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リンロン88

リンロン88

2011.06.06
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カテゴリ: スピリチュアル



昨日考えていたことどころではなく、今朝考えていた事までいつの間にかどこへやら・・・

ということで、またまたメモ書きです。

「バベルの塔」:
 テーマは人間の思い上がりなのかと思っていたが、どうもそうではないらしい。人間が「散り、広まる」ことと人間が「ひとつになりたがる」こと、の対象らしい。かといって、言語や民俗まで「散らし」て、なんの「恵み」を意味しているのか、いまひとつ不明。

「子供」あるいは「親と子」:
 確かに、子供を望む、ということの中には、どんな子供であっても許容する覚悟があってしかるべきだろう。自分の子供として、最後の最後まで親と言うのは自分に責任があるものだ。

「助言者」:


「欲」:
 なんでこれが今日のキーワードとして浮かんできたのかはわからない。しかし、全ての「不幸」に「欲」が絡んでいる、というか、「欲」が「不幸」を生んでいる場合が大半だろう。だとすると、「神の愛」とか「悟り」とか、もっと直接的に言えば「幸せになりたい」というのも一つの「欲」ではないか? この「欲」は不幸を呼ぶか?

「愛から発するもの」:
 この言葉も、半日経ってもう意味不明。なんで、あるいはどんなことを考えてこれをキーワードにしたのだろう?

「哲学」すること:
 これは多分、今読んでいる「哲学の教科書」に関連している。いわば、こどもの心に戻る、ということ。ある意味、哲学する、というのは苦しむことではないか、と思える。
発端は「死」を見つめることに有るとすれば、その「死」をどうしようもなく恐れ、悩み、考え抜く事なしに「哲学」は生まれない。だとしたら、それを望むか望まないか・・・
多分、「哲学者」という人間は、それを望むとか望まないなどと考える前に悩んでしまう人間なんだろう。

「時間」:
 これも永遠のテーマ。時間軸のないものは哲学的足りえない。それも永遠の時間軸。
もし宇宙が「永遠」であるとすると、人間の一生は無に等しい。それを考えることなくして、「今」の一瞬を捉えることができるのだろうか。



一つだけ感想を言えば、子供の目で物事を見て、すべてを疑う、あるいはすべてに疑問を持つ事が「哲学」の出発点だとすれば、この歳になって子供帰りをしている気がする。

「聖書」勉強会なぞに参加しているが、一節一節、一語一語に???が付いて回って、全然前に進まない。よく皆、こんな分厚い聖書を何べんも読むことができるものだ。

何べんも読むと、心の中に「腑に落ちる」という時が来る、という人も居るし、それを指して「精霊が降る」と称する人もいる。

驚きだ。






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Last updated  2011.06.06 11:07:49
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ミネルヴァ@ Re:アメリカに長く居すぎた、と思うとき(01/15) 明後日アメリカに向かいます。 参考になり…
リンロン88 @ Re[1]:「いただきます」と「ごちそうさま」(03/29) プチプチ大家さん >リンロンさん、もう楽…
プチプチ大家@ Re:「いただきます」と「ごちそうさま」(03/29) リンロンさん、もう楽天ブログは止められ…
リンロン88 @ Re[3]:存在そのものの「罪」(03/19) なみがしらMさん > 私が,言っているの…
なみがしらM @ Re[2]:存在そのものの「罪」(03/19) リンロン88さん >なみがしらMさん >…

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