As’s HOLE ~ぼくのプレミアライフ~

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2006.06.24
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カテゴリ: 2006 Germany
ワールドカップのグループF最終戦。日本対ブラジル。
2点差以上の勝利が最低条件であり、なおかつ同時刻のクロアチア対オーストラリアの結果次第と言う極めて厳しい状況のなかで行われた。
結果はご存知のように1対4の敗戦。
グループ最下位となり予選敗退が決まった。

さて、ぼくがいつもチェックしている某携帯サッカーサイトに、
「ブラジル戦の日本に一言」のようなコーナーが設けられてあった。
色んな人達が色んなコメントを投稿していたが、
それらを読んでいくと以下のように分類された。

1・世界との差を痛感する敗戦

3・おそらくは2に対する反対意見を含むであろう、前を見据える激励

色んな人達がいるのだから色んなコメントがあるのは当たり前であり、
それに対してどうこう言うつもりはあまりない。
でも何か言わないとわざわざ箇条書きで挙げた理由もなくなるので言うことにする。

まず1である。
おそらくこの内容のコメントを出した人達は、まだサッカーの造詣に深くない人達ではないかと思う。
ブラジルの凄さは全世界のサッカーファンに知られているところであり、
今大会ダントツの優勝候補である。
「カルテット・マジコ」をどの国がどう止めるのかが最大の関心事と言っても大袈裟ではない。
しかしサッカーをあまり知らない人達からすると、
ブラジルが強いのは分かっていても、どこがどう強いのかはあまり知らないだろうし、

10回やって1回勝てるかどうかの相手だが、その1回が今回かも、
なんていう、いわば根拠の無い淡い期待も含まれていた。
これらの人達について批判しているのではない。
ぼくもサッカー覚えたての頃はこうだった。
応援する全てのクラブ・国において根拠の無い自信が頭のほとんどを覆い尽くしていた。

だからこの人達に言いたいのは、
「これで世界のサッカーが少し分かった。
 これからもサッカーを見続け、サッカーを好きになってほしい。
 そして、メディアの根拠の無い扇動に乗らず自分の意見が作れるようになってほしい。」
ということである。


次に2と3である。
これはワンセットと考えたほうがいいと思う。
なぜなら対照的な意見であり、どちらも間違っていないからだ。

まず2についてだが、詳しく書くと、
「大会前からコメントを発することで勝利に対する姿勢を見せていたヒデと、
 あまりにも直球すぎるコメントだったために敵対心を感じた周囲」
「その勝利への執着心をピッチで限界まで見せ付けたヒデと、
 それが偶然か必然か、見せれなかった周囲」
とこのようになる。
これについては別の面で思ったことがあるので、それについては次回書くとする(必ず)。
そして3は、
「終わったことを批判しても仕方ないよ。
 それよりこれからどうするか考えようよ。」
「(批判的な人達に対して)同じ状況に自分が立ったとき、自分なら何か出来るのか?
 そもそも同じ状況に立つことが出来るのか?
 そんな選手を批判することは出来ない。」
というものだった。


日本戦3試合を通して感じたのは、勝ちたい気持ちが全く見えなかったことだ。
例えば個人的にはパスミスが多いように感じたが、
攻めの姿勢が見れるパスであったり、これが通ればチャンスになるリスクの高いパスなど、
何らかの意図が見えるパスなら仕方ないと納得できるのだが、
攻め手が無く単に横へパスしたものをミスしたり、バックパスがあらぬ方へいったりと
訳の分からないパスミスというのがやけに多かった。
またボールホルダーへのチェックやマークの受け渡し等の場面で、
特に後半全く動けていなかった。
これでは本当に選手が勝ちたがっているのか疑問に思うのも不思議ではない。
コメントの批判的な意見を見ても技術以前に気持ちの部分での意見が多かった。
さらにその中で唯一と言っていい、勝ちたい気持ちを見せていたのがヒデだった。
だからこその出来なかった人間への批判があるのは当然であり間違っていない。

一方で、批判してもそこで終わってしまえば批判が意味を成さなくなってしまう。
さらにはもう戻ることはできない。
ならどうすればいいか。
批判を忠告・助言・叱咤激励と捉えて、前へと進んでいくしかない。
今回なぜ勝ち点1しか挙げることが出来なかったのか、
勝ちたい気持ちをファンに伝えることが出来なかったのか、
それらの失敗を糧とし4年後、8年後、その先まで成功を続ける努力をすることで、
初めて今回の批判が意味を成してくるのだ。
つまりはこれも間違っていない意見である。


今回、某サイトのコメントを3つに分類した。
この3つで全コメントの大体90%以上を占めていた。
つまりは、ぼくから見ればそれだけの人が間違っていない意見を持っていることになる。
しかし残念ながら極々少数の人達(そしてメディア)について、同意できない意見があった。
それは
「ありがとう」
というもの。

「ありがとう」
それは何かをしてもらったときに言う感謝の言葉。
今回の日本に何をもらった?何をしてもらった?
悪いけど、日本から感謝するほどのことは何もされていない。
だから3試合を見終えてこの言葉が頭によぎることは微塵もなかった。
もしかして皮肉の言葉だったのだろうか。なら・・・

ぼくも皮肉を込めて日本代表にこの言葉を贈る。

「お疲れ様」




さて書き終えたところで、どうやら次期代表監督がオシムになりそうだというニュースが入ってきた。
キャプテン曰く、
「弱かった千葉をJで魅力あるチームにしたのが一番。
 選手の判断が中心になるような練習をしており、
 ジーコの考えを受け継いでやるには最もふさわしい。」
とのこと。
個人的にはオシムはいいと思う。
「選手の判断中心の練習」というのがぼくの記憶と少し食い違うが、
記憶が間違っていなければ、オシムの練習はとにかく走らせることで有名だったように思う。
ならば今の日本にピッタリの選択だと思う。

ただキャプテンの考える「ジーコの考えを受け継ぐ」のだけはやめてほしい。
今回分かったように、「自由」を与えられた日本が出した結果を見れば一目瞭然である。
ある程度の「自由」は必要だが、「自由」が全てではない。
まぁオシムのことである。
そのあたりは良く分かっているはずだ。
「オシムの言葉」でぼく達を盛り上げ、選手を奮い立たせ、メディアを盛り上げてくれるだろう。
ただしそうなるとメディアの載せるオシムの言葉の裏を、今まで以上に読む必要が出てくるのだが。



ほな、また。





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Last updated  2006.06.25 01:49:16
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