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もっちん4476さんComments
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竹内文書(たけうちもんじょ/たけのうちもんじょ。磯原文書、天津教文書ともいう)とは、神代文字で記された文書と、それを武烈天皇の勅命により武内宿禰(たけのうちのすくね)の孫の平群真鳥(へぐりのまとり)が漢字とカタカナ交じり文に訳したとする写本群と、文字の刻んだ石、鉄剣など、一連の総称で、いわゆる古史古伝の書物であり、写本自体が焼失もしくは非公開であるため、「偽書」「偽史」とされている。
武内文書は、新宗教団体である天津教の教典にも、位置づけられている。書物だけでなく、下記に述べる神宝の類まで包括して「武内文献」ということが多い。
平群真鳥の子孫であるとされる武内家に、養子に入ったと自称する武内巨麿(たけうちきょまろ/たけのうちきょまろ)が、昭和3年3月29日に文書の存在を公開した。写本の多くは焼失し失われているが、南朝系の古文献を再編したとされる写本もある。

武内文書では神武天皇からはじまる現在の皇朝を「神倭朝(かむやまとちょう)」と呼び、これ以前に「上古25代」(または「皇統25代」)とそれに続く「不合朝(あえずちょう)73代」(73代目は神武天皇のことである)があり、さらにそれ以前に「天神7代」があったとしている。
ちなみに上古21代天皇は、「伊邪那岐身光天津日嗣天日天皇」といい、イザナギ(「古事記」では伊邪那岐命、「日本書紀」では、伊弉諾神)にあたるとし、その2子のうち1子が「月向津彦月弓命亦ノ名須佐之男命」すなわちツクヨミ(「古事記」では月読命、「日本書紀」では月弓尊)であり、スサノウ(「日本書紀」では素戔鳴尊、「古事記」では建速須佐之男命・須佐乃袁尊)の別名とされている。

その他次のような記述がある。
・ビッグバンさえ起こっていない紀元前3175億年に上古初代天皇が存在し、上古2代天皇の在位が320億年に達している(もっとも上古天皇では天皇の名前は世襲であり、1代=数十人だとしているが)。
・「イスキリス・クリスマス(イエス・キリストとされる)の遺言」という「イスキリス・クリスマス。福の神。八戸太郎天空神。五色人へ遣わし文」で始まる文書がありそれによると十字架上で死なずに渡来(ゴルゴダの丘で処刑されたのは、弟のイスキリと記する)、1935年8月初めに武内巨麿が青森県の戸来村(現在の新郷村)で発見した十来塚(武内巨麿が村長に書くようにいった)が「イスキリス・クリスマス」の墓であるすなわちキリストの墓として、モーセの十戒は実は表十戒、裏十戒であり、真十戒を天津教の神宝として天津教が所有し、天皇が、来日したモーセに授け、モーセの墓が石川県の宝達志水町に存在している。釈迦をはじめ世界の大宗教教祖はすべて来日し、天皇に仕えたことになっている。

・世界には五色人(いついろひと。黄人(きびと、日本人を含むアジア人)、赤人(あかびと、ネイティブアメリカンやユダヤ人等に少し見られる)、青人(あおびと、肌が青白い。現在は純血種ほとんどなし)、黒人(くろびと、インドの原住民族やアフリカ人等)、白人(しろびと、白い肌やプラチナ、ブロンドの髪をしたヨーロッパ人))が存在していた。
・皇祖皇太神宮が全世界の中心である。
・3000年以上前の上古2代天皇の時代に16人の弟妹たちが全世界に散らばり、彼らの名前は今も知名として残っているという。その中には「ヨハネスブルグ」「ボストン」「ニューヨーク」といった名前が見られるが、これらの都市が建設されたのはかなり新しい時代である。
・約3000年前の不合朝64代の時代に皇子31名と皇女43名が巡幸し、長である万国巡知彦尊が知勇大力で外敵を制圧したのが「桃太郎」の起源だという。
・不合朝69代神足豊鋤天皇の代にミヨイ、タミアラが陥没したとムー大陸やアトランティス大陸えお思わせる記述がある。
