四方山話に夜が更ける
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1
その夢の中で、私は巨大な迷路の中にいた。 そそり立つ生垣に囲まれた周辺を照らす明かりは、 暗く深く青黒い大空にぽっかりと浮かんだまんまるい月の明かりだけだ。 両手を広げた程度の幅しかない迷路の通路にいる私の足元にまで 月明りは十分な光を照らすことはない。 前に進むには、暗闇に目が慣れるのを待つしかない。 迷宮の通路の片隅に腰をおろし、膝を抱えてそのときを待った。 不安でさびしくて先の見えない迷宮の生垣は、ただ音もなく 私の目の前にたちはだかっていた。 私はなぜこの迷宮に迷い込んでしまったのか、 ここにいることにいったいなんの意味があるのか、 先へ進む勇気を奮い立たせる力を、この私が持ち合わせているか、 そんなことを私は考えて何度も何度も迷宮を彷徨う自分の姿を思った。 暗闇に浮かぶ月の前を一筋の雲が通り過ぎ、その輝きを一瞬だけ奪い、 雲が行き、ふたたび月明りがあたりを照らしたとき、私はゆっくりと 立ち上がった。 私は歩き出した。 ながいながい通路を私は歩き続ける。 方向によって、空に浮かぶ月のあかりが通路を先まで照らす場所もあった。 けれど角をまがるとその明るさは一瞬にして消える。 生垣は生きているように、意志があるように、そしてうねるように通路に せり出して道を行く私にせまってきた。それでも狭い通路を進んだ。 不安な気持ちが私を襲う。 角を曲がると月明りが延々と続くながい通路を照らし出した。 私の中の不安な気持ちをおさえきれず、私は先の知れない長い通路を 走り出した。 きみは、ぼくがきみのことをどれだけ好きか、知らない そんな言葉が私の後ろでおおきく膨らんで迫ってくる。 私は後ろを振り向かないようにしてながいながい通路を走り続けた。 足をとられて転んでは立ち上がった。 生垣から飛び出した小枝をかき分ける手が傷つき、 時折り大振りの枝が頬にあたり、痛みを感じることもあった。 ふたたび雲が月を覆い、あたりから光を奪った。 それでも私は両手で暗闇をかき分けながら、先へ先へと 進み続けた。 そして生垣につっこんで跳ね返ると同時に大きく尻餅をついた。 きみは、ぼくがきみのことをどれだけ好きか、知らない。 いったい何なのだ。 私はなぜこの迷宮の中で疾走しなければならないのか。 私はなぜこの言葉に追われるように迷い続けているのか。 私は少しずつ疲弊して、私は少しずつあきらめ始めていた。 ここで歩き続ける意味などありはしないのだ。いや、もしかしたら この迷宮自体になにも意味などありはしないし、私を不安に陥れる言葉さえ、 怖れるほどの力を持っていることもないのかもしれない。 涙がこぼれた。 それでも私は歩き続けることをやめなかった。 いまはただゴールをめざし、この迷宮を通り抜け、いつもの安らぎの場所に 戻りたかった。 何度も何度も角を曲がり、迷いながら私は歩き続けた。 疲れると、私は膝を抱えて迷宮の通路の片隅で休んだ。 その時だけ、思い悩むことをやめて大好きなことを考えた。 暖かいベッドとやわらかい肌に包まれる安らかな時間を思って まどろんだ。 じっとしていると身体が冷える。 目を覚ました私は再び歩き始める。 そんなことを何度繰り返しただろうか。 ふと角を曲がると、私はぽっかりと光の灯った出口を見つけた。 私はもう走り出したりはしなかった。 穏やかな気持ちで、ゆっくりと出口に向かって歩き出した。 もうその言葉が私を追ってくることはなかった。 ふとポケットの中にくしゃくしゃになった紙切れがあるのに気がついた。 私はそれを取り出して、その言葉を書き記した。そしてきれいに折りたたんで もう一度ポケットの中にしまった。もうその言葉を怖れることはない。 ただ忘れずにいたかった。私はちいさな紙切れをポケットの上から ポンポンと叩いて存在を確かめた。 出口を出ると、もう不安もなぜ私がこの迷宮の中を彷徨っていたのかも、 はっきりとわかった。 それは・・・ 刺激 だったのだ。 この迷宮の中に隠された秘密、この迷宮の意味するものはそれだった。 それを私に伝えるためにこの迷宮は存在した。 それがわかったら、不安が消えた。 私は巨大な迷路を後にして、丘の上の私の場所に向かって歩き出した。 家に着いて自分の部屋に入ると、灯りもつけずに、私は窓辺に向かった。 重い木枠の窓に手をかけて外側に大きく窓を開け広げた。 冷たい風が私の頬を抜けた。 あの巨大迷路が見渡せる。 まあるい月に照らされた巨大な迷路がそこに横たわっていてた。 深い緑の生垣の中に黒い線がいくつも描かれていた。 私が迷って彷徨っていた場所だ。 けれど今ここから見ると、それは美しいみどりのじゅうたんのようだった。 もう怖くない。 私はその美しい迷宮の中で、それを見つけ出したのだから。 私はベッドの中にもぐりこんだ。 今日は穏やかな気持ちで眠れそうだ。 私はいつもの自分の部屋で目を覚ました。 ベッドとチーク材のパソコンデスクの上にパソコンがひとつ。 私はベッドに横たわったまま、ふとんから足をにょっきりと突き出した。 股下76センチ。つま先を伸ばせばもうすこし長そうだ。 ペールオレンジのネイルカラーで塗られたつま先をカーテンにかけて引いた。 部屋の中に光が差し込んだ。 今度はふとんから両方の足と手をにょっきりと出して大きく伸びをして、 枕元に転がっている sleeping beauty という名のメラトニンの錠剤が 入った缶を指先でこつんとはじいてから、ゆっくりとベッドから起き上がった。 今日も生姜いりの紅茶とバナナで一日が始まる。 長い冒険の夢は私を少しだけ強くしてくれた。
October 28, 2010
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