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今日も暑そうですねぇ。 またまた、台風が日本に向かって来ているようですし・・・ 今日は仕事なので、夜雨が降らないことを祈るばかりです。 さて、昨日の日記には、私の主なチャッ友が、コメントしてくれて、中には久しぶりの人もいたもんで、嬉しかったです。 前々から、思っていたことなのですが、ここらで、チャッ友の簡単な紹介文を書いたページを作ってみようかと、思います。 楽天で、お友だちになり、定期的に来て下さってる方にもわかるように。 今日は、ちと、忙しいので、明日あたりアップをしてみようかと思います。 「いや、それは困る。」という人は、ご一報を。なに、そんなひどい事は書きませんって。紹介文見てからでもいいですし・・・。 おかん、げん、べす、とき、けい、ハシ、もきゃ。とりあえず、この7人かな。漏れてたらごめんなさい。名乗り出てください。 めろん、ねぎ、ヒマ、ゆり、よしは、楽天にHPあるから、ちょっと別扱いね。 あと、違う部屋のチャッ友で、最近ご無沙汰だけど、ここに、コメントしてくれたことのある、ママと誠とアイも載せちゃうぞ! 最近観てくれてるかなあ? --------------------------------------------------- あ、そうそう。昨日の、マザー2のネスのことですがね。 スーパーファミコンのゲームに、「マザー」と「マザー2」と言うのがあるのですよ。 あの、糸井重里さんがプロデュースだったか、監修だったかで、関わってるっていうので、売り出していました。 ネス(名前は変えられる)というのは、主人公の男の子の名前で、プレーヤーが操作するキャラクターなんですが、ネスが悪と立ち向かうために、家を出て、旅をする、RPGなんですね。 この手のゲームには、キャラクターの状態が変化して、戦いとかに不利になるような設定があります。 例えば、毒に犯されて体力が落ちるとか、麻痺させられて攻撃に参加できないとか。 このゲームの異常状態の一つに、「ホームシック」というのがあったのです。 「混乱」の一種で、戦闘中、プレイヤーの命令を聞かなくなって、コントロール出来なくなります。 確か、ママに電話とかしたら、治ったんじゃなかったかなあ? ネスの異常状態には、あと、「風邪」とか、「日射病」とかもありましたよね?とき。 ああ・・・ゲームオタクなのがばれてしまった?
2004年06月30日
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昨日に続けて梅雨の中休みらしく、お天気いいです。 朝から洗濯掃除に励みました。そして・・・汗だくの後のシャワー!! 夏はこれがたまりません! そう、夏です。蝉が鳴き始めました。 そして・・・虫の季節でもありますよね(嫌) 我が家でも各階にアー●ノーマットを設置したのですが・・・ 昨日息子が、頭痛を訴えてこう言ったのです。 「お母さん・・ボク、ホームシックみたい・・・」 はぁ???家におるやんか? マザー2のネスじゃあるまいし、何を言う?(ここのところがわかる人いるんだろうか・・・汗) 息子曰く、 アー●ノーマットの匂いが気になる。去年から思っていたが、あれをつけると、調子が悪い。消してもいいか? ということだった。 あんたね・・・・それを言うなら、『ハウスシック』 虫並に、息子にはあれが効くのらしい。 まあ・・・試験前なので、ナーバスにもなっているのでしょ。
2004年06月29日
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最近ネタ切れ状態の私。 今、ユウキママさんの日記を読んで、息子のサッカーのこと、思い出しました。 息子が運動音痴であるっていうことは、この日記にも、何回か書いてきたのですが、小さい頃ってそういうのわかりませんでした。 折りしも、Jリーグが始まり、世の中サッカーブーム。Jリーグふりかけや、Jリーグカレーに入っていたカラフルなチームキャラクターのシールを集めて喜んでいる息子に、「サッカー習ってみる?」と話を持っていったのは自然な成り行きでした。 男の子ですから、何かスポーツをと考えていたのに、スイミングは習いたくないというものだから、代わりを探していたのですね。 一人っ子だから、チームプレーを身に付けて、自己中な子にならないように、お友だちが出来ますように、という思いもありました。 主人は、反対でした。 大体が、田舎育ちなもので、「サッカーとか水泳を月謝払って『習う』という感覚がわからん。」ですって・・・ 「俺らは、泳ごうと思ったら、海に行ったし、サッカーしたかったら、その辺でボール蹴っとった。」 ・・・・あのね。環境も時代も違うでしょうが・・・ 幼稚園に入る前に、Y●CAのプレスクールというのに、通っていた関係で、幼稚園に入ると、そこのサッカークラブに入りました。 ボールを追いかけて走り回ってるだけでしたけど、楽しそうでしたねえ・・・・あの頃は良かった・・・・(遠い目) 小学校に入ると、小学校のグラウンドを借りて、土曜日にサッカー教室を開いている団体があると聞いて、そちらに移行。 それが、失敗だったかもしれません。あのままY●CAを続けていたほうがよかったかな? 確かに月謝は安いし、通っている学校だから、一人で行かせられるし、親としてはありがたかったのだけど、指導はひどいものでした。 甘いし、ほったらかしだし。だから、試合に行っても弱いし。 確かに、息子は、足が遅いし、気が弱いし、サッカー向きでは、なかったかもしれません。 下手なのは、息子が運動音痴なせいであって、却って申し訳ないとさえ、思っていたのです。 ところが、その団体の、特にコーチの指導力の無さをあらわにする出来事が、ついに発生。 確か、4年になったとき、いきなりリフティングのテストがある、と息子が言い出しました。 そして、困った事に、息子は、まるで出来ていない様子。 「毎日練習しないと、そりゃ出来ないよ。」 と私が助言したのを受けて、その日から毎日ガレージで練習を始めたのですが、 本当に、できない・・・・ しまいには泣きながら練習していましたね・・・。悔しかったんですって・・・ なんかやり方のコツみたいなのはないのか、コーチに教わってきなさい。と行かせたのだが、教えてもらえない。 その「教えてもらえない」ってのに、私はブチッ・・・ってキレてしまいました。 テストだけするわけ? 他のお母さんとお話をしても、どうも各自勝手に練習して、テストだけ、受けている様子。 それまでも、試合運びの指導もないし、ずさんよね、といいつつ、のんびりしたお母さんが多かったのかもしれません。 月謝も安いし、お手軽だし、週1回ボールを蹴る場所を提供してもらってるだけで、いいか。くらいに、私自身も思っていました。 でも・・・そこまで、指導がないとは、呆れました。毎日、やり方が正しいのかどうかさえわからないまま、誰からも強要されないのに、一生懸命練習をしている息子が不憫でした。 その頃、私日曜日に仕事が入っていて、日曜の試合には、お友だちの親御さんに息子をお任せしていて、肩身の狭い思いもしていたこともあって、息子に言いました。 「ねえ、サッカー、辞める?」 そんな仕打ちを受けていても、息子は、未練があるようでした。 息子の学年のチームの雰囲気は本当によかった。学校の違う子が多かったのですが、下手な息子のことを受け入れてくれていて、息子も居心地がよかったようでした。 チームの雰囲気がいいということは、指導があながち悪いわけでもないと思ってそこだけは信じていたのですが、 それもまた、たまたま、集まったメンバーがよかっただけらしく、他の学年では、ひどい学年もあったようです。 息子も自分の限界が見えていたのか、私の仕事のことをわかってくれたのか、辞める事になったのでした。 でも、チームプレーの大切さ、友情、そういうものはしっかり息子のなかに刻まれたと思うし、得るものはあって、今となってはあれで、よかったのだと思っています。
2004年06月28日
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ほんっと、毎日雨でうっとおしい・・・連日、我が家の洗濯物は乾燥機で、乾燥されています。 ある意味楽でいいのだけれど、電気代が恐ろしいわ・・・電気代といえば、最近毎日つけっぱなしのPC。これって、電気代どれくらいかかってるのかしらね・・・。お金が無い無いといいつつ、無駄の多い我が家。この無防備さは、なんとかしなければならない段階に来ているかも知れません。-----------------------------------------------------すみません。二日も続けて、うっとおしいって書いてますね。私。 お昼御飯に、美味しーーーいザル蕎麦を食べて、気分が良くなってきました(単純)。 青空も見え始めたので、乾燥機の洗濯物、途中で、引っ張り出して、今、ベランダに干してきました。 最近お勉強が難しく、遅々として進まず、イライラしてたんですよね・・・。 気を取り直して、頑張ります。 今週も日曜日、旦那も息子も用事が無く、朝、私の寝たいだけ寝させてくれました。 私の朝ごはんまで用意してくれてたのは、感激でした。 感謝の気持ちが無くなったら、おしまいです。 反省します。 お天気ごときに、負けません!
2004年06月27日
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さすがに、梅雨ですねえ・・・毎日うっとおしい。 息子は、期末試験一週間前に入りました。(もっとうっとおしい・・・。) 今日はクラブをせずに帰ってくるらしいので、お弁当なしです。 実は昨日もお弁当作れませんで、昨日は、午前に、自分の歯医者の予約が入っていることすら、すっかり忘れていて、何やってるんだか・・・ でもね、お弁当なしって、楽だなあ・・・夜に、お弁当箱洗わなくても済むし・・・なんて、楽な方に流されかけたのでした。 タイトルが穏やかではないですが、大したことではないです。 息子と、夜、いろんな話をするのですが、お互いにからかったりふざけたりして、息子の手が、グーの形で、近くまでくることがよくあるんです。 昨日ふと、息子が、「これ、当たったらどうなるんやろうな?」って。 「それが当たるということは、家庭内暴力やな。」 「でも、お母さん、小さい時、オレに当ててたやん。」 「だって、体罰やんか、躾やろ?」 心外でした。 だって、私は、極力手を挙げないように、心がけていたつもりでしたので、ほんと、手を挙げたことって、数えられます。 あの時と、あの時と・・・・って 中には、感情に負けて、手を挙げたことも数回含まれていますが、大抵は、ここは叩いてでも怒っとかないとダメだって思って、叩いたものです。 私は、両親から、結構、叩かれて育っているし、周りのお母さんが、すぐに子供さんを叩いたりしているのを見ているので、それに比べれば自分は叩いていないって、思っていました。 でも、息子にしてみれば、頻度なんて、比べようがないし。叩かれた記憶は、消えないらしいです。 自分は叩かれて育ったみたいな言い方をされて、ショックでした。 でも、それが、暴力の恐さだなあって。 叩かれた方は、何で叩かれたのかということよりも、叩かれた痛さのほうを覚えているようです。 うちは、旦那も私以上に手を挙げない人なので、息子にしてみれば叩かれると、それだけ、インパクトが強かったのかもしれません。 そんなことなら、少々叩かれても、屁とも思わないほど、しょっちゅう叩いてりゃよかったのか、って過激なことまで、考えてしまいましたよ。 まあ・・・・今となっては、自分よりでかくなった息子をどうすることも出来ないのですがね。
2004年06月26日
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今日は朝から調子が悪く、息子を送り出し、洗濯機をかけたまま、午前中ずっと寝ておりました。 ゆえに、日記の更新が、こんなに遅くなりました。 こんな日は、自分の体力不足と、年令を意識せずにいられません。 私、つる、41歳。 思えば、こういうネットの世界に入ったのは、チャットがきっかけなのですが、そのころ39歳で、30代だから、まだいいじゃない、なんて、思っていましたっけ。 チャットってね。歳を聞かれます。 まあ、顔が見えない相手とお喋りをするわけですから。相手がどんな人かをまず知りたいわけで、性別と年令は、その手がかりとして、当たり前といえば、当たり前なんですね。 最初の頃は、正直に答えていたのですが、どうも、年令が高すぎて、みんな引いてしまう・・・ 慣れてきてそういう事がわかると、今度は、「主婦です」といって、誤魔化すようになってきたなあ・・・ それでも、39から40になるとき、真剣に嫌でした。 40にもなって、チャットなんて、恥ずかしいんじゃなかろうか。40になった時点で辞めようか。でも、面白いのに、辞めたくはないなあ・・・悶々と・・・ 今思えば、馬鹿みたいですね。 でも、40という歳は、結構重たいです。 楽天で他の方の日記を読むうちに、同年代で、恋愛真っ最中のシングルマザーとか、不倫中の人とか、お見かけしたときには、「そうか、そういうことがあってもおかしくはない年令なんだな。」なんて、感心したり。 今、資格をとるために勉強をしているのも、最後のチャンスかなって、思ってのこと。 つまり、記憶力なんかが、すでに相当落ちてはいますが、まだ、なんとかなるんじゃないか・・って それと、母が、私くらいの歳に、「宅建主任」の資格をとっているんですね。 父が、長年鉄工所をしてきて、一財産築いたという話と、私が高校生のとき、その仕事を辞めたという話を、日記で書いたことがあります。 その後、実家では、母が「宅建主任」の資格をとり、父が買いあさった土地を利用して、不動産業に転向し、まあ、成功したかな? 今は、長男のほうの弟があとを継いでいます。 私の勉強は、この資格をとることで、私自身の人生を変えていきたいと思ったのがきっかけです。 今の塾講師は、とても好きな仕事です。でも、夜のお仕事で・・・何歳になっても出来る、お仕事じゃない。 それに、塾講師になって中学受験に関わっているのは、やはり、自分の中学受験の失敗と、そこから生じた母との関係を憂いてのことでした。 つまり・・・こだわっている・・・のかな? そろそろ・・・私自身、そこから離れなければ・・・って、思ったのです。 でも、この歳で資格を、という発想もまた、頭に、母の「宅建」取得が、あったのかもしれません。 私はどうしても、母を越えなければ・・・前に進めないようです。
2004年06月25日
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昨日は、元々多忙日の水曜日ではあったのだが、いつもに増して忙しかった。 先日の捻挫のため、整形外科に行かなければならなかったからだ。予約制なので、仕方ない。 私は、来週の月曜日のテニスの許可をもらえるものと思っていた。 今月は、お月謝払ってるのに、まだ、怪我をした1週目しかレッスンを受けていない。月4回のレッスンのうち、休んでも振替をしてもらえるのは2回まで。しかも2回目に関しては振替料金1050円を取られる。 4週目のレッスンと、6月分の2回の休みの振替を7月の前半に取って、夏休みに入る計画だったのだ。でも・・・「あと4週間は、テニスはダメです。」・・・・との診断。しかも、また2週間後に診察に来るように言われた・・・!! そんなにひどかった自覚はない。・・・てか、過去にこの程度の捻挫はしょっちゅうやってきていた。 ボールを踏んだ時は、もっと痛かったし、長引いていた。 レントゲンに過去の骨折の跡が見られると言われたが、もしかしたら、あのボールを踏んだ時のものかも・・・と思った。 捻挫を甘く見ていたのかな・・・ 暗い気持ちで病院を後にしたのだが、落ち込んでいられないほど、その後は時間との競争で、バタバタ・・・ 忙しいってのも、たまには役に立つ。 ただ・・・疲れました。
2004年06月24日
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音楽の嗜好って、どうやって、決まるんでしょうね。 私は、ピアノをやっていた関係で、クラシックも聴きますが、邦楽の歌謡曲も好きで、いろいろ聞きます。 特に誰、というのがないくらいに。 CDを買っていては、きりが無いので、最近ではずっとレンタルしてきては、MDに落とします。 中1の誕生日のプレゼントに息子がリクエストしたのは、MDプレイヤーでした。 表向きは、英語を聞くためってことになっていますが、ああ、息子の音楽ライフが始まるんだなって、思っていたのです。 私が中学生のころ、かぐや姫が解散して、「かぐや姫FOR EVER」というアルバムがでたのですが、私をはじめ、周りの友だちは夢中で「いいよね~」って、聞きました。 家でテープに録音していると、父が複雑な顔をして、「ふーーん、そんなんを聴くのか」といった事は、今も忘れられません。 あのとき、父は、自分の知らない世界に娘がいることにとまどったのだと思っています。そういう、少し悲しげな顔に見えました。 そして、それは、いつか私にもそういう日がやってくるだろうなと、親になったときから、いつも頭にあったことなのです。 息子は、どんな曲を好んで聴くようになるのだろう、って、半分期待しながら、様子を見ていましたが・・・・・ しばらく、ほんとうに、MDプレイヤーで、英語しか、聴いていない様子。 今年に入って、私が「クイーン」のアルバムを友だちから借りて、MDに落としたのを見て、聴いてみようかな。というのが、きっかけで・・・。 次には、家にあるCDでなじみのあるもの、ということで、チャゲ&飛鳥。幼稚園の頃、私がガンガンかけて聴いていて、「YAH! YAH! YAH!」で、自分もノリノリだったことを覚えていたようです。 数あるチャゲ&飛鳥のアルバムから、ベストアルバムをMDに落として、しばらくご満悦でした。 クイーンが気に入ったのなら、「アバ」はどうよ?と私が薦めて。次には「アバ」 遂には、「他に、お母さんのお勧めない?」・・・・いいのか、これで。 一応、カーペンターズを薦めたら、今聞いている様子なんですよ・・・。 クイーンもアバもカーペンターズも、結構CMとかに使われてて、なじみの曲が多いらしいのね。 旦那は面白がって、今度は「サイモンとガーファンクル」やな・・・って。 しかし。。。。。。 母のほうが、よっぽど、最近の曲を知ってるぞ!! 母は、今度、「新たなる香辛料を求めて」を借りてくるからな。 反抗期のくせに、こういうところは、母の影響大きすぎ。マザコンの怖れはあったのですが、これって、マザコン??? 何時になったら、私の知らない世界の音楽を聴きだすんだろうな・・・ あ。でも、本は、私の嗜好と大きく違うなあ。本は旦那が、毎月図書券でおこずかいをあげているので、結構自由に買っているのです。 ・・・・ちょっと安心した・・・。 あ・・・ちなみに、最近の私のBGMは、ザード、ELT、倉木麻衣など、爽やか系の女性ボーカルが多いです。 だって・・・暑いんだもん
2004年06月23日
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台風一過、爽やかな朝です。 今日は無事ご登校です。 昨日の日記にはたくさんのコメントありがとうございました。 おかげで、気分すっきりです。 台風のドサクサにまぎれて、父の日のことを書こうと思っていたのに、忘れておりました。(笑) 母の日に比べて地味な父の日ですが、我が家では、息子は、母の日のプレゼントは忘れても、父の日にハンカチを買うのは、忘れません。 ここ数年恒例になってますね。 まあ・・彼に言わせると、今年のカーネーションは、忘れたのではなく、花のいいのがなかったから、買わなかった、のだそうですけど・・・ 私自身は、と言いますと、父は4年前に他界しています。義父に至っては、主人が高校生のときに他界しておりますので、お顔を見たこともありません。 この日記には、母との確執をいろいろ書きましたが、父ももちろん、私の結婚に反対したので、結婚以来縁を切って暮らしてはいました。 ただ・・・私は、父は好きでした。家族の中で一番気があって仲良しだったと思います。 ・・というか、すごく可愛がってもらったと思ってます。 ただ。父は表向きは家で一番威張ってましたが、母に頭の上がらない人でした。 私が就職をして、一人暮らしを始めたとき、何回か父と飲むことがあったのですが、そういうとき、父の本音を聞く事が出来たものです。 母とは夫婦というより、戦友みたいなものだ。と。母の性格が、男みたいなのを、頼もしく思う反面、夫婦としてどうかな・・・みたいな。 そして、私に言いました。「お前には、恋女房になってもらいたい。可愛い女になって、旦那さんに、愛されなさいよ。女は、そのほうが幸せやと思う。」 私にも、母の血は流れておりまして、男勝りの気のキツイところがあるのを、父は心配していたようです。 結婚の反対も、父の反対と、母の反対は微妙に違っていたと思っています。 大手を挙げて、娘の結婚に賛成する父親なんているもんですか。 父の反対は、その程度のものでした。 つまり、母が取り成してくれて、しぶしぶ承知する・・・みたいな、割とどこにでもあるようなお話で終わっていたかもしれません。 母は、父以上に「男」でしたから、話はややこしくなっていきました。 そこいらの男に、ましてや、自分の気に入らない男に、大事な娘を渡してなるものか! 母にはそういう気持ちが父以上に強く、そこには、私の意志など、入れる隙間もなく・・・ まあ、もう、その話はいいのですがね。 父の亡くなる前、何度か危篤状態になったらしく、親戚から、私の所に連絡があり、一人で病院に行きました。・・・・そのときのことは、思い出すのも辛いのですが、母にぼろくそに言われ、追い帰されました。 帰りの電車で、涙が止まらず、人目もはばからずずっと泣いていました。 その後、もう一度、危篤状態だと連絡が入り、今度は、親戚の人が付いてきてくれたのと、その人の助言で、息子を連れて行ったので、母も、ひどい事は言えず、また、父の指図で、病室に二人だけになることが出来ました。 父は、息子を連れてきてくれてありがとうと。今度は、旦那も連れて、いっしょに来なさいと、言ってくれました。・・・最後にやっと、分かり合えたと思いました。 でも、それが、本当に最後になりました。 お父さん、私はちゃんと、恋女房、してますよ。
2004年06月22日
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おはようございます。 近畿に台風が近づいているというのに・・・・息子はご登校です。 警報など、休校の条件を満たしておりません・・・ 京都にも、大阪にも、警報は出てるってのに!!! 何で奈良だけ出ないんだよーーーー!! 連絡網もありません。名簿の関係で、うちに、一番に電話がかかることになっていますが、電話・・・鳴りませんし。 最悪のパターンは、途中で警報が出て、ひどい雨風の中帰ってきそうなこと・・・・ お弁当を持って、いつものように、でかけました。 お弁当はね・・・きっとこういう日は、もたせない親御さん多いだろうって思いまして。 息子の学校、食堂はありますが、規模が小さい! パンも販売していますが、うかうかしていると、完売するそうです。 でも・・・自主休校で、お休みも多いだろうな・・・ 私も「休む?」とは、聞いてみたのですが、変なところだけ律儀な息子は、「警報出てないから、行かなあかん。」ですと。ひぇ~~~、雨、本格的になってきました・・・・・・・・不安。。。-----------------------------------------------------追加。8時、息子から電話。「休みみたい。今から帰る。」学校に行くまでもなく、駅についた段階で、みな引き返して来ていた様子。8時5分。学校より、連絡網入る。「既定の条件ではありませんが、(この時点で、確かにまだ、警報が出ていない!!)休校とします。」遅いんじゃ~~~~~~!!・・・ぜいっ、ぜいっ。タイミング悪過ぎ・・・学校のせいでは、ないですよ、もちろん。強いて言えば、台風の動きが遅すぎ。それだけ、勢力が強いって事ですかね。もう!知らん!!
2004年06月21日
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我が家は、もうすぐ築8年になります。 建てた時、息子は小学校2年生でした。 そのときから、個室を与え、一人でベッドで寝ることになりました。 お風呂も大体一人で入るようになっていたと思います。 私が入ってやらないので、旦那の休みの日に、旦那によくおねだりをして、一緒に入ってもらっていたのを思い出しました。 我が家は細長-い3階建てで、(土地が狭いもんで・・・)1階はガレージと、玄関・洗面所・お風呂・トイレしかありません。 2階が主な生活スペースで、3階が寝室です。収納が少ないので、引っ越しで懲りたせいもあり、物は増やさないよう心がけています。 旦那は元々、物を増やさないタイプの人間ですので、狭いながらもなんとか、親子3人、暮らしております。 ただ。。本は増える一方かな?それに、普段使わないもの(季節物ですね)は、屋根裏の収納庫に仕舞っています。 ただ、屋根裏には、天井に仕舞いこむタイプの、ハシゴで、登らないといけないんですよね。(わかってもらえるかしら) 安定が悪く、重いものとか、出し入れするのって、結構恐い。 引っ越してきた当初は、本当に大変でした。 「今は私も若いから大丈夫やけど、年とったらこんなん、かなわんわ。 息子、屋根裏の荷物の出し入れは、あんたの仕事になるで。」と、冗談半分に、話していたのです。 そのとき、息子、きょとんとして、 「でも、僕、そのころ、結婚してたら、ここにはおらへんやろ?」・・・へ?出て行く気? 「だって、ここは、お父さんとお母さんの家やろ。僕も働いて、自分の家買うんやで。」 真顔で言ったのにはびっくり。 だって、主人も私もそんな話をしたこともなかったのに、勝手にいろんなこと考えているんだなあって・・・ 「早くも独立宣言されたなあ」って、あとで、大笑いでした。 昨日、息子の部屋で、また、蛍光灯がつかなくなったと言われ、替えたばかりなのに、そうなるのは、元の電灯そのものが、悪いんだなあ、という話になりました。 無理もない。考えて見れば、我が家に残っている、前のマンションから持ち込んだ唯一の電化製品でした。 買い換えようと言っていたら、「あと4年もしたら、俺ここにおらへんねんけどな。」って・・・。大学で下宿するつもりかい!! 家から通えよーと思うのですが、息子は、出たいご様子。 「早く独立してくれよー。」と常々口に出して言ってはいますが、いざとなると、意気地のない私。 もともと主人は、九州の人間で、大学で大阪に来た人なのですね。 しかし、あまり仕送りしてもらえず、学費・生活費のほとんどを、自分で働きながら(マージャンやパチンコにもお世話になったとよく言っていますが)4年で卒業した、いわゆる苦学生だったんですね。 息子にも、「高校までは面倒みてやる。大学は自分でなんとかせい。」と冗談とも本気とも取れるように、言っております。そのせいか、とは思うのだけど。・・・その前に大学に行けるんかい!って、話ですよね・・・・
2004年06月20日
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今週もやっと、今日で終わり。 実は今仕事の愚痴を延々と書いてて、全消去しました。 こんなの、人に御見せできるもんじゃない! どうも、寝不足の朝は、頭もよく回っていないらしいです。(いつもか?) うーーん、いい事いい事・・・ そうそう、添削課題が帰ってきて、まあ、いい成績でした。 うーーん、他には・・・・ そうそう、バトルの件、ご心配をおかけしました。 おかげさまで、仲直りはばっちりです。(だから寝不足?爆) ああ・・・主人がそろそろ起きてきそうですので、今日はこの辺で。 明日はちゃんと、文章になるようにします・・・多分・・・
2004年06月19日
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台風が北上してきているようですね。 嵐の予感ですが・・・ 「つる」家では、一足先に嵐がやって来たようです。 名物、深夜バトル! ・・・・チャット友なら、みんな知ってる、旦那とのバトルです。 私は、息子とは、朝喧嘩しちゃうし、旦那とは、深夜なんですね。 だって、旦那とゆっくり話しをするのが、深夜なんですから、しょうがないでしょ。 昨日は、旦那の帰宅が久しぶりに12時半を廻りました。(ここのところは、11時から、遅くても12時前には帰っていたのです。) 5月6月は、そんなに忙しい時期ではないはずなのに、今年はどうも勝手が違うらしく、それで毎日結構イライラしていました。 その時間に帰宅して、お風呂に入って、晩御飯です。 私は、お風呂のあとに、家事(洗い物など特に)をしたくないので、いつもお風呂は、寝る直前と決めているのですが、さすがにここまで遅くなると、寝るのがもっと遅くなりそうだったので、夕べは、先に入っていました。 ただ、ここで、まず自分の思い通りになってない「イライラ」が、私の中にありました。 旦那の食事を見ながら、 「すいぶん、遅かったねえ。何してたん?」と、何気なく聞いたつもりだったのが、 「何って、仕事!」という不機嫌な声で帰ってきたのです。「そんな、怒らんかって、いいでしょ。遅くなってるから、心配してちょっと聞いただけやんか。」・・・もう、とにかく、お互い疲れているし、眠いし、何を話しても、かみ合わない日って、あるんです。 もちろん、毎日、こんな尖った会話をしているわけじゃありません。 いつもは、その日のお互いの報告やら、仕事のことやらで、結構盛り上がってます。 私にしても、旦那とまともに話が出来るのがこの時間だけなので、大事にしたい時間なのに。 夕べも、その後しばらくは、普通に、その遅くなった原因に関しての話をしたり聞いたりして、平和だったのですが、寝る時間が、遅くなるよね、という話から、 「待ってなくていいから、先に寝てなさい。」ってそれはないでしょう・・・そんなことしたら、私たち夫婦じゃなくなる。生活時間がずれてても、すれちがわないように、努力しているこっちの気も知らないで、そんな突き放したように、言わなくったって・・・。 そこから、お互いのことが、わかってないだの、どうせわからんのだから、わかろうとしたところで、無駄だの・・・ 感情が立ってくると、言ってることもはちゃめちゃになって来て・・・(アルコールもお互い入ってるしね。) 結局、2時半ごろ、先に私が寝室に入りました。 まあ、今回のは、ほんと、痛み分けで、冷戦に突入させる気はないのですが、 根本解決していないのは、いつものことで・・・ また、しばらく経ったら、再燃することでしょう・・・・・・・・ああ、眠い・・・。 結局のところ、私側は、「眠りたい」だけの事じゃないのかしら・・・ 旦那は、今、寝てます。週に、3~4日は、午後出勤なので、11時ごろまで寝ています。 それが、うらやましいのかも・・・ 名物に美味い物無し・・・犬も喰いませんか?
2004年06月18日
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昨日の出来事です。 うちの地域では、第2第4の水曜日は、缶・ビンの回収日なんですね。 信じられなーいって、言われそうなんですが、うちの地域は、缶・ビン・なんでも、交ぜて出していいのです。とりあえず、生ゴミなどの家庭ゴミとかろうじて区別している程度ですよ。 もっと信じられないことに、私がこの市に住み始めた頃は、ビンや、缶も一般ゴミとして、生ゴミなんかと一緒に出してもよかった・・。 今でも、大型か、家庭ごみかの区別も曖昧で、いい加減なところですよ。ほんと・・・ いやいや、今日はそういうお話ではなくて・・・ アルミ缶は、子供会の集団回収の対象になっていて、私には、アルミとスチールを分別する癖がついています。 んで、いつも、アルミの袋と、スチール・ビンの袋と二つ出すわけです。 それが、すごいことに、アルミの袋は、5分も立たないうちに、なくなりますね。 ご存知でしょうか。アルミ缶が結構いいお金になるらしいことを。 ホームレスの方の収入源になってるらしく、水曜日は、そういう方が、自転車で、走り回っています。 大抵の人は、アルミもスチールも交ぜているので、わざわざ袋を開けて、アルミだけを持っていく人もいるくらいですので、私のように、アルミだけの袋は、あの人たちには、ありがたいのでしょうね。 朝8時前に袋を出して、8時半ごろ。 ガッシャーーーン!! 家の前で、激しくビンの割れる音。 何事と思って、外を見ると、袋が破れて、中のビンが割れて、散乱しています。 アルミの袋は、当然のように、もう、ありません。 ショックを受けると同時に、なんで、こんなことになるんだろうと考えました。 ホームレスの人が、袋をあさって、中にアルミが一つもないのに腹を立て、袋を投げつけたんではないだろうか・・・・って。 腹が立つやら、情け無いやらで、とにかく、かたづけて、袋に詰めなおさなければと、新聞やらを用意して、外に出ると、向かいの奥さんが、こそこそ近づいてきて、耳打ち。「お隣りの車やで。轢いて行きやったわ。」「!?」 うちの前の道路は、車が2台、余裕で通れる広さがあるため、お隣さんは、いつも、家の前に路上駐車しているのです。 お隣りは、老夫婦二人暮らしなんですが、とにかく二人ともそろいもそろって筋金入りの変人で、このあたりのトラブルメーカーなんですね。 誰かれなしに、喧嘩をふっかける。 そんな路上駐車のことで、文句を言おうものなら、どんなことになるやら・・・って、感じで、うちは、今まで極力かかわらないようにして来ました。 今のところ、引っ越してきたとき以外は、揉めた事はなかったのです。 引っ越してきた時というのは、タオルをもって、挨拶にいったのですが、家を建てている間中うるさかったの、引っ越しのときに車が家の前に停まっただの、文句を言われたのです。 呆れましたが、とりあえず低姿勢で謝っておき、(向こうも、言うだけ言ったら、納まったみたいだったし、)みんなから、そういう人だと聞いていたので、お近づきにならないようにしてればいい、相手にしないでおこうと、今まで、結構平和にきていたのですが・・・・ そう言うことをしておいて、知らん顔ですよ。 ただ・・・証拠もないし。 やはり、今回も放って置く事にしました。 だってね・・・考えたのです。 ここんとこ、私はついてない。 捻挫・接触事故・・・2度あることは、って、言いますよね。 これが3度目なんだと。 そういうことにしときましょ。これで済めば、儲けもんかもしれません。 ただ、硝子は、お隣りの家の前にも結構飛び散っていたのですが、それは、掃除する気になりませんでした。 逆に、なんか、文句を言ってきそうですが、実は私はそれを心待ちにしています。 そうですねえ。まず、なんていい返してやろうかな? 「うちの硝子だという、証拠がありますか?」 うーん、それとも、「そうなんですよ、なぜか、袋が破れて、硝子が割れたんですよ。うちとしては、ゴミを普通にいつものように出しただけなんですけど。うちも迷惑しましたよ。 文句があるなら、割った人におっしゃってください。」かな?やっぱ・・・(ひひひ)
2004年06月17日
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昨日の日記の補足になります。昨日の日記は思った以上の反響ぶりでした。 コメントのお返事の内容とダブることもあるかもしれませんが、ご容赦のほどを・・・ めろんの、コメントの中に、『ピグマリオン』という言葉が出てきて、学生時代に習った事を思い出したのです。 記憶が不鮮明なので、(なんせ、20年前の事です・・・)少しネットでも調べました。 ご存知の方も多いとは思いますが、少し説明を。 ピグマリオンというのは、ギリシャ神話に出てくる彫刻家の名前です。 あまりに上手に美女の像を作ってしまい、その像に恋してしまうのです。そして、その想いの深さから、神様に頼んでその像を人間に変えてもらい、結ばれる。 そういう内容のお話が、あるのだそうです。 つまり、ピグマリオンの強い願いが、像を人間に変えた・・という意味があるわけです。 教育心理学者のローゼンタールは、教師の期待や働きかけが生徒のやる気に影響することを実験で証明し、これをこの神話にちなんで「ピグマリオン効果」と名づけたそうです。(この辺は、ネットで調べた事です・・・もちろん・・) 褒められることで、モチベーションを高めて、仕事の効率をあげるという、会社の研修の一環にも用いられているようで、それが、めろんが、コメントしてくれた内容だったのですね。 『豚もおだてりゃ、木に登る』じゃないですが、褒めるというのは、効果があるようです。 そして、それは、皆さん、客観的にはきっと理解できていらっしゃる。 実践が出来ないんですよね。特に、親子間で。「そんなこと、いわなくてもわかってくれているはず。」とか、「調子に乗るんじゃないか。」とか。 でもね。子供って、意外に自分に自信が無いものらしいです。常に認めてもらいたい。友達にも先生にも、もちろん親にも。 多分・・ですけど、一番期待されていないのは、教師でしょうね。(笑) 一番認めてもらいたいのは、一番大好きな人。 (これは、子供に限らないか・・・) だから、真に褒められると、自分を認められたと、安心するわけです。 安心して自信を持った子供には、プレゼントが与えられます。「やる気」です。 調査で、自分に対してマイナスイメージを抱いている子と、自分の事が好きだと思える子では、「やる気」の度合いに違いがあるという結果も出ています。 実は、私の卒論のテーマだったりするのですが、私だけじゃなく、この研究は、いろんな心理学者がいろいろな角度から、実験し、検証されたものですので、信用していいと思います。 ただね・・・褒め方は・・・実に難しい。 いつもいつも褒めてたら、そりゃあ、ロクな子供に育たないでしょう。 社会に適応するためには、善悪をはっきりさせて、躾をしないといけないし、そのためには、悪いことをしたら、叱らないといけません。 子供を成長させようと思ったら、ちょっと無理かと思われるような、課題や、負荷をかけることも、必要でしょう。 ただ。。。そのバランスが崩れているのでは、と思ったのです。 ユウキママさんのコメントに、「口に出して言えないのが、日本人の悪い癖だ」という所がありましたが、まさにそのとおりで、だからこそ、「褒めましょう」と声高に言うくらいが、ちょうどいいのではないかと思いました。 もう一点付け加えさせてもらいたいのが、Yさんの事。 Y君は、学校や放課後の友達間では乱暴者という事なのに、お母さんが、わかってらっしゃらなくて、懇談会で、褒めた・・・という事を昨日書きましたが、本筋から、離れてしまうので、そこは、昨日は端折ったのでした。 実はY君、歳の離れた末っ子で、Y家の期待のホープだったらしく、家ではいい子を演じていたようなのです。 なんにも知らずに、お母さんは、Y君の被害にあって、文句を言って来られた人に対しても、「うちの子が、そんなことするはずはない」と撃退していたらしいのでした。 ただ・・学年が上がるにつれ、だんだん化けの皮がはがれたらしく、5年生で、また、同じクラスになったときは、お母さんもよくわかってらっしゃったので、安心しましたがね。 何が言いたいのかというと、自分の子供を、よく知るようにしなければいけないな・・・と。 いいことも悪いことも。 親ばかで、いいと思いますが・・・溺愛で、周りが見えなくなるのも、恐い・・・ですよね。 ただ、みなさんのほとんどが、その心配ってなさそうですので、 やはり・・・「子供は褒めて育てましょう!」です。
2004年06月16日
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昨日に続き、爽やかな朝ですね。今は涼しいけど、昼間は、また、暑くなりそうです。 こんな爽やかな朝に、もうちょっとで、愚痴を書くところでした。 別のお題を見つけたので、今日はそちらのほうを。 昨日立ち寄ったHPの中で、「御子さんは、褒めて育ててください。」というフレーズを見つけたのですね。 最近じゃ、お母さんのなかで、合言葉のようになりつつ、なかなか実践できてないことなんじゃないかしら。 息子がまだ、小学校の低学年だったころの学級懇談の中でのお話です。 うちの学校では、月一くらいの割合で、参観日があって、その後は必ず学級懇談というのが開かれるのですね。 ただ、それに熱心に参加すると、役が回ってくるとか、下に小さい御子さんをお持ちの方も多くて、参加されるのは、クラス35人くらいのうち、7~8人でした。 御子さんが、末っ子か、一人っ子という方がほとんどでした。しかも、結構教育熱心というか。まあ、いい意味で、子供のことを真剣に考えておられる方が多かったです。 それくらいの人数で、しかも、お喋りな人が多く、話をし出したら、結構盛り上がったのを覚えています。 あるとき先生が、「ご自分の御子さんについて、特にご家庭での様子について、順番にお話下さいますか?」 と話をふってこられたのです。 出てくるのは、見事に愚痴ばかりでした。 でも、御子さんをお持ちの方なら、わかっていただけると思いますが、人に自分の子供のことを自慢げに話して、相手にいい印象を持たれるはずないって、思いませんか? 大概、『親ばか』って、馬鹿にされそうでね。 でも、それ以上に、自分の子供に対して、要求が高すぎるというのも事実だと思うのです。 子供の不足している部分ばかりが目に付く、気になる。 私をはじめ、皆さん、思い当たりますよね。 でも、その中で一人だけ、「うちの子は良い子でねえ。」と語り始めた人がおられました。実は、その子、めちゃめちゃ乱暴で、うちの息子も被害にあったりしていたので、『えぇ?自分の子のこと、わかってへんの?』って、思ったし、実際、妙な空気が漂ったんです。 でも、先生は、我が意を得たりという顔をして、おっしゃいました。「褒めて育てようって、よく言いますよね。でも、上っ面では、子供は見抜きます。お母さん自身が本気でそう思って、褒めないとダメですよね。 でも、今お話を伺っていたら、悪口多かったですねえ。御子さんに対して、あれも出来ないこれもダメだと思っていては、褒めることは出来ません。今度は順番に、今のYさんのように、御子さんのいいところを挙げていってもらえますか?」振られた一人目の人は、ちょっと考えて、「無い!」 笑いが起こったのですが、「いや、絶対何かあるはずです。頑張って思い出して見て下さい。」 先生はあきらめませんでした。 最初、私もそうだったのだけど、みんな、お尻がこそばゆいような、へんな顔で、それでもぽつぽつと、自分の子供のいいところを述べ始めたのでした。「案外難しかったでしょう?でも、普段から、そうやって、御子さんのいいところ、具体的に考えてくださいね。」 そうやって、その懇談会は、終了したのでした。 子供の歳が上がっていくほど、親は、子供に対して否定的なことしか言わなくなっているものなのだなあと、そのとき実感しました。 褒めて育てるのが難しいのは、そういう点にあると思います。 きっと、子供に対して、要求が多すぎるのでしょうね。 でも、かといって、子供には、社会に適応してもらわないといけないので、躾もしなければいけないし、成長してもらわないといけないので、無理目の課題を与えたりもします。 でも、褒めようという気持ちがあるなら、意識して、子供のいいところを探そうとしないといけないんだと思いました。 あなたの御子さんの『いいところ』は、どこですか?
2004年06月15日
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昨日から、息子が五月蝿い。息子は近鉄バファローズのファンなのだ。 なんで、彼が近鉄を応援するようになったのかは、謎だ。 おそらく・・・私が阪神ファンで、旦那が巨人ファンなので、どっちにも、つけなかったからなのかと、思っているのだが、近鉄電車を利用して学校に通ってるし、大阪の球団だからなのかもしれない。 あの球団が、「近鉄バファローズ」だからこそ、応援していると言う彼にとって、合併など、「ありえない!」のだ。 うちにケーブルテレビを引いても、私はなんの恩恵も受けなかったが、息子はフル活用している。スポーツチャンネルでパリーグの試合を中継しているからだ。 今、テレビで、野球のテレビ中継が、原因みたいな話になっているが、確かに、パリーグの試合は普通だと観る機会などない。 それは、知名度に大きく響いてくるだろう。 ただ、近鉄という球団に対して関心のない私だが、今回の合併話しは、やはり「ありえない~」。 第一、5球団にして、チームが奇数になって、パリーグが困るでしょうに。 パリーグの許可は、得たのだろうか。 それに、タイミングの問題。 一つは、なんで、こんなシーズンの途中で、そういう話を出すかなあ・・と。まあ、来年からそうなってしまうなら、今から動かないといけないんだろうけど。 それに、私もあとで知ったのだけど、会見の時間だって、ありえない!バファローズは、その時間、試合中だったらしい。 無神経極まりない。 なんか、浅はかな連中が、上層部にいそうな、感じがする。 とはいえ・・・息子にしょっ中せがまれながら、球場に足を運ばなかった、私にも、責任あるかしら・・・??
2004年06月14日
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昨日とうってかわって、今日はいいお天気。洗濯機3回目です。シーツやらマットやら・・・。 今日は、日曜なのに寝て曜日では、ありません。6時半起きです。 息子は、将棋の大会があると言って、7時半過ぎに出て行きました。 旦那は今日は朝からお仕事。 朝から家に一人だなんて、久しぶり。何して過ごそうかな~♪ ・・・・・勉強せんと・・・(泣) その前に日記。 実は大分怒りもおさまりましたが、昨日、チョームカツク出来事が・・・ そういえば、こないだは医者に怒ってたか・・・ 最近、しょっちゅう、怒ってるかなあ・・・ でも、聞いてよ~、昨日のは、ほんっと腹立つんだからぁ。 昨日、保護者会と、それに付属するランチや茶話会等で、朝からお出かけしていた私。(だから、保護者会は、ついでじゃありませんって) 茶話会は、終わりが遅くなることは、予想してたのですが、案の定、自己紹介の段階で、みんなしゃべるしゃべる・・・ 私はキャンセルしきれなかった、6年生の授業があったので、4時には学校を出ないといけなかったので、途中退席。 この段階で、やな感じ。みんなと一緒に出れば、駅まで車の人にいつも送ってもらうのに、一人で歩かなければなりません。 アスファルトとはいえ、雨でぬかるんだ道を捻挫の足を励ましながら、坂道を下る事20分強。遠いよぉ~ 授業を終えたのが7時。学校から校舎に直行したので、いつもの駅まで、バスで帰らなければいけません・・・ 晩御飯に何か買って帰らなければ・・・ スーパーのお惣菜コーナーで、竜田揚げと、ポテトサラダ。お刺身少々。あとこれに、お豆腐の味噌汁と、キャベツでも刻んどけばいいか。 この段階で、すでに8時前。私の疲れも空腹もピークに達し。 雨も小降り。傘はいらない。自転車で、急いで帰ろう・・・ 青信号が点滅する前に渡ろうと、急いで交差点に差し掛かったとき、右からなにか黒いものが突進してきた!!! 一瞬黄緑の光も見えて・・・ 気が付いたら自転車ごと、道路の真ん中に、横倒しにされていました。 傘をさしていなかったから、まだましだったけど、私の左半身は、びしょぬれ。買い物した荷物は、かごに結構固定されていたようで、思ったほどは飛び散りませんでした。 見ると開いた携帯を片手に呆然と、自転車の脇に立っている若い男。黄緑の光は携帯の光だったのです。通話じゃなかったでしょう。きっとメールしてたのだと思います。その状態で、信号を無視して、私の自転車につっこんできた・・・!!!!! 「ちょっとあんた!信号無視やんか!何してくれてるん?!」相手が若い男だったもんで、一瞬怖いとも思ったのですが、ここで、ひるんだらあかん、と思い、怒鳴りつけてやりました。 とりあえず、倒れた自転車を歩道にもどし、落ちた荷物を戻し・・・ 「待ちや!住所と電話番号書いてって!」 「は?」 「もし、怪我とかなんかあったら、連絡せなあかんから。」 まあ・・・向こうも、動転はしてたんでしょうね。おとなしく従ってはくれましたが、私が渡した紙とボールペンを手に、「何を書くんですか?」と、馬鹿みたいな質問を・・・「だから、連絡先やんか!住所と電話番号、それと名前!!」 受け取りながら、「なんかあったら、連絡するから。 ま・・何も無いとは思うけど。」つい、最後の一言を付け加えてしまいました。 「すみませんでした。」この段階で、初めて謝りましたね・・・ 「気ィつけや。」あのね・・・わたし、めちゃ強気みたいなセリフですけど、確かにめちゃめちゃ腹は立ちましたが、逆切れされたらどうしようと、内心びくびくだったんですよ・・ホントだってばっ 大した怪我はしませんでしたが、お気に入りのブラウスには、アスファルトの黒いシミが・・・ すぐ漂白剤につけて、今洗濯していますが、とれるんでしょうか・・・(泣) それに、今朝、昨日の傘を干そうと開いたら、柄がポッキリ。一瞬なんで?と思ったのですが、向こうの自転車が飛び込んできたのが、ちょうどその傘を装着している部分だったのかもしれません。 だから、結構なスピードで、ぶつかってきたのに、荷物もあまり飛び散らなかったのは、傘が衝撃を吸収してくれてたのかも・・・・ 私が上手にこけたからと思っていたのですがね。 向こうにしても、ぶつかったのが、私だったからよかったものの、あれが、車だったらどうする気だったんだろう・・・ 説教してやろうかと、電話しようかとおもったけど、やめました。 ここに書いたら私も気が済むような気がしたのでね・・・(笑) 読んでくれて、ありがとうございました。
2004年06月13日
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今日は保護者会です。一日バタバタすることでしょう。 仕事の日なのですが、5年生は代講を立て、6年生は国語と時間割をひっくり返してもらうことで、時間をずらせてもらいました。 私は息子が中1のときに、PTAの役員、(といっても学級委員ですが)をしました。 私には知り合いが一人もいなかったので、学級委員とかひきうけることで、学校のことがわかるようになるかなあ。とは思っていました。 6年通う間に、少なくとも1回はほとんどの人に廻ってくることや、逆に一度やってしまえば、よっぽどでない限り、声はかからない、という情報を仕入れていたので、それなら、学年の若いうちにすませちゃえと、引き受けたのです。 1年生ということで、みんな様子をみているので、他になり手がいなかったことも、あります。 結果・・・やって、ほんとによかった。 一つは、やはり学年が若いということで、上のほう(副会長とか会計とか委員長とか)の役はやらなくてよかったって事。「1年生だから、よくわかりませーん。」って、感じで、上の学年のお母さん方に、おんぶにだっこでした。めちゃ楽。 その上、メンバーにも恵まれたし、思ったとおり、情報収集には、もって来いの場となったのです。 そんな、大した仕事もないとわかって、去年や今年は、うってかわって役員のなり手がいっぱいで、決めるのが大変で、あぶれた人もたくさん・・・。みんな、ちょっとでも早く済ませてしまおうって思ったのね・・・ 2年生・3年生になっても、元役員として結束が固く、そのときのメンバーで、食事をしたり、遊びに行ったり。ビーズ講習会なんても、あります。一人プロ並の方がおられるのです。参加費は材料費のみ。 私は何回かに一回の割合で参加していますが、結構有意義です。 今日も、保護者会が午後1時からっていうので、みんなでランチです。 誰ですか?保護者会よりそっちがメインだろ?って・・・(笑) 実は、保護者会のあと、茶話会というのもあって、新クラスでの顔見せをします。 今年の担任は、おもしろい先生(中1の時と同じ)なので、それも楽しみです。 唯一頭痛の種と思われた、中間テストの結果返却は、息子いわく、数学以外はみんなよかったので、トータルでいいらしく、「お母さん、楽しみにしてて」ですと。 しょっぱなに、平均以下の数学(αもβも)が返されたので、息子も私も悲観的になってしまったのでした。 (ただし・・・数学が両方ともそんなに悪いのは大いに問題なのですが・・・。)・・・・と、いうことで、忙しいながらも、今日は楽しんできます。
2004年06月12日
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悪いときには悪い事が重なるものです。 今日は過保護をテーマに書こうと思っていたのですが、朝から、ハプニングです。 一言で言えば、定期入れを洗濯しそうになった・・と。 いつもは息子を送り出してから、洗濯機を回すのに、今日に限ってお弁当が早くできて、他にすることもなく、洗濯物を洗濯機に放り込んで・・・ 最近朝、何か言うと必ず喧嘩になるので(おそらく、お互い眠くて不機嫌なため)、ほとんど口を利かない状態で、平和だったんですね。 私もお弁当作るのに必死で、余裕ないし・・・ 黙っていても、勝手に用意して行くし。 それどころか、最近は、朝ごはんに対しては、「ごちそう様、おいしかった」と言い、「お弁当ありがとう」とさえ、言って、出かけていた息子・・・・ 今朝は、私に余裕がありすぎたのがいけなかったのかしら・・・? 「雨やから、早ようしなさい」の一言を言ってしまった。 「雨やからなんやねん」と不機嫌そうに返してくる息子。 「なんやねんって、なんや、その言い方。 雨やから、焦ると危ないっちゅうてるねん。 余裕持って行きやって、ゆうてるんや」・・こうやって見ると、息子の一言に、私3~4倍で返してますね・・・・(苦笑) 不穏な空気の中。玄関で、 「あ~~オレのGパン~~!!」と叫ぶ息子。 Gパンのポケットに定期入れと財布を入れたままにしていたのです。 過去2回ほど、洗濯された定期入れは、結構ボロボロになっています。 今回、まだ、注水の段階だったので、ボロボロにはなりませんでしたが、水浸し。 定期とか、スルッと関西(定期状のプリペイドカード)は結構強く、洗濯されても大丈夫なのは、わかっていますが、 前回も一番やっかいだったのが、学生証・・・ 紙ですからね・・・ でも、息子が一番心配して、真っ先にみたのは、お財布の中の千円札でした。(オイオイ・・・・)「何べん、同じ失敗したら、気が済むの~!」「ポケットみてくれてへんの?」「みてくれてへんの?やて~?そんなこと親にたよるんやったら、偉そうな口たたきな!!洗濯籠に入ってるものは、洗濯物や!」(あぁ・・・屁理屈やなあ。。。) 定期だけつかんで、息子プリプリで出て行きました。 雨の中・・・ 大体Gパンを毎日毎日洗濯物に出すから・・・いや、そうすると、ますます、ポケットにいれっぱなしで、気が付かないか・・・ 毎日のことだから、お風呂のときに、ポケットから、出してたみたいなのに・・・ あ・・・昨日、晩御飯のあと、眠たいからって、「目覚ましに風呂入ってくる」って、朦朧として、お風呂場に行ってたっけ・・・ いつもじゃないことが、こんなに重なっちゃあハプニングも起きるってものです。 はあぁ・・・・・はんこのインクがにじんだ学生証・・・乾いたらちょっとは、ましになるかしらん・・・ また・・・再発行?
2004年06月11日
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非常に眠たいです。 なので、日記が単なるご報告っぽくなりそうです。 どうも、木・金に疲れのピークが来るらしく、寝坊もこの曜日が多い・・・かな? 火曜日の日記に、テニスで、足を捻挫したことを書きましたが・・・昨日の段階で、痛み・腫れとも引かず、昨日、病院に行ってきました。 骨には異常はないものの、2週間の安静を言い渡されました。 「テニスなんか絶対だめですよ」 骨に異常がないことは、大体わかっていたので、レントゲン代4000円は、別の意味で「イタイ」し、病院には行くまいと思っていたのですが、私は、その言葉を待っていたのかもしれません。 その足で、テニスクラブに行き、退会の手続きをしてきました。退会の手続きは、10日〆なのです。 もともと8月は、夏期講習で忙しいので、退会(休会という形がないクラブなので)するつもりではいました。それが、一ヶ月早まっただけなのですけど、 おそらく、9月には復帰しないでしょう。 10月に試験がありますから・・・。 以前、テニス肘をやった時、やはり、夏期講習のこともあって、8月から一旦退会して、治り次第復活する気でいたのですが、その年、受験学年のクラスが大変だったせいもあって、結局復帰したのは、受験が終わった2月からでした。 一度離れてしまうと、復帰するのは、結構覚悟がいるものだと、そのとき、自分のことながら、再発見した気がしたものです。 今回もそういう怖さから、退会するのに、なにかの後押しが必要だったようです。 ドクターストップだもん、しょうがないよぉーって・・・ 昨日は、そうでなくても多忙日なのに、混んだ病院に行ったりして非常にバタバタしました。 ・・・・少し、寝てきます・・・・・zzzzzzz
2004年06月10日
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もー、あったまきちゃう!・・・と、朝から、いえ、正確には昨日の夕方からプンプンのつるでございます。 旦那の体質を受け継いだのか、息子は昔から、何かあると熱ではなくお腹にくるタイプなんですね。 緊張することが続くと、ガスが溜まって、腹痛を起こす。下痢の症状のこともあります。要は、腸が弱そうなんですね。・・・・朝から尾篭なお話で申し訳ないです。 ここのところ、腹痛を訴える事が多かったのも、中間テストのせいかとも思ってはいたのですが、終わったあとも、調子悪そうなので、一度病院に行ったほうがいいかな?・・・というわけで、昨日、近くの病院へ。 診察室に入った時から、変な感じは漂っていたのかも知れません。大きな息子に、母親が付き添って・・・大した症状もないのに・・・ 息子は、幼稚園に行くまでは、体も弱く、しょっちゅうお休みしていたのですが、小学校にあがると一変。 5年生までは、皆勤でした。6年間で見ても、体調崩して休んだのは2日か3日くらい。 中学に入ってからは、遅刻はあっても、欠席無しです。 風邪を引いても、耳鼻科で充分な症状しか出なかったこともあって、内科には、長い事行かなかったんですね。 かかりつけが無い状態で、いまさら、小児科でもないよなあ・・・・って。 だから、昨日の病院は、私と旦那はよく行くところではあっても、息子は初めてだったんです。 最初はまあ、簡単な症状の質問から。 「お腹痛いって、どの辺?」 「どんな痛みかな?」 どうも大した症状じゃないとわかったあたりから、お医者さんの質問に一貫性が・・・ 「ほう。中3やなあ。」 「学校で、痛くなる?家では痛くならないやろ。」 「学校は、楽しいか?」 ・・・・どうも、精神的なものと決めてかかっているような・・ まだ、触診も検査も何もしてないやんか! それでも、ベッドに横にして、お腹触って、診察を終えたあと、「まあ、高校受験やとか、いろいろあるしねえ。」・・・って、そんなん、中3って、聞いた普通のオバサンのセリフやん!息子「私立なんで、受験はないんですけど・・・。」医者「へえ私立。どこの中学?」息子「奈良です。」(名前を出すのを嫌がっている)医者(苦笑して)「何て名前の学校?」息子「(渋々)○○中学です。」医者「へえっ!すごい進学校やんか!そら、いろいろ大変や。」我が意を得たりとばかりに、「ま、ストレスからお腹も痛くなりますから。」・・・って、検査しなくてもいいんか?私「盲腸とかじゃないですか?」医者「違う違う。盲腸やったら、右側おさえたら、もっと痛がりますし、熱とかも出ますしね。」(まあ、それやったらそれでええけど・・・)医者「クラブは、何かしてるの?」息子「(これもまた、渋々)将棋部です。」医者&看護婦「へええ~!将棋部!頭使う事ばっかりやなあ!!」医者「運動せなあかんで。」まあ・・・運動不足なのも認めますよ。学校が大変なのも。でも、医学的に見て、そんなんでええんかい?結局、整腸剤みたいのを出されて帰ってきました・・・「これやから、学校の名前出すのいややねん」家に帰ると息子は怒っていました。ま・・・もうちょっと運動して、筋肉つけようよ・・・。息子現在160cm45kg今のところ、親に似ず、スマートなのはいいけど、ある意味ひょろひょろしてるから、そう見られるよな・・・医者にまで
2004年06月09日
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この季節になると、思い出したかのように紫陽花が咲き始めますね。 季節をちゃんと知ってる植物って、よく考えるとほんと不思議。 昔、うちにも紫陽花があって、母が、青い紫陽花にしたいとやっきになってたのを思い出しました。 土の関係なのかな?うちのは、いつもピンクで、それはそれで、いいのに、母は、青紫や青いのがいいと、いろいろ研究していましたよ。 よく・・・降りますよね・・・・・ さて、御題の何が痛いのか・・・って。 昨日のテニスでまたまたやっちゃいました。 足の捻挫・・・・・ 今回のは結構痛い。 でも、足首の捻挫は、何度もやってて、何度も病院でレントゲン撮ってるものだから、この程度なら、大丈夫とかって、わかる・・・。 ただ・・・凹みますよね。 んで、その挙句に、ちょっとテニスをお休みしようかって考えてます。まだ、結論として出したわけではありませんが。 ここのところ、日記が思い出話になっていたのは、ちょっとネタ切れ気味だったのも確かなんだけど、現実逃避だったかもしれません。 ちょっと、精神的にキツイです・・・ 実は、勉強のほう、そろそろお尻に火がついてきたかも・・・って、感じです。 4冊目のテキストは、3冊目より、遥かにボリュームあって、さっと流さなけりゃいけなかった3冊目でも、結構ぐずぐずしてたんです。 これでは間に合わない!! でも、時間は限られてる。 睡眠時間にも影響するし、今回みたいに怪我をすると、動作も遅くなり、家事もはかどらない・・・・ 昼間、ゲームしていた時間を勉強時間にあてれば・・・なんて、考えで始めたのだけれど、勉強って・・・気持ちの乗りも大きく関係するのね・・・ お尻に火がついてなかったせいもあるかも・・なんだけど。 夜にならないと、頭が冴えない・・・なんて、息子にはとてもとても言えません。 でも、しないと・・・って、夜頑張ると、昼間に響いて・・・ 挙句に捻挫かよ・・みたいなね。 あれもこれもと欲張りすぎなのかなって、昨日、情けなかったです。 もうちょっと、考えます。 が、受験は無理とかは、思いたくはない。それだけは。
2004年06月08日
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ピアノのお話完結編です。 家では、母が大張りきりでした。合同発表会の大トリなんて。母はそういう晴れがましいことが大好きだったのです。 衣装はどうしましょ?デパートに出かけましたよ。母の趣味で、白の総レースのジャケットに、黒のロングドレス。(もろクラシックやんね・・・ママさんコーラスかい!・・・みたいな) ただね・・・私って、背が低いんです。152cm。小学校高学年で、150cmに達していたので、中学以降2cmほどしか伸びなかったことになります。 そんな身長で、当時42~3kgと今に比べればずっとスマートではあったのですが、ロングドレスはどうかと・・・・ 少々裾を処理しても、まだ、ヤバイ。 そこで、母は考えた。 ドレスに合わせて、真っ黒なサンダルを見つけてきたのです。前5cm後ろは10cm以上あるかと思われる厚底。ちょっと前に流行った、あの厚底ブーツを想像していただければ・・・ それで、底上げをすれば、ドレスを着てもまあ、見栄えするくらいの身長にはなったのですね。 でも、ここで問題発生。 ピアノには、ペダルがあって、今度の曲は、そのペダル操作も演奏のうちっていう曲だったのです。 一般的なアップライトのピアノにはペダルが3本あるのをご存知ですか? 右端は音を響かせるために、ピアノの弦をおさえているものを浮かせるためのペダル。 真ん中のは、消音効果。(今のピアノは、消音がもっと別の形でできるから、もしかしたら、真ん中のペダルはなくなっているかも。) 演奏会用のグランドピアノには、確かこの真ん中のペダルはついてなかったように思います。 左端のは、最初何のためのペダルかわかんなかったの。踏んで弾いても、音も変わらないし。 でも、ちゃんと存在の意味があって、右のぺダルで響かせた音を戻すためのペダルだったのね。 つまり、音がにごらないように、うまく響かせるには、右と左をタイミング良く踏み分けないといけないってことなんですね。 厚底サンダルでは、それは到底無理。 でもロングドレスだからこそ大丈夫でもあったのです。座っちゃえば、サンダルを中で脱いでも大丈夫ってわけww とにかく、裾を踏んずけて、ころばないように、足をくじかないようにって、何度も念を押されて、当日を迎えました。 あ・・・だれかな?この辺で、私が派手に転ぶ姿を想像しているのは・・・?(笑) そうそう、肝心のショパンは、順調に仕上がりました。 曲自体は、舞踏タイプでないワルツなので、3拍子のゆるやかな曲なのですが、3箇所早弾きの聴かせ所があってね。 ちょうど、フィギアスケートのジャンプみたいな感じだな。他は表現力を見られるのに、そこだけ、技術を見られる、みたいな。 特にラストに近い部分のは、3オクターブにも渡る難関で、何回かに一回は、失敗していたのですね。 その一回が、本番に来たらどうしよう・・・ってのは、あったのですがね。いよいよ本番。思った以上にスムーズに歩いて席に着いた私。ドレスの中で、サンダルを脱いで・・・演奏・・・・ラストの3オクターブ・・・うまくいった!!静かに鍵盤から指を離して、ほっと一息。すでに拍手が・・・・!!お辞儀をせねば!サンダルを履こうとしたその瞬間、蹴ってしまった!!!かさ高いサンダルは、ゴロゴロっと音を響かせてドレスの外に転がって行ったのです・・・・・足を伸ばしたくらいでは、届かないところまで・・・前のほうの席の人は笑ってるし・・・後ろの席の人は何事かわかんなくて、ざわざわしてるし・・・私は・・・もちろん焦りまくりの・・・でも、サンダルを履かないと帰ることもできないし・・・椅子からおりて・・・拾いに行って・・・履いて、改めてお辞儀。拍手(笑い交じりの・・・)先生はなんにも、おっしゃらなかったけれど、先生のお母さん(前の私の先生)はカンカンでした。「もう、最後やのに、しまりのない!!」 穴があったら入りたいとは、ああいうことなんでしょうね。 後日、重い気分で、レッスンに行ったとき、お母さん先生にお詫びしましたが、相当怒っておられました。 そのときの言葉の内容から、お母さん先生が、大トリに別の子を考えておられたことも発覚。 でも、先生は、あの聞かせどころが、上手くいったことを喜んでくださって、他の事は何もおっしゃらなかった。 ただ・・・そこから、私の記憶ははっきりはしないのだけど、結果的に、その発表会が最後になりました。 私には、大学受験という、重い足かせがありましたし、そのころ父が仕事を辞めて、家がごたごたしていた頃でもありましたし。 確か、母が大病をして、手術入院で、一ヶ月ほど私が家事をしていたのもその頃ではなかったかと・・・ ピアノを続けていられる状況ではなかったのか、いつの間にか辞めていましたね。 一つ、はっきりしている記憶は、声楽が本来の専門だった、先生が、バリトンの歌を聞かせてくださったこと。あれが、最後のレッスンのときだったのかもしれません。 私の中で、ぼんやりとしたまま、先生への想いと、ピアノのレッスンが、思い出として、仕舞われていたようです。 でも、それなのにそれなのに・・・・ドレスの中で、サンダルを蹴った右足の感覚だけは、妙にはっきりしているのは・・・何故?
2004年06月07日
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今日は雨ですね。予報通り。 雨のせいなのか。昨日冬ソナを観たせいなのか。 発表会編と行きたかったのですが、先生のお話をもう少し。書いてるうちに、ほんと、いろいろ思い出しちゃうものだよねー。(それだけ、昔のお話なんだ・・・・しくしく・・・ん十年前だもん。) 私の初恋は、小4のとき。(おかん、残念でした)同じクラスの男の子が好きで好きで(なんでかわかんないけど)、その子の姿ばかり目で追ってた。誰かのことを考えると胸がドキドキするって、知ったのもそのとき。・・・でも、淡い初恋は、クラス換えと同時に終了し、その後、私は同じ年の男の子では、物足りなくなっていった。 小学校高学年で、私が身も心も一番成長した頃、まわりの男の子の幼さにうんざりしてきたのだった。 中学校の入ってもそれは、同じ。 同級生の男の子から、面と向かって、「お前は高嶺の花やから」と言われたこともある。 それは、きっとその子が意味をよく理解してなくて、単に私が彼女としての対象にするには、あまりにじゃじゃ馬だってことが言いたかったんだろうけど。 ピアノの先生は、そんな私の前に現れた。 出会いは最悪な印象だったし、そんな年上の人が恋愛対象になるなんて、思ってもみなかったのだけど。今思うと、6~7歳しか離れてなかったんだね。 何が最悪な印象だったって・・・厳しかったんだよね。 練習をろくにせずに行って、つっかえつっかえ弾いていると、「帰りなさい。レッスンにならない。」って、部屋を出て行くし。 ハノンという、指の練習のテキストがあるのだけど、それをアレンジして、わざとむずかしーくしたのを課題にされて、指が引きつるかと思ったこともあり、このまま弾けばいいじゃんかー。とか思ったりね。 でもそのおかげで、私、指に筋肉がついたのを自覚した。 中指と小指を固定させて、薬指で鍵盤を叩けますか?私は最初動かすこともできなかった。そこが一番動きにくいところなんだって。 でも、まさに、その体育会系のレッスンのおかげで、指が滑らかになり、初見の曲でも、うそみたいに弾けるようになったりして・・・。 だんだん、先生のやり方を受け入れられるようになり、それと同時に、単に怒られなかったっていうだけで、「案外いい人なのかも」とか思い・・。 決定的だったのが、昨日のショパンの件でした。 発表会用に、ショパンの曲を用意されたという話を昨日しましたが、その研究用に、2枚のLPレコードを貸してもらったのですね。 忘れもしません。一枚はウラジミール・アシュケナージ。その頃は知らなかったのですが、当時超売れっ子の、また、その頃が一番脂が乗ってたらしいピアニストでした。 もう一枚は、ウラジミール・ホロヴィッツ。技巧派と言われる弾き手で、私には、すごくダイナミックで、幅を感じさせる演奏に思われました。 聴き比べる事自体が初めてで、弾き手によって、こんなに違うのかと驚いたのを覚えています。返したときに「どっちの演奏がよかった?」と聞かれ、当時は、ピアニストの名前も知らず、ましてや、どちらの評価が高いとか、どちらが技巧派とか、何にも知らないまま、ホロヴィッツの方を指して、「こっち」、と答えたとき、・・・ドッキン! 先生が実に嬉しそうににっこり笑った!「そう!僕もそうなんや。やっぱり、そうか!」「今、こっちのアシュケナージのほうが、圧倒的に支持されてるのやけど、僕はホロヴィッツのほうが、ずっと好きなんや。そうかぁ、君もかぁ。」 先生は、ただ単に、感性が似ていることを喜んだに過ぎなかったのだろうけど、あの厳しいイメージしかなかった先生が、あんな顔で、笑うなんて・・・・ 恋に落ちました・・・多分。(ここでBGMは、小林明子の「恋に落ちて」かな? ♪I'm just a woman ~ fall in lave~) でも、年上過ぎたし、まず相手にされないだろうと思ったし。(当時私、自分に、特に容姿には今以上に自信がなかったものでね) 先生にそういう思いを持っちゃ行けないんだって、思いを必死に押し込めようとした覚えがあります。 え?今なら?行くでしょ、結婚してなきゃね~(嘘)。 発表会編へ、続く~~
2004年06月06日
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前からこの日記にピアノの事を書こうとしては、辞めていた。 思い出がありすぎて、エピソードがありすぎて収拾がつかなかったのだ。 今日から、シリーズものにしましょうか(笑) 今、夜中の2時。日付が変わって、日記に記入出来る。 明日の朝は、更新できそうにないので、今から第1章を書いてみようかと思います。-------------------------------------------- 私は小さい頃から、ピアノを習っていた。 そのおかげで、絶対音感もついているようだ。 3歳のとき、自ら「習いたい」と言ったそうだが、記憶にない。 でも、家にピアノがやってきたことは、鮮明に覚えている。かなり誇らしかった。(やな子供) ピアノは好きだったし、うまく曲が弾ければ楽しかったが、子供のこと。友達と遊ぶほうがずっと楽しかったし、こつこつ練習するようなタイプの人間でもなかったらしい。 いつも、ピアノの先生がお見えになる前にちょこっと練習しては、ばれて、怒られたものだ。 それが、中学受験で、一旦辞めた。 普通はそのまま途絶えてしまうのだろうが、何かがひっかかっていた。 中学(公立)に入り、軟式テニス部に入るも一年で挫折。(この辺のお話もまた、いつか) どうしてもピアノが弾きたくなった。今度こそ、自ら習いたいと言い、ピアノ教室に一人で申し込み手続きにも行った。 そこで、担当になったのが、前に習っていた先生の息子さん、当時音大の大学生で、声楽が専門だったそう。 男の人に習うの?って抵抗があった。怖そうだったし・・・いや、実際怖かった。練習をサボって行こうものなら、「帰りなさい」って、帰されたし。 そんな先生って、今までいなかった。塾でも学校でも、私は優等生だったから、少々のことは、許された。 「何?この人?」みたいな、やな感情が先に立って・・・それでも、弾きたい気持ちが勝ったんだと思う。 熱心に練習していけば、先生はそれに応えてくださったように思われた。 最初最悪な出会い、それが、やがて淡い恋心に変わって行ったのも今思うと自然な流れかも・・・・(きゃっ!) だんだん私は熱心な生徒になっていったと思う。 高校受験でも辞めることなく続けた結果、高1の時の発表会が、何年かに一回の、合同の大きなもので、大きなホールを借りてのものだったのだ。 私はその大トリを勤めることになった。 ショパンの「別れのワルツ」(注:「別れの曲」は有名だけど、それとは違うからね。)を弾くことになったのだった。 後で知ったのだけど、先生が、結構強く推薦してくれたんだそうだった。私ならショパンが弾けると。大トリの曲は「別れの曲」にしたかったらしいのだが、難しすぎて誰も弾けないので、「別れのワルツ」になって、それを弾けるのが私だという判断だったらしい。 決まってから、ショパンのレッスンが始まった。 先生はショパンのレコードを聴いて、勉強するようにと、貸してくださった。 私は急にクラシックの世界に目覚めたのだった。----------どう?ちょっと小説風。 自己満の世界やね~~ 続きはまた、今度。 発表会当日の話は・・・まさにお笑いです・・・ 乞うご期待・・・(いいのか?そんなこと言って?)
2004年06月05日
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以前、曽野綾子さんの「太郎物語」に出てくる家族が理想と言う話を書きました(5/8『あこがれる家族』参照)が、もう一つ私が理想だなあと思う親子がいます。 灰谷健次郎さんの「天の瞳」の芽衣と倫太郎です。 芽衣だけじゃない、ちらと出てくるお父さんの宗次郎もいい味出してるし、倫太郎の性格形成には、お父さん方の祖父・直次郎の存在が大きいのですが、私としては、やはり母と子の関係に目がいってしまいます。 倫太郎は、ウルトラ級のわんぱく坊主ですが、筋の通らないことが嫌いです。いい時も悪い時も、母親としてはいう事聞いて欲しい場面でも、納得しないという事を聞かないこともしばしば。 あるいは、大人からみたら、結果が見えてて、失敗するよ、って時も、ぶつかるまで、引かない。 芽衣は、倫太郎が小さい頃から、「お好きにどうぞ」と倫太郎の自主性を重んじてきたのです。 倫太郎は、ただの頑固者ではなく、自分でしっかり物を考える人に成長していく過程がよく描かれています。 時にはそういうのが、学校という集団の中で、教師にとって、邪魔だったりしても・・・ね・・・ 私は、息子が、倫太郎のように、自分で考えて判断出来る子になって欲しいと思っていたし、思っています。 ほったらかしにしないで、「お好きにどうぞ」と、子供にポンっと渡してしまうのって、簡単なようで、難しいです。 でも、そうしないと自主性なんて育たない。 息子に、倫太郎のようになって欲しいと思いながらも、相当失敗している面があります。あんなにダイナミックな子に育たなかったようです。 私が小心者で、神経質に育てたせいであると思われます。 その育て方のせいで、あの子の言葉を奪ったことがあったのです。 4つになっても、まともに話が出来なかったんです。息子。 出てきた言葉は、発音不明瞭だし。 聴力障害を疑いました。もちろんその他の障害も・・・ 診察の結果・・・『構音障害』。 つまり、言葉を発するタイミングと、体の成長が合ってなかったがために、発音がうまくできない音や言葉ができてしまった。 うちの子の場合、一番ひどかったのは「K」と「G」の音、つまり、「か・き・く・け・こ」「が・ぎ・ぐ・げ・ご」で、訓練が必要なほどだったのです。特別な病院に、月1回くらいの割合で電車で通いました。 そのとき言われたのですね。「この子は、不足を知らなさ過ぎた。お母さんが何でも先回りして、世話をしたでしょう。この子には言葉が必要なかったんですよ。」 ・・・・・・ショックでした。駄々をこねることも少ない、素直ないい子だとばかり思っていました。穏やかな性格も、旦那譲りなのだと。 でも、私の変な完璧主義が、最悪な形で、息子にあらわれてしまっていたのでした。 ただ、(私は基本的には無神論者ですが)神様に感謝したいのは、その時点で私に気がつかせてくれたという事。 息子の言葉も、小学校にあがる頃までは、周りの子と変わりなくなり、それどころか、お喋りで困るほどになり・・・・。 子供に構いすぎないように、私が意識したきっかけでした。手を貸すのではなく、子供に添う。(これもまた、天の瞳に出てくる表現です。) 「お好きにどうぞ」というのは、そういう意味を全て含んで子供に言って上げたい言葉だと思っているのです。 先日のコンサートの場合(6/2『コンサートに行ったぞ!』参照)、最初は確かに旦那の勇み足で、息子に聞きもせず勝手にチケットを取った段階で、ペケだったのですが、最終的に行く行かないは、息子の「お好きにどうぞ」としたつもりです。 まあ、息子は自分の思いを大分押し込めたと思います。親に合わせてくれました。その思いやる気持ちが、私は嬉しかった。 ああ・・・また、親ばかですね。
2004年06月04日
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書いていた日記を却下して、新たに書いています。今日の内容は、また、後日。 ・・というのは、私は最近テレビ、特にワイドショーを観なかったのですが、今回の事件のキーワードに「HP」「チャット」があって・・・今、観ながらこれを打っています。 やっぱり・・・という、思いです。 以前から危ういなあと、思っていました。 私は、ゲームのチャットで、たくさん友達をつくり、こういうHPまで、立ち上げた人間ですが、 仮想世界と現実と、人間関係の築き方、付き合い方は、わかっているつもりです。この歳ですし。 でも、実際の世界で、それを知らないまま、ネットの世界に入ることは、危ういことだと思っていました。 なのに、普通に10代前半の子が、チャットの場にやってくる。しかも、ネチケットやマナーを知らない子が多い。 ひどい子になると、「アラシ」に変身する。 わがままな子も多い。 チャットの世界でさえ、まともに人間関係を結べない。 チャットだからなのか? いや、人間形成ができてないうちに、ネットの世界に入り込むからいけないのだと思うのですが・・・・ 息子と、この話をしました。 私が、ネットの世界に結構夢中になっていることは、旦那はうすうす感じてはいますが、息子は、知っています。(この日記のことは、直接は話してないけどね) 私は、「チャットは、いい、と思うんだけど。」と言うと、息子に、「オレは、お母さんと同じ意見と違う。チャットとか、あんまりしたいとは思わん。」と、言われました。「お母さんは、長いこと生きてきて、今、こういう関係がいいねん。」と言うと、「それはそれで、いいんと違う?」、とのことでした。 こういう事件で、PCや、ネットの世界が、誤解されたり、悪者にされるのって、すごく嫌です。 でも、気をつけないと、使い方を間違えると・・・ 誰にでもおこりうる、間違いなのかなあ・・・と。 息子とは、そういう話し合いを、していきたいと思った事件です。
2004年06月03日
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昨日の日記に、書きましたように、高橋真梨子のコンサートに行ってまいりました。 出発時からハプニングが・・・ 息子が学校から帰ってくる時間が微妙で、最悪難波で落ち合う段取りになっていたのですが、なんとか間に合う時間に帰ってきました。 ところが・・・「お腹が痛い・・・」と。 最近よく、腹痛を訴えて、一度病院に連れて行かないといけないなあって、旦那と話し合ってたところでした。 心配なので、コンサートには、旦那だけで行く?なんて、話もしたのですが、「大丈夫だから、二人で行って」と、言われて二人で出かけることに。 保険証と診察券を一応テーブルに置いてきました。 状況が状況だけに、「デートだ!」とはしゃぐ気も起きず。 ただ・・彼があんまり乗り気でないことは、最初からわかっていたし、ホームで、難波行きの電車を待ちながら、旦那とそれもまた、仕方ないかな、と、話していたところ・・・ 、見なれた人影が・・・息子でした。行く気になって、必死で追いかけてきたのでした。「お腹大丈夫なん?」「今は、お腹より肺がヤバイ・・・ゼイゼイ・・・」なんのこっちゃ・・・・ もしかしたら、旦那が残念そうな顔をしたのを見てしまったかな・・・? そんなこんなで、やっぱり3人で、行ったのでした。 行ってみて、唖然・・・・ 年齢層・・・たっかーい おそらく、50代・60代が、メインだったでしょう。 旦那にそう言うと、「ペトロ&カプリシャスの時代からのファンが、多いんやろな」って・・・アンタもそうなんでしょが・・ 息子に至っては、「もしかして・・・子供って俺だけ?」って、顔ひきつってるし・・・ せっかくの息子の気持ちと旦那の気持ちを、裏切られたくないなあ・・・と、真梨子さんに、すがる気持ちで、いざ、コンサート。 例によって、最初の3曲は、今売り出し中のアルバムからで、新曲。もちろん知らない曲で、観客の乗りもイマイチ。真梨子さんの声も、イマイチ。 でも、そのあとのヒット曲オンパレードから、息子も知ってる曲もあり、観客もようやく、ほっとした様子で、真梨子さんの声も素晴らしくなってきて・・・・・ 要はスロースターターなのね・・・お互い・・・一部と二部の間の、バンドの小父様たちの、ラインダンスもおもしろかったし、後半、「グランパ」「for you」へと大盛り上がり!生声に酔いしれて終わりました。私はね・・・ はっと我に返って、息子はどうだったんだろう・・・と彼を見ると、まあ、まんざら退屈でもなかったよう。「知ってる曲、結構あったわ」よかった。 帰り、居酒屋で、食事をしたのですが、10時廻っていたってこともあって、私は時間ばかり気になり、ビールも中ジョッキ一杯止まり。小心者です・・・ 今度行くときは、初めっから、息子も納得済みのアーチストのに一緒に行くか、納得しないなら、チケットを2枚しかとらないかにして下さい。 結構気を使って、疲れました。 息子に気をつかわず、二人で出かけるのは、まだもうちょっと先かな。
2004年06月02日
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うちには、音楽のCDがいっぱいあります。旦那が買って来るから。 うちの旦那は、見た目佐藤浩市のくせに、めちゃおたく趣味で、「読書」「スポーツ観戦」「音楽鑑賞」ですと。 しかも音楽ったって、邦楽ばっかでね。なんといっても、嬬恋の世代なもんで、吉田拓郎、井上陽水、かぐや姫・・ときたもんだ。 拓郎、陽水のCDは、もちろんたくさんあります。結婚して、真っ先に買ったのが、ニューミュージック大全集だったもんなあ・・・。 今、うちにあるので、品揃えがいいのは、チャゲ&飛鳥、そして、高橋真梨子。 実は今日、コンサートに行くのは高橋真梨子なんです。 好きなアーチストは、CD聴くだけでは、気がすまなくなったみたい・・・ ここ2~3年で、コンサートに行く事が多くなりました。 それがね・・・家族で行きたいみたいなのよね。 皮切りは、小椋佳。 市民会館に来てくれたので、チケットを買いに走りました。 息子は、それが、初のコンサート。ちょっとかわいそうな気も・・・・。 小田和正、吉田拓郎は、チケットが1枚しかとれなかったので、一人で行きました。 こないだは、伊勢正三。これは3人で。 伊勢正三に関しては、旦那は特別な思い入れがあってね。是が非でも3人で、行きたかったみたいでした。 なんでも、伊勢正三とは、幼馴染なんだって。御兄さんの同級生らしくて、家にもしょっちゅうお邪魔するほどの仲だったそう。 そして、今回、高橋真梨子。 息子のテストも終わってる頃だし、私の仕事のない、火曜日だし、ということで、チケットとっていました。 でも、息子がここで、難色を示したのです。何せ・・・平日だもんね。それに・・・高橋真梨子、誰?それ?・・・みたいな。 旦那も押し付ける気はないので、息子が嫌がるなら、私と二人で、行くつもりだったようです。私も、後ろめたくはあるんですが、「お?デートか?」って、ちょっと嬉しかったりして・・・ でも、さすが、息子。旦那が良いと言う物は、とりあえず、知っておきたいと、(崇拝してるのかなあ?)行くと申しました。 伊勢正三のときに、懲りたみたいだったのにね。 息子ね、チャゲ&飛鳥なら、喜んで聞いてるのね。でも、チャゲ&飛鳥は、それこそチケット取れないのね・・・(涙) 私としては、チャゲ&飛鳥もいいけど、一番行きたいのは、B'z。最近は、森山直太朗かな?。 いえね・・・高橋真梨子が、いやってわけじゃないんだけど、あの人の声を生で聴いたら、そりゃあ、迫力だろうなって、私はすっごく楽しみだけど、どんな歌歌ってる人かさえ知らない息子には酷かな・・・ ま、コンサート後の外食が、目当てかも・・・って感じで、とりあえず、今日は3人でお出かけしてきます。 仕事もない。晩御飯つくらなくていい。お?本物のオフか? ・・・・晴れてきたので、洗濯物干して来まーす・・・
2004年06月01日
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