昨日、日記の最後に "I Go to Pieces" のことを、「どんな経緯でピーターとゴードンがこれをカバーすることになったかはわかりませんけど、・・・」と書いたんですが、寝る前に、はたと思いついて、RHINO(ライノ) のベスト盤 "the best of peter & gordon" のライナーノーツをもう一度読み返してみたんですよ。 そしたら、何と!・・・というか、やっぱり出てました。 買った直後には読んでいたはずなんですけど、すっかり忘れていました。何しろ20年近く前のことですから・・・。 このライナーは、最初のページで彼らのヒット曲と活動の概要が解説されていて、そのページの後半からは、ピーター・アッシャーにインタビューするという形式で、構成されています。 しかも、インタビューは延々7ぺ-ジに渡って繰り広げられ、大変興味深い内容の質問がいくつもあるではないですか。途中珍しい写真も何枚何枚もあるし、やはりこれは持っている価値があるなあと、つくづく思いましたよ。
さて、とりあえずその懸案事項、"I Go to Pieces" をカバーするようになったいきさつですが、これが実に興味深い。インタビューの中頃で語られています。 インタビュアー (Parke Puterbaugh氏) はこう切り出します。
で、上のピーターの話の中の「ちょうど『愛なき世界』の時と同じ状況だね」は、やっぱり気になりますか? レノン・マッカートニーに詳しい方や、察しの良い皆さんにはどういうことかお分かりと思いますが、ポールが作った "A World Without Love(愛なき世界)" も、確かに同じような経緯でピーターとゴードンが歌うことになったのです。そのことは、インタビューのかなりはじめの方で語られています。
最初は、ゴードンとの出会いや、初めて人前で演奏した時のことを聴いていますが、次に「やっぱり」という感じで、僕らが知りたいことを質問をしています。 「ビートルズによってレコーディングされなかった "A World Without Love(愛なき世界)" が、どのようにしてあなた方の手に落ちたのですか」 これに対しては、ピーターは随分詳しく説明していますが、概略はこんな感じです。
「・・・ある時、ポールが "A World Without Love(愛なき世界)" を演奏した。この時点ではまだサビが無くて、1番と2番だけだった。ポールが言うには、ビリー J クレーマーのために書いたんだけど、彼は気に入らなかった。ビートルズも自分達向きじゃないということで、やりたがらなかったということだった。で、僕らがこの歌のEMI向けデモを作ってから、ポールにサビを書いてくれるようせがんだって言うわけ。この成功を受けて、彼はほかにも何曲か僕らのために書いてくれたのさ」
レノン・マッカートニーが書いた曲で、自分たちが歌わずに他人に歌わせたものは、どのくらいあるでしょうか。数えたことがないのでわかりませんが、20曲ぐらいでしょうかねえ。 以前にも何度か書きましたけど、結構良い曲ありますよ。 特に、ビリー J クレーマー with the ダコタスの2曲、"Bad to Me" と "From a Window" は、いつ聴いてもいいですよね。 もちろん、『愛なき世界』も名曲と言えると思います。はい。