平城遷都1300年祭が始まって間もないという時期に、映画館 「シネマデプト友楽」 の閉館でした。 同館のHP は、今も当時のままで残されています。
こちらは、三条通りと中街道との角の「シネマデプト友楽西館」 かつては「ニュース館」と呼ばれる映画館で「奈良東映」を経て、現在の姿に建替えられていました。1階表の「モスバーガー」もすでに閉店しています。

こちらは、かつて「友楽会館」のあった「シネマデプト友楽東館」ですが、三条通りに面したところには「セガ」のゲームセンターがありました。裏側は、菩提川~率川を暗渠にした「猿沢遊歩道」や「餅飯殿駐車場」に続いています。
奈良の町の大事な場所のこのような姿を見せるのは、決して本意ではありません。大切な人がノーメイクで昏睡する姿を衆人に晒すようなものです。しかし 「兵どもの夢のあと」 ともいえるこれらの場所から、どうやら 「次の夢」が生まれる気配がある ということで、あえてここに取上げてみました。
(株)友楽は、かつて「谷井興業」という名前で、 奈良の市会議員・県会議員、奈良市観光協会長などを務めた谷井友三郎氏 がそのオーナーでした。 上記の2館の他に、下三条町には「友楽座」という映画館もありましたが、そちらは三栄相互銀行>奈良銀行>りそな銀行の敷地となりましたが、現在は更地となっています。(入江泰吉さんの写真集「古都の暮らし・人」=奈良市写真美術館発行=のfig11には、昭和31年の友楽会館の一部が映っています。上の写真二枚目の自転車が置いてあるあたりですね。)
谷井友三郎氏の名前は、春日大社二の鳥居前の立派な狛犬にも記されていますが、現在50歳代後半以上の奈良市民には、50年前の 「奈良遷都1250年祭」 の記憶が鮮烈に残っているはずです。トップスター「長谷川一夫」らを奈良に呼び寄せ、まる3日間三条通りから春日野グラウンドに向かう連日のパレードを開催するなど、「興行師」として持てる力を奈良のためにすべてつぎ込んだ姿は、決して忘れられないものがありました。その「谷井さん」の会社が、50年後の「平城遷都1300年祭」の年に手仕舞いをすることになるというのは、なんという運命の皮肉かと思われたのでした。
昨年5月に開催された 「まちなか1300年祭」 は、その「1250年祭」のおぼろげな記憶を持つメンバーが、「次の50年後にもなんとか伝えていきたい」という思いをもって実施したものでした。そして、50年前に谷井氏によって製作された 「奈良遷都記念祭」 のみこしが、美しく整備されて子どもたちとともに奈良のまちなかを練り歩いたのです。

現在、西館は建築当時に関わった「S建設」が、そして東館はマンション建設大手の「H工務店」が、その活用について関わることになったようです。かつての友楽会館は、映画館の他に、書店・交通公社・サウナ・ビリヤード・展望レストランなど極めて多彩な「生活文化」の拠点でした。次の50年に、どのような「奈良の夢」が描かれるのか、未来を見据えていきたいものです。
*しかし、実は少し気になることもあります。 東館が、もし「住居専用」のマンションになってしまった場合、はたして現在の周辺の「商業エリア」としてのレベルが維持できるのかどうか。中心市街地活性化の大きな要素は「まちなか居住」なのですが、「居住」と「にぎわい」とは必ずしも利害が一致するとは限りません。現在三条通りは、日曜祝日の「歩行者天国」が実施されていますが、「住民」としてみればどうなのか。有名になった「中谷堂」の高速餅つき実演の人だかりは、同様に「住民」からみればどうなのか。JR奈良駅から猿沢池に至る区間の三条通りには「地区計画」が設定されて、 商業地域 としてふさわしいまちづくりが想定されていますが、「住居」との関係がどうなるのかは注意の必要がありそうです。
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