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うさぎ仙人

うさぎ仙人

2005年05月03日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
・・・ジョークとか皮肉だとかと同じように賭博もまた人生には必要なスパイスのひとつだろうと思う。

最近はせせこましい賭博ともいえないイジマシイものに小金を掛けては博打の真似事をすることで鬱憤を晴らしている?状況が散見されるのですが、現代人を平和と小金が人をして小振りにしちゃったのかもしれない。

まぁ、人それぞれなので好きなようにやったらいいのですが、パチンコで車中に子供を置き去りにして炎天下に放置し死亡させたりなどと言う記事が頻発していたが、また今年も起きるのでしょうか、困ったもんだ。

『人生には真の魅力はひとつしかない。それは賭博の魅力である』などと言う名言・迷言があるのですが、広い意味ではひとつの心理を言い得ているのでしょう。
これはボードレールの至言なのですが、人類発生以来の悠久の時間を人は賭博・博打を友に生きてきていたことは間違いないのです、何時の時代もまた。

本質的には日本ではギャンブルは出来ない事になっているので、勢い小振りの賭け事へと走るためにパチンコなどへ主婦も含めて雪崩込む事になるのでしょうか。

最近は株もギャンブルのように捉えている人々もいるようですし、会社もM&Aとか言いつつ合法的な賭博にしているアメリカ流を取り入れてきたようですが、社会全体が頽廃的風潮を呈して来つつあるからなのでしょうか、こんな風潮はすべからくネ。

ボードレール自身が『パリの憂鬱』とか『悪の華』など、文明社会の頽廃を鋭く且つ痛烈に抉り出したのですが、19世紀のフランスに於いてさえ既に文明の頽廃という今日的な社会性を提出する眼を持合せていたのは流石です。

しかし、賭博をしないからと言って人はギャンブルそのものに興味が無いわけじゃないだろうし、様々な賭けをしつつ生きているのです。



昆虫は人間がつけたランプの火に向かい飛び込み焼死んでしまうが、人は己自身という存在から火を発して己を焼くのです。焼き尽くしたいと思っても焼き尽くせないで、焼き尽くす前にいつも一歩手前で帰ってきてしまうこともまた大半なのだが。

毎回それの繰返しとも言えるのですが、いつかそれがヒステリックに短絡反応を起こす、そんな日が来るのじゃないかと思うがそれまたギャンブルであり、結局人生そのものがギャンブルなのに気付くことになるのでしょう。

それくらい生きていくって事は大変なことの証明なのだろうが、経験しなければ判別できない事もまた多々あるのが人生だろうしネ。

けれど香辛料を入れ過ぎた料理は食えなくなる、カレーライスであれ何であれそうであるが、とは言え香辛料というものはすべて芳しい。

芳しい、そんな香辛料のひとつがギャンブルなのだろうと思うが、程ほどにしなければ人格破壊が発生するのですから考慮も必要で、人生も食えなくなるネ。

香辛料も入れすぎては食えなくなるが、古今東西、古今から言い古されてている心理の一つにあるらしいが、マージャン、ドボン、花札、サイコロ博打など、やればやるほど、回数が多くなればなるほど、確率としては±半々になるのですから。

なので、一生かかってサイコロ博打をやったところで、それはやらなかったのと同じ結果?を招くだけなんだ。

けれど、やっている間のスリルがあっただけ人生に深みが増したと言えるし、ギャンブルをやらない人生よりもその分芳しくなったと思えるが・・・。

しかし、ギャンブルが香辛料であれば、そんな香辛料に情熱を傾注し人生を掛けるには主客転倒とも言えるし、刺身のツマじゃなく人生そのものに情熱を注ぐほうが良いようにも思うが、人それぞれだろうし難しいもんだこれは。

山が、そこに山があるから登るんだ、なんて言っていた男がいたが、人生の通り道にギャンブルが在った?そんなもんだろうと思うギャンブルは。

人生のスパイスとしての賭博でありギャンブルなのでしょうか。




“美しい顔には汚れた心がある”なんてのもあるし“悪銭身につかず”ってもネ。





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最終更新日  2005年05月03日 11時32分26秒
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