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仲良しの友達のお父さんが亡くなられた。
その日は、彼女のお誘いで友人3人でコンサートに出かけていた。
待ち合わせた時から
『前日から眩暈を訴えて、食事もせず休んでいた』と話していた彼女。
彼女は、一緒にいる間、ずっとお父さんのことが気になっていたと思う。
もしかしたら、朝声をかけずに出てきた事を、後悔ていしたかもしれない。
お母様に先立たれてから、一人でお隣に住まわれていたけれど、
一昨年、少し体調を崩されて以降
常に病気を意識して、暮らすようになっておられた。
とは言え、最近では取り立てて大きな病気をされることもなく。
お元気と聞いていたのに…
コンサートが終わって帰宅して、お父さんが倒れているのを発見した時、
ホントにびっくりしたと思う。
でも、一昨年症状が出てからと言うもの、
彼女は娘として、精一杯のお世話をされていた。
最後を看取ってあげられなかったのは、心残りだと思うけど
お父さんに、家族として楽しい思いをさせてあげられた事。
お父さんはきっと喜んでおられたと思うよ。
人の老いかたも其々なら、
介護する家族の形態も様々だと、つくづく思います。
私自身、舅、実母、姑と、3人の看取りをしてきたけれど
3人3様だったし、その時の私自身も同じではなかった気がする。
長く患って痛みと戦った義父。
余命宣告の何倍も生き、家族みんなに見送られて逝った義母。
意識障害の発作のため、辛さを感じず逝けた実母。
どんな、最後が幸せなのか、分からないし、
望んでも叶わない、選べない自分の逝き方。
だからこそ、生きるときは
精一杯自分らしく、自分のために、自分の生き方をしたいと思う。