンゴル中央県親善協会の会員がモンゴルの研修生の皆さんを囲んで歓迎会を開きました。 研修に来た方は、ゾーモンド 市副市長のズンドイ・エルデネバータルさん、中央県社会開発部教育担当主任専門員ツェレンジャムツ・ナラントヤさん(女性)、中央県教育局統計担当専門員レンツェンドルジ・エンフアムガランさんの3人です。3人は平井知事を表敬訪問したり、県庁や教育現場を視察したりして、日本の教育の現状を見たりして研修を深めました。そして今日米子市に来られたので歓迎会を開きましました。 歓迎会に集まった人たちは、皆さんモンゴルに行った人で、一番多い人が5回も行っています。モンゴルの話で大変盛り上がっていました。今のモンゴルの気温は-18度と非常に寒いようです。皆さんは明日、米子空港から帰国の予定で、今晩は日本最後の夜であり、大変盛り上がった歓迎会と送迎会となりました。
2013.12.14
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この旅行の最終日は映画「戦場にかける橋}で有名になった、クウェー川鉄橋と泰緬鉄道に乗ることです。カンチャナブリには、泰緬鉄道建設に関わって犠牲となった連合軍捕虜(イギリス人が多い)6,928柱の墓碑、日本軍鉄道隊が昭和19年2月に建設した、慰霊碑があり参拝しました。慰霊碑に線香をたむけ、同行した家森住職に読経していただき、みんなで般若心経あげて供養しました。 クウェー河鉄橋は、長さが333メートルの鉄橋でした。観光客は鉄橋を歩いて渡り、映画「戦場にかける橋」のシーンに思いをはせていました。ここは1日に3本(往復かな)しか列車が通らないので安心して鉄橋をわたれます。http://www.youtube.com/watch?v=AjgEKng8rYs 列車に乗った感じでは、この鉄道が難工事で多くの犠牲者が出たようなことは感じられませんでした。でも第二次戦争中の南方戦線での大きな歴史の証人であることを思い起こし、戦争の愚かさを心に刻みつけなければいけないと感じたものです。 泰緬鉄道乗車証明書 この旅行最後の晩餐は中華料理の老舗レストラン、おいしい料理とビール・酒等をいただき、インド・タイの旅行を思い起こし楽しいい最後の晩餐でした。 この旅は、総勢15名で2013年11月15日に鳥取県米子市を出発し、関西国際空港で合流、タイ・バンコク、インド・ガヤ、ブダガヤ、ベナレス、再びタイ・バンコク、カンチャナブリと6日間で回り、11月20日にたくさんの楽しい思い出を胸にを帰ってきました。
2013.12.01
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タイ・バンコクは、少し暑かったが大変良い天気に恵まれ、まず、黄金色に輝く王宮の見物からスタートした。絢爛豪華な装飾にかざられるた寺院の中に61センチのエメラルドの本尊が安置されていることからエメラルド寺院と呼ばれてる。 本物の金箔かな?? 近くにあった、アンコールワット(ミニサイズ模型)、本物のアンコールワットは遺跡だが、ここのものは完全の形のものです。 チャクリー・マハ・プラサート王宮は、、タイとヨーロッパの建築様式がが混合した造りとなっている珍しい建物です。 d昼食は、有名レストラン「ブルーエレファント」でタイ料理。建物はコロニアル建築で風格があり、内装は木造のセンスが良くステキなレストランで、タイ料理も大変おいしかった。みんな満足、満足でした。 ジム・トンプソンの家はアメリカの実業家でタイのシルク王と言われていた、彼がマレーシアのキャメロン・ハイランドで謎の失踪を遂げる直前まで住んでいた家。1950、60年代にタイ各地で集めてきた種々の建築様式が取り入れられている。トンプソンはシルク会社を立ち上げた頃、東南アジアの芸術作品を集めていた。タイだけでなく、当時のビルマやカンボジア、ラオスも仏教芸術品の収集先としていた。しばしばこれらの国に作品を収集するために出かけていた。トンプソンが収集した仏教芸術作品などが展示されていた。 きれいなタイの娘さんの絹糸取りの実演帰りはサービスでこの車でバスまで送ってくれました。楽ちん楽ちんでした。 夕食はタイの古典舞踊を鑑賞しながら、豪華なバイキングの食事に舌鼓を打ちながら腹も満腹で安らかに4日目の眠りについた。
2013.11.30
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朝、早起きをしてガンジス河にヒンドゥー教徒の人々の沐浴(もくよく)のようすをボートに乗って見に行きました。ガンジス河添えに階段状の石段の沐浴場が数カ所あり、その場所からガンジス河に入って身を清めて祈りをする。若者からお年寄りまで多くの人々が、朝早くから沐浴をしていました。近くには火葬場もあって、亡くなった人をそこで火葬して、その灰をガンジス河に流したり、沐浴場の近くに洗濯場もあり、洗濯をしている人もいました。聖なる河ガンジス河は、あらゆるものを洗い清めてくれる。ベナレスは仏教4大聖地の一つで、お釈迦さんがはじめて説法を行った初転法輪の地で、20世紀に発掘されて多くの遺品や遺跡が発見されています。発見された美術品やインド美術の傑作の仏像、遺品は考古学博物館に展示してありました。 サルナートを象徴する建物はダメークストゥーパで、高さ44メートル、直径28メートルの巨大な円筒基部の上に円筒がのる5~6世紀に建てられたもので、壁面には唐草文様や幾何学文様の装飾がありました。遺跡も広範囲にわたり残されていました。インドでの指画の奉納、ブダガヤ、ベナレスの観光を終わり、タイ国際航空TG238便で、タイ・バンコクに向かい、高級ホテル、グランドハイアット・エラワンでタイの第1夜の眠りにつきました。
2013.11.28
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濱田珠鳳先生とインド・タイに指画奉納の旅に同行してきました。濱田珠鳳先生は国内はもとより海外の多くの有名な神社や寺院に指画を奉納しておられます。その活動の一環として今回はお釈迦様の国インドのブッダガヤの世界遺産マハボーデ寺院を訪れて「蓮の花」の指画を奉納しました。インド・タイ指画奉納のの旅参加者15名で記念撮影マハボーデ寺院は大菩提寺とも呼ばれており、お釈迦さんがこの寺の裏庭の菩提樹の木の下で、悟りをひらいたと言われています。紀元前約530年頃に建てられた、煉瓦づくりの高さ53メートルの仏塔で、2002年に世界遺産に指定されています。菩提樹の木の下で瞑想でなく記念撮影仏教の信者が世界中から毎日たくさん参拝に訪れています。この日はタイ国王が仏塔に金塊300キロを献納されたことで、タイの多くの信者が菩提樹の下で瞑想していました。その後、日本の仏教の宗派が共同で建てている「印度山日本寺」にも参拝しました。日本から26歳の若い僧侶がきていました。この寺にも6年前に「牡丹図」の指画が奉納してあり、その絵にも再会できました。午後は、230キロ離れたべナレスにバスで向かいました。ブダガヤ~ベナレス間はインドの幹線道路で物流の大動脈で、大型トラックや大型トレーラが資材や生活物資、石炭などを積んで走っていました。インドの高速道路はガタガタ道で時間がかかりました。4時間半ほどかかって、夕方、暗くなってからベナレスに到着しました。ゲートウェイホテルでインド2日目の夜を迎えた。途中のファミリーレストラン
2013.11.25
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アマチュア無線の趣味の集まりである、「第15回全国HF愛好会」が、鳥取県東郷温泉であったので参加してきました。参加したアマチュア局は、北は北海道の札幌市・登別市から南は長崎県長崎市の全国各地から61名で、奥さん同伴の局が11組ありました。 この集まりは、15年前に富山県氷見市で第1回が開かれ、それ以降相馬市、土浦市、御津町、小野田市、熊本市、中津川市、小樽市、長野市、坂出市、あわら市、花巻市、日光市、三木市と各地で開かれて、今回、鳥取県湯梨浜町東郷温泉で開かれたものです。 会は、午後5時半から実行委員長JR3CDE深坂さんのあいさつで始まり、JARL鳥取県支部長の歓迎のあいさつ、続いて乾杯で楽しい、賑やかな宴会に入り、平素は電波を通じての話ですが、今日は楽しいアイボールで夜遅くなるまで無線談義に花が咲き、酒の酔いが回ってくるにつれて、話も最高に盛り上がりました。 その後、参加者が各地から持ち寄った名産品やお土産品の抽選会を楽しみました。 最後に来年の開催地は2エリヤ(東海地方)で開催することを決めて、1次会終わった。2次会はカラオケグループと飲み直すグループに分かれた夜遅くまで賑やかに過ごして会を終わった。 かくし芸も飛び出しました
2013.10.07
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「中国地区合同ハムの集い」が、6月29・30日にJARL鳥取県支部の主管で鳥取県米子市で開催され、およそ100名のアマチュア無線の仲間が中国地方はもとより、2エリヤ、6エリヤからも集まって盛会のうちのハムの集いを終わりました。29日は午後7時からの前夜祭には、26名の参加をいただき、地元の山菜や日本海の新鮮な魚介類を使った美味しい料理に舌鼓みを打ちながら、冷たいビール、焼酎、地酒で喉をうるおし、夜遅くまでアマチュア無線談義が続き、賑やかで楽しい前夜祭でした。30日は午前10から開会。鳥取県支部長、前中国地方本部長のあいさつ、続いて中国総合通信局企画調整課長石井 一也様から電波行政や電波環境の話をまじえた来賓祝辞をいただきました。続いて、来賓、講師、各県支部長の紹介があって開会行事は終わりました。次に鳥取県支部関係の日程で、平成24年度事業・会計報告、平成25年度事業計画・予算案の説明。平成24年度オール鳥取コンテスト入賞者発表・表彰、鳥取県OSOコンテスト入賞者発表・表彰を行いました。
2013.07.06
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天皇・皇后両陛下が第64回全国植樹祭のため、鳥取県に来られて、鳥取県南部町の鳥取花回廊に一般・関係者5,000人が参加して盛大に開催されました。その翌日の6月27日に両陛下がご視察で鳥取県大山の「大山自然歴史館」に来られたので、大山町老人クラブの人50人と一般奉迎に行ってきました。両陛下が大山にこられたのは、皇太子時代の昭和41年8月9日に第8回国立公園大会が大山鏡ヶ成で開催された際に来られて以来47年ぶりのお越しでした。 好天に恵まれ大山の山も美しい姿を見せて、両陛下をご歓迎。午前10時30分、大山自然歴史館にご到着になり、元気なお姿を見せられ、集まった奉迎者に何回も手を振って答えておられました。 館内の大山の自然、歴史に関する展示物を30分間ご見学になり、その後に隣にある「大山情報館」に歩いて行かれ、ご休憩された後に多くの人々が見送る中、次のご視察先に向けて大山をあとにされました。大山町老人クラブ連合会大山支部の参加者で記念撮影
2013.05.30
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豪華客船サンプリンセス号が境港に入港したので、見学に行きました。動く豪華ホテルといわれる、この船は、総トン数77,000トン、全長261m、船客定員1,950人で、今回のクルーズは乗客1,350人を乗せて横浜、青森、釜山、金沢を回って境港に入港したものです。境港の岸壁に横付けされた白い巨大な客船。この乗船客を公民館サークルの傘踊りや淀江さんこ節などで歓迎していました。多くの乗船客はデッキからこれらの郷土芸能を楽しみ、大きな拍手を送っていました。また、この豪華客船を一目みようと多くの人々が岸壁に詰めかけていました。 午後5時、蛍の光の音楽が流れる中、岸壁と船上から手を振り、白い巨大な船体はゆくり岸壁を離れ、次の寄港地である舞鶴に向けて出航して行きました。
2013.05.14
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任期満了による大山町長選挙が4月16日告示、21日投票で行われ、現職の森田ますのりさんが僅差で当選しました。当選した森田増範町長今回の選挙は、現職の森田増範さんと前職の山口隆之さんの一騎打ちで、4年前の選挙と同じ戦いでした。選挙の前哨戦は昨年の10月から始まり、両陣営の後援会が何回となく部落まわりをして、後援会の入会や支持を呼びかけた。森田陣営は、大山町大山口に選挙事務所をかまえて、出陣式は300人の支持者が集まり、鳥取県西部地区の町村長など多数の来賓迎えておこなった。一方、山口陣営は大山町御来屋の選挙事務所前に350人の支持者や応援者が集まっての出陣式。5日間の町長選挙のひぶたは切られた。4月21日午前7時から投票が行われ、午後8時で投票が終わった。当日有権者14,963人、投票率79・37%(前回83.16%)で前回を下回った。予想では激戦だったので投票率は上がるものと見ていたが結果は投票率は下がった。開票は、午後9から名和農村トレーニングセンターで始まり、町民の審判は決まった。森田増範さん当選 5,962票、山口隆之さん5,669票、その差僅かに283票。今回の選挙は初めから激戦が予想されていたが、町民の審判は森田町政の継続を選択した。同時に行われた町議会選挙は、新人の大原広巳さんが1,133票でトップ当選。以下、米本隆記(以下敬称略)972票、野口俊明928票、野口昌作881票、杉谷洋一847票、吉原美智恵731票、大森正治714票、近藤大介658票、岩井美保子645票、西山富三郎602票、西尾寿博598票、岡田 聡592票、大杖正彦54票8、加藤紀之535票、遠藤幸子395票、圓岡信夫381票。現職11人、元職1人、新人4人で現職議員が落選。西山富三郎さんは旧名和町の議員も含めて11回目の当選で、全国的にも珍しい当選回数です。大山町の街も町民も熱く燃えた、6ヶ月の町長選挙と議会議員選挙であったが、もとの静かな農村に帰り田植えの準備が進んでいる。
2013.04.30
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大山町老人クラブ連合会のリーダー研修会を「福祉センター中山」に老人クラブの役員さん100人程が集まって賑やかに開きました。今年は地元大山町の歴史につい勉強をしようということで歴史の話を聞きました。 まず、講演で『大山町の歴史あれこれ』と題して、名和歴史研究会会長の金田千義さんから話を聞きました。話の内容は鉄道のことを中心とした、明治・大正時代の話でした。山陰地方で、一番最初に開設された駅のひとつで、開業当時の木造駅舎が現存する「御来屋駅」と最初に架橋された鉄橋のひとつ、「名和川鉄橋」は現役で活躍している。 日本で最初に鉄道が開通したのは、明治5年、新橋~横浜であり、それから30年遅れた明治35年11月1日に山陰地方で初めての鉄道が、境~御来屋間が開通し、新しい時代の風が吹いてきた。 なぜ、境~御来屋間に鉄道が敷設されたのか。鉄道を敷設するには、工事用の機械やレール、橋梁用の材料、機関車や客車など膨大な重量資材を運ぶのに陸路輸送は困難で、海路輸送となる。そのため港のある境が陸揚げ地となり、起点となった。もう一方の御来屋は、陸軍の軍馬補充部大山支部の本部が庄内村富長にあったため、軍事的要件が考慮されたためである。軍馬補充部とは、主として東北地方から2歳馬を購入して、4歳馬まで育成し、広島・岡山・姫路・善通寺の各師団に軍馬を供給する役割を担っていた。当時、境~御来屋間の駅は、境駅・大篠津駅・後藤駅・米子駅・淀江駅・御来屋駅の6駅であった。その後に開業した駅は、名和駅は、明治42年に仮駅ができ、明治45年臨時駅となり、桜のシ-ズンにのみ汽車が止まっていた。その後、昭和30年常設の駅となった。大山口駅は大正15年9月に開設された。伯耆大山駅は熊党駅として、明治35年12月開設された。その後、明治44年10月大山駅に、大正6年5月伯耆大山駅と改称された。下市駅は、明治36年8月、中山口駅は昭和26年11月に開業された。境駅は最初の駅は今の駅より米子よりにあったが、大正3年12月に移転され、大正8年7月境港駅と改称され、平成7年3月現在地に移転された。 御来屋駅は、現役で活躍している山陰地方最古の駅舎である。木造平屋建、洋風建築の建物、待合室、発券売り場、小荷物取り扱い場、プラットホームなどが当時の様子を伝えている。 名和川鉄橋は全長60m、鋼鉄製2連プレートガーター橋で、橋台と橋脚は表面に切石とレンガが用いられ、当時の鉄橋の姿を残している。子どもの頃名和公園に花見に行くときに、この鉄橋を歩いて渡たり、高い鉄橋で怖かった思い出がある。講演のあと、「名扇会」と「中山芸能同好会」の演芸を楽しみ、昼食と懇親をして研修会を終わった。
2013.03.10
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福山駅前で見つけたボンネットバス先日、日本アマチュア無線連盟中国地方本部の会議で福山に行ってきました。会議は来年度の事業計画、役員の交代、当面のいろいろな話や協議事項でした。 福山の街は過去に2~3回行ったことがありますが、久しぶりに行きました。駅前も綺麗に整備されて、整然とした町並みでしたが、人や車も比較的少なく、駅の後ろに福山城も見えて、地方都市の印象でした。 いすずのボンネットバス駅前でボンネットバスと旧型ジープを見つけました。子どもの頃にどこでも走っていたボンネットバスが生きていて今も走っているとは感動でした。民間用のジープでよく走っていたのは、この形とこの色でした。
2013.03.08
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第64回全国植樹祭のアマチュア無線特別局の開局式を行いました。開局式は、全国植樹祭の事務局のある、米子市糀町の鳥取県西部総合事務所の会議室に関係者が集まって、午前10時から盛大に開きました。まず、主催者の日本アマチュア無線連盟鳥取県支部長のJH4PKQ黒田 隆弘が、第64回全国植樹祭実行委員会や関係者の皆さんのご支援、ご協力により特別局「8J4G」の開局の運びになりました。平素は公共の電波を使ってアマチュア無線を趣味として楽しんでいるので、社会貢献の一つとして、この特別局を使って今日から5月31までの3ヶ月間「第64回全国植樹祭」を全国にPRする活動を行います。と挨拶。 支部長と事務局長の挨拶続いて、第64回全国植樹祭鳥取県実行委員会事務局長の大北 誠様から、第64回全国植樹祭に向けた準備を進めている中で、日本アマチュア無線連盟鳥取県支部が特別局「8J4G」を立ち上げてPRをしていただけることは大変嬉しいことです。などと祝辞が述べられ大会キャラクターの「トッキーノ」が紹介されました。 無線局開局のスイッチが大北事務局長と黒田支部長で入れられ、特別局「8J4G」が開局し、黒田支部長が全国に向けて電波を出しました。「CQ CQこちらは「8J4G/4」入感の局がありましたらQSOをお願します。」と電波を出すと早速「8J4G/4こちらはJO4ECX交信をお願いします。」と応答があり初交信ができました。最後に参加者全員と「トッキーノ」でジュースで乾杯して開局を祝いました。日本アマチュア無線連盟鳥取県支部は県内である大きなイベントが開催される際には特別局を開局して、行事を盛り上げるためのPR活動に協力してきました。昨年はマンガサミットの「8J4MANGA」、一昨年は、豊かな海づくり大会の「8J4TOTO」、和牛博の「8J4MOMO」、以前には山陰夢みなと博の「8J4JET」などを開局しています。
2013.03.02
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坊領公民館で老人クラブ坊領松栄会の主催の「長生き出来る秘訣」の講演会があったので行ってきました。参加者は大変盛会で50名弱で、そのうち男性が10人ほどで、女性が圧倒的多数でした。講師の先生は、老人クラブの講師団、フォークダンス講師の青山典代先生。「何歳になったか?、でなく、何歳に見えるか?」、どうしたら長生きできるか。父親が見本、102歳まで長生きで元気に生きた。食事は素食、大根おろし、はちみつ入り牛乳。腹は7分目。乾布まさつを毎日していた。80歳からの手習いでマスターズに挑戦し、80歳~101歳まで大会に出場した。三段跳び、幅跳びなど、高齢になってからは、砲丸投げ、やり投げに出場して世界新記録も出した。「百歳万歳」のテレビにも出場した。10分間の番組の取材が、5日間も収録した。インタビューでいろいろ考えながらしゃべったことは全部カットされて全然放送されなかった。医学博士で、財団法人聖路加国際病院理事長、同名誉院長の日野原重明先生は、1、10、100、1,000、10,000が長生きの秘訣と言っておられます。1日1回自分をほめる。10回笑う。100回深呼吸する。1,000文字を書き読む。10,000歩、歩く。 「あいうえお、かきくけこ」が元気の秘訣とも言われています。「あ」は、愛。ありがとう。「い」は、意欲をもって暮らす。「う」は、美しい心を持つ。運動。浮気。「え」は、笑顔。「お」は、思いやり。親孝行。恩返し。「か」は、感動。感激。感謝。「き」は、興味を持つ。「く」は、工夫。「け」は、健康。「こ」は、好奇心。恋する。講演のあとは、「与作」「水戸黄門」の歌に合わせて、体を動かす体操か?踊りか?みんなリラックスしたところで、本日の講演会は終となった。楽しい講演会でした。
2013.02.13
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米子市児童文化センターで子どもたちに科学技術の面白さと大切さを体験させるための、電子工作教室でICラジオ作りをしました。ボランティアの講師人当日は小学校高学年を中心に子どもたちが、初めてのICラジオに挑戦しました。配布された部品の点検から始めて、抵抗・コンデンサー・IC・トランジスターなどの部品を基盤にハンダ付けして行きます。ほとんどの子どもたちがハンダ付けは初めてで、うまくできませんので、指導者も汗だくで指導して、だんだん上手くなってきて、全員の子どもたちが見事に完成することができました。完成したICラジオに乾電池を入れて、イヤホンを耳にさして、スイッチON、LEDが点灯、ダイヤルを回すとラジオ放送が聞こえてきました。子どもたちは「聞こえた、聞こえた。」と大喜びでした。参加した子どもたちに感想を聞くと「自分でラジオが作れるとは、思っていなかった。」「自分で作ったラジオで、こんなに良く放送が聞こえるとは思っていなかった。」などでした。これを契機に子どもたちが、科学技術が好きになり、科学の世界やものづくりに興味を持ち科学の道に進んでくれることを大いに期待しています。
2013.01.31
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正月恒例の濱田珠鳳寶珠会の新宴会が開かれ出席しました。会場は皆生温泉のホテル芙蓉で参加者は50名ぐらいかな。会長やご来賓のあいさつ、続いて濱田珠鳳先生のあいさつ、活動の紹介で青森県の伊都部稲造記念館での指画実演の模様の紹介、龍の国、幸せの国ブータン王国への龍の画奉納、日光東照宮への正式参拝などの濱田珠鳳先生の活躍された報告があった。続いて、昨年から今年にかけて、「濱田珠鳳寶珠会」に新しく入会された方々の紹介と、一言づつの挨拶があった。今回の新入会は岡山県の方々が多いようでしたが、濱田珠鳳先生のご活躍と人柄に引かれての入会のようでした。宴会も時間がたち、お酒が回るにつれて次第に盛り上り、得意のカラオケでの名調子の歌や踊りなども飛び出し、新年宴会も最高潮にたしたところで、濱田珠鳳先生の絵や色紙、会員から寄贈された、花、海藻、どら焼きなどが当たる大抽選会に入った。箱の中に入った抽選番号が読み上げられるたびに、大きな歓声と落胆のため息がきかれました。濱田珠鳳先生の掛け軸の絵や色紙の絵が当たった何人かの方々は大喜びでした。その中の掛け軸の一本は何も書いてない白紙の掛け軸がありました。それは後で先生が絵を描いて完成するとのことで、一安心でした。こうして楽しく過ごした濱田珠鳳寶珠会も、巳年は蛇、蛇はバックしない前進あるのみで、今年が良い年になることを祈念しながら楽しい新年宴会を終わりました。
2013.01.21
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大山ライオンズクラブの新年祈願と新年宴会に、家族会員で招待を受けたので参加しました。毎年、近くの神社で新年祈願の参拝と新年宴会を家族も一緒に開いています。今年は、大山町御来屋の住吉神社に参拝して今年の幸せを祈りました。 住吉神社は摂津の国(現在の大阪府北中部の大半と兵庫県南東部にあたる)にある官幣大社・住吉大社の分霊がまつられている神社で、後醍醐天皇が隠岐の島から御来屋(みくりや)に上陸した際、こちらに奉幣したという伝説があります。11月3日の文化の日に隔年で開催される、住吉船曳神事(すみよしふなひきしんじ)が有名です。この祭りは、住吉神社が海の神をまつることから、海の男たちの安全を祈願するお祭りだと言われています。船曳神事(D-Clubから転載)新年祈願の後、近くの旅館で新年宴会が開かれ、美味しい磯料理と酒にビールを飲み交わし、親しく談笑した楽しい新年宴会でした。
2013.01.17
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毎年恒例の老人クラブの人権同和研修会と新年宴会を皆生温泉で開きました。当日は朝から雪模様で少し寒い日でしたが参加者は61名で大変に盛会でした。最初に人権同和研修会で、講師に鳥取県教育委員会の生田信樹先生をお迎えして「誰もが安心して暮らせる人権を尊重するまちづくり」のテーマで、参加型学習をしました。まず、アイスブレイク(会が和やかに進むよう雰囲気作りをすること)で、ジャンケンをしたり、拍手をしたりして、ゲーム感覚で話に入り「子どもの人権」「自分の人権」を考えたり、グループで「人権を尊重するまちづくり」のためにできることを話し合った。こうして楽しい雰囲気で、参加型の人権同和研修会ができました。 正午から「新年宴会」。今年は平成24年、西暦2013年、皇紀2673年、明治146年、大正102年、昭和88年、巳年、巳年は蛇として表されている。蛇は後ろにさがることはできないので、今年は前進あるのみです。また、脱皮して発展する年。財布に脱皮した「そげ」を入れておくと金が貯まるとも言われています。今年は良い年金が貯まる年になりそうです。うまいご馳走とお酒にビール、焼酎などで楽しい新年宴会。酒がまわるにつけてカラオケでの、のど自慢の歌も次々と飛び出し楽しい2時間の宴会も終わりとなり、今年も良い年になることを願いながら新年宴会を終わりました。
2013.01.10
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神楽殿の大しめ縄 長さ13m・重さ4.5トン正月の2日に雪も降らなかったので急に思い立って、出雲大社に初詣に行って来ました。今年は平成の大遷宮の年に当たることもあって、雪は降らなかったが、風が強く寒い日でしたが参拝客は多かった。晴れ着姿の娘さんや若奥さんの姿は全く見られなかったのが残念でした。 出雲大社の「ご縁広場」の道の駅の駐車場に車を止めて、少し遠かったが大社の市街地を歩いて「出雲大社」に参拝した。途中の町並みも遷宮に合わせたのかはわからないが、整備されていた。一畑電車の駅舎も改装されて綺麗になっていた。出雲大社の巨大な本殿の建物、はじめ境内のいろいろな建物が、改築されたり修復されて綺麗になって、5月10日の遷座祭の日を待っているようでした。 今回の出雲大社平成の大遷宮は、昭和28年以来60年ぶりに行われるもので、平成20年4月20日から始まり、5年間の歳月をついやして平成25年5月10日に完成します。総事業費は80億円で、国宝出雲大社本殿などの修造(屋根の葺き替え)、防災事業・記念事業(境内整備)、その他奉賛事業が行われます。 平成の大遷宮は、5月9日に本殿清祓、大殿祭、客殿・牛飼神遷座祭が行われます。この神事は本殿を祓い清め、災いが起きないよう祈願祭を行う。さらに御本殿に御客座五神と牛飼神を遷座するものです。5月10日は、本殿遷座祭が行わります。これは御仮殿に鎮座する大国主大神を御本殿に遷座する祭りです。そのほか本殿遷座奉幣祭、本殿遷座奉祝祭などのお祭りや佐陀能、大土地神楽の奉祝行事も予定されています。60年ぶりの平成の大遷宮の5月10日には、出雲大社に参拝して、出雲の神様のおかげを受けたいものです。
2013.01.03
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新年あけましておめでとうございます。今年の元日は好天に恵まれ、おだやかな正月を迎えることができました。平成25年が平穏で良い年になることを願うものです。元旦の朝は、年末からの冷え込みで、庭には薄っすらと雪化粧うしましたが、気温は1度、天候は朝は曇り模様でしたが、午後には晴れの良い天気になりました。今年は、平成25年、昭和88年、大正102年、明治146年、西暦2013年、皇紀2673年の巳年にあたります。分厚い正月の新聞に目を通し、頂いた年賀状を1枚、1枚めくりながら、昨年お世話になった皆さんや昔のお付けあった方々の、無事を確認しました。午後は、素晴らし天気になり、大山の山が美しく輝いていましたので、大山の写真を撮りに、米子市八幡付近から伯耆町小林付近を一周りしてきました。写真の腕はともかく、最近のカメラは写りが良いので、綺麗な写真が撮れました。この写真は、アマチュア無線のQSLカードにして、全国にばらまいて大山のPRに役立てたと考えています。何枚かを披露します。 平成25年元旦の大山
2013.01.02
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我が家の正月準備は、息子夫妻や3人の孫娘の帰りを待って始めます。まず、初めは家族総出で餅つきから始めます。臼と杵で昔ながら「ぺったん、ぺったん」と餅つき、95歳の祖母の役割は、餅ち切りで今年も4升、3臼の餅を切り、3人の孫娘が丸め役です。 三姉妹の餅つき神棚や恵比寿さん、床の間、仏壇、門のしめ縄も手作りでないます。ただ、玄関のしめ縄は知人の奥さんの手作りをいただきましたので、今年はそれを飾りました。門松は何十年前から紙門松です。昔、「新生活運動」という、結婚式等や冠婚葬祭の簡素化、合理化や食生活改善等が叫ばれた運動がありました。その時に松の木を切って門松を作るのは良くないと言うことから紙門松が作られ、それが今も続いています。 床の間には、元旦は「日の出」を飾り、歳徳神をお迎えしてお祭りします。玄関には正月の花の生花飾ります。去年かいつか「トイレの神様」という歌が流行り、大ヒットしましたが、我が家はトイレに「センチばんばさん」を紙で作って飾ります。これを作るのも95歳の祖母の仕事となっています。 床飾りと玄関の花 トイレの神様これらの正月を迎える準備を終わり、「年越し鍋うどん」(息子がそばアレルギーのため)を食って、「紅白歌合戦」を見て新年を迎えます。
2012.12.31
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米東53期ボーリング同好会打ち上げ会をして、今年のボーリングの投げ終としました。平成24年下期は入江君が最後の試合で逆転して見事に優勝を勝ち取りました。試合のあとに会場を変えて打ち上げの楽しい宴会をしました。 このボーリング同好会は、高校時代の同級生の会で始まってから10年以上も続いているが、現在の会員は22~23人かな??。毎週火曜日が練習会で、第1.3金曜日に試合をして楽しんでいる。上期と下期の年に2回、打ち上げと称して飲み会をして親睦を深めている。 我々の年代は、かってのボーリングブームの時に青春時代をおくった年代であり、「さわやか律子さん」で、中山律子、須田加代子、並木??等の女子プロの活躍、当時の若者がボーリングに熱中ものでした。今、壮年期を向かへて、毎日が日曜日となり運動不足の解消とボケ防止で、昔取ったきねづかでボーリングを楽しんでいる。スコアは練習しても一向に上がらない。ボーリング場はシニアボーラーで成り立っているようなものである。来年も元気に楽しいボーリングで汗を流し、楽しく語り合いたいものです。
2012.12.22
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12月に入って今年も降雪のシーズンを迎えました。この時期になると我が家の毎年のなやみは、家から道路までの40メートルの除雪作業です。簡単な融雪装置はできないかと以前から考えていましたが、この度川水を利用した融雪装置を作りました。 装置は川の水を水中ポンプで汲み上げて、地下の配管に流し地上に立ち上げた放水口から水を放出して雪を溶かすものです。放水口は80センチ間隔で45個付けました。試験放水の結果は合格点でしたが、放水口の角度や方向の調整が必要です。今回使った水中ポンプは、エバラポンプ・100V/670Wで能力が毎分2.6mで220リットル、14.7mで30リットルの中古のものです。 今年の冬は道路の雪はねから開放され良い年になりそうです。
2012.12.10
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晩秋の11月24日、鳥取市鹿野町にある池田政綱の菩提寺、凌泰山雲龍寺に行ってきました。雲龍寺は紅葉がきれいで、裏の庭園は裏山の借景を取り込んだ大変美しい庭園でした。また、今回の公開では片山楊谷の虎の屏風や土方稲嶺の鶴の屏風、掛け軸、鳥取藩12代藩主・池田慶徳の書などが公開されていました。 片山楊谷は、17歳で鳥取に居着き、鳥取藩士・片山家の養子になった。江戸時代の絵師で鳥取地方にも素晴らしい絵を残している。そのひとつが今回公開となっている「虎の図」の屏風です。この屏風は、2010年9月28日に放送された、「なんでも鑑定団」に出されて、1,200万円の評価が付けられたようです。 鑑定団で1,200万円の評価の「虎の図」屏風 虎のアップ土方稲嶺は鳥取藩のお抱え絵師で、江戸時代中期から後期に活躍しすぐれた多くの作品を残している。「鶴の図」の屏風は見ごたえのある作品であった。 土方稲嶺の「鶴の図」屏風 左右が稲嶺の「龍虎の図」と中央が鳥取藩12代藩主・池田慶徳の書 鳥取市鹿野町の街は、鹿野城下の街であり池田家の影響を受けて、文化的な多くの遺産が今に受け継がれている。晩秋の鹿野路と雲龍寺を訪ねた楽しい一日でした。 素晴らしい雲龍寺の庭園
2012.11.25
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有名な国宝の日光東照宮「陽明門」 『龍を画く女』指画の濱田珠鳳先生と秋の日光東照宮と日光二荒山神社(にっこうふたらさんじんじゃ)中宮祠に「寳珠の会」のメンバー11名で参拝してきました。濱田珠鳳先生は絵筆を使わず十指で絵を描く技法を中国に渡り勉強し習得して帰り指画を描いておられます。今回参拝した日光東照宮には「双虎図」、日光二荒山神社中宮祠には「松鷹図」が平成16年7月に奉納してあり、その絵をみるのも一つの目的の参拝でした。東照宮では本殿の一番神様に近い昔は将軍だけが入ることができた場所で正式参拝をさせていただき、いっぱいお願い事を祈念しました。若い神主さんが国宝の陽明門、唐門、五重の塔などの建築物や左甚五郎の眠り猫、見ざる言わざる聴かざるの三匹の猿、国宝の唐門や唐門につながる鮮やかな塀の彫刻、石段の横の飛越の獅子、伊達政宗が奉納した鉄の灯篭、火を灯せば回る青銅の灯篭、輪王寺本地堂の鳴竜など親切丁寧に説明していただきました。 正面の鳥居・五重塔 国宝唐門と続く塀 三猿 左甚五郎作の眠り猫 眠り猫の裏の雀たち 飛越の獅子(石の柵を飛び越した獅子・後ろの柵と一体で作られている)日光東照宮美術館の入口から近い場所に濱田珠鳳先生の「双虎図」の屏風が納めてあり、先生も7年ぶりの双虎との再会でした。徳川家康は寅年の生まれで、東照宮では虎を特に大切にしているとのことでした。美術館は写真撮影禁止でしたが、特に許可をもらって撮してきました。 昼食は丹下健三設計の広い「客殿」でいただきました。この建物は平成7年に建築されたもので、四隅に斜めの柱が4本あるだけで内部には柱がない構造の斬新なデザインの建物でした。昼食の前には、東照宮の稲葉久雄宮司がお越しになって、東照宮の説明をしていただきました。 丹下健三設計の「客殿」 帰りにはお土産に御神酒、神饌(羊羹・かつお絹削り・とろろ昆布・御神塩)、東照宮御神田にて生産の日光コシヒカリ、日光東照宮特製の来年のカレンダーをいただきました。VIPなみのおもてなしをいただき、日光駅まで車で送っていただきました。誠にありがとうございました。前日は、「華厳の滝」にエレベーターで降りて見学しました。水量も多く97mから落ちる滝は壮観でした。その後に中禅寺湖畔にある日光二荒山神社(にっこうふたらさんじんじゃ)中宮祠に参拝しました。この神社にも濱田珠鳳先生が「松鷹図」を奉納しておられています。 正式参拝の後に宝物館に収納してある「松鷹」の掛け軸を拝見して、今夜の宿泊地の奥日光の「奥日光高原ホテル」に向かいました。途中から雪が降り出し、まわりの山や道路は白くなりました。 日光二荒山神社と「松鷹図」 一夜明けてホテルの周りや道路は雪がつもり、冬景色に変わっていました。ホテルのバスで日光東照宮に行き参拝後、電車で浅草、一泊し翌日の飛行機で持ち込み禁止の品物があるトラブルもありましたが、米子に無事に帰着。楽しい二泊三日の日光東照宮参拝の旅でした。
2012.11.17
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鳥取県で開催されている「マンガサミット」にモンゴル中央県のブースが出展され、馬頭琴奏者のエルデネバータルさんが来日したのを契機に県内でも演奏活動が行われたので、大山町坊領公民館で演奏会を開いてもらった。午後5時から6時までの1時間、馬頭琴の演奏とフォーミーの歌を集まった25人ほどの前で民族衣装姿で披露したり、モンゴルの話や馬頭琴のことなどを通訳を通じて話したり、質問にも答えていた。馬頭琴で演奏した曲は、モンゴルの伝統的な曲や日本の歌謡曲「北国の春」など数曲。 演奏会に集まった人々は、初めて聞く馬頭琴の素晴らしい音色に感動したり、フォーミーの歌声に驚いたりで、1時間が瞬く間に終わったような感じでした。集まった人々からモンゴルの草原で聞いてみたい、とかモンゴルに行きたいなどモンゴルフアンが増えたようでした。今回の催し楽しい1時間でした。
2012.11.12
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年金者の会の研修会で広島県の「宮島」に日帰り旅行で行ってきました。仕事を引退してから7年あまりになりました。と言っても我が家の伝来の仕事の百姓は生涯現役になりそうです。毎年、研修旅行と名を打って日帰り旅行をしています。今年は20数名の参加で、朝7時貸切バスで出発しまた。山陰道から松江道、国道54号線、三次から山陽道を走って、昼前に宮島口につきました。そこでハプニングが起き、1人団体からはぐれてしまい付近を探しても見当たらない。1人欠員のままフェリーに乗船して宮島に渡りました。昼食は「大根屋」名前はユニークな店、でも大変以前からの店のようで、店の近くの参道に高さが3mもある大きな石灯篭が2基、奉納してありました。昼食は瀬戸内海の名物料理、「穴子めし」乾いたのどをビールでうるおし美味しくいただきました。お店のお姉さんの案内と説明を聞きながら、NHK大河ドラマ「平 清盛」ゆかりの赤い社殿で国宝の『厳島神社』に参拝しました。朱塗りの長い回廊をめぐり本殿で家内安全、健康長寿を祈願しました。 はぐれた1人は宮島でも見つかりません。宮島に来ていないのではないかということになり、宮島口に早く帰って探そうということになり、宮島の土産を買って早い便のフェリーで帰りました。 宮島口で探しても見つからないので、警察に捜索願いを出すことにしていたら、自宅からの電話で宮島口の案内所からの連絡で所在が確認できて、貸切バスまで本人が来ることができ1件落着。2時間遅れの午後10時に帰宅、気をもんだり、心配したりの忘れられない楽しい研修旅行になりました。
2012.11.12
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毎年11月の初めに「大山の秋を楽しむ会」で、大山の紅葉を楽しんでいます。今年も先日、米子駅前のだんだん広場を午前9に貸切バスで26名で出発して、まず、江府町のサントリー天然水「奥大山ブナの森工場」を見学、ペットボトル作りから水の充填、殺菌、ラベル貼り、箱詰めまで、フルオートメーションで365日、24時間フル操業作られています。これだき大山の地下水を汲み上げて、本当に地下水は大丈夫?? 少し心配になるような大量生産でした。自然には配慮して、木を植え省エネにも十分努力をしているとの説明でした。 ここで作られる「サントリー天然水(奥大山)」は大山に降った雨や雪が、ブナの森に蓄えられ、地中深く浸透したナチュラルミネラルウォーターで、硬度約20の、飲みやすくやわらかい口当たりが特長の水との説明でした。 工場をあとにして車窓から赤や黄色にに色付いた紅葉や烏ヶ山を見ながら、大山の紅葉の一番の名所「鍵かけ峠」向かいました。平日にもかかわらず紅葉見物の車がいっぱいで駐車できなく見物。大山南壁をバックに美しい紅葉が楽しめました。大山ロイヤルホテルで昼食、宴会、東京から帰ってきた森田君の乾杯で開宴。高校を卒業してから55年、初老の年を迎えても高校時代の思い出話しに花が咲いた楽しいひと時でした。 大山寺でいま人気スポットの妖怪の天井画の寺「圓流院」やお寺などを散策し、楽しい大山の秋を楽しむ会の一日は終わった。
2012.11.09
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秋晴れの11月4日、「たたらの里」の日野路を歩いてきました。伯耆国たたら顕彰会・日野町商工会の企画で「紅葉まっさかり、たたらの里 奥日野路を往く」バスツアーがあったので参加しました。まず、滝山公園で紅葉を見た後に「日本一小さな蔵美術館」に行ました。日野町上菅の静かな山里にあり、古い土蔵を改修した美術館で1階は作品の展示スペースでアートフラワーの作品展示がしてあり、2階が江戸から明治時代の古い資料や美術品が展示してありました。 日本一小さな蔵美術館 展示品の主なものは、松江の殿様松平不昧公の手紙、初代内閣総理大臣伊藤博文の書、甲冑、古刀、韓国の国宝級と言われる古い壷などが展示してありました。その後、今日のメインである「都合山たたら遺跡」に向かいました。遺跡は、たたら製鉄でできた鉄を運んだ「たたら街道」と言っても、都合谷川沿いに地元の人がボランティアで草刈をし、橋をかけて整備した小さのハイキングコース程度の道を3キロ程さかのぼったところにありました。 都合谷川の清流や滝都合谷川の清流には、上菅5滝と言われている滝もあり、水量は多くはないが大きな岩の間を流れ下る清流です。紅葉まさかりと言ううたい文句でしたが、少し早かったかな。歩く道端には白い「スギヒラ茸」や「平茸」などの茸も生えていました。 「都合山たたら」は、明治22年から32年まで日野町根雨の近藤家の経営によって操業されていました。明治23年の玉はがねの生産量は年間100貫(400トン)を越していたと言われ、鳥取県一の生産規模であったようです。 たたら最盛期の想像図山あいに大きな平地が開けて、そこには当時の錬鉄所の遺跡である大銅場、かな屑掃き出し場、鉄池、鉄地、ため池、水路、本小屋跡、山内小屋跡、金子神社跡、番所跡などが残っていました。昔のたたら製鉄の華やかで、繁栄していた時代が思い浮かべられました。 昼食は「日南邑」で今が旬のキノコの天ぷら、まつたけの吸い物、こうたけご飯と手打ちそばの山菜料理で大変美味しく舌鼓をながら、山の幸をいただきました。 午後は金運があるようにと最近人気のパワースポットの『金持神社』に急な石段を登って参拝。「金が入りますように」「宝くじが当たりますように」とお祈りをしておきました。神社のまわりに沢山の絵馬が掛かってあり、多くは金に関係する願いが書いてありました。 境内の石段の途中に鳥取県銘木100選に選ばれている、サワラとチャンチンの2本が樹があり、樹齢600年位と云われています。サワラは神社の遷宮の際に屋根のコワ材として利用するために植えられたものと考えられています。チャンチンはセンダン科の薬木で、実は目薬に用い、先人が鉄生産の予防薬として、中国より取り寄せたものと考えられています。 県内では、このチャンチンの木、1本しか確認されていません。 チャンチンとサワラの樹指画の画家で有名な「濱田珠鳳」さんが奉納された『龍神図』も神社の中に掛けてあり、今年は辰年でもありパワースポットの一つです。 その後、出雲街道の宿場町、根雨のまちぶらりと「ミニたたら製鉄操業」体験をしました。杉本順一さんの名ガイドで江戸時代に松江藩の殿様が参勤交代の時に使った出雲街道、本陣等やたたら製鉄で繁栄した「近藤家」やその当時近藤家がまちに寄付した「根雨公会堂」などを見学しました。 近藤家当主から説明をいただきました 根雨公会堂と山陰合同銀行根雨支店最後がミニたたら製鉄の体験で、日野町商工会館の前に仮設されて、1,400度以上の高温で燃えている炉に砂鉄を投入して玉鋼をつくる体験をして、バラエティーに富んだ楽しい一日ツアーは終わりました。親切丁寧に案内してしていただいたり、お世話頂いた日野町や関係者のみなさんありがとうございました。
2012.11.05
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第64回正倉院展が奈良の国立博物館で開かれているので、団体のバスツアーで見に行ってきました。この正倉院展は、天平の息吹を今に伝える正倉院宝物を千年の時を経て、なお燦然と輝く至宝の数々を公開するもので、毎年の錦秋の奈良の一大イベントです。今回は瑠璃杯、螺鈿のびわ、双六台、古文書など64点が公開されていました。 正倉院とあぜくら造り 正倉院はもともとは東大寺の倉庫であったが、年月を経ていろいろと変遷し、現在は宮内庁の管理する高床式の校倉造り(あぜくらづくり) 宝物庫で、北倉・中倉・南倉からなり千年前の天平時代の宝物が9,000点以上保管してあります。今回の展示のメインは、コバルト色に輝く瑠璃杯や螺鈿で装飾された紫檀びわ、漆塗の鏡箱など千年以上の年月を経たものとは思えぬ素晴らしい宝物でした。平日のため観覧者が少なく、すいすいと見ることができました。先日の日曜日には1万5千人以上の人だったようです。 瑠璃杯と螺鈿のびわ 漆塗り鏡箱・献物箱・紫檀双六台その後、興福寺の一般公開されていない仮金堂と阿修羅像が安置されている国宝館も拝観しました。仮金堂には、釈迦如来像を中心に薬王・薬上菩薩のほか四天王像が安置されていました。国宝館には、国宝や重要文化財の像や仏像がたくさんありましたが、中での阿修羅像は大変有名な特異な仏像です。 興福寺五重の塔と仮金堂 いい顔をした阿修羅像錦秋の奈良路を楽しみ、古の文化財や多くの仏像と出会った楽しい一日でした。(宝物・仏像はホームページから転載)
2012.11.02
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米子市五千石公民館の文化祭に「電子工作教室」の作品展示をして、皆さんに見ていただきました。この「電子工作教室」は、”作る喜び、動かす楽しみ”をテーマに五千石公民館の活動として、4月~10月の第2・4土曜日の午前9時~12時まで、12回シリーズで開いたものです。参加者は小学生から高齢者まで、女性も2名とバラエティーに富んだメンバーで、講師は永井吉太郎・藤原範幸の両先生で「電子回路は必ず動く」と言って指導してくださいました。 毎回、最初に電子・電気の基礎知識の勉強をしてから、電子回路の組立工作に入ります。プリント基盤にICやトランジスター、抵抗、コンデンサー、LEDなどの部品をハンダ付けしてゆきます。ICは足と足の間隔が狭くてハンダ付けも大変です。部品のハンダ付も、いもハンダ(不完全なハンダ付け)にならないように一つ一つ付けて行きます。こうして楽しく電子工作教室で電子や電気の基礎知識を学びながらの組立作業は、3時間がすぐにたってしまいます。予定の時間でなかなか完成できなく、補習授業で全員が完成できました。全員の「声に反応して踊る人形」の作品を公民館祭に展示しました。見にこられた人は「あ、あー、う、うー」とマイクに向かって声をかけて、人形を動かして楽しんでいました。 私の作品
2012.10.28
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藤沢先生が使用の32m電波望遠鏡「2012年中国地方合同ハムの集いin山口」が、山口市で開催されたので、参加してきました。この大会は、中国地方の広島・岡山・島根・山口・鳥取の5県が会場を持ち回りで開いている、アマチュア無線の仲間の楽しい集いです。今回のハムの集いは、JARL山口県支部とJARL中国地方本部の主催で、山口県湯田温泉で開催されたもので、前日の前夜祭とハムの集いには、山口県のハム仲間を中心に岡山県のハム仲間、JARLの役員など95名が参加して賑やかに開催されました。 岩本山口県支部長の挨拶午前10時から開会して、JARL山口県支部長JA4AUW岩本友昭さん、JARL中国地方本部長代行JA3HXJ長谷川良彦さんのあいさつ、続いてご来賓の総務省中国総合通信局無線通信部陸上課 課長 工藤 篤さん、山口県総務部防災危機管理課 課長 中野 恵さんの2人からあいさつがあった。その後、JARLの第1回社員総会の報告、山口県支部の事業・会計の報告、コンテストの表彰、8J4MORIの運用状況報告と続いた。中沢先生午後から山口大学時間学研究所 藤沢健太教授の『山口32m電波望遠鏡で観測する星の形成』と題した講演があった。中身はちょっと難しく、なかなか理解できなかった。山口32m電波望遠鏡はKDDの通信用のパラボラアンテナが使用しなくなったので、国立天文台に無償譲渡されたものを電波望遠鏡に改造して山口大学が研究用に使用しているものである。その施設を藤沢先生が使用して研究をしているものです。研究は宇宙からやって来る電波を受信して、その中にあるいろいろな信号やデータを分析・解明して、宇宙や星の誕生を解明する研究のようです。宇宙には水素とヘリュームの2の元素しか無かったが、星の誕生、爆発を繰り返して、いろいろな元素できた。というような難解な講演だった。 ハムの集い終了後に帰りの列車まで時間があったので、個人的に岩本山口支部長の好意で山口32m電波望遠鏡とKDDの施設見学に行った。現物を見学して藤沢健太教授の講演がより身近に感じられた。
2012.10.22
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第8回大山町老人クラブ連合会グランド・ゴルフ大会が仁王堂運動公園芝生広場で、会員97名が参加して盛大に開催されました。昨日は大雨の天候で、今日の大会が心配されましたが、天候は回復して曇り空ではあったが寒くもなく暑くもない絶好のグランド・ゴルフ日和に恵まれて楽しくプレーすることができました。この大会は「グランド・ゴルフを通じて、会員の交流と親睦を深めるとともに、身体の健康維持の促進を図る。」ことを目的として毎年、この時期に開催しています。大会は、開会式に続いて午前9時、競技委員長の笛の合図によってプレーを開始し、一斉にゴールポスト目指して力強く玉を打ち熱戦の火ぶたが切られました。仁王堂運動公園芝生広場は南に国立公園大山、北に日本海を望む大変素晴らしい景観に恵まれたところで、大山町が「ふるさと創生1億円事業」で作ったものです。試合はベテランの人からはじめて間もない初心者まで、みんな楽しくプレーをしました。力が入りすぎてコースを大きく外れてオービーになったり、地球をたたいたり、削ったりと珍プレーも飛び出し、わきあいあいの楽しいグランド・ゴルフ大会でした。賞品も参加者全員に「箱ティシュ」の参加賞、1位から10位までに豪華賞品、そのほかに飛び賞も多数あって、多くのみなさんが商品をもらって楽しい交流が出来た大会でした。
2012.10.18
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恒例の第21回大山町老人クラブ連合会大山支部健康福祉運動会を大山町トレーニングセンタ-に、会員150人が集まって盛大に開催しました。高齢者は平素の生活の中で比較的運動不足になりがちで、その解消と閉じこもり防止、それに会員相互の親睦を図るため、毎年さわやかな秋に運動会を行っています。運動会は午前10時から開会式、町長、町議会議長、地域の町議会議、社会福祉協議会長、公民館長など多くの皆さんが来賓として激励に来ていただきました。全員によるラジオ体操から競技に入り、玉入れ競争、関所やぶり競争、ラケットレース、タイヤころがしリレー、玉ころがしリレー、カーリング競争、グランドゴルフ競争、はしわたし競争、ボーリング競争、ボール送り競争、最後に全員による「あけてビックリ!玉手箱」と多くの競技によい汗を流した運動会でした。 途中でかわいい大山保育園の孫たちによる特別出演で「ハーフタイム」の演技があり、素晴らしい演技に多くの拍手と歓声が起こった。 競技は所子地区良寿会、高麗地区麗寿会、大山地区松栄会の3チームに分かれての点取り方式で、1位が50点、2位が40点、3位が30点で行ったので、大変盛り上がった。その結果、今年は大変珍しく3チームが共に400点の同点だったため3チームとも優勝とした。こうして楽しい今年の老人クラブ連合会大山支部健康福祉運動会は終わった。
2012.10.13
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美しい夕日が沈んで行く大山山麓の清らかな水と綺麗な空気、豊穣な土地で、我が家の美味しいコメづくりをしています。5月22日と25日に田植えをした田んぼに、コシヒカリの稲がたわわに実り秋の収穫の最盛期を迎え、稲刈り脱穀作業をしました。美味しいコメづくりのために、コンバインによる稲刈り、ライスセンターよる乾燥はやめて、ハデかけによる自然乾燥をして、美味しいコメづくりをしています。家族総出(といっても3人)で南に大山、北に日本海の見える風光明媚な大山町の地で1日農作業に汗を流しました。 今年の稲づくりは、夏が異常に暑かったこともあり、収量は平年を1割以上上回うわまり、収穫があったが、品質は乳白米が多く、2等米比率が多い結果となりました。ちなみに我が家の収穫量は10アール当たり500キロ程度でした。風光明媚で美しい自然の中、美味しい空気を吸って、額に汗を流し収穫作業をすることは、1年間の農作業の苦労が報われる農業の最高の時です。来年も美味しい米づくりに頑張ろう。
2012.10.11
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ものづくり道場の「伯耆・秋の手作りまつり」が米子コンベンションセンターで開かれ、多くの子供たちがものづくりを楽しんだ一日でした。「ハンディーAM・FMラジオ付ライト」づくりをしました。これはプリント基盤に部品をハンダ付をしてラジオを完成するものですが、ほとんどの子どもたちがハンダ付は初体験でしたが、頑張ってラジオづくりに挑戦していました。完成したラジオを子どもたちは大事そうに持って帰りました。 この催しは「とっとり産業フェスティバル2012」の中の一つの催しとして開かれたもので”楽しくつくって、楽しくあそぼう!”と多くのブースができて、ものづくり道場の講師達が子どもたちに楽しくものづくりの体験をさせて遊んだ一日でました。金属キーホルダーづくり、恐竜の卵づくり、偏光マジックアート、動物の鳴き声をだそう、カリンバづくり、粘土のブローチづくり、ダンボールのはたで織ろう、ペットボトル糸車などのブースが出来ていて子どもたちは楽しく遊んでいました。
2012.10.06
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優勝した坊領チームの健闘ぶり大山公民館大山分館の秋の大運動会が、台風17号の影響で雨になり、場所を体育館に変更して開かれました。開会式では小村館長が「あいにくの雨になりましたが、体育館で実施することにしました。怪我のないよう頑張ってくでさい。」とあいさつ。森田町長の来賓あいさつ、審判長の注意があって、競技に入りました。 小村館長・森田町長のあいさつ、来賓のみなさん 競技は準備体操の全員によるラジオ体操から始まり、宝物つり競争、綱引き、パン喰い競争、イエス・ノ-ゲーム、大山ばやし、関所やぶり、ラブラブリレー、あめくい競争、玉入れ競争と多彩な競技で、楽しく汗を流した運動会でした。ちなみに坊領は綱引きで優勝トロフィーをもらいました。 坊領集落の選手・応援団は、集落の公民館に帰って慰労会と反省会をしました。子どもから若者・若いお嫁さん、高齢者まで酒を酌み交わし話に花が咲いた、賑やかで楽しい運動会の一日でした。 集落に帰ってきた方、お嫁さん、お婿さんが自己紹介
2012.09.30
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