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鑑真和尚はあれほどまで渡航に失敗を重ねたのに 小野妹子が
当たり前のように(2度?)往復できたのは何故?
と言う疑問に端を発して興味を持った古代日本の航海事情ですが、
少しずつですが関係有りそうな本を見つけて読んでいます。
その中の一冊、そのままズバリ「古代日本の航海術」(小学館ライブラリー、
茂在寅男著)という本を読んでいたら興味深い記述がありました。
まずその前に、著者の茂在氏は東京商船大学などで航海学を教えていた
工学博士です。
その実技の方で世界各地を回り現地の船と航海術を知る内に
古代から人々は広い世界を旅していたのではないかという感触を掴み
この本を著したそうです。
そして 古事記や日本書紀または古い謡曲などで意味の分からない言葉が
出てくることがよくありますが それがポリネシア語から来た言葉では
ないか考えるようになったそうです。
その例としていくつかの地名も取り上げられているのですが そのひとつに
アワの国 があります。
私は大阪生まれの大阪育ちだからかも知れませんがアワというと
地理的に近い阿波が真っ先に思い浮かびます。
そして阿波というと私には以前から漠然とした疑問がありました。
阿波の国という地名は 粟を植えていた場所だからそう名付けられたという
説明を聞いて 他に粟を植えているところはなかったのかという?は置いて置いて
納得しないでもないのですが、そうなると淡路はどうなのかと思いませんか。
淡路は阿波への路だから淡路なのだから、粟を植えている土地へ行く途中の
場所と言うことでしょうか? それ以外の特徴がない?
いくら何でもそれは不自然でしょう。と言うのがその疑問です。
それがこの本によると
ポリネシア語で AWAはPort,harbor,;channel or passage,as through a reef
港、船着き場;珊瑚礁の切れ目のような水路、海峡
マオリ語でAWAはchannel,furrow,river,stream,valley
海峡、溝、川、流れ、谷
となるようです。
補足説明として著者は、外洋のうねりが珊瑚礁にぶつかり白波となって
砕け散る中 僅かに細い珊瑚の切れ目にだけ波が押し寄せ また渦巻きながら
流れ出て行く、そんな場所のこと としています。
その光景がそのままなるとの渦に結びつくのではないか、もしもポリネシ
アン語族の言語を使う南方人が鳴門の渦を見たならば阿波と名付けることも
あり得たのではないかとなっています。
これが正解かどうかは分かりませんが もしもそうなら阿波と淡路のどちらにも
アワが付くことは必然だったのだなと納得できるのですがどうでしょう。
もう少し書きたい気もしますが、今朝から時々出てくるめまいが
また出てきたのでこの辺にしときます。