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今日が仕事始めだったのですが、早速とある客先の点検に行ってきました。
正月休みの間もでておられた研究職の方がいたようで、タンクに実験廃液がかなり溜まっていたのでついでに処理をしているうちにお昼になりました。
午後から別系統の、露天の処理槽の方を見に行くと30センチ程度の大きさの水草の塊のようなものが浮かんでいました。水をかけて表面の水草を落としてみると猫の遺体でした。
引き上げてみると、すでに数日がたっているようで少しにおいがし始めていました。
仕方がないのでビニール袋に入れ、担当の方に伝えると しばらくの後に引き取っていかれました。
水槽に落ちて這い上がることが出来ず、力尽きて死んだのでしょう。私は無意識に無念の形相を想像していたのでしょう。袋に入れるときに見えた顔は、意外なほど穏やかでした。
私は、「肉体は魂の入れ物であり死んで魂が抜けてしまった肉体は一個の物体にすぎない」 あえて言葉にすればそんな考えを持っていると思っていたのですが 今日はその猫が今満足しているかのように感じました。
なぜかは判りません。特段の意味はないのかもしれません。
存在と死と遺体について 未だによく判っていないのかもしれません。