PR
Keyword Search
Calendar
Comments
Freepage List

【会津の風景】
この2基の石塔も同じところにありました。「湯殿山」と彫られた石塔と「飯豊山」と彫られた石塔です。また、上の写真の左端に「天」年号が彫られた石塔がありますが、次回ご紹介します。こうした「湯殿山」「飯豊山」と彫られた石塔や石碑は、会津では珍しいものではありません。むしろ、かなり広範囲に数多く分布しています。また、「羽黒山」と彫られた石塔や石碑も会津にあります。
会津の修験道の中には、「子安観音」像を継承してきたところがあります。その「子安観音」像はここでもご紹介しました。そして、現在はお堂が取り壊されてしまっていて、代々修験を継承してきたお宅で他の像と一緒に保管されています。あの多数の像は、何らかの形で保管されるといいなと思っています。あそこまで数多くの像が集められているのは、そう多くはないだろうと思います。
この村は『文禄三年蒲生家高目録』(1594)にも名前が載っている村です。そして、この村も蒲生氏郷の直轄地でした。以前にも書きましたが、蒲生氏郷は朝鮮戦役で肥前名護屋へ行ったり、南部攻略のために出陣していたから、会津で布教することはほとんど出来なかったという内容がネット上に書かれていましたが、蒲生氏郷は宣教師ではありません。宣教師でなければ布教することは出来ませんでした。
バックアップ用のハードディスクが音を立て始めたので、怖いので新しいのを仕入れてきました。後ろのテーブルでデータをコピーしています。ノートパソコンでしているので、長時間の作業はしたくありません。今夜はいまコピーしているフォルダが終わったら、残りは明日、休み休みすることにします。そのため、作業が終わるまではメールを読めません。大変申し訳ご座いませんが、よろしくお願いいたします。会津と東京で、同じようにメーラーを使いたいので、外付けのハードディスクにメールデータを残しています。