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10年前、東京に住み始めた頃に、少しの間行きつけにしていた 小さなサンドイッチ屋がつい最近閉店した。 今日たまたま仕事の都合で前を通る機会があり、知った。 食事の心配を経験したことがなかったその頃の私は きわめて近所にあったその小さなサンドイッチ屋を とても頼りにしていたことをふいに思い出した。 「う~ん、何食べよう??何食べたらいいんだろう??」 そんな時は決まってサンドイッチだった。 それをきっかけに、最近ではほとんど思い返したり、 思い出したりすることはしなくなっていたその頃のことが 堰を切ったように映像を伴って頭にあふれてきて ちと気を緩めたら、涙腺もゆるみそうになってしまった。 遠い過去に送った日々の暮らしを思いがけず思い出すというのは なかなかほろ苦いセンティメントで…。 ああ、初夏です。
May 17, 2007
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反省でいっぱいの人生といえど、私は自ら何か高邁なるものを 懐中に秘めているかのごとく浅ましくも思い及び、およそ高邁なものである以上それはぽっかり宙に浮いている気体のたぐいではなく、いかなる卑俗の塵に覆われ柵に阻まれても翳らず滞らず 毅然たる光が輝き出ればこそ高邁と呼ばれうるのではないかと、黒々と巻き返す渦のただ中にも飛び込んでみせる覚悟を決めたのであったが、しかし人間というのは結局本質では自分の好きなことしかしないもので、いやだいやだの百万遍ならべたところで 要するにこういう暮らし方をしているかぎりその暮らし方が好きとみなすほかないのではないかと言えるものとすれば、 私がたとえシカメ面をしながらにせよもう何年も続けている 不本意な副業に耐えていられるのは つまりそれが好きなのだと言われても一応やむを得ないわけで、かりにやむを得ず係る不本意な副業を続けている事情を弁明しえたとしてもつまりは弁明付きでなければ通用しない行為だということになろうし、「お前の為せうるお前の好きなことは結局これすなわち表向きは不本意ぶっている副業それなんだよ。」と 一笑に附されかねないテイタラクとあいなれば、 嗚呼、私に於ける高邁なるものはどうなってしまったのかと 歯ぎしりするしかないのがおちで、今も私は腹の中の熱さにあえぐケモノのように溜息をつきかけている。
May 7, 2007
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