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早朝から運動公園ではなく、自転車のペダルを踏んで朝の爽やかな風を切って、実家まで走った。
朝は車がたくさん走るだけで、人と出会う事も少ない。
街の路上は車社会が成り立っていて、人と出会うのは少し時間が立ってからである。
そんな朝の路上の行き来は、ひとり単独で乗っている乗用車だけが朝起きだ。
自転車も数台出合っただけであった。
裏道を自転車で走ると静かでスイスイである。
街の表路上を走ると自動車のエンジンの音が近づくと神経が高ぶって緊張する。
車を運転している時は余り感じないが、これこそ車恐怖のストレス社会である。
狭い路上を自転車で走る時は命の大切さを常に実感するものだ。
ノーカーデーと言いながらも現代は動くには車が欠かせない。
歩いたり、エコ自転車で動く人も、まだまだ少ない現代である。
楽な便利な機器に頼る世の中で、ストレスとメタボだけが増えている社会のようだ。
実家の庭の草もいつの間にか増えてきた。
草取りにもひとりで励んだ。
残りは日曜日に取ることにする。
雑草も一雨降るだけで生きを増して伸び伸びと増えてくる。
植物だって生命力の逞しさだ。
ハワイに昨年3月吹矢の指導で行ったときにアラモアナ公園に早朝散歩に行った。
その時、肥満の夫婦や肥満の男、女の涙ぐましい姿を見た。
努力で砂浜を汗ビッショリになって走っていた。
その様は健康を取り戻すのに命がけの美しい姿であった。
まだ肥満でも走れるから幸せである。
走ることを止めて、歩く事さえ止めてしまう老人ではなく、若者さえ増えている現代である。
格差社会が広がり、若者でも健康や命さえも絶っていく人間まで出てきた。
生老病死は人間の運命、食事が出来運動が出来て、トイレにひとりで行けて、睡眠が取れるなど自立で動ける時が最高の幸せだ。
100歳も近まった母を見ていて、精一杯に楽しく生きる日々も苦あり、楽あり、笑顔あり、命の素晴らしさを更に感じる。
夕方は家の近くの田園を散歩した。
ヒバリや鷺、スズメやカラスなどと出会うことが出来た。
家に近づく頃には日も暮れて、家屋の電灯の光だけが輝いていた。
1時間30分散歩とジョギングをすることが出来た。
田圃の春の夕暮れを楽しんだ。
明日も素晴らしい日にしたい。

