PR
Calendar
Keyword Search
Freepage List
平成20年2月23日(土)08066
金光教荻窪教会 教会長
1、霊神様
教祖様のみ教えから、み霊に関する、教祖様のご信心も漸く明らかになってきました。教祖様は、人間は死んだらどうなるか、という疑問に対し、「自分もまだ修行中で、死んだ後のことまでわからない」と率直に言われました。ただ、人間は、生まれる時、神様の「分けみ霊」をいただいてきているのだから、体は、土の戻り、み霊は神のもとに帰ってゆき、神様のもとに納まっていくものである、とみ教えになっていたことが明らかになりました。
教祖様は、「死を恐れるな」「この世でしっかり働いて、徳を積んでゆけば、死後を恐れることはない。
この天地の親神様には、死後もお世話になっていくのであるから、生きている間はしっつかり徳を積んでように」とみ教え下さっています。「死」を恐れることなく、死後、神様に一層お世話になっていくのであるから、安心して死ねるようにと諭されました。
また、死は忌み嫌うものではなく、死は、めでたいものだ、とすら教えて教えておられました。
2、金光教とは
金光教とは、神と人、人と人、人と社会が、共に助かり、立ち行く世界の実現をめざしています。
1859年教祖金光大神(こんこうだいじん)様は、天地金乃神(てんちかねのかみ)様からのお頼みのまま、人の願いを神様に、神様の願いをひとびとに取り次ぐようになりました。教祖様は、一人ひとりの苦悩や願いを神様に祈り、人その人の実情に合わせて助かりの道を示しながら、世界の助かりを祈り続けました。 金光教は、神様の大いなるみ恵みの中で、つながり合う私たち一人ひとりが、幸せで実りある人生を築いていくことを願っています。
3、よしあし 生きている限り、よいこともわるいことも起こる。
問題が起こったということは、問題の顕在化、教えてくれたと思い取り組むことである。
そのことを通して、取り組むことを教えてくれていると思い、目先のわるいこともよいことへの布石だと思えばいい。
4、ままよ どうにもならない時にでも、わめき回るようなことをするな。
『ままよ』と思ってほっておくような気になればいい。
5、辛抱 成功したものには辛抱しないで成功したものはあまりない。
クルマでも心棒が折れたら、クルマが回らない。
商売人は損をすることが不幸せなことである。しかし乗り越えるために辛抱しなければ、幸せになれない。
桜の花より、梅の花のようになかなか散らないように生きるべきだ。
辛抱しても腹を立つのをおさえこんでいるのでは気分を傷める。もう一歩すすんで、腹が立つということを知らないようになれば、こんな楽な事はない。
6、性格は不変、だから発想で生きる 性格は変わらない。『三つ子の魂百まで』といわれているように、生まれながらのもの、3歳児あたりまでに身につけた性格(気質)は、どうにもならない。
しかし肝心なのは性格(気質)ではなく、発想である。
発想とは、考え方の習性、癖である。
習性や癖なら、練習すれば身につけられる。
絶対できないことをくよくよ考えても、何も生まれては来ない。大事なのは気持ちをはやく切り替えることである。
些細なことでも、前向きに、プラスの方向に考えるように意識してやれば、だんだん習慣になり癖になる。
常に前向きに考える癖をつけると、人生の肝心要のような時でも、前向きに考えることができるのである。
夏越感謝祭教話 2012.07.03
月例祭 駒崎百合子大刀自二十日祭教話 2012.06.16