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2016.09.02
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カテゴリ: 60年代英国音楽

My Bonnie” by Tony Sheridan & The Beatles 1961

8月27日の “穴沢ジョージの Good Old Music” は、ブライアン・エプスタインの命日に当たったので、後半で特集をしました。お届けした曲は次の11曲でした。

 1 . 第三の男   ( アントン・カラス )   . ミラグレ   ( ナナ・カイミ&ドリヴァル・カイミ )   . You Keep Me Hanging on  (ヴァニラ・ファッジ) . 悲しみのジャットプレーン (ピーター、ポール&マリー) . My Bonnie   ( Tony Sheridan & The Beatles . Don’t Let the Sun Catch You Crying   ( ジェリーとペースメーカーズ . Bad to Me8. From a Window (以上、ビリー J クレーマーとダコタス)  9. Hello Little Girl  10. I’m in Love  (以上、The Fourmost)   11. Is It Love (Cilla Black)

1.~4 . がリクエスト曲。1.スナック純の金城さん。今回かけましたよ。2.小禄の新垣さん。ブラジル音楽珠玉の名品ですね。3.糸満ろまんさん。ティム・ボガードの誕生日ということで。4.ウィンカー出そうねさん。PPMの美しいハーモニーで聴くと、悲しみは倍加します。

. ~11.は、穴沢選曲によるブライアン・エプスタイン特集。特に、7.~10.は、レノン・マッカートニー作品。この4曲は大好きです。特に8.や10.をなぜビートルズが手放したのか、謎ですよね。

以上、お聴きいただきありがとうございました。

     **********

 1967年に32歳で亡くなったブライアン・エプスタイン だが、 初めてビートルズのマネジメントをすることになったのが、62年の1月というのだから驚く。その時まだ、27歳の若さだった。5年後に自分が亡くなることなんて、想像もしなかっただろうなあ。

 ブライアン・エプスタインが初めて聴いた My Bonnie” は衝撃的だっただろうなあ。それからたった5年で、ビートルズもポップミュージック・シーンも大きく変わってしまった。その変化はあまりにも大きかったので、もしかすると、そのことと彼の死は無関係ではなかったのかもしれない。

 僕らはその時代、ちょうど中学生の後半から高校卒業ぐらいまでに相当したので、全く時代の波に乗ったまま、変化もすんなり受け入れていたわけで、ビートルズのやっていることや音楽シーンの目まぐるしい変化も、むしろエキサイティングで楽しい驚きの連続でもあったのだ。

 マネージャーの仕事がどんなものか、あまりよく理解できていないけれど、まあ要するにこの場合、ビートルズを世に送り出す仕事をしたということだろう。ビートルズ以外にも、ジェリーとペースメーカーズ、ビリー J クレーマーとダコタス、シラ・ブラックなども同時期に売り出したのだから、大したもんだなあ。などと、いろいろ感心してしまう。けれど、たった32歳で人生の幕を閉じるのは、早すぎるよなあ。

 夭折する詩人や天才ミュージシャンみたいに、中身の濃い人生だったということなのか。その辺、微妙だなあ。

 『マイ・ボニー』を僕らが初めて聴いたのは、64年にアメリカ経由でビートルズが日本に上陸してからで、トニー・シェリダンやハンブルク時代のことなんかもその時初めて知ったんですよね。『いい娘(こ)じゃないか』もこの時ね。

『マイ・ボニー』
『いい娘(こ)じゃないか』






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Last updated  2016.09.02 02:02:57
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Re:ブライアン・エプスタイン(09/02)  
兄さん こんにちは 傷の具合はいかがでしょうか?お大事に。

さて、マイ・ボニーですが、62年か3年ごろだったと思うんですが、飯田久彦が日本語でカバーしてたのをテレビで見たことがあります。バックコーラスが「クールキャッツ」とかいったような。何せ昔のことですので、名前間違ってるかもしれません。
で、トニーシェリダンのマイボニー聞いたときに、日本で一番最初にビートルズのコピー(というか真似)したのは「クールキャッツ」だったなぁと思ったものでした。 (2016.09.02 23:46:25)

Re[1]:ブライアン・エプスタイン(09/02)  
To 五黄の寅1950さん
>兄さん こんにちは 傷の具合はいかがでしょうか?お大事に。・・・
-----
ありがとうございます。ほとんど治って、痛みもほぼなくなりました。ご心配おかけしました。
マイボニーですね。日本語バージョン覚えてますよ。これについては以前、ちょっと考えたことがありました。(笑)
漣健児先生の訳詞による、飯田久彦とスリーファンキーズのカヴァーがあって、今ではどちらも CD で音源持ってます。レコードは1963年発売です。
その時のタイトルが『恋人は海の彼方に』で、タイトルにも歌詞のどこにも「マイボニー」が出てきません。
だから、漣先生はトニーシェリダンのを聴いて訳したのではないかもしれないんです。
元々この歌は合唱曲としても有名で、あのレイ・チャールズも1959年に "What'd I Say" のアルバムの中で歌っています。
で、ややこしいことにクールキャッツは、ビートルズの歌漣先生の訳で何曲か歌ってましたもんね。
『恋人は海の彼方に』は、時期が偶然ビートルズの流行る直前だったということだったかもしれないですね。 (2016.09.04 00:33:14)

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