逆襲のtransit

逆襲のtransit

2012/10/17
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「…青葉城?」

「恋唄!」

仙台を旅した時に聴いたという曲をYouTubeで探し当て、近所のナオちゃんはドアの外れたドコデモドアのケースに入ったiPhoneを俺に手渡した。
そしてつい今しがたまでカドヤ(仮)を包んでいた土岐麻子のおしゃま空間は木っ端微塵に砕け散り。辺りは如何にも古臭そうな曲名から素直に導き出される最大公約数でもあるかの如き昭和モータリゼーション全盛期の旅情歌唱に情け容赦無用で叩き落とされたのだった。

シンガーは『さとう宗幸』

「お?青葉城恋唄?いいねぇ!あ、紅茶一杯」

そのうらぶれつつも透明感のある不思議な声音に誘われるようにして軒先に白いママチャリを停めたのは、歳の頃ならスッカリリタイア済みの雄三おじさん…もちろんこれが今日が初めてのご来店だ。

「すごいねその装置!そんな指スースーするだけでいろんな曲聴けるの?」

おいちゃん一曲リクエストしようかな?


それからしばらく
カドヤ(仮)
は、誠に遺憾ながら
カドヤ(昭和旅情歌唱喫茶)
としての営業を強いられる事となったのである。

岩尾別旅情

襟裳岬

宗谷岬

…しかしその一曲一曲ごとに、まるで語り部の暗唱の如く重ねられる当時の話は、老いる事を夢想だにしなかったであろう戦後世代の、あたかも総天然色日活スコープでもあるかのような原色にキラキラと彩られ、気がつけば俺もナオちゃんもまるで絵本を読み聞かせて貰っている幼子のように夢中になって、雄三おじさんの昔話に耳を傾けていた。

「そこの骨董屋でハーモニカ買ったのよ、100円」

そういうと雄三おじさんは、首から提げたお守り袋から穴の四つしかない小さなハーモニカを取り出して、デタラメに吹いて見せた後



と舌を出し、カラカラと笑った。
そして程よく冷めた紅茶に最後のミルクを入れながら

「…手紙っていうんだけどさ、最後にもう一曲だけリクエストしていい?」

と、急に真顔になった。
手紙ったってそんな曲はゴマンとある。


「アキだよアンジェラ•アキ」

そう『手紙 ~拝啓 十五の君へ〜』である。

この歌詞に触れたのは確か、薄氷を踏むような危うさでMeguruちゃんのプロジェクトを計画から実行に移すくらいのタイミングであった。
夢を追っていても、夢の只中にいても…そして夢に破れても、この唄はメッセージが強過ぎて、大好きなんだけど自分では怖くて聴く事が出来ない、恐らくただ一つの曲と言っていい。

『負けそうで、泣きそうで、消えてしまいそうな僕は
誰の言葉を、信じ歩けばいいの?

負けないで、泣かないで、消えてしまいそうな時は
自分の言葉を、信じ歩けばいいの』

アンジェラ•アキさんが熱っぽく唄うその歌詞は、つい先ごろ完膚無きまでに夢破れた俺の心を中央市場の果てまで撃ち抜くに、十分力あるものだった。
熱を帯びた目頭をグイと拭いながら目を開けると、雄三おじさんは窓の外をぼんやりと見つめ、その老いたごま塩の唇の先で、15歳の不安の破片を追いかけていた。

その時思った

イイとかワルイとかじゃ無ぇ

人生ってヤツにゃイロイロあるんだよ、と

「壊れたハーモニカが100円、この紅茶が300円…中央市場、悪く無いね」

また絶対来てくださいね! と手を振る俺にリンリンと警鈴で応えながら

雄三おじさんのママチャリは堺町方面の角に消えた


そして俺はまた一つ


この中央市場が好きになったのだった







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Last updated  2012/10/17 08:13:46 PM
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