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鉄筋が立っています。
2008年02月29日
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設計Tさんと打合せ。最終確認。 一つ一つ、構造矩体から、内装や建具、仕様、製品などなど細かく確認。 その中で、玄関先の床のタイルが、30センチ角でお願いしてあったのに15センチのままであることが分かった。 後はほぼ大丈夫であった。 設計士さんも、たくさんの家の設計を抱えているので、気をつけないと見落としもありうるわけだ。 自分たちの方も…あまりに沢山の項目で…私は覚えていない部分も多かったが、家内は覚えにくい製品名や番号まで割とよく覚えていたようだ。 これだけ打ち合わせても、しまった…ということがあるかもしれない。 他の方のブログ読んでいると、いろいろ出てくるようなことが書いてあるし。
2008年02月28日
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地鎮祭前ですが、外構工事が始まりました。 土止めのブロックを積むために溝が掘られています。 白いものは雪がちらついたためです
2008年02月27日
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最後です
2008年02月26日
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解体御祓い時に屋内を撮影したものです。解体直前なので何もありません。 和室がずっと続いていて、障子や襖を取ると大広間になってしまいます。 縁側も入れると55畳くらいになります。 この建て方は今は建てられません。壁が全然ないですから、耐震性は極めて弱いと言えるでしょう。太い柱や梁であったとしても。 今まで、出かけたときの写真は撮っても、普段の家の中や普段の暮らしの写真ってないですよね… 解体前は、少しだけですが、ビデオや写真を撮っておきました。片づいていなかったりするので、それは出しませんが… 食事や入浴は母屋でしたが、寝泊まりは、私たちはここではありません。ずっと「離れ」です。
2008年02月25日
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最初に写り込んだのが仏壇だったので、心霊現象かと思ったのですが、調べると空気中の水分や埃が写り込むことが良くあるそうです。 解体前の家の中ではたくさん写りました。 ただ、埃ならずっと写っていたも良いと思うのですが、写ったかと重うと次の瞬間は写らないので、その辺りが不思議です。 また、ほこりっぽいところが写るかというと…どうもそうでもないし、寒い朝で外に面していて埃が舞っていなさそうでも写ることもあります。
2008年02月24日
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良く採るアングルの逆方向からです。入り母屋造りの築76年部分です。手前の生け垣も撤去されました。こうしてみると趣があります。
2008年02月23日
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とうとうなくなりました。…………132年ぶりに、この土は太陽光を受けているのですね。
2008年02月22日
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今日は支店で打合せです。 クロスもほぼ確認。多くは住林仕様にしましたが、一部、アクセントで少しだけ高級なものも使いました。玄関の一部や主寝室の壁の一部に。 カーテン類は…やはり施主支給ということにしました。現段階では。 いろいろ説明してくれたNさんにはちょっと悪いですが…やはり節約もしないといけません。ここは父母もこだわりがありません。 和室の襖は、標準の紙のものよりアップした糸入りのうち、4枚ひと組で絵柄が付いているものに。 内装ではないけど、柱を太くすることにより40万くらいアップすることが今日分かったのでした… エアコンは、今、高気密高断熱を謳うハウスメーカーはほとんど隠蔽配管をするそうです。壁に穴を開けてすぐそばの屋外に室外機を置くとすき間があると見なされるそうです。…そうなんだ… 隠蔽配管は施工料が大幅アップ。「個人的には隠蔽じゃない方が良いですよ…」と、今日は顔を出されたMさん。 家内の友人で、20年前に隠蔽で施工して最近エアコンを変えた人は、「隠蔽だけは止めるべき」と助言したそうです。 なるほど。 これは、言われなければ気が付かないことです。 契約後の変更差額は結構な額になりそうです。
2008年02月21日
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母屋はとうとうなくなりました… 長い間、有り難うございました… 76年前、132年前建ててくれた大工さん、そして折々に修繕してくれた大工さん…有り難うございました… という感じです。同じアングルです。塀も、石積みを除きなくなりました…右手道からは庭が丸見えです。塀も何もないので…向こう側には植栽がありましたが、それも除去されました。
2008年02月21日
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最後の壁が…!!倒れます!!崩れ落ちました……ああぁ…
2008年02月20日
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宮大工が建てたという築76年部分を解体中です。先日アップした屋根裏部分はもう壊れています。最初の取りかかりの時もそうでしたが、瓦を除去すると雪が降り、土に湿り気を与えてくれましたので、解体時の土ぼこりが少なくて済んだようです。 残りはほぼ西側の壁だけです。
2008年02月19日
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ポートメッセ名古屋で、16~17日は住友林業の住まい博が開催されました。 関連企業などが、ブースを作って商品・サービスを宣伝していました。 知っていたら、去年も来たろうなー…と思います。 実験コーナーでは、外壁の防火実験、石膏ボードの防火実験、通常の耐力壁と住林のクロスパネルの比較、鉄骨と集成材をおもりを付けて火であぶったらどうなるか…など…が紹介されました。 こういう理詰めのものは私は好きなので、なるほど…と思いました。 先にここへ来ていたら、住林のイメージに染まっていたかも。 実験は撮影していたので、住林の展示場へ来た方にDVDなどでどんどん渡せば良いと思います。 積水ハウスはそういうのをどんどん紹介してくれました。あれで、気持ちが傾いていた部分はあるので、見習うべきは見習った方が、住林の業績アップになると思うのですが。 最終の設計直前なので、今更選べないものも多くあります。 2/1に出た「大樹」は魅力的でした。 父母の感覚が移ってしまったかも知れませんが、太い柱があるのはやっぱりいいですよねぇ~ 去年出てくれれば良かったのに。 畳は何も考えていませんでしたが、今、い草ではなくて和紙をフッ素コートしたものが出ていると知りました。住林なら、ある程度よいレベルの畳なので、差額は出ないでしょう…とのことでした。 色あせや虫がわく、カビが出る…と言うことはないそうです。ものの引きずりにも強く傷が出来にくいとのこと。 一緒に来た母には、家内が、打合せで選んだ床やキッチン、風呂、建具その他を説明していました。その点も来て良かったかも。 あとちょっと苦言。 玄関回りで、幅は一間半くらいですか?と、聞いても、「ええーっと生産を呼ばないと…」ととしか、答えられない説明員(営業マンでしょう)…では駄目でしょう。 見て直ぐ答えられるのが一番良いですが、そうでなくても、メジャーで直ぐ測るとかすればいいのに。あたふたしていたのではイメージマイナスですね。 両腕を広げた長さが大体身長なので、メジャーがなくても私が腕を広げてみて1間半少し切れることが分かりましたけど。
2008年02月18日
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あと、座敷2間だけになりました。仏間床の間押し入れ広縁と。 手前にちょっと床が残っていますが、ほぼ、132年のところはなくなりました… 藁葺きでないここは、昭和7年に増築した部分です。76年前です。十分古民家です。 この角度では見えませんが、瓦は綺麗にはぎ取られています。 9月の「今の母屋」と比べるとなくなっているのが分かります。 残ったところの屋根裏に上ってみますと、非常に太い木が梁として使ってあります。 補強金物なんて、見あたりません。 匠の技なんでしょうね。 最初、父はこちらの新しい方(76年経っているのに!)は残したいようなことも言っていました。 …でも、傾いていましたからね~ 古ーい長持ちがいっぱい残っている中で、珍しくもない段ボールの箱… よく見ると、4本足のテレビが… このテレビは残っていないが、皇太子(今の天皇陛下)御成婚を見るために買ったというテレビの箱だとおもいます。
2008年02月17日
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床下はこうなっています。基礎は丸い平たい石です。基礎と言っていいのかどうか… こんなんで、よく持っていたものだ…と言う気もします。 中越沖地震で倒壊が多かった場所でも、伝統建築でびっくりするほど被害がすくなかった…という情報もありました。http://machi-isan.sakura.ne.jp/newspaper/041122.htm でも、やっぱり、うちの辺りは液状化で倒壊するのではないかと思います… 直ぐ近くで大きな地震がなかった…ので持ったのでしょう。 40年くらい前に修繕しているので、支える木は比較的新しいです。でも40年ですね… 今は塞いである縁の下は昔は解放されたままでした。ですから湿気がこもる心配はまるでなかったのです。台風が来ると畳が持ち上がりそうになった…らしいです。冬はとても寒いです。でも、暖房は火鉢しかなかったのです。 昔の人は寒さに強かったのですね。 私の幼少時ではありません。既に石油ストーブや電気炬燵はありました。 前日の写真から藁がなくなっただけでなくて、15日中に天井だけ残った部屋が8畳間2つがなくなりあと、8畳間4つと押し入れなどが残っています。家を建てる
2008年02月16日
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14日午後です。藁葺きの上のトタンが引き下ろされようとしています。 崩れ落ちた…と言うわけではないのですが、そんなイメージでなくなりました。 何か切ない気持ちがしています。 家を建てる
2008年02月15日
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昨日からさらになくなってきました。 アングルを北東に変え、近付いたところ。 ちょっと分かりにくいですが、黒い木がずっと使ってあった柱や梁です。 白っぽい木は、母屋と東の離れを繋いであったところの柱で、最近のものです。これは三寸五分くらいの太さで、現在、木造住宅でよく使われます。この柱と比べると、132年前の使ってあった柱がいかに太くて立派だったか分かります。 古民家再生もやろうと思えば…出来たでしょうけど…。
2008年02月14日
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解体御祓いの日の東側です↓↓↓↓↓↓こうなりました。植栽は引き抜かれ、東側の屋根や壁はなくなりわらぶき屋根の藁が剥き出しです。……藁葺きにトタンを被せたのは昭和30年代前半だそうです。手前には廃材が散乱しています。
2008年02月13日
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半分物置になっている狭い離れで、不自由な生活です。 なので、どうしても皆集まってしまいます。 寝るのも4人同じ部屋。 新しい家が完成すると、子供は各自個室が出来ます。 そろそろ思春期だし、食事したらすぐ自分の部屋へ行ってしまうようになるかも知れません。 今の不自由な空間は、必然的に団らんが出来る貴重な期間になるかもしれません。 子が成長してから、あのころの方が雰囲気良かったねー… なんて思い出話になるかもしれない…と、ふと思っています。
2008年02月12日
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今日はまた支店での打合せです。 設計Tさん、インテリアNさん。 照明の変更と最終確認。 一部ダウンライトを減らしたり、明るくしたり。スイッチの位置も確認。 コンセントの位置も確認。1ついくら…だと思うけど、多めの設定。 家庭内LAN…今は無線もあるけど、ひとまず必要と思われるところへ。 あと、ドアやキッチンの色など決めていなかったものを決めた。 まあ、その辺りは奥様任せ。 照明関係見積もりは普通、坪1万くらいだそうだが、地球環境を考えて、多くを蛍光灯にしたのでちょっとアップ。 カーテンも一部決めかけたが… 坪1万どころではなくなりそう… 襖の絵柄などは、カタログを持って帰って両親に決めて貰うことにする。繊維入りでは襖一枚当たり、1万から3万とかなり幅があるらしい。 うちは14枚あるので… 帰り、ニチハのショウルームへ寄った。 もう大体決めたのだが、相じゃくりサイデイングの種類がもう少しあるのではないか(住林採用の種類が少ないが本当はもう少しあるかも)…と思ったが、やはりなかった。 サイディングは濃いグレーで、相じゃくりでないものにする予定。 これも奥様の一番気に入る色に。 更に、家具店に行く。 カーテン関係は住林は8掛けと言っていたが、同じ会社のものを6掛けで良い…と言われた。 電気関係は6.5掛け…と言っていたが、カーテンなどは施主支給にするか…と今考えている。 … いつも、後で書くと、何話してきたか書こうとしても忘れちゃうけど、今日はすぐ書いているのでなかなか詳しい。 結局のところ、止めたものもあるがだんだん費用が嵩んで、最初の見積もり(積水と競って大幅に下げる前の金額)くらいかもう少し上がるかも知れない…とのことだった。 今、照明や建具やカーテンなどを選んでいる時に出てくる、写真入りのきれいな図面… 今更比べては何だが… 契約前の詳細見積もりで、積水ハウスは非常に分かりやすい書面になっていた。 照明の種類や場所も提案として決めて、写真付きで細かい部分まで説明されていた。 照明1坪1万…などと大雑把な見積もりではなかった。 だから、片づけてしまった(まだ捨ててなかった)積水の見積もり図面を見て、比べても見た。参考になるんだよね。 木造は住友林業だ、と威信をかけるのなら、契約前の見積もりをもっと分かりやすくしないと、木に拘らない客はシャーウッドに取られてしまうのではないか?と思ってしまった。 私もそうなりかけたし… 契約後の詳細で、積水でも同じように高くなったか… 住林ほどは高くならなかったと思う。 契約前の最初の住林の見積もりで、同じように高くなると、値引き前の積水ハウスより高くなっていたかも知れない。 シャーウッドの値引き提示されたときに、今後詳細に決めて費用が変わったときも同じ値引率ですか?Bさんに確認してイエスを取っていたけど、住林のAさんには同じ質問していなかったんだよね… 何となく、後で決めている部分の値引率は違うような気がする。 まあでも良いけど 檜木の家だし。
2008年02月11日
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解体前です。 ↓ アングルは違いますが、戸や畳が撤去されました。 昔の家は壁が少なく、襖や障子を外すと大広間が出来ます。 ガラス関係は丁寧に割って大きな安全な袋に詰め込まれています。昨日行われ、今日は休みです。この冬一番の積雪があり、雪景色になりました。 今、名残惜しい感じもしています。
2008年02月10日
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母屋はだいたい42坪くらいあると思います。 32年くらい前に改装して、台所の竈(かまど)を撤去し、土間から板の間になりました。フローリング…ではなくて板の間ですね… 玄関も御戸口と呼んでいました。8畳くらいの土間でした。今で言う玄関という認識ではなかったと思います。32年前に半分が板の間になりました。 風呂は五右衛門風呂でした。 湯を沸かすのは薪(たきぎ)で、子供の頃は私の役目でした。追い焚きする時は風呂から叫ぶと、誰かが藁をひと束焚いたのでした。そのころにガスに変わり、風呂桶も琺瑯になりました。 御戸口の土間と台所は、非常に太い曲がった梁が露出していましたが、そのころ板で覆われました。今は見えませんが解体時に現れるでしょう。 その何年か前に、仏壇のあたりの土壁や床下の補強をしたと思います。両親に訊けば詳しく話すと思いますが、私は小学生低学年でかすかな記憶しかありません。 今は縁の下は見えませんが、子供の頃は、縁の下は何もなくて、覗くと向こう側まで見えていたのです。 台風が来ると畳が持ち上がりそうになったとか。 伊勢湾台風の少し前に、藁葺きのところにトタンを張ったそうです。伊勢湾台風でせっかくのトタンも剥がされたしまったと父は言います。 昔は夏は蚊帳を張りました。13歳で私は離れに行き、その後は自分は張っていないので…いつまで使っていたか覚えがありません。 その昔は、母屋二部屋で養蚕をしていたらしいです。炭で暖房していたため、その部屋は柱や天井が煤(すす)で黒いのです。 戦時中は名古屋から親戚などが数家族が疎開して暮らしていたそうです。 戦前は土地を持つ農家で小作ではなかったそうです。農地解放では少し取られたらしいです。 父の生まれた年、昭和七年に建物を東に引っ張り、西側が増築されました。 そこは宮大工が作ったそうで、藁ふき部分はなく瓦だけです。 ちょっと作りが違います。 そう言えば柄(つか)のない脇差がありました。あれはどうしたのだろう… 農家なのに刀とは…と思って今ウィキを見たら、脇差は武士以外でも持つことが出来たらしいです。 いずれにしても、父に訊いても母屋の歴史の半分くらいしか知らないわけです。 家が出来た頃は、電気もガスも水道もなかったのです。 水は井戸です。 今も玄関の前に井戸の跡があります。 そんな母屋ももうすぐなくなります…
2008年02月09日
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この日は足場と粉塵よけが設置されただけ。 家の裏側から見たところ。 父がこだわった石積みがあります。 上のブロック塀は撤去します。でないと建てられないし。
2008年02月08日
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祓い前ですが、建具屋さんが、床の間の板を剥がしていきました。畳1畳くらいの一枚の無垢の板なので貴重…ということで、父が新しい家に取り入れたいというので。 ご覧のように、昔の家ですから、下は土です。 でも、板は腐ったりはしていませんでした。 何十年か前にも当然改装しているので、下の木は古いものと比較的新しいものが見えました。 私は外回り、室内をあちこちのアングルから写真を撮っておきました。 解体御祓いには、営業Mさん、設計Tさん、外構Yさんも出席。 尾張猿田彦神社の神主さん(階位は分からない)が何もかも準備して祓いを上げてくれました。 以前事業所(店舗)の地鎮祭の時(別の神社)は供え物などいろいろ訊いてこちらが準備しないと行けなかったですが…便利…という感想が良いのかどうかありがたかったです。 普通は30分もないくらい…らしいが、 今日は優に1時間以上もかけての念を入れた儀式でした。 家の8方をすべて祓い、周囲の木々も祓い、家全体、敷地の中心も祓う…というやり方でした。 最後に解体されていく建物とともに行く御札を鴨居に貼って終了。 下は、終わったところです。 鴨居に御札があります。
2008年02月07日
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電気、NTT,水道など切り回し工事。 母屋から離れの家屋に来ていたものを、直接離れの方に配線された。 ガスはプロパンを設置して風呂と離れで使えるように。仕事部屋として使用していた土間(コンクリ)が流しがあったので、壁に穴を開けてガス管を通し瞬間湯沸かし器やガスコンロも取り付け。 都市ガスの停止は明日。 うちは2本、電話が来ている。別の離れのほう(私たちの方)だけ光回線にしてある。 ここでちょっと回想… 20年ほど前、まだ20代で未婚だった頃、母屋の玄関に電話が1つでは何かと困っていたのだ。親子電話でもあればまだちょっと良かったのだが。思い切って外線をもう自分名義で一本引いたのだった。今なら携帯で済むが。 その光ケーブルも母屋の軒下を通っているので、移設がすぐ出来ないかも…とか、有料かも…と言われたが結局大丈夫だった。 「今日はいろいろな業者さんが来て滅茶苦茶大変だった」と家内。 「何が大変だったって、電話の場所確認したい…って急に入ってこようとするんだもの。母屋のものが押し込んであるから何にも片づいていないから、ちょ、ちょっと待って!!!って電話の回りだけ15分くらいで押し入れに押し込んで片づけたんだから…」 なるほど。 私は家にはいないので…。 この日の晩から仮設レンタルの風呂で入浴。 食事は東の離れ。 私たちのいるところは西の離れ。 農家なので敷地だけは広いので… この西の離れにはガスや水道は来ていない。 食事や風呂は母屋で外を歩いてここ離れに来ていた。 トイレはもともと東の離れのとろこに外にあるのだ。 なので仮設トイレは要らない。 ただし、工事業者さん用の仮設トイレは設置された。 最後の食事は私や子供は朝食だったことになる。父母や家内は昼食まで。 最後の晩餐…みたいなものはなかったな… 3日の日曜の夜は全員で食べたっけ。
2008年02月06日
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雨戸の戸箱は銅板で囲われていたが、父はこれを外して売りに行った。 5000円くらいだったらしい。 また、雨戸は鉄製なので、これも売り行ったとのこと。 7000円くらい。 トタンも張ってあるが、外すのが大変でそれは諦めたらしい。 レンタルの風呂が届いた。 脱衣場付きはあまりないらしい。 脱衣1畳、風呂は桶が半畳洗う場所が半畳くらい。 画面にはないが、高かったという、和室の欄間を2箇所も外されていった。
2008年02月05日
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