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Londonと云うと、テロのイメージが強い。
初めてLondonを出張で訪問したのは、確か1989年。
Londonでの仕事を終え、次の訪問地、NewYorkに向かう為、出発の2時間強前にヒースロー空港に到着すると、人の波。列に並ぶと、まずインタビュー。時計を持っているか? それは自分のものか? 誰が梱包したか...云々云々。次に全荷物をX線check。次に全ての荷物を開けて、中身全ての目視検査、次に、どこの空港でも行っているゲートをくぐるやつ、そして漸くCheck-inカウンターにたどり着く。Check-inが済むとゲートをくぐる検査を再び受けて、漸く乗り込みゲートへ。これらの検査を行列になって受けていくので、乗り込みゲートに着くまでに3時間。とうに出発時間は過ぎているが、全ての乗客が遅れているので、飛行機も遅れ。
これは最悪のケースだが、ヒースロー空港は大概いつも時間がかかる。
会社の先輩も、ヒースローで同様の経験をし、帰宅後、奥さんに愚痴をこぼしたら、奥さん曰く"それだけCheckしてくれれば、安心で良いじゃない"...なるほど。
とある出張の時、ビジネス街に立ち並ぶ高層Officeビルの一方向の窓が全て薄暗い。現地の方に聞くと、最近、爆破事件があり、爆風が当たった側のガラスが全部割れ、ベニヤ板で塞いであるんだとのこと。
アイルランド共和軍 : Irish Republican Army)絡みと考えて良いと思うが、ある出張の時の成田~London便の機内Videoでハリソン・フォードの"パトリオット・ゲーム"が上映された。家族旅行でLondonにいたハリソン・フォードの偶々目の前でIRAの一派と思われる過激派によるテロが発生し、未然に防いだことから、その後、ハリソン・フォードの家族が付け狙われる1992年公開の映画。テロに現実性があるLondon便でこの映画を上映する航空会社(多分JALだったと思う)の度胸にちょっとびっくり。
その後、アメリカでの9.11テロの40時間前にワールドトレードセンターを訪問し、その時に対応いただいたビルのマネージャーが行方不明...と云うショッキングな体験も合わせ、平和な先進国と思えるエリアでも、決してテロとは無縁でないことを痛感。考えてみれば、1970年前後までは三菱爆弾テロ(1974)、あさま山荘(1972)、三島由紀夫自決(1970)、よど号ハイジャック(1970)...と、次から次へと過激な政治的事件が発生しており、交通ゼネストなんか当たり前の社会だったのが、その後、いつの間にか正に我々の世代以降"平和が当たり前"の社会になっている(オウム事件があったが、これはやや異色)。とても良いことなんだが、もう少し緊張感が必要なのか? との自問もあり。

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