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要するに衝突したときに被害の大きい方のことを言ったのだと思います。
交通事故死者数が大変増えて社会問題になり、この「交通弱者」を救済するための法整備がなされました。
平たく言えば、自動車を運転するときは歩行者に気をつけて もし事故が起こったら責任の多くは自動車の側にあるんですよと言うことだったという印象を受けたことを覚えています。
当時 級友から聞いた話ですが、深夜バイクで走っていた青年が信号を無視して道路を横断しようとした人にぶつかってその人は重体 バイクの青年は亡くなった、なのにバイクの青年の方に賠償責任が課せられた と言うのです。
その話を聞いた私も含めた級友たちは それを信じて法律とはそんなものだという感想を持ちました。今で言う都市伝説なのかも知れませんが そういう感想を持ったと言うことは その後の考え方にも反映されているようにも思います。
急にこんな話を書いた理由は 今日、何故か分からないのですがふと思ったんです。
こういった法律がその後の日本人の性質を形作る方向を決めたのではないのかなと。
要するに、物事には その場にいないと分からない細かい事情というものがあるじゃないですか。その場に居合わせて事故を目撃した人も含めて それを判っているもの同士が話し合って こっちが6割位悪い こっちは4割 悪いな と言うのを決めると言うことを否定して 法律で とにかく車が悪い と言うところから出発してしまったような。
それによって法律の素人には口を挟めない状況が出来てしまい、ことが起こったら後はプロにお任せ、といのが普通になってしまったように思えてしょうがないのです。何故か今日は。
そしてそれは、責任をとるとか賠償して貰うとかを その場で精算してしまわないといけないような風潮をうみ、たとえ仮にそれが軽い事故で傷が癒え破損箇所が修理されようとも 全く失われてしまう部分があると言うことを見えにくくしているような気がします。