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リンロン88

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2005.04.24
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カテゴリ: スピリチュアル
はじめに断っておきたいのですが、私は元はと言えば技術者です。

大学で通信工学を専攻し(どれだけ勉強したかはさておき)、就職してからも大部分は通信機器の設計開発に携わってきた人間なのです。

サラリーマンとしても、どちらかというと猛烈社員に近く、30才台ぐらいまでは夜10時以前に会社を出る方が少ないぐらいであった。

アメリカに35歳で赴任してからも、現地人はとうに帰宅したあと、私や日本人駐在は、日本が夜が明けて朝の活動に入る時間まで会社に居り、日本と連絡を取り合ってから帰宅するのが常であった。


つまり、なにを言いたいのかというと、私という人間は、現実的な面で言えば、典型的な理科系人間、それも会社型人間であった、ということです。


なぜこんなことを初めに書いたのか、というと、これから書くことにある程度の信頼性を与えるためです。

本当はこんなことで信頼性を必要とすること自体がナンセンスなのだが、今の世の中の風潮と言うか、ムードというのがそうなっているから仕方が無い。

いや、これは今に始まったことではないかもしれない。人類の歴史始まって以来、同じかもしれない。

つまり、「理解を超えること」への盲目的な拒否反応である。




でも仕方がない場合も多い。

そうでもしなければ、その人の書いたものが見向きもされない、というような内容を書く場合はなおさらである。

例えば、「Oリング」。

両手の親指と人差し指で輪をつくり、それをからませ、引き合い、そのどちらが壊れるかによって、いろいろなことを知ることができる、といったこと。

普通の人がこれを書いたりやったりしたら、ばかにされるか、無視されるかのどちらかであろう。

ところが、あのソニーの井深大がこれにのめりこみ、彼の晩年は、こういった事柄に、Sonyの事業への情熱以上の情熱を傾けていたことは意外と知られていない。

彼は一時期、幼児教育にのめりこみ、その後、「気」の活用に向かう。そして晩年にかけての数年は「Oリング」であった。


何が彼をしてそうさせたのかは、本人以外、本当のところは知る良しも無いが、彼がそれまでの生涯をかけてやってきたSONYと、そのSONYを通じたテクノロジーの開発、発展を通した人類社会への貢献というものに対して、彼はその限界を感じていたらしいことは伺える。

限界を感じる、という以上に、彼はそこでの絶望感があったような気配もあり、自分の残り少なくなった人生のほとんど全てを、狂ったようにアンチテクノロジーの方向へ向けていった。

つまり、あれだけの人物がのめりこむ、ということがあって初めて、その人が言っている対象に、人々が多少でも耳を傾ける、という傾向はどうしてもあるのである。


ここで私が自分を井深大になぞらえるつもりは毛頭ないし、そんな大それたことを出来ようはずも無い。




私はコミュニケーション、つまり通信工学をやり通信機器を開発してきた。

音声とデータの伝送、加工、保存などなどの面でいくつもの新製品を世に送り出してきたし、大したものではないが特許なども数件持っている。


それでも、今私はある面アンチテクノロジーなのである。




人間に限らず、生物は、そのもともと持つ能力でさえ、ずっと長い間使わずにいると徐々に退化してゆく。



しかし、その道具の発展は、一方で人間本来の能力を代替し、もともと備わっていた能力の退化を招いているらしいことは以前から指摘されている。


たとえばインターネット。

便利になった。私もこの恩恵に十分浴しているし、これなくして、今の世界の有り様は語れなくなっているほどである。


しかし、このインターネット、生物としての、種としての人類にどんな影響を与えるのか、ということに関してはあまり論議されていないような気がする。




全然話が発散してしまっているが、私が考える究極のコミュニケーションの話であった。

長くなってしまったので、また、次の機会に書こうと思うが、ただ、一言で言って、私の考える「究極のコミュニケーション」とはなにか、だけ、書いておこうと思う。


それは「以心伝心」である。

それは比喩やたとえではなく、文字通りの意味である。

つまり「心」から「心」へのダイレクトな通信方法のこと。

言語の制約を脱し、音声、画像、データを何千万Bit、何ギガバイト、いや何テラバイト費やしても及ばない「思考」そのものの伝達。

ありふれた言い方をすれば「テレパシー」とも言えるかもしれないが、その実態は単なる音声通信の代替ではない。

その最大の特徴は空間だけでなく、時間の制約からも解放されている点にある。


そして、今、人類は、昔備えていただろう、この本来の能力を取り戻しつつあるようだ。

また、「訓練」によって、この能力を身に付け高めることが出来るようになっているようだ。

「ようだ」と書いたのは、自分で確かめもしないうちに「できる」と断定したくないためである。

これから、その確認、実証を自分でなんとかしてやって行きたい、そう思っているのだが・・・




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Last updated  2005.04.24 23:13:51
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ミネルヴァ@ Re:アメリカに長く居すぎた、と思うとき(01/15) 明後日アメリカに向かいます。 参考になり…
リンロン88 @ Re[1]:「いただきます」と「ごちそうさま」(03/29) プチプチ大家さん >リンロンさん、もう楽…
プチプチ大家@ Re:「いただきます」と「ごちそうさま」(03/29) リンロンさん、もう楽天ブログは止められ…
リンロン88 @ Re[3]:存在そのものの「罪」(03/19) なみがしらMさん > 私が,言っているの…
なみがしらM @ Re[2]:存在そのものの「罪」(03/19) リンロン88さん >なみがしらMさん >…

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