四方山話に夜が更ける

四方山話に夜が更ける

June 17, 2008
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カテゴリ: 恋愛小説

  ある中間試験が終わった日、いつもよりも早く帰ると、祖母の家に莉久と母がいた。

 三歳になった莉久は、琉夏と顔を合わせると、もじもじと恥ずかしがった。母親似の私と

 莉久は、目元の雰囲気がよく似ている。「莉久、元気だった」と頭を撫でながら訊ねる

 と、その手を払いのけ、私顔をじっと見ながら、「るか、げんきか」と訊いてきた。来年は

 幼稚園に入る。父親のいないこの子も、私と同じような質問をされる日が来るのだと

 思う。ただ、違うことは、莉久は父親の顔を知っている。力強い腕で抱き上げられて、

 その腕に抱きしめられたことがある。そんな莉久は、いったい幼い友たちからの忌憚

 ない質問に、いったいどのように答えるのだろう。

 「ねえ、お母さん、莉久と散歩に行ってきていい?」

 「いいけど、そんなに遅くならないでよ。今日はみんなですき焼きよ」

 「分かってる。そんなに遅くはならないから」

 母親らしい顔をして、母親らしい言葉を投げかけてくれているのに、その存在はずい分

 懐かしい記憶の中のもののような感じがした。

  十月になって、残暑から開放された気持ちのいい午後だった。丘の上の公園を抜け、 

 外人墓地の脇の坂を下って元町へでる。十数分の道のりを莉久の手を引いて歩く。

 「るか。りくは、どこへいくの」

 「私のおとうさんのところ」

 「るかのおとうさんはどこにいるの」

 「すてきな場所」

 「ふーん。るかは、りくのおとうさんのおうちもどこにあるか、知ってるのか? すてきな

 場所か?」

 「そうだね、たぶんすてきな場所」

  ドルチェでは店の奥で、いつものように前島がタバコをくわえて座っていた。ラジオから

 は古いポップスが流れている。

 「おう、琉夏、今日は子連れかい」

 「マスター、莉久だよ」

 前島は身を乗り出して、目を細めて莉久を見た。

 「お前が莉久か。ああ、そういわれてみれば目元が琉夏によく似ているな」

 莉久は前島と私を見比べて、不思議そうな顔をしている。

 「莉久、これが琉夏のお父さんだよ」

 そういうと、前島は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの顔に戻って莉久に

 言った。

 「琉夏は私のかわいい娘だ。会ってまだそう経っていないのに大切に思える。子供って

 たぶんそんなものだ。莉久、おまえのとうさんもそうだぞ。きっとお前のことを大切に

 思ってる」

 こんなことを言っても、莉久はまだ小さいからわからんだろうな・・・と言いながら、私に

 向かって前島は笑う。

 「莉久のおとうさんは、りっぱな人だ。おかあさんがそう言っていた。いっしょに住んで

 いなくても、お父さんはりくのお父さんだと言っていた」

 莉久は足を踏ん張って胸を張って立っていた。鼻の穴を広げて拳を握る。

 「ああ、そうだ。一緒に住んでいなくたって、血がつながっていなくたって家族は家族だ」

 前島が大きな手で頭を撫でると、その手を払いのけて目の前にいるひげ面の男を

 しっかりと見つめてうなずいた。

  莉久は私に似ていると思った。私は彼にはどんな未来があるのかと考えながら、自分

 の未来も見えない私が、親子ほども歳の離れた弟の将来を案じていることがなんだか

 可笑しかった。

                                                 つづく






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Last updated  June 17, 2008 10:33:50 AM コメント(2) | コメントを書く
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