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月命日の法要をしました。季節は春から夏、そして秋になったのですね。お経を読むと、心が安まると父が言いました。供養しているという気持ちになれると。8月、9月と家に居ましたが、明日からまた前の会社の期間限定社員として働きます。仕事がら不規則で、忙しくなると帰りが深夜1時過ぎになったり、出張が続いたりとちょっと辛いのですが、たまには社会の空気も吸ってきたいと思います。
2006/09/18
ママが亡くなったのが3月18日。そして明日は9月18日。明日は月命日の法要です。ちょうどあの日から半年経つのですね…この半年、ママがいなくなってしまって涙を流した日の方が多かったけれど、でもなんとか毎日、淡々と過ごしています。ただ見た目には平気そうに見えると思うけど、私もパパもいろいろなところでちょっと体にガタが来ています。今、ママはどこにいるのですか?楽しく過ごしていますか?幸せですか?私は……ママがいなくなって、淋しくてたまらないです。もう一度、会いたいです。
2006/09/17
今年3月に亡くなった母の初盆の日です。あれから5ヶ月。あっという間だったような…でも母がいないなんて、やっぱり信じられない自分がいます。仏壇を見ても、位牌を見ても、遺骨を見ても、遺影を見ても、どうしても母が死んでしまったなんて思えないのです。母が亡くなってから、私が一番変わったことと言えば、やはり着物を着るようになったこと。実は遺品の整理をしている時に「七五三用に作る」ってたとう紙にかかれた白地にピンクの模様の小紋が出てきたんです。きっと私が3歳の七五三の時、自分も新しい着物を作ったのでしょうね。その他にも母が独身時代に来たのであろう黄緑地の訪問着や、祖母の形見の泥大島紬、父曰く「冬に着ていた」というウール地のチェックの着物などがありました。そのきものたちを見ているうちに私は「着物を着たい!」と思ったのです。それから3ヶ月の無料着付け教室に通い、今では何とか一通り自分だけで着物が着れるようになりました。今日の初盆もきものを着て望みました。こんな私を見て、母はどう思うでしょう。でもとにかく毎日頑張って生きていますよ。まだ夜、寝る前になるとママを思い出してボロボロ泣いている私ですが…うん。でも一歩ずつ、前向いて進んでいます。追記:私のきものに関する話題は和レトロな暮らし ~名古屋きものライフ~に書いていますのでよろしければ御覧くださいね。
2006/08/14
以前勤めていた広告代理店の上司から、2ヵ月ほど仕事を手伝ってほしいと言われて、今日から働くことになりました。仕事は慣れた内容ですし、会社の人たちもみんな顔なじみなので、精神的なプレッシャーはなく働けて、ありがたいです。ただ…朝早起きしなくてはいけないことと、通勤バス、電車の人の多さにちょっとうんざり。それに最近あまりパンプスで歩いていなかったこともあって、会社につくころには両足のかかとがベロッと剥けてしまいました(苦笑)痛い~なにせこの1年半ほど、ジーパンにスニーカーというラフな格好がほとんどだったので、スカートにパンプスはとっても窮屈です。少しずつ社会復帰して、自分の道を見つけたいなと思っています。ママ、ちゃんと応援しててね。
2006/05/08
ママの遺品の整理はなかなか大変だったことは、前のブログにも書きました。洋服、アクセサリー、カバン…ママはおしゃれだったこともあり、本当にたくさんあって。見やすいように仕分けして並べ、家に来てもらった親戚や友人などに、好きなものを持って行ってもらいました。みんな口々に「本当に多いね。ここでブティックがまたできるよ」と言っていました。5日の四十九日の日も親戚がたくさん集まったので、またいろいろ持って行ってもらいました。でも…………まだあるんですよ。これはちょっと派手すぎてなかなかもらい手がないなぁ…というものや、ちょっと人にはあげにくい状態のものなどもあります。捨てるのも忍びないし、ほんとどうしたらいいのかなぁ。ママ、ちょっと物持ち過ぎ!…と思っていたら、突然『ピンポーン』とインタホーンが。何かと思って出てみると、なんとリサイクルセンターの人の飛び込み営業。「何か不要品はありませんか?洋服とか小物とか、何でもいいですので」と言うではありませんか。すごいタイミング。「はい!あります!」と答えて、自分の不要品などと一緒に、ちょっと人に譲りにくいママものも査定してもらいました。もちろんリサイクルショップですから、高い値で買ってもらえるわけではありませんが、それでもちょっとした金額になりました。何より自分で車に荷物を乗せて、運ぶ手間が省けただけでもありがたかったです。きっと私が文句を言ったから、ママがリサイクルショップの営業さんを手配してくれたのね~それでもまだ遺品全部を整理できたわけではありません。でも四十九日も過ぎたので、部屋に並べておくのはやめて、クローゼットの中に一時しまいました。また親戚や友達が来てくれたら、そこでブティック開店です(笑)クローゼットの扉を閉めたら、ママの部屋がガラーンとしました。あぁ、本当にママは…この部屋の主はもう帰ってこないんだな………って実感。やっぱり寂しいです(涙)
2006/05/06
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四十九日がやってきました。親戚がみな集まってくれました。いつもは二人しかいない家も今日はにぎやかです。お経をみんなで読むところがあるのですが、後でみんなに私の声が人一倍大きく響いていた、と言われました。母がなくなるまでお経もほとんど読めなかったのですが、僧侶でもあるおじからお経のCDをもらって、毎日毎日CDに付いて詠んでいたおかげで人並みに読めるようになりました(笑)これとまったく同じではないのですが…似たようなCDです。今日はママが仏様になる大事な日なので、とにかく大きな声でしっかり読もうと決めていました。それに私が大きな声で読めば、きっとみんなもつられて(?)大きな声で読経してくれるだろう(笑)という気持ちもありました。でもやっぱりでかかったかなぁ~私の声。まぁ、いいか。お経読んでいるとなんだかトランス状態っていうか、不思議な気分に途中からなるんですよね。たぶん前世でお坊さんだった頃があるんじゃないかな。妙に節もよく回るしなぁ。お経が終わって、みんなで会食。そしてお開きとなりました。たくさん集まってくれただけに、みんなが一斉に帰って行くととても寂しかったです。クスン。そして今日はもう一つイベントが……新車がやってきました。母の車と私の車を下取りに出して、新車を買ったのです。母の車はそんなに古くなかったので、それを乗ってもよかったのですが…やはり思い出がありすぎて、悲しくなってしまうので思いきって替えました。そして毎日、毎日病院へ通った私の車…。ご苦労さま。ありがとう。これからは新しい車と一緒に、心機一転頑張ります。四十九日が終わり、ママが亡くなってからずっとあった白い祭壇もなくなりました。だんだん日常の生活に戻って行くんですね。というか戻らねばいけないんですね。私の人生を楽しく精一杯生きることが、ママが一番喜んでくれることなんだから。そうそう。おばさんが私に言いました。おばさんの娘の子供のまゆちゃん(私からいうと従姉妹違(いとこちがい)・いとこの娘)が「名古屋のおばちゃんはお星さまになったの」と言ったんですって。そうかもしれない。ママは星になったのかもしれない。小さい子が言うことは正しいよね。※ママは花が大好きだったので仏壇・祭壇の周りにたくさん花を飾りました。
2006/05/05
今日は友達が家に遊びに来てくれました。その友達も1年前にお母さんをガンで亡くしていて、二人でお互いの母の最期の時のことや、その時の自分の思い、そして今の気持ちなどを話しました。二人とも何度も涙を流しながら、それぞれの母の思い出を語り合いました。同じ経験をしているものだからこそ、話せることもありますね。娘たちはがんばって、毎日を暮らしているよ。辛い日もあるけれど。今頃、母達もあちらの世界でお話しているかもしれないね。でもやっぱり二人ともちょっとそちらに行くのが早すぎたよ。もっと私たちは一緒に旅行に行ったり、ショッピングに行ったり、お話したりしたかったよ。満開の桜も一緒に見たかったよ(涙)
2006/04/10
ママがいなくなって、はや10日が過ぎようとしています。みなさんの温かいお言葉、本当にありがたく受け取っています。一人一人にお礼を申し上げられないのが心苦しいのですが、とても励みになっています。この場を借りて、お礼を申し上げます。ありがとうございました。お葬式の後、私は何もできなくなってしまうのではないか、と思っていたのですが、以外にも毎日慌ただしく動き回っています。たぶん動き回ることで、悲しんでいる時間を自主的に減らしているのかもしれません。母の衣服、かばん、アクセサリー、靴などの整理。(昔、ブティックを経営していたママは、ファッションに関する物がとにかく多い!)保険関係の手続き。携帯電話やクレジットカードなどの解約。香典返しのためのリストの整理。葬儀会社への支払い。病院への支払い。四十九日に向けての準備。仏壇の準備。人が一人いなくなると、後に残された者はたくさんの宿題が課せられます。まだまだやることがたくさんあります。先週よりも今週の方が体が痛く、だるくなっているので、昨日、今日とマッサージに行ってきました。半年前までママと一緒にいっていた接骨院です…でも今は一人。寂しい。マッサージ師はコリが半端じゃないですね…と言っていました。私の体もかなり限界に近くなっていたのですね。ケアしないと。先週の土曜日は親戚の家に行きました。おじさん、おばさんたちは私と父親を励ましてくれるために、夕食をごちそうしてくれました。9人もの親戚がその場に集まって、ママの話、四年前に亡くなった祖母の話、そしておじ、おばの小さい頃の話、私やいとこの小さい頃の話、パパの若い頃の話…など思い出話に花が咲きました。私はなんとなく、その場にママやおばあちゃんがいるような気がしたのです。今はまだ心の整理が不完全ですが、落ち着いたら、ママの最期の時を日記に記したいと思っています。ママが生きた証として。
2006/03/28
10時から告別式が行われ、12時に火葬場で荼毘に付されました。覚悟はできていたのですが、絶えきれず、私は泣きさけんでしまいました。何がなんだかあまり覚えていません…いい天気です…空にママは帰っていきました。
2006/03/20
無事通夜が済み、今夜は葬儀会館で宿泊です。母と一緒に居られる最後の夜です…
2006/03/19
ママは最後まで頑張りましたが、力尽き、3月18日午前1時21分、みんなに見とられて亡くなりました…みなさまありがとうございました。
2006/03/17
昼すぎから血圧が下がり、ずっとうなっている状態です。先生には今日明日だろうと言われました。最後まで奇跡を信じて頑張ります。どうかみなさんのパワーを下さい。
2006/03/17
睡眠薬(ドルミカム)が朝6時ごろ切れると、またいつものように、うなりだします。今朝は38.4度あり、いつもより辛そうです。最近白眼の一部が黄色いので気になっていたのですが、今日はまるでゼリーのように飛び出しているので、看護婦さんに聞いてみると、白眼が腫れているのだそうです…水がたまっているというか…なんでこんなに体のいたるところにいろんなことが起こるのでしょう…
2006/03/16
昨日からあまり調子が良くありません。痛い、痛いと言うので、フラッシュと言って、1時間に投与している量を一度に投与するのですが、40分ぐらいすると、また痛がります。1時間の投与量も2mlから3mlに上げましたが、あまり効果はないみたいです。たぶん腹水が増えてきて、その圧迫で痛みが増しているのではないかと先生は言います。じゃあ腹水を抜けばいいかというと、抜いてもすぐたまってしまうし、腹水には赤くないだけで、血液と同じような重要な成分が入っているので、むやみに抜くと体力が落ちてしまうのです…顔をしかめて、痛みを訴えている姿を見ているのは辛いです。
2006/03/16
昨日くらいから点滴の入りが悪く、体の向きによっては全く入らなくなってしまうことがありました。今晩も睡眠薬を入れようとしましたが、全く点滴が落ちません。看護婦さんがいろいろ管の向きを変えたりしましたが、やはりダメ。そこで宿直の先生がやって来て、胸に通してあるカテーテルの様子を見てみると、どうも管が詰まっているようです。ヽ( ´¬`)ノ先生が注射器で吸引してみたり、溶解剤を入れてみても、うまく通らないので、ついにはカテーテルを体から少し引っ張りだして、状態を見ることに!看護婦さんが「管を皮膚と繋いでいる糸の結びかたがきつすぎるのでは?」(専門用語を使っていましたが…忘れました)と先生に言ったので、先生が試しに結んであった糸の一部を切って、もう一度吸引してみると……おぉ~管の中が貫通しました~(^o^)/そして慌ただしくプチ手術の支度がなされ、ベッドの上に青い布(よく手術する時患部にかけるもの)が広げられました。私はずっとママの手をにぎってベッド脇にいたので、プチ手術現場をバッチリ見ることに~麻酔注射をカテーテルの脇にプツプツと打ち、釣り針みたいに湾曲した針を皮膚に刺して、カテーテルの管と皮膚を縫って固定するのです!(*_*)幸い麻酔がうまく効いて、ママはさほど痛くなかったようですが、針で皮膚を縫ったり、糸を器用に結んだりしている先生を見て、つい、「先生はお裁縫もうまいんでしょうね~」と馬鹿なことを言ってしまった私でした(^_^;)(先生は「研修医の時に練習した」と言ってました(笑))とにかく無事にプチ手術が終わり、点滴もちゃんと通って、今はママはスヤスヤ寝ています。よかった。
2006/03/14
朝、デュロテップパッチを剥がし、昼からフェンタネストの点滴を開始しました。初めはまだデュロテップパッチの薬が血液の中に残っているので、1ml/1時間の量を入れ、今は2ml/1時間で入れています。今のところは前と変化なく、顔色も良いようです。ただ寝てばかりのせいか背中の痛みはあるようで、絶えず、体の向きを変えたがります。
2006/03/14
今日早朝、ママはかなり痛がり、看護婦さんと私とでどうしたら良いのか困ってしまいました。痛み止め坐薬を入れてもあまり痛みは治まらず、結局睡眠薬を多目に点滴で入れて、何とか眠らせました。今の貼り薬(デュロテップパッチ)では急な痛みに対処できません…そこで明日からフェンタニル系の点滴痛み止めに切り換えることになりました。今までとなるべく同じ意識レベルで居れるように、薬の濃度を調整すると言う話でした。昼はママはあまり痛がらないのですが、深夜から早朝にかけてなぜか痛みが来ます。その時に痛みを抑えるためにフラッシュといって、一時的に液を多く落とし、痛みを素早く軽減するのが狙いです。ただ麻薬の量がどんどん増えて、意識がなくなってしまうのが怖いです…
2006/03/13
デュロテップパッチの交換日の深夜になると痛みを訴えて、ママも私も眠れない状態になるので、パッチをもう1枚増やすことになりました。今は7.5mgのパッチを1枚、2.5mgのパッチを2枚貼っています。さて昨日は今までにないことがありました。大便が出たのです。もう2度と大便は出ないだろうと医者に言われていたので、びっくりしました。とはいえ、親指の頭ぐらいの小さな小さなものですが、黒くなく(黒いのは血が混じっている)普通の色でした。
2006/03/11
前にも書きましたが、丸山ワクチンはAとBの2種類あって、(AはBの10倍の濃度)基本的な接種はAB隔日法と言って、Aを打って、1日休み、Bを打って、1日休む…の繰り返しを行います。この方法で平均2ヶ月で何かしら変化が出てくるということですが、今のママは2ヶ月先のことなどわからない状況です。できるだけ早くワクチンを全身に行き渡らせたい…そこで日本医科大学に相談し、AB隔日法ではなく、AA連日法にできないか相談してみました。その結果、今あるABワクチンを先ず連日接種して、2クール目はAワクチンのみ送付してもらえることになりました!早くワクチンがガンを固めてくれますように。
2006/03/10
たくさんのコメントいただき、ありがとうございます。携帯からですと、パソコンと違い、文章を書くのに時間がかかってしまうこともあって、お返事を書けずに申し訳なく思っています…でもみなさんのコメントは全て読んでいますし、励みになっています。感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。
2006/03/10
入院して以来、体は拭いてもらっていますが、頭は一度も洗っていませんでした。さすがに汚れてきたので、今日は洗髪してもらえることになりました。ホームヘルパーの実習の時にやったベッドでの洗髪方法は、バスタオルをビニール袋に入れ、馬蹄形の器具を作って、頭を乗せそこで洗う…といったものでしたが、さすが大病院。ちゃんと『洗髪マシーン』たるものがあるのです。床屋さんの洗髪台みたいなものの横に、湯の入ったタンクがあって、ちゃんとシャワーヘッドから湯がでるようになっているのです。だから頭だけ、ベッドの外に出せば洗髪可能~便利ですねぇ。今日はパパが仕事で忙しかったので、私が終日病院にいました。部屋に洗面もトイレもシャワーもあるので、ご飯を買いに購買に行っただけで、あとはずっと病室にいました。でもだんだん物があるべきところに収まり、まるで下宿というかホテルのようになってきて、長くいても苦痛ではありません。簡易ベッドの固さ・狭さには閉口ですが、それ以外は問題なく過ごしています。たぶんこんな生活でも大丈夫なのは、以前7ヶ月間、ヨーロッパをバックパッカーとして旅行した経験があるからかもしれません。どんな状況でも、それなりに過ごせる自分でよかったです。部屋でアロマオイルを焚き、リラクゼーション音楽をかけて、ママが少しでも気持よく過ごせるようにしています。それが自分もゆったり過ごせている理由かもしれません。
2006/03/09
比較的受け答えが正常な1日でした。でも夜9時ごろ「こっち来て~」と呼ぶので、近くに行くと、ママは「もう限界」と言うのです。どこか痛いの?何が限界なのと聞くと「命の重さ」と言うので、びっくりしました。時々ドキッとするようなことを言います。命の重さに限界なんてないよ、と私は答えました。ちなみに「私の命の重さはどのくらい?」と聞いてみたら、「100」という答え。これまたよくわかりませんが…
2006/03/08
輸血をすると、血色はもちろん、肌の色つやまで出てくるんですね。今まではさほど気にならなかったけれど、弱っている時ほど、効果がてきめんだった気がします。ママの今日の調子はまずまずです。いつものボケも少ないし。私の病院でのお泊まりもはや5日目。朝、パパが病院へやってきて、しばらく私は仮眠(夜、何度も起こされて寝不足なので)。昼前に病院を出て、家に戻って家事をしたり、シャワーを浴びたり。そんな毎日です。でも家に帰ると、結局家事に明け暮れてしまい、全く休めないので、家に戻るのは2日に1度にすることにしました。あとの1日はどこかお店に行ってランチを食べ(病院の購買弁当ばかりでは飽きるし、栄養面でも心配なので)、その後スーパー銭湯に行って、入浴がてらのんびりしています。今日は家に戻って家事をする日+丸山ワクチンの2クール目の書類をもらいに行ったり、代金を銀行へ振り込みに行ったりしたので、忙しくて大変でした~夕方病院へ戻るころにはグッタリ状態…これからが本番なのにね。今夜はママが問題なく、夜を過ごしてくれますように!眠らせて~
2006/03/07
先生が来て、「吐いてしまうのは、腸液が行き場がなくて逆流してしまうからなので、鼻から管を入れて液を取りましょう」と言いました。12月に胃の狭窄で食べ物が胃にたまった時と同じように鼻からチューブ状態(鼻が痛いし、動きにくくなる)になってしまうのです。ママ嫌がるんじゃないかなぁ…と思って聞いてみたら、意外にも「入れて抜いてください」と言うので、すぐに処置が行われました。ちょうどいとこが会社帰りにお見舞いに来てくれたところだったので、びっくりしたと思います。管を通すとさっき500mlぐらい吐いたばかりなのに、また100mlぐらい、どす黒い液が出てきました…採血の結果もあまり思わしくなく、白血球が20700もあり(腹膜炎をたぶん起こしているらしい)、ALPが1976と高く(骨転移の疑い有)、血小板は少なくなってしまっていました。応急処置として、明日輸血をするらしいです。
2006/03/06
ひどい痛みはないみたいなのですが…昨日1回、今日昼・夕1回吐いてしまいました。でも食べているわけではないので、どす黒い液体を500mlぐらい吐くのです。何も食べてなくても胃液などが自然とたまるので、それと癌による胃の中の出血が混じっているのではないでしょうか。でも何でこんなに吐いてしまうのでしょう…今日外から帰ってきたら、病室に酸素吸入器が取りつけてあったのが気になります…当の本人は私の心配を知ってか知らずか、気持よさそうにスヤスヤと寝ています。
2006/03/06
昨晩は1時間おきにママに起こされて、ほとんど寝ることができませんでした。「痛い、痛い、全身痛い」と言うので、さすったり、体位を変えたりしました。それでも痛いというので、薬を追加してもらおうと看護婦さんを呼ぶと、すやすや寝てしまったり…痛さが薬を追加しなくては我慢できないものなのか、一時的なものなのか、意識がハッキリしない中口癖になっている「痛い」という言葉を発するのか、全くわからない状態でちょっとふりまわされています。家に戻って来ても、洗濯や掃除、ごみの始末など家事で明け暮れて、ゆっくり休むことができません…ちょっと体力的に心配。ゆっくり寝たいなぁ。。。
2006/03/05
今日は名古屋はとてもいい天気でした。こんな素晴らしい日にいとこはお嫁に行きました。本当はママもパパも私も結婚式に行く予定でしたが、残念ながらこの病状なので、出席することができませんでした…ごめんね…いとこはスピーチでママのことを話してくれたそうです。結婚式が終わって、親戚がたくさんお見舞いにきてくれました。ただ来てくれた時はママは少しマインドトリップしてる時で、またとんちんかんなことを言ってました。初めてその姿を見る親戚はびっくりしていたようです。でも驚いたのは突然ママが「私はもうすぐ死ぬんだから!」と大きな声で叫んだことです。そして「何で私、生きてるの?」「早く痛みを取ってよ!」とも。麻薬鎮痛剤の力を借りて、ママの心が本音を言ったのかもしれません。一見、とんちんかんに思える言葉も、何かママのメッセージがあるのかも。でもまだ解読できずにいますが…だって「馬鹿だなぁ、ギーラギーラギララ」何度も言われても…う~ん、やっぱりわからないよ。
2006/03/04
昨晩は低め安定といったところでしょうか。尿が比較的良く出たので少しむくみが改善されたように思います。もちろん今は紙おむつを使っています。簡易トイレだと体の動きがままならないので、間に合わない危険性が大きいんです。老人ならともかく、こんなに年齢の親がおむつにお世話になるなんて思いもしませんでした。最近気になるのが、全くとんちんかんなことを言うことが多くなったこと。昨晩も「すしを頼んでおいて」とか「家を建てなくちゃ」とか、おしっこをした時も「○○(私の名前)が作ったもの、流しちゃった」とか…はっきり言って完璧に呆けてしまっているんです…言ったことを否定したり訂正すると怒るし、同じことを何度も繰り返すし、昨日は私もあまり眠れませんでした。ただ時々正気に戻って、「私、さっきとんちんかんなこと言ってたよね」と言うのです。それにしてもデュロテップを2.5mg増やしただけでこんなにおかしくなっちゃうの?それとも腹水のせい?
2006/03/04
励ましのコメント、たくさんいただき、ありがとうございます。父親と親戚が病室に来たので、荷物を取りに一時家に戻りました。昨晩はやはり2時ごろ痛い、痛いというので導眠薬を点滴してもらいました。たぶん痛いのでしょうが、薬のせいで眠っていました。でも薬を止めるとやはり痛みの方が勝るのか、夜中に「起きたい」と言ったり、うなっていました。朝になり追加したデュロテップパッチが効いて来たのか、今度は意識が朦朧としてきて…それでも簡単な質問にはうなずいたりして答えてくれます。時折、力ない腕を私や父の肩にまわして抱きついてくるのです。離れて欲しくないのでしょう。今日からは個室が空いたので移れます。これからしばらくは私も病院で寝ることになると思います。もちろんまだ望みは捨てていません。今日もワクチンを打ちました。書き込みも少なくなるかもしれませんし、できても携帯からが多くなると思いますのでコメントへのお返事はできないかもしれませんが、ご了承ください。みなさんの応援を力にがんばります。
2006/03/03
今日も朝吐いてしまいました…栄養点滴をしているのに、痩せてきているように思います。担当の先生からお話があって、今貼っているデュロテップパッチではもう痛みを押さえられないし、枚数を増やしても急な痛みに対応できないから、点滴でフェンタニール(デュロテップと同じ麻薬)を入れたいということでした。痛みは確かに少なくなるけれど、今以上に意識が朦朧として、話ができなくなるかもしれないというのです。私は「今の状態から見て、あとどれくらいなんでしょうか」と聞いてみました。先生は「1週間ですね…持って3週間…」と言いました。そして看護主任さんが「今日は相部屋の患者さんもいないし(二人部屋に入院中)今晩は娘さん、泊っていかれてもいいですよ。お母さん、家族の方がいないとすごく不安がるから…」と言うのです。私は「今日明日で容態が急変する危険性もあるんですか?」と尋ねると先生も主任さんもコクンとうなずきました…そこまで悪いのか…と絶句しました。とにかく今晩は添い寝します。鎮痛剤は今晩はパッチを1枚増やしてもらうことに留めました。もっと痛くなったら点滴にするかもしれませんが…
2006/03/02

腹水と足のむくみがやはりひどくなっているようです。何とか水を少なくする方法はないかと思い、調べてみました。腹水は腹膜転移や腹膜播種を起こした時に見られる症状です。癌細胞により、分泌能力やリンパの流れがブロックされるため、腹水がたまるんだそうです。でも腹水は色がないだけで、血液と同じようなもの(血漿蛋白を多く含む)なので、抜いてしまうと体力が低下することがよくあるそうです。対処方法として、1.腹腔にカテーテルを挿入して腹水をとる。2.利尿剤で尿にしてだす。3.腹水を静脈に直接流す。4.腹水を一度採取して濾過濃縮し、ガン細胞・細菌を取り除いた後、血漿成分を再び体内に戻し入れる。5.里芋パスター(そばパスター)と生姜湿布。そけい部のびわの葉温灸も有効。4.の処置は腹水濾過濃縮再注入(再静注)療法といい、高度な技術なので、できるところは限られた病院だそうです。下記のHPに詳しく書いてありました。佐野外科病院 腹水濾過濃縮再注入療法5.については下記のHPを参照してください。癌治療の聡哲鍼灸院里芋パスターと生姜湿布は是非やってみたいと思いました。 ●里芋パスターのやり方←クリック ●生姜湿布のやり方←クリックただ病院で(しかも個室ではない)ところでやるのは非常に難しいです…どなたか実践されていらっしゃる方がいたら、良い方法を教えて下さい。それから、里芋パスター&生姜湿布について、かかれている本です。身近な食物による手当て法~おばあちゃんの知恵びわの葉温灸・ユーフォリアQ2温圧器は毎日やっているのですが、そけい部ではなく、腹水の上にやっていました!明日からそけい部にやります!しかも生ビワの葉を使うとより効果的とのこと。これはもぐさの時でも温熱器の時でも同じだそうです。 ユーフォリアQ2温圧器 生ビワの葉(120g)ビワ葉温灸太もぐさセット(太もぐさ8本入り)下肢の浮腫は、腹水が溜まりそけい部を圧迫するようになると足のリンパ液が体幹に戻れなくなるために起こるそうです。対処法としては利尿薬と下肢挙上、マッサージが主となるそうです。上記のそけい部のビワ温灸も有効とのこと。何とか腹水とむくみをとるために頑張ってママに治療をしたいと思います。里芋パスターやそばパスター、生姜湿布を実践されている方がいたら、是非情報お願いいたします。 ■■闘病記・医学blogランキングへ■■ ■■楽天ブログランキング■■
2006/03/01
昨晩は帰る時、「行かないで、泊まって行って」と弱気になっていたママでしたから、一晩どう過ごしたか心配でした。でも看護婦さんが夜中に何度ものぞきに来て下さったそうで、大丈夫だったようです。病室の外に行きたいというので車椅子を借りて同じ階をぐるっと散歩することにしました。車椅子の乗り降り…あぁ、これも今頃ホームヘルパーの実習でやったなぁ…でもこんなところで役に立つとは。車椅子を押しながら後ろから見るママの姿はとても小さく、とても痩せていて、涙が出てきました。まだついこの間まで自力で歩けたのに。食堂へ向かう患者さん、電話をかけている患者さん、休憩所でテレビを見ている患者さん。ママもこの病院に入院したころはあんな感じで、見かけはとてもガン患者と思えないくらい元気だったよなぁ。。。と思い出していました。一周散歩したところで、ママに「もう戻る?」と聞いたら、「もう少し廻る」というので、「喫茶店行こうか?」と誘ってみました。いやがるかと思いきや、「うん、行く」というので連れて行きました。グレープフルーツジュースをおいしそうに飲み、私の頼んだコーヒーゼリーも少しだけ食べました。「サンドイッチが食べたいなぁ。。。」とママ。今は固形物は食べられないのです。また吐いてしまうから。車椅子での散歩から帰ってくると疲れたのか、すぐに寝てしまいました。明日はワクチンを打つ日です。なんとかワクチンさん、間に合って。ママのガンの進行を止めて。 ■■闘病記・医学blogランキングへ■■ ■■楽天ブログランキング■■
2006/02/28

日曜日は4回も吐いてしまい、流動食を与えても戻してしまいます。体力もここ3日でガクンと落ちて、自力で歩くのも困難になってしまいました。夜中、胸が苦しいとかお腹が痛いと何度も言うので、緊急外来に連れて行くことにしました。夜中の病院は何ともいえない静けさです…X線写真とCT、採血をしてもらったのですが、当初予想していた胃の中に食べ物がたまっているから吐き気があるのとはどうも違うようです。どうも今までなかった腹水が溜まりだしたらしいのです。その腹水が胃や腸を圧迫して吐き気となっているのではないかと…とにかく食べ物をほとんどとれていない栄養失調状態ですので、緊急入院となってしまいました。その後、担当の先生からも話がありましたが、状況は思わしくなく、病院で最後まで看取りたいか、在宅で看取りたいかということまで聞かれました。私はかなりショックでした…ついにそこまで来てしまったのか、と。涙が溢れました。私は最後まで家に居させてあげたかったのですが、パパは家に居ても何か合あった時、対処できないから、病院に入院させたいという意見でした。もちろん状態が良くなれば、外泊もできますし、もっといい状況になれば、退院もありえるとも先生は言いましたが。足のむくみもガンの末期症状だそうです。とにかく今は栄養補給をすることが最優先なので、今日はまた胸に管を埋め込むカテーテルの処置をしました。しばらくはここから栄養と水分の補給をして、体力の向上を計ります。その後、腹水をいかに少なくするかの処置になります。夕方、私とパパが帰ろうとすると、ママが「夜が怖い、病院が怖い」と泣きました。私に「どうか泊まっていって」とも言いました。今までこんなこと言ったことありません。でも病室は二人部屋なので基本的には家族は泊まれないのです。(一人部屋は空いていなかった)看護婦さんもママのところにやってきて、「夜中、何でも私たちに言って下さい。大丈夫ですよ」とママに諭していました。ママはしぶしぶ了承…でも帰る時は本当に後ろ髪を引かれる思いで辛かったです。あぁ、それにしても今日はどれだけ泣いたことでしょう。本当に辛い。辛すぎます。状況は悪いですが、最後まで諦めません。もちろん丸山ワクチンも続けます。私たちの戦いはまだこれからです。でも涙が止まりません…明日の朝、目が腫れてしまうだろうな…今日は目を冷やして寝ます。 ■■闘病記・医学blogランキングへ■■ ■■楽天ブログランキング■■
2006/02/27
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今日も3回、吐いてしまいました……吐き気止め(プリンペラン)もあまり効いていないようなので、次回はかえてもらおうと思っています。さて今まではママは一人でお風呂に入っていて、時々私やパパが「大丈夫?」とお風呂場にのぞきに行くという感じでしたが、今日はダルいというので心配になって、私が一緒にお風呂に入りました。実は去年の今頃、私はホームヘルパー2級の講座を受けていて、介護の勉強の中でお風呂に入れる方法を習ったのです。でもまさか自分の親をこんなに早く入れることになろうとは…(涙)デイケアセンター(昼間だけの老人ホーム)でおじいちゃん、おばあちゃんたちをお風呂に入れた時を思い出し、ママの頭や体を洗ったり、湯船に入れたりしました。でもデイケアセンターと違うのは、お風呂場の設備です。うちには手すりもなければ、シャワー椅子もない……結構大変でした。家庭用の介護用品を買った方がいいのかな。 シャワー椅子【安寿】 バス手すりスフィーダそれにしても何でこんな短期間に体力が落ちてしまったのでしょう。痛みはそれほどない(痛み止めが効いている)ので、やはり食べられないことによる栄養失調かと思います。栄養点滴は病院に行った時、してもらっているのですが、たぶん足りないのでしょう。どうしたら、たくさん栄養が体にいれられるか。それが今の課題です。 ■■闘病記・医学blogランキングへ■■ ■■楽天ブログランキング■■
2006/02/25
今日も温熱療法の日です。病院の玄関の前で車を付けて、ママだけ先に病院へ行ってもらっていたのですが、今日はびっくりすることがおこっていまいました。車のドアから出た瞬間、ママが後ろ向きに道路にひっくりかえったのです!降りたところに段差があったらしく、最近足の力が少なくなっているママはそれに耐えきれず、かえるのようにひっくり返ってしまったのです…私も車を運転しているので(しかも一方通行の狭い道)どうしようかと思いましたが、信号が赤だったのでとりあえず車を一時停止させて、ママを起こしにいきました。ママは完全にひっくり返ってしまっていて、自力で起きられない状態だったのです。私がママのところへ行くのと同時に、道を歩いていた女の人も助けに来てくれました。病院へ行く人だったらしく、親切にもその方は私が車を一時停止させているのを見て、「私が待合室まで連れて行くから、あなたは車を…」と言って下さいました。ご好意に甘えて、そのまま私は駐車場に車を止めた後、急いで待合室に向かいました。幸いケガはなかったようですが、突然のことで本当にびっくりしました。これからは車を止めて、待合室まで送っていこうと思います。それにしても最近、ママの脚力の低下がとても気になります。何かに掴まらないと、一人では歩くのも辛いようです。それにデュロテップのせいか、最近記憶力がなくなってきて、さっきあったことも忘れてしまうのです…まるでおばあさんと話しているようで、とても怖いです…吐き気もなかなか治まらず、今日は3回も吐いてしまいました。とても心配です。病院でもらった高カロリー食の液体も飲ませているのですが… ■■闘病記・医学blogランキングへ■■ ■■楽天ブログランキング■■
2006/02/24

今日は朝から夕方まで治療をうけまくった一日でした。まず朝、病院へ行って採血、そして輸血1パック。一度家に戻ってから、温熱療法をやりに別の病院へ行って、ハイパーサーミアを受けながら、栄養点滴。そして最後に昨日買って来た丸山ワクチンの注射という治療フルパック!!体力が心配でしたが、ママはがんばりました!逆に久しぶりに運動したせいか、夕食は「おなかがすいた」と言って、いつもよりたくさん食事をすることができました。 これがハイパーサーミア(温熱療法)の機械、サーモトロンです。 ■■闘病記・医学blogランキングへ■■ ■■楽天ブログランキング■■
2006/02/21

朝5時半に起きて、行ってきました!日本医科大学。そうです。ここで丸山ワクチンが買えるのです。日暮里からタクシーに乗って病院へ。受付には丸山ワクチンのカウンターがあって、そこで番号札をもらいます。9時20分までに受け付けた人は第1グループ。それ以降11時までに受け付けた人は第2グループになります。私は第1グループで、別館に誘導され、そこでもってきた書類を提出し、病院のカルテと診察券に名前などを書きます。そして丸山ワクチンの1クール分(40日分)の料金9450円を払って、別室へ。そこで故・丸山千里博士が説明をしているビデオを1時間半ほど見ます。ビデオの内容はワクチンの説明と患者のX線写真を使っての効果説明です。それが終わると補足説明と2回目以降のワクチンの購入の仕方を教えてくれ、最後にワクチンを受け取って終わりです。第1回目のグループは30人ほどでしたが、北海道や鹿児島など遠くから来ている人が多くてびっくりしました。みんな必死なんですよね。丸山ワクチンはアラビノマンナンという物質でガンをコラーゲンで封じ込めてしまうのだそうです。いわゆる兵糧責めですね。栄養摂取を断たれたガンは縮小、またはそのまま固まってしまうのだそうです。2種類のワクチンがありますが、これは濃度が違うだけで内容は同じです。Aを皮下注射したら、次の日休み、その次の日はBを注射して、また次の日休み…という繰り返しです。体内にコラーゲンが増えるので、シワがなくなったり、シミが消えたり、黒髪が生えてくる人までいるそうです!!素晴らしい。ガンが治って、若返るなんて凄すぎます。明日は輸血、温熱療法、そして丸山ワクチンと忙しくなりそうですが、ママにはがんばってもらいます。※丸山ワクチンが買える、日本医科大学の情報です。〒113-8706東京都文京区千駄木1-1-5日本医科大学付属病院ワクチン療法研究施設電話:03-3822-2131(内線5365)受付日:月・火・木、9:00~11:00(祝祭日、年末年始12/30~1/4、日本医科大学の創立記念日4/15は休み) ■■闘病記・医学blogランキングへ■■ ■■楽天ブログランキング■■
2006/02/20

今日はママの誕生日なんです!でも朝からあまり体調が良くなくて、呼吸が苦しいといって泣いています…せっかくの誕生日なのに。少しでも気分を変えてもらおうとバースディプレゼントをわたしました。ママも私も大好きなレスポのダイアンというバッグです。ママは1つ、私は3つ柄違いで持っていますが、軽くてポケットがたくさんあって使いやすいんです。レスポートサック ダイアン ヴィーナス今回プレゼントした柄は『ヴィーナス』という名前でちょっと派手なのですが、ママはきれいな色が大好きなのでこれにしました。「いつの間に買ってたの?」とママはウルウルしていました。そして「このバッグ、いつまで使えるかな…」なんて悲しいことをいうんです。何言ってるの!ず~~っと使っていくんだよ!昼過ぎ、おじさん(ママの弟)とおばさんがお見舞いに来てくれました。おじさんたちも交えて、ママの誕生日をお祝いしました。みんなに「おめでとう!」と言われて、またママは泣き出してしまいました。今日は悲し涙、嬉し涙がごちゃまぜの日。夜、泣き過ぎたママの目はお岩さんのように腫れてしまいました…明日、私は丸山ワクチンをもらいに東京の日本医科大学へ行きます。受付は9時から11時なので、早起きしなくては。おやすみなさい。 ■■闘病記・医学blogランキングへ■■ ■■楽天ブログランキング■■
2006/02/19
今日は朝からママはずっとナーバスな状態でした。何かあると涙ぐんでしまうのです。ここのところ下腹が痛いらしく、微熱もあり体がだるいと言っています。下腹の痛みはデュロテップの副作用である便秘を避けるため、便秘薬を数種類飲んでいるせいではないかと思います。無理矢理下痢状態にして便を出すのですから、腹も痛くなります。でも体力があまりないので固い便を息んで出すのは辛いので、便秘薬を飲んでいるのです。せっかくガンの痛みは抑えられていても、他の痛みがまたママを苦しめているので、どうしたらよいかわかりません。 ■■闘病記・医学blogランキングへ■■ ■■楽天ブログランキング■■
2006/02/18
先日ママは仰向けで長時間寝ていることができず、断念した温熱療法ですが、今日は電極を動かせる新型の機械が空いたので、再チャレンジ!寝ている時も横向きでいることが多いので(仰向けだとガンの部分が痛いらしい)今回は大丈夫なはず。電極と体の間に水枕のようなもの(電気を流しやすくし、肌触りを良くするためと思われます)をお腹と背中にはさみ、固定します。そしてスイッチオン。だんだん暖かくなってきて、5分もするとママは頭や体から汗が吹き出てきました。「大丈夫?熱い?」と聞くと、「サウナか岩盤浴の時みたいだよ」と言いました。治療中は家族のものと看護婦さんが足をマッサージします。ドリッピングというらしいのですが、電気を放電するアースの役目があるのと、患者の心理的安心のためにやるのだそうです。ママは昔から熱さには強い人なので、初回でしたが、30分以上やることができました。熱さに弱い人だと我慢できないらしいです。先生も治療中、様子を見に来てくれて、「おぉ、今日は頑張ってるね。前回は5分ももたなかったから、大丈夫かと思っていたけど、よかったね。」と言ってくれました。治療が終わって診察になり、先生は「前回来た時と比べると顔色も良くなっているし、治療もがんばれそうでよかったね」と元気づけてくれました。ママもとてもうれしそうでした。そして先生は「免疫療法もいいけれど、お金もかかるし時間もかかるので、丸山ワクチンを試してみてはどうですか?」と言いました。丸山ワクチン!もちろん名前は知っています。でも周りにやっている人がいなくて、どうやって入手したらいいか、どうやって使えばいいのかわからなかったのです。この医院では丸山ワクチンを日本医科大学でもらってくれば、ワクチンを使った治療をしてくれるということなのです。でもそのためには1度は本人か家族が東京の日本医科大学へ行って、病状がかかれた診断書を提出し、2時間の説明を受けて、ワクチンをもらってこなければならないとのことでした。早速家に戻って、丸山ワクチンをインターネットで検索してみました。丸山ワクチン・オフィシャルサイトこのHPに丸山ワクチンの入手法や、特長、質問コーナーなどがありました。早速、治験承諾書とSSM治験登録書という必要書類をダウンロードしてみました。明日、温熱療法を受けている病院へ書類を持って行き、先生に必要事項を記入してもらう予定です。温熱療法と丸山ワクチンママも新しい治療法が見つかって、うれしそうです。 ■■闘病記・医学blogランキングへ■■ ■■楽天ブログランキング■■
2006/02/15
先週病院へ行った時、赤血球やヘモグロビンが少ないということだったので、今日ママは輸血をしに病院へ行きました。ここ数日は顔色も悪く、明らかに血が足りない感じでした。もともと顔色が良い人なので、逆にとても良くわかるのです。いつもは1パックの輸血なのですが、今日は2パック輸血をしました。時間もそれだけ多くかかります。4時間以上…いつものリクライニング椅子では辛いというので、横になって輸血をしてもらいました。同時にレントゲンもとりましたが、ステント(胃の中に通してある器具)は異常がなく、きちんと通っているということでした。でも今朝も昨晩も、食べたものを吐いてしまっています…せっかく食べても吐いてしまっては、栄養面が心配です。2パックの輸血が効いて来たのか、帰るころには血色もよくなってきました。ひとまず安心です。先日話を聞いてきた温熱療法をやっている病院から電話がかかってきて、予約キャンセルが出たとのこと。明日、急きょやれることになりました。また新しい挑戦です! ■■闘病記・医学blogランキングへ■■ ■■楽天ブログランキング■■
2006/02/14
昨日の夜も突然吐いてしまいました。嘔吐物がいつもと少し違うにおいがしました。やっぱり肉を食べるとにおいがきつくなるのかなぁ。ここ数日気になることがあります。足首から下が少しむくんでいるのです。今日は念入りに足のマッサージやびわ温灸をやりましたが、ちょっと心配です。今飲んでいる薬で副作用に『むくみ』ってあったかなぁ????鎮痛剤や便秘薬を飲んでいて、足のむくみがある方はいらっしゃいますか? ■■闘病記・医学blogランキングへ■■ ■■楽天ブログランキング■■
2006/02/10
今日は前々から行こうと思っていた、温熱療法を行っている病院へ家族3人で行ってきました。昨晩からお腹が痛いといっていたので、ちょっと心配…この痛みはどうも便秘だけではなさそうです。温熱療法をやっている病院はもともとは整形外科であり、しかもそこに泌尿器科の先生が間借り?をして泌尿器科のクリニックを開いているという変わり種のところです。でもそこにはハイパーサーミアができる『サーモトロン』というがん温熱治療機器があるのです。はちや整形外科病院 温熱療法のページ先生はちょっとユニークな、そして人情味のある方でした。温熱療法は話題にはのぼる割には、本格的に治療ができる医院は少なく、このクリニックにも遠くからも来る人が絶えないそうです。「来る方が多すぎて、9時から5時まで器械をフル活動させても、治療がやりきれなくなってきたので、今年から泌尿器以外のガンの方は断ることにしたのですよ」と先生。「でも、直接こうやっていらっしゃった方を門前払いにはできないですよね~」と言って、快くママの治療を受け入れてくださいました。温熱療法、とにかくやってみましょう!といわれ、ママもやる決心がついたようです。たまたまキャンセルが出て、今からできるということだったので、さっそく温熱療法をやってみることにしました。ところが…温熱療法は上を向いて45分ぐらい寝た状態で電極を腹と背側から当てるのですが、ママは今、上を向いて長時間寝ていることができないのです!!今回も5分ぐらいでギブアップとなってしまいました…ママは「こんな簡単なこともできない…」とまた泣きべそ。ただ、もう一台の器械は横向きに寝ていてもできるとのことでしたので、次回はそちらでやることになりました。今週、来週はもう予約がいっぱいだったので、次は2/21となりました。あとはキャンセル待ちで、もし空いたら電話をくれるそうです。温熱療法は1クール3回分は保険が効くそうですが、それ以降は1回1万円だということでした。どうかママの体にあう治療法でありますように。 ■■闘病記・医学blogランキングへ■■ ■■楽天ブログランキング■■
2006/02/09

焼肉屋に行きました。ママも5切れほどお肉を食べ、クッパ(雑炊)を少し食べました。「おいしかった」とママ。よかった、よかった。久しぶりの焼肉だもんね。完食~しかし…家に戻って来て、全部吐いてしまいました。やはりお肉は消化が悪いようです…。残念。 ■■闘病記・医学blogランキングへ■■ ■■楽天ブログランキング■■
2006/02/07
退院してから初めての採血のため、病院へ行きました。でも昨日から「便が腸の中にたまってるみたいで、お腹が痛い」と言っています…病院からもらってきている便秘薬は飲んでいるのですが、やはりすっきりとは便がでません。もっと肛門の方で便が詰まっているのなら、浣腸もできますが、そうでもないらしいのです。病院でのママは青菜に塩状態。シュンとなって、元気がありません。そればかりか一目もはばからず、ポロポロ泣いています!びっくりして聞いてみると「訳がわからないけど泣けてくる」と言うのです。病院へ来ても、何のために来ているかわからない。治療のためでもないし…来てもよくなったことなんて一度もないというのです。家ではこんなに落ち込まないのですが、病院へ来ると反射的にうつ症状がでてくるみたいです。血液検査の結果はやはり赤血球、ヘモグロビンが少ないので来週輸血となりました。もうママの体の半分ぐらいは他の人の血かなぁ。とりあえず液状の便秘薬が新しく出ました。今日の薬代は13000円以上!今までは2000円とかそんなものだったのに…たぶんデュロテップパッチが高いのだと思います。家に向かう車のなかでは徐々に元気を取り戻してきました。化粧もしているし、ちゃんとした服も着ているので、「今夜は外食する?」と聞くとなんと焼肉が食べたい!というのです。どれだけ食べれるかわからないけれど、ちょっとだけでもいいから食べたいと。久しぶりに焼肉屋に行ってきます。 ■■闘病記・医学blogランキングへ■■ ■■楽天ブログランキング■■
2006/02/07
帰って来てからオプソ(液状のモルヒネ)を飲んだのは一度だけ。比較的傷みは抑えられていてホッとしています。吐いたのも一度だけなので、家での生活は順調です。デュロテップパッチは7.5mgを1日おきに張り替えています。デュロテップももちろん麻薬なので、貼り終わった後の残骸も病院に持って行かなくてはいけません。何でも麻薬法に基づいているのだそうです~だからモルヒネ系の薬やフェンタニールなど麻薬系の薬を処方している時は海外旅行に行く時も申請をしなくてはいけません。なんかそれを聞くとやっぱりすごい薬なんだなぁ。。。と思います。ご飯はたくさんは食べられないので、おかゆを中心に何度かにわけつつ食べてます。まだ家からは出ていませんが、体力をつけるため、家の階段の上り下りを1日3回ぐらい心掛けてやっているようです。最初は四つん這いしか上れなかったのが、最近は手すりに手をかけるぐらいで上り下りしています。今週中には免疫療法&温熱療法をやっている病院にいく予定。さぁ、また一週間がんばるぞ。 ■■闘病記・医学blogランキングへ■■ ■■楽天ブログランキング■■
2006/02/05
今日は節分。おじさんが恵方巻きを買ってきてくれたので、ちゃんと南南東に向いて願いを込めて食べましたよ~豆撒きもしました。鬼は外、福は内!みなさんはどうですか?今日はパニックもなく、痛みも比較的なくて穏やかな日でした。良かった(^.^)金スマ、今日は大竹しのぶさん特集でしたね。最初の旦那さんはガンで亡くなられたとのこと。余命1年と言われたけれど、3年頑張られたそうです。ガンの話題だったので、ママにはリアルすぎていやかな?と思い、「チャンネル変えようか?」と聞いてみましたが、これでいいと言うので、そのまま一緒に見ました。しのぶさんの旦那さんは母と同じ胃ガンだったんですね…話題がリアル過ぎて人事には思えませんでした。当時はガン告知が一般的ではなかったので、事実を知っていたのは、しのぶさんと旦那さんのお姉さんだけだったらしいです。一緒にいたくても、当時売れっ子だったしのぶさんは仕事を休むことができなかった…それを聞くとママとたくさん居られる私は恵まれているなと思いました。でもしのぶさん、本当に良く耐え忍んだんだね…彼女がすごく大人に見えました。 ■■闘病記・医学blogランキングへ■■ ■■楽天ブログランキング■■
2006/02/03
午後退院手続きということで、午前中は家の掃除や整理整頓をしていると、ママから電話です。「今どこにいるの?またおかしくなってきたから早く来て」えっ!今日退院できるというのにまたパニック????とにかく急いで病院へ駆け付けると「昨晩は眠れなかった」というママ。話を聞いてみると同室の患者さんが、昨日先生との話し合いで、「この病院ではもうやれることがない、他の病院へ行ってほしい」と言われたらしいのです。この患者さんはもういろんな病院を渡り歩いて来て、うちの病院に手術ができる良い医者がいると紹介を受けて、藁をもすがる思いで来たというのに、またここでも見捨てられてしまったんだそうです。その話を目の当たりに聞いていたら、自分とダブッていろいろな事を考えてしまい、恐怖で眠れなくなったとのこと。とにかく退院手続きをとって、家に戻ってきました。家に戻って来たというのに、またパニックの症状が出て来てしまったのです。「私が何だかわからない」「怖いから死んでしまいたい」「不安で不安でたまらない」そんな言葉を言いながら、泣きじゃくります。しばらく話をしているうちにパニックは収まりましたが、また今後もこんな症状が出たら、どうしたらいいのでしょう?軽い精神安定剤はもらってきましたが、心療内科とかに連れて行った方がいいのでしょうか?同じような症状になった方、そういう患者さんの家族の方、どうしたら良いか教えて下さい。 ■■闘病記・医学blogランキングへ■■ ■■楽天ブログランキング■■
2006/02/02
朝、ママにメールを送りましたが、しばらく返事なし。しばらくして電話があり、「便は浣腸のおかげで出たよ。昨日は動き過ぎて疲れたのか、今日は11時ぐらいまで寝てしまったの。」とのこと。でもその後が問題で、「でも起きたら、また不安になって胸が苦しくなって、発作がでそうになってるから、早く来て」とまた不安なことを言うではありませんか。慌てて支度をして病院に向かうと、途中で「となりの人と話していたら、発作がおさまった」と電話!人騒がせだなぁ。。。。病院に着くと、ちょうどママは胃カメラ検査から帰って来たところでした。胃カメラは前日夜から絶食になるので、普通はカメラの不快感から吐き気を催しても、何もでてこないはずなのですが、ママの場合、また内容物をすごく吐いたのだそうです。それってつまってるってこと?でも先生は「ステントのところは何も詰まっていなくて、水を通してもちゃんと通り抜けましたよ」と言います。じゃあ、なぜ食べ物がこんなにたまってる?その理由は、胃は本来すごく動いて消化するのだけれど、ママの胃はあまり動いていないので、食べ物がなかなか小腸の方にいかないからだそうです。先生ははっきりとは言わなかったけれど、たぶんママの胃の周りのリンパ節にはガンの固まりがあるので、それが胃の動きを封じ込めてしまっているのでしょう。「ステントはちゃんと通っているので、なるべく食べた後は横にならないで、座っているか立ったり、歩いたりして食べ物を重力で下に落としこむようにしてください。」と言われました。また「横になるなら、右側を下にして寝るようにしてください」とも。そうすると、スムーズに小腸に食べ物が落ちて行くということでした。明日退院できるのか心配でしたが、とりあえずOKのようです。夜、ママから電話があって、「また胃のあたりが痛くなってきたから、オプソ飲んだよ。胃カメラで胃をいじくったからかなぁ。。。」と言いました。また心配なことを言う! ■■闘病記・医学blogランキングへ■■ ■■楽天ブログランキング■■
2006/02/01
胸が苦しい…とまたパニック障害のような症状が出たママでしたが、薬も切れるし、便も4日出ていないということで、1泊外泊を終え、病院に戻ることにしました。病院へ着くと、顔なじみの看護婦さんたちが暖かく迎えてくれました。そのおかげでママも元気が出て来たようです。本当にありがたいです。看護婦さんたちありがとう!!看護婦さんは「旦那さんと娘さんがいないとダメなんだねぇ~でも病院では私たちがいるから大丈夫よ。病院では私たちが旦那さんと娘さんだよ」といってくださり、「私が旦那さん!」「私が娘さん!」とユーモアを交えて励ましてくれました。しばらくすると担当の先生も来て、「やっぱり家に帰った方が元気がでるでしょう!明日胃カメラだけとって、大丈夫だったら、退院したらどう?吐き気は吐き気止めを出しておくから」という言葉。それを聞いて、ママもまたすぐ帰れる!と思ったのか、とてもうれしそうでした。家を出る時は「一人でいれないから、一晩どちらか病室にいてもらうかも…」なんて弱気なことを言っていたママでしたが、もう大丈夫そうです。パパも私も安心して帰ってきました。とにかく今は家で過ごす時間をたくさんとってあげたい…そう思っています。 ■■闘病記・医学blogランキングへ■■ ■■楽天ブログランキング■■
2006/01/31
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