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平成20年11月14日(金)08098 金光教荻窪教会 教会長
1、幸せ
なにが起こっても、和らぎ喜ぶ心を保つのである。
生きているものは必ず何かある。大概は意に添わないかもしれない。それでもなかには思うままに実現したり達成されたり、認められたり褒められたり誰かに愛されたり愛したりする。
そんなときに女神が飛び交い、充実感を味わい、幸せを感じるのかもしれない。
幸せは大きい小さいではなく、実感できるかできないかである。恵まれすぎると麻痺するのかもしれない。「有り難く頂く心を忘れなよ。」
2、おまかせ
日本のお店は、たいがい値段が高い店ほど選択の幅が狭く、安い店ほど選択の幅が広い。
お店では上位にあるのは客で、店のヒトより立場が上であるために、任せるのがお客、任されるのが店側になる。
自分で選択するということは、選択した事柄やその結果に責任を持たなければならない。
それが、むしろ鬱陶しく感じるのが日本人なわけです。
そこで『おまかせ』という仕掛けが出来、お客とお店の信頼関係が築き上げられ、店は客に最高のサービスを提供することが出来るようになったわけです。
最高のサービスを提供するために、お客の情報を蓄積することに力を入れ、短期間にどういうヒトか、どんなサービスを望んでいるのかを把握しようとするわけです。
信頼あるところにしかサービスは成り立たないと考えているからこそ、『一見さんお断り』のしかけもあるわけです。
十分に客のことがわかり、店もわかってもらえる信頼関係のなかで、最高のサービスを提供することが大事だと考えているからです。
おまかせする。信頼する。 ヒトは思いやりを大切にする為に何よりも信頼を大切にする。
どうにもならないときは、神様に頼り信頼してお任せすることが、お蔭の道である。 どうにでも神様を信頼することが肝要なのである。
3、不安
先に、自分ではわからないことが起こりそうだから不安な気持ちになる。
よく考えてみると、ヒトは先々起こることは何もわかっていない。ただ昨日と同じ様な今日が来ると思っているだけである。明日もまた同じ様な漠とした楽しいことが起こると思っている。
先行きに漠とした安心しているところがあるから幸せを感じるのである。
先行きに何が起こるかわからないことが起こりそうだから不安になるのである。
先行きなんて元々何が起こるかなんか人間誰も知らない。ただわからない漠とした不安を取り去るために、神を生み出したのである。
しかしヒトは思い通りにならない神の存在を消したり殺したりも考えたが、万能に憧れ、目標にしている人間は神に入れ替わろうともがくのである。
しかしヒトは不完全だから進化の余地があるように、いまでも万能ではないのである。
だからヒトは神を創り神もヒトを創ったのである。万能にあこがれ、進歩の目標になっているのである。そしてそこに向かうことで救いを求めているのである。
4、突然の出来事。
青天の霹。まな板の上の鯉
突然、即入院するような病が見つかったらどう思いますか?
絶望したり不安になったり心配したり、先を考えて取り越し苦労したり。
だが心配も取り越し苦労も捨てて、真っ直ぐ受けて、現実を臆することなく、自分のものにすると安心な心持ちになれる。
心配する気持ちを全快を祈る気持ちに変え、更に前向きに取り組んでいく気持ちに向けていくのである。
よし、必ず病気を治してもらうぞ。
自分には治す力を授けられて生まれてきたんだから、医者も応援して一緒になって治してくれるんだからと立ち向かうことです。
5、困って...、困ったときの神頼み。
困って人知に及ばなくなって初めて神仏に頼み助けてもらおうと頼む。
達者なときには、触らぬ神に祟りなしと見向きもしない。
だがひとつ病を患って医者が手を放す人知が及ばなくなってから、神仏に祈って薬を飲むのは十人並み。
すがりもせず、味のない物を飲んで死ぬのは、十人並み外れた因果な人である。
味のない物を飲まず、好きなうまい物を食べて病を逃れるのは、十人並みはずれた者である。
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