あるケアマネージャーの毎日。

あるケアマネージャーの毎日。

2006年03月02日
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その中にあった、祈りの言葉を、引用したい。

医療に携わるものの祈り

 主よ
 私をあなたの医療の僕(しもべ)にしてください。
 病には治療を
 負傷には救助を
 苦しみには安堵を
 悲しみには慰めを

 そして死には受容と平安とを
 もたらすことができますように。

 どうぞこの私が
 自分を正当化するよりも
 他の人々に慰めを与え、
 服従させることよりも
 他を理解し、
 名誉を求めるよりも
 他を愛するようにしてください。

 なぜなら 

 人々を癒し、
 相手の話を聞くことによって
 慰めを与え、
 そして死によって
 永遠の生へと生まれ変わるからです。

聖フランシスの祈り
                      以上です。

また、この本の、ある部分を、抜粋して載せたいと思う。

『私たちの患者の多くは、衝撃と不信の段階を通ったあと、「どうして私なのか?」という疑問につきまとわれた。若い臨死患者の多くは、自分の苦しみに何らかの意味を見出そうとした。ヴィクトル・フランクル(訳註=アウシュヴィッツ体験をしるした『夜の霧』で国際的に有名な精神分析医)はこう書いている。

 「もし患者に、自分の人生の意味は何なのだ、と聞かれたら何と答えるべきだろうか?医者が一般的な言葉でこれに答えられるとは思えない。人生の意味は人によってさまざまであり、時々刻々変化するものだからだ。大切なのは一般的な人生の意味ではなく、 今現在のその人にとっての人生の意味なのだ

 フランクルはさらに続けて次のようにはっきりと述べているが、これはたぶんわれわれ一人ひとりがもっと頻繁に気がつかなければならないことだろう。

 「人生において遭遇するそれぞれの状況は、人に与えられた試練であり、解決すべき問題を提起しているのだ。そう考えると、人生の意味は何かという問いかけは、実は逆なのではないだろうか。結局のところ、人生の意味など問うべきではなく、自分自身がそれを問われているのだということに気づくべきだ。つまり一人ひとりが、人生からその意味を問われているのであり、自分自身の人生のすべてを引き受ける、つまり責任ある生き方をすることによってのみ、それに答えることができるのだ」

 私は、多くの末期患者が病気という人生の危機を通じて成長し、自分の人生に責任を持つようになるのを見てきたので、こんなふうに思うーーフランクル自身も、もし第二次世界大戦中に死の収容所で数知れない死に直面するという体験がなかったとしたら、果たしてあれだけの叡智と人間理解、共感、心の豊かさの高みに到達しえただろうか。』

今日は、以上です。







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最終更新日  2006年03月02日 21時45分55秒 コメント(1) | コメントを書く
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