Happy Rich - 我、今、ここに、生きる -

Happy Rich - 我、今、ここに、生きる -

PR

×

Profile

リンロン88

リンロン88

2011.07.04
XML
カテゴリ: スピリチュアル


 宗教と疫病の類似を考察した本はいくつかある。

しかし、宗教そのものを、その「排他性」とか「独善性」を中心に比較研究した本はあるのだろうか?

ネットでざっと調べてみたが、アマゾンやらその他のオンライン書店で見られる本の中には、どうも見当たらない。

逆に宗教の「メリット」「良さ」「恵み」その他もろもろの「長所」を書いた本は星の数ほどある。もちろん、その宗教を信仰する人が書いたものだ。

しかし、「この宗教だけが・・・」「この神だけが・・・」「こうすることによってのみ・・・」という教義を持つ宗教は多い。いや多いというより、ほとんどこの類だ。

そして、この排他性は、それが行き過ぎると、他の教義、考え方、下手をすると経典の解釈の差異を以って異端とし、それを攻撃し、場合によっては異端者を抹殺することさえも彼らなりの正義になってしまう。

宗教改革で、堕落したカトリック教会を批判し、「聖書の教えに帰れ!」と叫んで宗教改革のひぶたを切ったマーティン・ルターでさえ、ユダヤ人を徹底的に攻撃し、ナチス・ドイツのユダヤ人虐殺の「理論的」な基礎を与えた、とされる。



地球上の全人類が、同じ宗教の、同じ教義を信仰するまで、この摩擦が続くなら、未来永劫、地球から宗教的な紛争の火種は絶えない、と言わざるを得ない。

宗教の「負」の側面は、かならず、と言っていいほど、この「排他性」と「独善性」に根を持っている。

じゃあ、この教義のこの部分だけ修正すればいいんじゃないか、と思うが、ことはそう単純ではなく、それを否定・修正すると、根本的な経典や教典の教えを否定することになってしまい、まず不可能なのだ。

今、これらの旧来の宗教に代わって、もっとオープンで、教義も教典も持たない「信仰」が広がってきている。

私個人としては、これは非常にいい傾向だと思う。ただし、その深さにおいては、さすがに何千年の歴史のある宗教に比べるとまだまだ浅いし、それを深めることはほとんど個人個人の裁量にまかされている。

さすがに現代の世界では、宗教観の違いを乗り越えて異なる宗教が人類の救済という目的のために連携したり、互いに教えあったり、ということが少なからず行われるようにはなってきている。

だとしたら、この上に書いた、「排他性」「独善性」に関しても、教義・教典にまで踏み込んで見直しをしたらいいのに、と私などは思ってしまう。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2011.07.05 04:53:48
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

Keyword Search

▼キーワード検索

Favorite Blog

1級建築士スーパー記… ミカオ建築館さん

夢を叶える方法=思… TAKA IN HAWAIIさん

Diary hy312619さん
ノンたろくんの明日… ノンたろくんさん
☆幸せ風船のちょっと… バルーンsuzukiさん

Comments

ミネルヴァ@ Re:アメリカに長く居すぎた、と思うとき(01/15) 明後日アメリカに向かいます。 参考になり…
リンロン88 @ Re[1]:「いただきます」と「ごちそうさま」(03/29) プチプチ大家さん >リンロンさん、もう楽…
プチプチ大家@ Re:「いただきます」と「ごちそうさま」(03/29) リンロンさん、もう楽天ブログは止められ…
リンロン88 @ Re[3]:存在そのものの「罪」(03/19) なみがしらMさん > 私が,言っているの…
なみがしらM @ Re[2]:存在そのものの「罪」(03/19) リンロン88さん >なみがしらMさん >…

Archives

・2026.05
・2026.04
・2026.03
・2026.02
・2026.01

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: