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義父の様態は悪化しています。胆のうにあったガンが、肝臓から肺にも転移し、肺はがん細胞が作り出した水でいっぱいだそうです。それによって、呼吸が苦しくなったり、熱が出たりしているそうです。1つの肺は全く機能してない状態で、もう少し体力のある患者であれば、1つの肺を完全につぶすことによってガン細胞も殺すことができるけど、義父の場合はもうそういう処置をすることは無理だそうです。かろうじて、水を抜くことはできるけど、細い針では、どろどろの血が出てきて、詰まってしまうそうで、太い管を刺さないといけないそうです。しかも、ガン細胞がいる限り、どんどん水を作ってしまうので、管は刺しっぱなしの状態で、常に抜いていかないといけないし、その間にガン細胞はどんどん広がっていき、いつ息絶えてもおかしくない状態らしいです。今も、手術をするかどうか考えている間に、どんどん次から次へと新しい病気が見つかり、先生も手の施しようがないそうです。先生の見解も、日が経つにごとに変わります。義父はやっと生きている感じです。まだ、病院からの緊急呼び出しの電話がないだけ、とりあえず安心ですが、これからは付きっきりになるかもしれません。今日、九州から旦那のお姉さん家族がきます。お姉さんの旦那と長男はお留守番で、女の子3人と、お姉さんがきます。本当は、長男の男の子が一番おじいちゃんに会いたがっていたのに、ペットのお世話を誰かがやらないといけないということで、お留守番になってしまいました。一気に4人もくるので、迎える側は大変です。寝るところや食事など、お金もかかるな~。おじいちゃんのお見舞いとはいえ、こちらに来るのは私の結婚式以来ですから、右京に会うのも初めてだし、みんなとても楽しみにしているのです。あまり遠くに遊びにはいけないけど、近場で少しは遊びに連れて行ってあげないとな~。旦那が一週間休みをもらったそうなので、車2台と運転手2人でなんとかみんなで移動もできるので良かったです。パパがいないと、私が病院まで2往復しないといけないところでした。車も、大きい車をレンタルでもしないといけないな~と考えていたので、ホントよかったです。結婚式でみんなが来てくれた時は、義父がバスみたいな大きい車をレンタルしてみんなで移動していたし、義父がどこにでも連れて行ってくれていたんですけどね。昨晩は、ばあばのうちにみんなで泊まりました。右京は初めてのばあばのうちでのお泊りです。家が近いから、泊まることは今までなかったですよね。じいじがいるときに一度くらいは泊まってあげればよかったです。義母は、一人でいる間に、もう義父が亡くなった後のことなどもいろいろ考えて、心の準備をしていたそうです。私も、密かに準備のため、パパが数珠を持っていないと言うので買っておきました。右京の服は、黒っぽい服だったら特に買い揃えなくてもいいですよね。去年の卒園式で来たシャツは100だったので、多分袖が短いと思います。去年、まさかまた使う日が来ると思わなかったから、110にしようか迷ったのですが、ジャストサイズで買ってしまったのです。私は、結婚する時に買ってもらった着物と洋服の喪服がありますが、やっぱり長男の嫁だから、着物かな~。洋服の方が動きやすいし、着替えやすいし楽だけど、そういっちゃうと、せっかく買ってもらった着物ももったいないですもんね。お母さんに相談してみよう。あと、お葬式のマナーとかちゃんと密かに勉強しておかないと。この前面接に行ってきましたが、義父がいつ亡くなるかわからない状況では、いつから仕事を始めていいかわからなく、仕事が決まるにも決められません。とはいえ、お金が何かとかかるから、生活するだけでも苦しいと、何も助けてあげられないし、困ったもんだ。でも、やっぱり初七日が終わってからのほうがいいかな。来週は、派遣の登録があるんだけど、「いつから仕事できますか?」って言われても、答えられないな~。困ったな・・・。右京には、じいじが死んじゃうかもしれないことを、「お空に飛んで行っちゃうかもしれないよ。でも、お星様になって右京のこと見てるから寂しくないよ」と説明しました。ちょっと悲しんで軽く泣いてました。でも、私が泣きそうになると、「ママ、泣かないで。右京がいるから寂しくないよ」となぐさめてくれます。でも、多分、息を引き取ってしまった時や、焼き釜に入る時は泣いてしまうと思います。あまり、感情移入して泣かないようにはしようとは思います。泣き出すと止まらないと思うし、誰か一人はしっかりしていないといけないですよね。
2007年03月24日
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先日WEBで履歴書を送った会社は、なんの返信もないのでダメだったようですが、それにしても、ネットで応募した場合、「履歴書を受け付けました」というメールはすぐに送ってくるのが普通なはずなのに、そのメールすら来ないところなんて、とってもいい加減で、こっちから願い下げだわ!と思いました。昨日は、別の会社に同じように応募したのですが、そこは、送って次の日の朝には、受け付けましたと言うメールが来ていました。やっぱり、それが当たり前だと思います。こちらからも、「よろしくお願いします」と最度メールを送りました。これが当たり前かどうかわかりませんが、何も返事がないよりは丁寧でいいですよね。それと、前から気になっていた派遣の仕事も、ちょっと考えています。先日テレビで、派遣社員の問題点を扱うような番組を見てしまい、ちょっと敬遠していたのですが、派遣でも、仕事内容が好きなところがあったので、インテリアに携われる仕事だし、やってみようかなと思い、とりあえず申し込んでみました。実は、先月も一度申し込んだのですが、その時はまだ仕事を辞めていなかったので、なんとなくやる気が十分に起きず、登録説明会に行くのはやめてしまいました。でも、ネットで調べてみると、まだ募集をしているようだったので、再度申し込み、今度こそ行ってみようと思います。来週の水曜日です。勤務地は憧れのランドマークタワーだし、事務なので土日休みで、勤務時間も、保育園のお迎えに間に合うように帰れそうです。あと、時給も高いし、社会保険や厚生年金もついているので、ボーナスや退職金などの待遇はないけど、パートの延長と考えれば、今までよりはずっといいかなと思います。この仕事で、週5日働くような仕事になれて、やっぱり社員で働きたいと思えば、その時に社員の道も考えようかなと思います。事務という仕事も、やったことがないので、自分にあった仕事かどうかは、一度やってみないとわからないし、いきなり正社員で探すよりも、派遣で経験を積んでからのほうが、正社員の道も開けるし、マイナスの面ばかり見ていても仕方ないですからね。派遣のいいところも考えて、利用してみようと思います。事務とはいえ、インテリア関係の会社の事務なので、今までのインテリアの知識を活かすこともできるし、これからもっと勉強していくこともできるし、十分にやりがいは見つけられそうです。もうすぐ4月になっちゃいますからね。頑張って仕事見つけなきゃ!
2007年03月19日
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今日は、卒園式があり、在園児と、その父兄も参加しました。正装しているのはもちろん卒園児とその父兄だけで、私たちは、いつもどおりの普段着です。卒園式は、実にうちの保育園らしいものでした。1部と2部があり、1部は普通の卒園式らしく、一人一人に卒園証書を渡して、偉い人の挨拶や父母代表の挨拶がありました。第2部は、卒園児の和太鼓演奏から始まりました。正装から体操着に着替え、ハッピとねじり鉢巻をして登場しました。それと同時に、先生方もみんな正装からジャージに着替え、急にいつもの保育園に戻りました。在園児から贈る言葉があり、練習していた「歌えバンバン」を元気よく歌いました。そして、卒園児のリトミック、一人ずつ側転と竹馬と跳び箱の披露がありました。みんな一生懸命練習したらしく、跳び箱では、お友達からの声援があり、飛べた時には大歓声が上がる子が何人かいました。きっと、なかなか飛べなかった子なんでしょうね。結局、全員跳び箱も飛べて、みんな上手に側転と竹馬をしていました。在園児の出番は少しでしたが、2年後の行く末を見れたのでとても楽しかったです。帰りに、右京が保育園で書いたお絵かきの作品をもらってきました。「雨」 左「パパ」・右「ママ」 「アンパンマン」 「信号」 「イチゴとスパゲティ」 「トラック」 「絵の具」 「ひよこと小鳥」 右京は、お絵かきよりもブロックで遊んだりする方が多かったので、多分人より少ないかもしれませんが、それなりに何かわかるものを書いているので安心しました。来年になれば、もっと上手になっているかな。ひな祭りと、節分の作品は、やっと写真を登録したので、ついでにのせておきます。
2007年03月17日
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旦那の夜勤が終わり、また日勤に戻ったのですが、私の生活リズムがまた狂ってしまい、せっかく早寝早起が習慣になっていい感じだったのに、またもや前の生活リズムに戻ってしまいました。右京も、9時に寝ていたときには7時には自らおきていたのですが、また8時になってもうだうだ起きない右京。私も、旦那を送り出すのが5時半のため、ついまた寝てしまい、2度寝から起きるのが辛く、右京を保育園に送るのも面倒な始末。でも、今日こそは保育園に連れて行こうと決めて、頑張って動きました。右京の蕁麻疹は、ほとんど消えていました。昨日まではボコボコだったところも、きれいに消えていたのでビックリしました。昨日の状態くらいひどいと、着替えをする時に、お友達からなんか言われるかな~とか思うと可哀想だなと思っていたのですが、今日は全然その心配もないほどだったので、安心して保育園に送り出しました。右京は、給食室の前にある植物にお水をあげるのが日課です。いつも給食の先生から麦茶入れにお水をもらって、お水をあげているそうです。そして、なんと、葉っぱだけの植物だとみんなが思っていたその植物に、花らしきものが咲いたのです。右京は、「お花咲いたの」と、通りがかる人みんなに言いまくり、先生方も、「あ、ほんとだ~。これ花が咲くんだ、知らなかった~」と感心していました。でも、今週はパパのお休みもあり、休んでばっかり。「右京がお水あげないと、お花枯れちゃうよ」というと、「あ、そうだ、忘れてた」と言って、急に保育園に行く気になりました。明日は卒園式です。右京達も出席するので、私も見に行きます。右京は「歌えバンバン」という曲がとても好きで、寝言でも歌っていました。そのほか、「手のひらを太陽に」を歌うそうで、クラスに「オケラ」の写真が貼ってありました。右京の歌は、2番やら3番やらの歌詞がごっちゃになっているのでちゃんと歌えるか心配ですが、年少としての最後の行事ですから、とても楽しみです。
2007年03月16日
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今日は、ららぽーと横浜のオープン。横浜2店目のスヌーピーショップが入ると知って、この日を楽しみにしていました。右京は保育園に預けて一人で行ってこようと思ったのですが、右京が痒がって保育園行きたくないというので、まあ、原因がストレスですし、無理に行かせなくても、たまにはママと二人で電車に乗ってお出かけするのも気分転換になるかなと思い、一番買い物には連れて行きたくない4歳児を連れて行くことになりました。車で行くと、きっと渋滞して混んでるだろうと思って電車で行ったのですが、着いてみるとそんなに渋滞もしてなくて、すんなり入れていたので失敗した~と思いました。きっと、平日だからむしろ電車で来る人のほうが多かったのかな、電車は凄く混んでいました。右京は、電車の中で持ってきたおにぎりを食べると、ららぽーとに着くなり、「疲れた~」と座り込んだりして、「眠い」と言い出し、一番ヤバイ状況になりました。こんな大きい子が乗れるベビーカーはないし、かといって抱っこで寝かせるのは1分が限界だし、座って寝かせてしまえば、2時間以上は身動きが取れなくなるし、どーしよう・・・と思いながらも既に座り込んで床で寝そうな勢いだったので、仕方なく抱っこするとその瞬間もう寝ていました。しかし、早々と限界がやってきて、仕方ないので無理やりにでもベビーカーに乗せました。一瞬右京を起こして、自分の力でベビーカーに足を入れてもらいました。そうじゃないと、私だけの力では無理ですから。何とか座らせましたが、やはり、頭はのらないのです。そこで、右京の着替えの入っていたバッグを枕にして、少しでも頭が反り落ちないようにはしましたが、それでも少しは下がりながらも、爆睡していました。その体制で意外と安定していたので、私はそのまま館内を連れまわし、店内をゆっくり見ることができました。さすがに、行きかう人は、じろっと右京を見る人がいました。あまりに大きい子を乗せているから、可哀想とおもったのかな。まあ、何とでも思えばいいさ。5歳くらいまで対応しているベビーカーがあってもいいと思うんだけどな。そんなこんなで、結局2時間半くらい右京はベビーカーの上で寝ていました。ほとんどは本屋さんにいましたが、館内も一通り見て、私はいい加減帰りたかったので、ソフトクリームで釣って起こしました。 おかげで機嫌よく起きて、帰りは元気に歩いて帰りました。いつもなら、お昼寝しなくても夕方くらいまでなら大丈夫なんだけど、今日は、家を出る前に痒みの薬を飲んで、それが眠くなる薬だったのをすっかり忘れていたのです。帰りの電車で寝るかなと思っていたのが、とんだ計算違いでした。でも、買い物はゆっくりできたのでよかったです。新しいららぽーととはいえ、結局私が行きたいと思うお店は、みなとみらいや、他のよく行くお店にも入っているなじみのお店で、別に今買わなくても、いつでも買えるし~と思い、見て回るだけがほとんどでした。多少、目新しいお店で面白そうなところもありましたが、そこも見るだけで十分と言う感じでした。右京とマザー牧場のソフトクリームを食べましたが、チョコミックスを頼んでしまったのが失敗でした。チョコの味が強くて、ミルクの味わいがよくわかりませんでした。食べるなら、バニラのみのソフトをおすすめします。でも、美味しいソフトクリームは食べなれているから、それほど「これは美味しい!」とは思いませんでした。まあ、普通です。スヌーピーショップも、1度記念で来れば、もういいかなと言う感じ。やっぱり、いつものみなとみらい店の方が、店内も広く品数も多いし、見ごたえがあって好きです。 千葉のららぽーとに行ったことがあるので、そこと建物の作りも似ていて、特に代わり映えはしませんでした。パパも行ってみたいだろうから、そのうちまた3人で行くだろうけど、その後は別にもう興味はないかな。土日はもっと混むんだろうな~。
2007年03月15日
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義父が昏睡状態になった日、みんなは眠れない涙の夜を送っていましたが、右京だけはすやすや寝ていてのんきなもんだときっとみんな思っていました。ところが、朝起きた時に右京の体に異変が!やたら体を痒がっているので、薬を塗ってあげようと見てみると、なんと、ボコボコに腫れているのです。足の膝の裏、腕、うなじ、額、ふくらはぎなどに症状が見られ、私は自分の感覚で、ダニにでも食われたかな~なんて思っていました。でも、私はダニにも蚊にも刺されやすく、冬でもダニに刺されたりしていたのですが、4年位前に買ったダニよけシートをシーツの下に敷くようになってから、よっぽど夏のジメジメしたときでなければ、ダニに刺されることはなかったし、同じ布団に寝ていて、私はさされても、右京が刺されることはなかったので、おかしいな~なんて思いながらも、他の原因が思い当たらなかったので、とりあえず、保育園に連れて行って、布団を干しました。保育園はお昼ごろ迎えに行って、そのまま義父のお見舞いに行きました。義父はすっかり回復してて、さっきまで死ぬかもしれないと思っていたのが馬鹿らしく思うほどでした。でも、右京にとっては、初めてICUに入って、今までにない機械に囲まれて、色んな管をつけられて、酸素マスクをつけられているじいじを見てビックリしたようでした。怖がって、じいじに近づけず、パパやママの影からじいじの様子や、いろんな器具を不思議そうに見ていました。じいじが透析をしている間に、みんなでお昼ご飯を食べて、休憩所で少し遊んでいたのですが、痒がる右京を見ると、腫れているところが広がって、どんどん増えているのに気づきました。そして、旦那と話している時に、旦那が「ケンタッキーかな」と言いました。そうです、前日のお昼に、右京は初めてのケンタッキーフライドチキンを食べたのです。一応、スパイスは刺激が強いだろうから、表面の皮は取って、肉の部分だけを食べさせたのですが、それでも、スパイスがきつかったのか、卵が強かったのか、それ以外に怪しいものは食べてないし、絶対それのせいだ!と確信して、すぐに病院に行きました。病院に行く途中で、顔とかあごとか、手の甲とか、どんどん新しいところにも蕁麻疹が広がって、右京の顔を見るのも可哀想になるほどになりました。右京はひたすら痒がって、なんだか、赤ちゃんの時のアトピーを思い出しました。看護婦さんにも、「昨日ケンタッキーを食べたので、そのせいだと思います!」と言ったのですが、先生によると、食べ物の反応は遅くても3時間くらいで出るから、昼の2時くらいに食べたものは、今反応しているのと関係ないということでした。蕁麻疹と言うものは、9割がたは食べ物以外のものによるものだから、恐らくストレスじゃないかなと言われました。ストレス・・・心当たりは大有りです。まさに、じいじがこん睡状態の時に反応し、輸血して、ICUにいるじいじに会ってからまたひどくなったのですから。右京はのんきに寝ていると思ったのは大違いでした。右京も寝ていながらも、じいじのことが心配で、それが蕁麻疹になったんですね。こんなにひどい蕁麻疹が出たのは初めてだったので、ビックリしました。っていうか、あれも蕁麻疹と言うのかすら知りませんでした。蕁麻疹って言うと、平面的に赤いものだと思っていたのですが、今回は、プックリ膨れたものだったので、私が蚊に刺された時に似ていて、ダニかなと思ってしまいました。右京の蕁麻疹は、消えたり、また出たりしています。直るのに1週間くらいかかると言われましたし、ストレスが原因で、それがじいじのこととなれば、しばらく出たり消えたりするような気がします。でも、病院に行くことで、じいじはとっても喜びますし、しばらくは仕方ないかな。義父の様態は、快方に向かっているので、退院できる日も来るかもしれません。右京は、「じいじと戦いごっこしたい!」「じいじと一緒に遊びたいの!」と、私には言っていました。右京の大好きなじいじ。じいじと遊べないことが右京にとってストレスだったのかな。私は右京のためにも、義父にはもっと長生きして欲しいと切に願います。
2007年03月14日
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昨日の日記では、ご心配をおかけしました。私は、もうダメなんだと思い、もう亡くなってしまうことを想定して書いてしまいましたが、今朝4時半ごろ、意識が戻ったと旦那から知らせがありました。酸素マスクはつけているようですが、人工呼吸器はなくても、自分で呼吸できているそうです。そして、周囲の呼びかけにも答えて、うなずいたり、暑くて布団を蹴ろうとしたりして、動いているそうです。一時は右半身が動かなくなっていたので、意識が戻っても、もしかしたらそういう障害が残っているかもしれないし、どこまで回復できるのか、人工透析はできるのか、その辺の詳しいところはまだ旦那も聞いてないみたいですが、どんな状態であれ、生きていてくれるだけで嬉しいと言うことを実感しました。もうダメかもしれないと言われたときは涙は出なかったけど、意識が戻ったと聞いたときには、無意識に涙があふれました。結局4時半ごろに布団に入ってみたのですが、どうしても色んな考えから逃れることができず、一睡もできませんでした。旦那やお義母さんたちも、ずっと病院にいたそうで、一度家に戻ると言っていました。右京一人で寝ていたので、元気な右京は午前中だけでも保育園に預けて、私や旦那は、少し安心して休めるかな。右京がいたら、寝れませんからね。今はそんな感じです。とりあえず、お風呂に入って、右京を保育園に連れてって、一眠りします。
2007年03月14日
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先週の金曜日に旦那の夜勤の作業がやっと終了し、土曜日から今日まで連休でした。土曜日はずっと寝ていたのですが、日曜日は義父のお見舞いに行きました。そして、昨日は水族館に行って来たので、義父の病院には義母だけが行きました。今日は、義父の検査があったので、検査が終わった頃を見計らってみんなでお見舞いに行きました。義父の検査は、先週失敗して、今日2回目のチャレンジだったのですが、今日はうまく行ったようで、義父は苦しそうにうなりながら寝ていました。寝かせてあげようと静かにしていたのですが、ちょっとした物音で目を覚ましてしまい、少し話しをすることができました。父は、何を言っているか解らない感じでうまく話せていませんでしたが、それでも検査の感想や、いろいろ声を出して話してくれました。ちゃんと管が通っていたので、検査はうまくいったようで、そのせいでちょっと苦しいのかなと思っていました。病院に行く前に、スーパーでイチゴと、義父の食べそうなパンを買っていきました。義父は以前に「俺はこしあんより、粒あんがいいな」と言っていたのを思い出し、右京の好きなアンパンマンの顔になっている粒あんのアンパンマンアンパンを買いました。右京は、パンを袋から出すとじいじの枕元に行って、「じいじ、アンパンマンのパンだよ」と言って枕元に置きました。義父は、「そうか、ありがとう。後で食べるからね」と言っていました。それが、右京と義父との最後の会話でした。私は、ちょっと久しぶりのお見舞いでした。旦那が休みで一緒に行っている間は、駐車料金がかからないように、路駐して車の中で待っていたのですが、今日はお父さんの好きな将棋の板と駒を買ってきたので、それを渡そうと思ったのと、検査結果を聞く大事な日だったので、右京がいると邪魔になるかもしれないので、私も一緒に行こうと思っていました。3月1日に入院してから、ほぼ毎日病院に行っていたので、3日ほど顔を出さないだけで、ちょっと久しぶりな感じがしました。旦那も、タイミングよく連休になって、病院にも何度も行けたし、夜勤の間も、夜勤だからこその出勤前の時間に顔を出すことができたし、なんだか、そういう巡り会わせだったのかなと、今になれば思います。私も、ちょうど仕事を辞めたその日に義父が入院することになり、義父を車で病院に送り届け、入院中も毎日のように行くことができました。それも、そうなる運命だったのかなと思ってしまいます。義父の顔を見た後、7時になれば食事がとれるというので、それまで休憩所で待っていました。義父のために鶴を折りながら、みんなで話していました。右京は折り紙ができないので、「どうやるの~?」「カラスつくって~」とかいって邪魔していました。旦那は折り紙なんてやりたくないようでしたが、むりやり2羽折らせました。義母が家で一人でいる間に100羽くらい折っていたのですが、私は家では全然折ってなくて、まだまだ千羽には程遠かったのですが、義父が良くなることを祈りながら、少しずつ折っていこうと思っていました。そして、そろそろ病室に戻ってみようかと言っていた、まさにその瞬間義母の携帯がなり、病院からでした。様態が急変したので、来て欲しいと言うことでしたので、すぐに戻ると、義父はICUにいました。それからずっと、待合室で待っていたのですが、義父は右半身が動かなくなり、呼吸も一人でできなくなっているということで、検査のためにどこかへ運ばれていきました。またICUに戻ってきても、ずっと呼ばれることはなく、待っていました。やっと先生が現れると、今日の検査によって出血していて、貧血で脳まで血が届いてないから、脳に障害が起きてきているようだということで、輸血の承諾が欲しいと言うことでした。すぐにサインをして、輸血をしてもらい、また様子を見ることになりました。輸血をして、血が足りれば安定するかなと思い、義母も少し安心したようだったのですが、もう8時過ぎになり、右京が帰ろうと言い出したので、私と右京だけ、旦那に送ってもらって帰ることにして、旦那はまた病院に戻りました。右京は、車の中で寝てしまい、今もそのまま寝ています。私は、家に帰ってちょっとホッとするとようやくお腹が空いて来たので、ご飯を食べました。11時ごろ、旦那からようやく電話があり、義父の様態が変わらないことを聞きました。ずっと、人工呼吸器をつけないと呼吸ができない状態で、出血も止まらなくて、輸血しても戻らないそうです。明日の朝まで輸血をしながら様子を見て、それでも意識が戻らなければもうダメだろうと言われたそうです。もし、意識が戻っても、明日はいつもどおり人工透析をしないといけない日で、この体じゃ、人工透析しても意味がなくて、人工透析をしないでいれば、せいぜいもっても1週間くらいということでした。今日の検査で、ガンも見つかりました。そのガンは、手術ではとりにくいところにあり、しかも、もうそれもとっても意味がないくらいだそうです。ガンのことは、入院する時にいろいろ検査をして、先生から聞いていました。とることができなくても、抗ガン剤や、放射線治療などできるから、どうしようもないわけではないと言うことでした。それを聞いたときは、義父はショックを受けているようでしたが、義母が、「もっと生きたいでしょ?」と聞くと、「生きたいよ!」と力強く答えたそうで、それを聞いて安心していました。あんなにかたくなにやめようとしなかったタバコも、それ以来やめたようでした。義母はずーっと前から、タバコはやめろやめろと言い続け、右京もその影響で、「じいじ、タバコ吸うからダメだよね~」と、言っていました。孫に言われても、それでもやめたくない位、タバコは生きがいだったのかな。それも、生きたいからこそやめていたのに、やめてから幾日も生きれないなんて・・・。今日の検査をする前までは、普通に話して右京を見て笑っていたんです。検査をしないと、治療が前に進まないはずではあったけど、検査をしなければ、こんな風になるのが今日じゃなかったはず。先週の検査がうまくいっていれば、今週にはいなかったのかな。検査をした後のお父さんは、凄く辛そうだったけど、「少し楽になった」って言ってました。その言葉を聞いて、良かったと思ったのに、こんなことになるなんて・・・。義父は自分の本当の父親でもないし、右京の前でもタバコを吸う義父を嫌だなと思うこともありました。でも、私の仕事場に迎えに来てくれたり、自分の父親にない優しさがあって、右京のこともとても可愛がってくれた。週に一回くらいしか会わせる事ができなかったけど、今思えば、私は右京を産んであげたことが、一番の義父孝行だったかも。義姉のもとに孫が4人もいるけど、九州にいるから滅多に会えないし、生まれたときにも立ち会うことはできないし、赤ちゃんをお世話するのも義母だけで九州に行ったから義父は赤ちゃんを抱っこすることはできなかったし、右京だけが、義父が生まれてすぐに駆けつけてきて、生まれたその時の姿を見ることができた、唯一の孫なのです。右京がアトピーで大変な時、私は友達もいなかったし、顔がひどい右京をつれて、お友達を作る気にも、積極的に連れ出す気にもなれなくて、更に旦那もほとんど家にいなかったので、寂しいあまり義両親を頼って週に3回くらい川崎から横浜の実家に第3京浜を使って通っていました。アトピーが落ち着いてからは、実家の近くに引っ越して、実家に預けながら仕事をしました。保育園に入ってからは、義父は右京の運動会も見ることができました。右京の誕生日も一緒に祝いました。きっと、赤ちゃんの頃から面倒を見ている右京のことが、誰よりも可愛かったと思います。右京も、じいじとばあばが大好きでした。私のおじいちゃんがなくなったとき、私は中1だったと思いますが、おじいちゃんは、入院してるか寝たきりかで、一緒に遊ぶこともなく、大好きと言う感情もなかったので、亡くなっても泣かなかったような気がします。ちょっとは泣いても、そんなに悲しさを引きずることはなかった気がします。右京は、4歳の右京はどうなんだろう。多分、ママやパパやばあばが泣いていれば、右京も一緒に泣くだろうな。普通にテレビを見て私が泣いている時だって、右京は、「ママ泣かないで~」と言って、一緒に泣く時もあったし。でも、そういいながら、ティッシュを持ってきて、私の涙を拭いてくれるんです。優しいでしょ義父が、入院中、ちょっとボケてきていたので、痴呆予防に、何か父の好きなことはないかと義母にサーチして、将棋が好きだったとわかり、将棋板と駒を昨日買って、今日、寝ている父の病室に置いてきて、駒の袋も開けて、すぐにできるようにして置いてきました。でも結局一度も義父が将棋をしているところは見ることはできませんでした。将棋なら私も小さい頃にやっていたからルールは知っているし、義父の相手もしてあげれるし、右京にも教えて、そのうち義父を負かしちゃうくらいになるだろうな~なんて、みんなで笑いあっていたのに。旦那も久しぶりの父との将棋を楽しみにしていただろうに。山崩しなら右京もすぐできるだろうからと、みんなでやろうと思っていたのに・・・。そんな将棋の思い出ももうつくれそうにありません。そして、右京が持ってきたアンパンマンのアンパンは、義父のいない病室に残ったままです。右京は、義父が嬉しそうにアンパンマンをかじるところを見たかっただろうな・・・。きっと、義父がパンをかじったら、右京が「あ~、アンパンマンが~」と言いながら楽しく笑っていたんだろうな。「おいしいよ、右京、ありがとう」と言うであろう義父の優しい笑顔が頭に浮かびます。黄疸がひどくて入院した義父ですが、ベッドに横たわって、別れるとき、「俺の親父も、黄疸が出て、黄疸が出たらもうダメだよ!なんて言ってたら、その日に死んじゃったんだ」なんて、笑っていっていました。先週、検査が失敗した時、針を刺したお腹を見せながら「ここに刺したんだよ。痛かったよ~」と本当につらそうな顔で言っていました。入院してから下痢がひどく、トイレに行くのが間に合わなくて、衣類を汚しまくっていたので、遂に紙パンツを履くようになった義父。病院の売店で買うと高いので、今日はスーパーで12枚入りのパックを買い、そして、検査手術の後に使う腹帯を洗い換えに2枚買ったばかりでした。それらも、一度も使うことはなかった。義父のために買ったイチゴも、ほとんどは右京が食べちゃったのだけど、義父の分もちゃんと取って置いてあったんだ。そうそう、義父のために孫の右京が孫の手を買ってあげたの。それを使って、じいじの背中を右京が掻いてあげていたな。まさに孫の手。私が仕事を辞めていたおかげで、右京も4時半にはお迎えに行かないといけないから、右京も毎日のようにじいじのお見舞いにいけて本当によかった。右京が一番沢山行ったよ。じいじは、右京の顔を見ると、急に嬉しそうな顔に変わるんだよね。きっと、じいじは天国でも右京のことを一生守ってくれる。右京は、しばらくじいじを探すかな。最近「死」というものが解ってきてるかな~とも思うので、きっと、解ってるだけに悲しむだろうな。思うが侭につづってしまい、長くなりました。この文が読む人にとっていいものではないとは思いますが、父との思い出を、記憶が薄れる前に書き留めておきたかったのです。そして、一人でいる時間を、何もせずにもいられず、ひたすらキーボードをたたくことで、心を落ち着かせていました。コメントは書きずらいですよね。もし少しでも言葉が見つかれば、残してください。
2007年03月13日
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今日は、八景島シーパラダイスに行ってきました。先月新聞を契約してもらった水族館のチケットが、今月末までだったので、なんとか、期限内に行くことができました。実は、前日の夜、おそ~いお昼寝から9時くらいに起きて、お風呂から上がった後、なんだかボーっとしているので、おでこに手を当てたら少し熱いかな~と思ったので、体温を測ってみると、39度2分!!でも、眠たいだろうし、お風呂上りだし、ストーブの近く、という、体温が上がる3つの要素が合わさっていたので、39度まではなくても、いくらその3つの要素があっても、39度まで上がるってことは、体温もいつもより高いんじゃないの?っていうか、インフルエンザか?!と思ってしまいました。せっかくパパが休みで水族館の予定が、病院かぁとがっかりしていました。そして、翌朝、早朝診療に出かけようと、7時過ぎに家を出れるように準備をして、後は右京を起こすだけと言うところで、とりあえず熱を計ってみることにしました。すると、35度7分?あれ?脇じゃなくて、パジャマの上だったかな~。もう一回計ると、36度ちょうど。あれ~?「右京、へいねちゅ、やった!へいねちゅ~♪」と右京は上機嫌。しかも、どんどん目が覚めて元気になっていくので、とりあえず早朝診療には行かず、様子を見ることに。でも、時間が経つほど、どんどん元気になっていくので、明らかにインフルエンザでもないし、昨日も熱ではなかったのです。あの3つの要素、恐るべし・・・。ということで、お弁当を急いで作って水族館に行きました!温かいと思っていたのですが、海に近いので風が強く、その風が結構冷たいもんだから、ずっと外にいると寒いほどでした。水族館は館内だからよかったのですが、イルカショーは寒かった。でも、右京を抱っこしてると温かかったな~。右京はショーに大満足、私も八景島の水族館は初めてだったので、とても楽しかったです。しかも、月曜日だったし、まだ春休み前だから、ガラガラでした。ショーをやっている間は、結構観客席が埋まり、その代わり外には誰もいなかったので、どうやら八景島のお客さんほぼ全てが、このショーに集結していたくらいの勢いでした。右京は、ずーっと、「すげぇ」の連発で、水槽の中を見ながら、いろいろつぶやいていました。やっぱり、4歳児ともなると、目の付け所も違うし、表現の仕方も変わってくるな~。水族館はちょっと久しぶりだったので、右京はとても楽しめたようです。「一番好きなお魚はなんだった?」と聞くと、「タイ!でも、サバも好きだけど、いなかったね~」と、何度聞いても同じ答えでした。確かに、タイはいたし、印象的ではありましたが、もっと印象的なのが沢山いただろう!と、ちょっとガッカリ。もっとスタンダードなカメとか、ペンギンとかを想像していたんだけどな。やっぱり、魚好きな右京としては、食べる目線だったのかな。確かに、タイは美味しいよね。でも、右京が1歳のお祝いの時に食べた以来食べてないんだけどな。食べたいのかな・・・。サバはいつも食べてるけどね。でも、ショーの後では、「クジラがジャンプして凄かったね~」と、鯨のことを何度も言っていて、印象的だったようです。今度はまた久しぶりに動物園にでも行ってみようかな~。それにしても、インフルエンザじゃなくて良かった。もしインフルエンザだったら、義父の病院にも行けなくなるし、土曜日の卒園式も怪しくなってしまう。インフルエンザ疑惑で、ちょっと油断していたのもわかったし、また気を引き締めて、風邪予防に努めよう。
2007年03月12日
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履歴書を完成させるのに、何度も何度も書き直して何度も何度も見直して、ようやく完成しました。写真も添付しないといけないので、昨日は美容室に行って髪を切り、その後、雨が少しやんだすきに写真を撮って今日それをパソコンに取り込んで、試行錯誤の末、やっとできました。そして、送信!結構頑張って書きましたが、それがいいことなのかよくわからないまま、自分の言霊をぶつけてしまいました。自分がアピールしたいことは沢山あるのですが、それをいかに簡潔にまとめるかに時間を要しました。本当は、すぐに送りたかったのですが、募集を見つけてから、2日かかってしまいました。前回、かなり受かるんじゃないかと期待していた会社で落とされてしまったので、今回は自信がありません。でも、結果的には、前回の会社は落とされて良かった状況になったので、きっと、どんなに頑張っても落ちる運命だったのでしょう。せっかく、右京の誕生日に、ディズニーランドを半日犠牲にして面接に行ったのにな~。それが悔やまれます。やっぱり、右京の誕生日を犠牲にしてはいけなかったのかな。今回も、きっと縁がなければダメだろうし、縁があれば受かるだろうと、運を天に任せる気持ちです。縁は少なからず感じています。いつもみる求人サイトではなく、たまたま見つけたサイトを見て、この募集を見つけたのです。それが、新着の募集だったので、履歴書を書くのに時間がかかっても間に合ったし、運命を感じます。そして、いつもの求人サイトを見てみると、同じ会社の募集は出ていましたが、職種が違っていました。そちらでは、営業と受付の仕事しか載っていなかったのです。営業や受付だと、完全に現地勤務だし、土日メインだし、私は気にも留めなかったことでしょう。何度か見ていたのに、スルーしていたくらいですから。サイトを見る客層によって、求人募集を変えているのでしょうか。インテリアコーディネーターの職種で見つけたのは、とてもラッキーでした。もし今回ダメでも、きっとまだ仕事に就く時期に来てないか、この仕事はやめたほうがいいという神の思し召しだと思って潔く諦めます。でも、前回同様、諦めるには非常に惜しいほどいい会社なので、きっと倍率も高くて、私よりもいい条件の人が沢山いそうな気がします。私は他の人と比べることなく、自分を精一杯アピールするためにも、書類選考をなんとか突破して、面接までいきたいです。でも、あまり期待してしまうと、前回のように潔く落ちたのを認められなかったり、いつまでも引きずってしまうので、今回は一応期待はせずに、ダメもとということで、結果を待ちたいと思います。あ~、神様、どうか受かりますように・・・・・・
2007年03月06日
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先日から義父が入院しているのですが、昨日検査をしたらしく、夕方義母の方に病院から電話がありました。検査の結果が一部出て、明日他の検査の結果も出ますので5時に息子さんと一緒に来て欲しいという電話だったそうです。義母は、「そんなに悪いんですか?」「死に関わるんですか?」と、つっこんでいろいろ聞いたそうですが、死に関わるほどではないとは言いながらも、あいまいな感じで、はっきりは答えず、明日お話しますと、言葉を濁したそうです。つい先日ドラマで、同じような病院からの電話があって、ガンを告知されたのを見たばかりだったので、ガンではないにしろ、余命何ヶ月とか言われるような気がしてなりません。今まで何度か入院することはあり、お義母さんも旦那もいつものような感じで気軽に考えていたのですが、こんな風に呼び出されて、言葉を濁されるのは初めて見たいで、お義母さんも不安がっています。旦那は今日も夜勤で、いつも4時くらいに家を出るのですが、今日は現場に直行する形で出勤を遅らせ、5時に一緒に話を聞くことにしました。私も、こういうことはドラマでしか見たことがないので、ちょっとドキドキです。なんだか、急に自分の両親のことも心配になっちゃいますが、私が仕事を辞めてからなので、旦那が仕事でいない分、私が義父の病院にも行けるし、義母のそばにもいてあげれるので、先月で仕事を辞めれたのは、こういうことだったんだと思いました。私も収入がなくなるので、正直金銭的な援助は厳しいのですが、できるだけ力になってあげようと思います。
2007年03月06日
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仕事を探す条件として、自宅から近い正社員土日休み保育園の送り迎えができるなどを考えていましたが、その職種については、お客様相手の販売などではなく、内勤の事務職にするか、それとも、インテリアにこだわって探すか悩んでいました。インテリアにこだわると、どうしても土日休みという条件がかなえられなくなり、自宅から近いという条件にもなかなか当てはまるところはありません。そして、お客様相手の仕事だと、帰れる時間も定時に帰れる事はないでしょうし、上記の条件はことごとくはずしてしまう仕事ばかりです。事務職だと、地元の求人によくのっているので、上記の条件を全てかなえることができる仕事もいくつかありました。でも、インテリアとは全く関係ないような会社での事務は、結局は長くは続かないのではないかと言う気持ちもあり、そして、興味のない仕事なので、いまいち積極的に電話をしたり、意欲的に履歴書を書いたりなどの求職活動にふみきれずにいました。せめて、事務職でも、少しでも家の何かに関係するような会社で勤めたいという希望があり、そんな思い通りの仕事なんて、なかなか見つかるはずもなく、長期戦で望もうかなと考えていました。ネットでも仕事を探しているのですが、よく見る「とらば~ゆ」は、東京都心の仕事が多く、通勤時間が1時間なのがネックで、いい仕事は沢山あるのですが、なかなか踏み切ることができません。今日は、たまたまネットサーフィンをしていて見つけた「エンジャパン」という求人サイトを見ていました。そこで、またもや東京都心部ですが、とっても理想的な仕事を見つけました。通勤時間はやはり1時間弱はかかるのですが、まさにインテリアコーディネーターの仕事で、お客様相手ではなく、モデルルームのコーディネートと言う仕事なので、休日も土日です。時間は9時~17時半までになっていますが、定時で帰れる事はあまりないと思うので、保育園のお迎えだけが問題です。一応19時までは保育園に預けることができるので、なんとかその時間までには帰れるように頑張るということと、主人も転職をしてもらって、主人も送り迎えができる仕事に就いてもらって、お互い協力し合っていけるかなと言うことでとりあえず、応募してみることにしました。やっぱり、応募してみようと思うのは、インテリア関係だけなんですよね。しかも、応募する前から、受かってからのことをいろいろ考えて、楽しい夢も膨らむのは、やっぱりインテリアの仕事だけかもしれません。今回のことで、そのことに気づきました。やっぱり、私には楽で、給料も安い一般事務職よりは、多少大変でも、その分やりがいがあって、頑張った分、お給料に跳ね返ってくるような仕事が合っているのかも知れません。事務職も、実際はやったことがないので、それなりに大変で、やりがいもあるとは思うのですが、私が望んでいるものとは違うんです。これからは、インテリアにこだわって、探していこうと思います。履歴書の書き方や、面接の受け方なども、ちゃんと研究して、今度こそ理想の仕事に就けるように頑張ります!この前、気合を入れて、お気に入りの履歴書を沢山買ってきたところですが、ネットで見つけた仕事は、ネットで応募して、履歴書もネットで送る形になったうえに、写真も画像として登録して一緒に送れちゃうんですね。あとは、会社の方でネットの画面で選考して、必要な人の分だけプリントアウトして検討するのでしょうね。履歴書要らずの世の中になってきているようです。
2007年03月04日
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6月にあるカラーコーディネーターの試験を受けようと思って、遂に勉強を始めました。市販の参考書で済ませようか、またユーキャンの教材を使おうかしばらく悩んでいたのですが、試験勉強としてだけじゃなくて、基本からさらって、ちゃんと勉強しようと思い、ユーキャンでやることにしました。申し込んでから、2~3日で届いたのがちょうど3月1日。キリのいいスタートとなりました。昨日は、忙しくて全然目を通すことができなかったのですが、今日ようやくテキストに目を通しました。雑誌を切り抜いて貼ったり、色のカードを切って貼ったりするところが沢山あり、とても面白そうです。あと、自分に似合う色を診断する、パーソナルカラー診断があり、それを最初にやってみました。一応、私が好きな色のグループに入りました。これからカラーコーディネーターの試験と、色彩検定の両方を目指して勉強していくつもりです。試験は両方とも6月。そして、実はもう一つ6月にある試験を受けようかなと考え中です。今度事務系の仕事を探すにあたって、簿記の勉強をしてみようかと思うのです。前に少しだけ勉強したことがあるので、初めのほうだけはわかります。あと、7月にリビングスタイリストという試験があり、それも受けようかと思いテキストを買いました。それは、インテリアコーディネーターの1次試験と内容がかぶるところがあるので、そんなに気合を入れなくても、受かるんじゃないかな。就職活動もやらないといけないんですけどね。今のところ、ここだ!というところが見つからなくて・・・。とりあえずは、義父の病院にも通わないといけないし、空いた時間で勉強の方を楽しみたいと思います。
2007年03月02日
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今日から休みという朝に主人の実家から電話があり、急に入院することになったから、病院まで送って欲しいといわれました。仕事を続けていたら、私も旦那も送っていくことができず、タクシーを使わなければならないところで、義両親は助かったと喜んでいました。私も、なんとタイミングのいいこと!と思い、協力することにしました。病院は、待ち時間が長く、私はあくびがとまらないくらい、つき合わされました。義姉と旦那から「頼むね」と言われてしまい、仕事もしてないのだからいいんですけど、一応、今日からカラーコーディネートの勉強をしようと意気込んでいたので、私もそんな暇なわけじゃないんですけどね。義母は帰りはうちに来て、そのまま泊まることになりました。うちに誰かが泊まるのは初めてのことです。旦那は夜勤でいないので、旦那の寝床をつかってもらいました。義母も、喜んでいました。義父の容態はというと、普段から糖尿病で透析に通っているのですが、黄疸がひどいと言うことで20日くらいの入院になりました。多分、その黄疸がひくまでとなるので、また延びるかもしれません。私も、義父が退院しないと、仕事探しができないな~。これも、親孝行しなさいという、神の思し召しかな。しばらくは、義母に付き合って、病院に通うことになりそうです。
2007年03月01日
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