「佐緒里さん、お見合いはどうでした?」
月曜日、会うなり山口綾乃が訊いてきた。 同じ受付で働く仲間だ。
29歳で私と一番歳が近くて仲がいい。 今回のお見合いのことも、
知っているのは彼女だけだ。
「ふぅー。 私が生姜焼き定食で相手が天ぷらご膳の松。」
「えー、佐緒里さん、生姜焼き定食頼んだの? お見合いで?」
「ちょっ! 声、大きいよ。 頼んでないってば・・・」
「だって、今、私が生姜焼き定食で相手が天ぷらご膳って・・・」
「だから、価値観の話だってば。 相手は私のゲスト用トークが楽しかった
んだって。 私は仕事の続きかと思ったよ。」
「そうなんですかぁ。 初お見合い、撃沈ですか。」
「やーね、変な言い方しないでよ・・・」
その時、控え室に入って来た主任が私たちのほうをチラリと見て、
咳払いをした。 私たちの控え室は8畳ほどの部屋で、ゲストハウスの
隣にある。 いすとテーブル、キッチンに電子レンジに冷蔵庫・・・。
お客様へのお茶の用意をするのもこの部屋だ。 今日は海外からの
お客様と、本社の営業本部長たちのランチがある。 受付業務以外にも
エプロンをかけてするような仕事もあるのだ。
「真山さんと山口さんは、今日はゲストハウスの仕事、お願いします。
インドからのお客様は午前中の工場見学を終わった後はランチだから。
ゲストと担当者を合わせて14人。 問題ないと思うけど、今日カレーを
頼んだのはいつもの店じゃなくて、専門店ののケータリングだから、
あとで、時間の確認をお願いね。 それから、本部長たちのランチは
いつもの松花堂弁当ね。」
「はい。」
最近はアジアからのゲストも多い。 宗教上の理由からお出しする
食べ物には気を遣う。 いつものカレーランチミーティングの時に出すの
とは訳が違う。 ベジタリアンのお客様の時は大変なのだ。 ランチの
時間をずらしてくるゲストもいるが、工場見学ともなればそんな短い時間
ではすまない。 今日は、横浜市内にあるインド料理の店からカレーが
運ばれてくる。 インドのコミュニティーは絆が強い。 ベジタリアンだ
というと、快くケータリングを引き受けてくれた。
ランチの準備を進めていると、主任があわただしく部屋にに入って来た。
「ねぇ、今日の本部長のランチキャンセル。 午前中の予定がおして、
ランチには間に合わないって。 お茶菓子用意しなくっちゃ。 ね、真山さん、
ちょっと買ってきて欲しいの。 6人分。」
「はい。 分かりました。」
私は急いでエプロンを外して外出のしたくをした。 駅まで行けば
デパートがある。 今から行けば時間は十分にある。
ここは地元ではないが、もう10年も通っている場所だ。 このデパートには
なじみがある。 けれどデパ地下となれば話は別だ。 主婦でもないし、
デパ地下を歩き回ったことなどほとんどない。 私は食品街の一角に
和菓子の店をみつけ、ショーケースをのぞいて見た。 けれど、あるのは
串だんごやら大福やら、おはぎやら栗饅頭やら、いかにも庶民の茶菓子
といった感じだ。 はたしてこんなものを本部長に出せるだろうか?
ふとみると、隣に小ぶりで品のいい饅頭がある。 これなら、お茶の席で
見たことがある感じだ。 私は選択の余地もなく、小さな饅頭を8個求めた。
ふいの人数変更にあわせて余分に買っておくのが常識だ。
しかし、私の常識など、帰った時点で打ち砕かれた。
主任が菓子を見るなり顔色を変えたのだ。
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