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こんばんわ当直明けです凄く、体が痛いですこれは、40台になったからでしょうか・・・っていうか、普段から 運動とかしないから いけないのかしら 話を戻します。当直始めに、妊娠20週の妊婦さんが「出血」で緊急入院されました。先日、退院されたばかりの妊婦さんです。胎盤の位置が子宮口の近くにあり「低置胎盤」といいますが、子宮の収縮によって、少し出血されてしまったようです。妊娠20週では、まだお産には出来ません。赤ちゃんは500gにも満たないし、自分で生きていくことは非常に難しいです。子宮の収縮をとめて、出血を止めるしかありません。幸いにも、胎児の状態は安定しているので、内服のウテメリンという子宮収縮抑制剤を内服を増やしました。以前入院していた時より、増やしました。出血は止まってくれましたが、妊婦さんにとっては 二度目の入院であり不安&不安で、ストレスでしょう私は、妊婦さんの体と赤ちゃんだけでなく、ココロのケアにこれからも努めて行こうと思います。 さて、今週は長潮なので、お産もないでしょうなんて たかをくくってたら。やられました経産婦さんの入院が、夜中の3時に。まだまだ余裕そうでした。がっ胎児の状態を観察するために「分娩監視装置」をつけると、陣痛が来ると、胎児の心音が弱くなり、不安定です。もう一度、産婦さんのお腹をじっくりと触ります。なんかね、胎児がお腹の上から浮き上がってくるような・・・・・胎児が しっかり手に触れるような気がします。ということは、羊水がかなり少ないような気がします。分娩予定日が近づくと、羊水は少しずつ減ってきます。ただ、何となく、この産婦さんの場合、かなり少ないような感じがしました。で、多分、臍帯巻絡といって、へその緒が胎児の首になきついていて陣痛が来ると心音が不安定になるのだと思いました普通は、「分娩監視装置」は、胎児に異常がなければ、早めにはずして産婦さんが好きなスタイルをとっていただくのですが。はずすと胎児の状態がキャッチできないので、長い時間つけていただきました。でも、陣痛がどんどこ進んでくると、心音が安定してきました。「おっ、大丈夫そう・・・ 何とかこのまま無事に産まれそうか?」と、少し希望が見えてきました。産婦さんの「声」が「息遣い」が変わってきました。内診させていただくと、子宮口は8cm。もうすぐですちゃっちゃっと お産の準備です。心音が安定したので、分娩監視装置ははずし、産婦さんに楽な姿勢をとっていただきました。と同時に、破水し全開「いきみた~い」と自然ないきみで 朝の5時過ぎ無事に3000gのお姫様の誕生です でも、私の予想は当たってました羊水はほとんどありませんでした。破水したときも、ほとんど流れなかったし、赤ちゃん誕生の時も、ほとんど羊水はありませんでした。で、へその緒は、赤ちゃんの首に2重に巻いてました。で、後でへその緒の長さを測ってみると「88cm」も ありました。だいたいは、50cmは標準といわれています。後、一つ。産まれる直前に「この子、女の子かも?」やっぱり 当たりました何となくですけど、お産のとき、胎児心音が不安定でも、最後は安定してくるのって「女の子」のほうが大丈夫なんです(な、ことが多いと感じてます)やっぱり、女は強いと思うのです。 ともかく無事でしたが、仕事を終えてみると、自分がすんご~く緊張していたのでしょうね。肩は張ってしまうし、腰が痛いですこれから、お風呂にのんびり漬かって、爆睡してみます
2007年02月27日
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あぁ~~、きちゃいました。この日がっって、なにがよっマイ バースディ です はぁ~~~、さすがに 30台と おさらばの誕生日は なんか嬉しくないですウチの彼は、ここんところ 仕事に追われてて今日の、日曜日も お仕事に出かけてしまいました仕方がないのですけど 昨日は、仕事の帰りに 自分へのごほうびに可愛いピアスを買いました耳の調子が良くなったので、いつも身につけて置けるように ゴールドにしてみました。以前は、エステとか旅行とかしてたけど。 さぁ~。これからは、年齢を書くところに 「40」と書くのが まだ抵抗がありますね同じ誕生日の人って いますかしら
2007年02月25日
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しばらく、書き込みをサボってしまいました。と、いうのも。ピアスのしてある、耳の部分が「化膿」してしまいいまいち、調子が悪かったです。 お気に入りの、シルバーのピアスだったんですけど、前にも、化膿してしまって一時はずして、リンデロンというステロイドの軟膏をつけて治療中。今日は、だいぶ良くなったので、シリコンのピアスをつけようとしたら・・・・・なんと、ピアスの孔が閉じていて消毒して、「せ~のっ。えぃっ」と、無理やり差し込みました。あいたたた 2~3日様子を見て、大丈夫なら、今度はシルバーは絶対やめておきます。たぶん、シルバーが、自分の耳には合わないんでしょうねデザインが 可愛くて すんご~ぃ気に入ってたんですけど。
2007年02月22日
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最近は、へこんでばかりなので、たまには話題変えます。 最近は、飽食の時代ですね。お惣菜や お弁当に 宅配。コンビにでは、夜中でも食べ物が手に入ります。でも、妊婦さんや授乳中のママさんたちに、是非考えていただきたいです。日本食のよさと大切さを。 ま→ 豆ご→ ゴマ(血行をよくするビタミンEが豊富)は→ わかめなどの海藻類 (わかめ、ひじき、モズク、昆布などには、コレステロール値をさげます)や→ 旬の野菜 (食物繊維をとります。根菜類はカラダを暖めます)さ→ 魚 (青魚はEPA・DHAがとれコレステロール値を下げる。血栓を予防)し→ しいたけ(きのこ類)い→ イモ類 そう、この食材は、「和食」ですね。お肉もダメとは言いません。豚肉は、疲労回復のビタミンBがとれます 最近の、うちは、和食中心です。お魚の煮付けや焼き物、ひじきの煮物、きんぴらごぼう、切り干し大根の煮物なんかが多いです。ウチのヤツが「お肉は~?」「ピザたべたいなぁ~~」と、泣き声がそろそろ、たまにはお肉を出しますよでもねっ。アナタの妊婦さん並のお腹が心配で、食生活変えているんですけど頑張って、お弁当も作っているんですけど~~~ ウチのは、もともと偏食気味なので、何か気に入った料理があると「アレがいいな~、また作って~~」と、お願い攻撃をします。なもんで、カレー三昧でしたから私が、大いに反省しております。 さっ、妊婦さん、授乳中のママさん。一緒に頑張りましょう
2007年02月19日
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こんばんわ。今日は、めっちゃ 寒いですね今日は、当直でした 先週末から、大潮なんで、「たぶん、お産かな~?」と出勤破水の妊婦さんがいました。夕食後から、陣痛らしきものが日付が替わる頃から、陣痛が強くなりました。で、明け方に、いきみが始まり 子宮口は8cmまで開きました。あと、一息です。 が・・・・・赤ちゃんの心音が不安定になってきました。連続的に赤ちゃんの心音を確認するために「分娩監視装置」というモニターをつけました。あっ・・・ ん~ 困った陣痛と共に赤ちゃんの心音が不安定です。陣痛が収まると、赤ちゃんの心音は回復するので まだお産の経過を見ていて良いのですが。何せ、一人当直ですから 不安です。お産を控えた 産婦さんも 一晩中の陣痛で疲れてきています。疲れることで、自然と陣痛が弱まり 赤ちゃんの不安定だった心音は 少し落ち着いてきました。でも、疲れている 産婦さんは 「まだ、いきんじゃダメですか?」「もぅ、ヤダ~」と。ひとまず こういうときは「休憩」が必要です。お産を早く終えたい 産婦さんには 「早く 産まれていただきたい」赤ちゃんには 「どうか 無事に産まれてきて」と、強く強く思います。祈ります。 お産は、母体と赤ちゃんの 二人の命がかかっています。どちらか一方だけでは ダメなんです二人が 無事で 元気にお産を迎えられるように 何とか手助けをしなくては。 あせる産婦さんの 心の叫びを受け止めながら「痛いよね、ホントに痛いよね。」 「疲れたのね、一晩中頑張ったもの」「必ず、産めるよ、大丈夫だから。今、ほんのちょっとだけ休もう」・・・・・ こんな言葉が 産婦さんの心にどこまで通じたのか 分かりません出来ることなら、自分の手に受け止めさせていただきたかったけれど日勤のスタッフがそろうまで、何とか持ち越してみました。 多分、もう少し 時間をかければ お産になると分かっていたので。 無事に。母子共に無事に お産を終えられるということは凄く 難しいものです。私は、産婦さんの 体と心を受け止めて、支えになり。赤ちゃんの無事なことも確認しながら、赤ちゃんの声も聞いています。無事に お産の時を迎えられるように「おめでとうございます」といえるように。まだ まだ 自分は頑張らないといけませんね~自宅に帰ってからも、無事に産まれたかな? 私のココロは病院に置いてけぼりです。今日の、空のように。ひんやりと寒く、悲しい涙雨になってしまいました。
2007年02月18日
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昨日の話になりますが、これまで半年。一緒に働かせていただいていた産科医師が退職されました。 今の病院に 飛び込んで 「自然分娩」の厳しさと 嬉しさを 支えてくれた尊敬すべし医師です。以前に書いたことのある、1月に担当した妊婦さんのお産が以外にも 長引いてしまって 40時間以上もお産がかかってしまいました。その夜間の当直が 退職された医師でした。 自然ないきみがはじまり「これなら、お産になる」という状態で自宅に待機している医師に「お産です。お願いします」と連絡。赤ちゃんの頭が見え隠れする状態で、医師は音もなく訪れました。普通であれば、お産の状況を報告しなければならないのですが。「うん、大丈夫だね」 と、一言だけ告げると そっと離れていきました。 次に、赤ちゃんの頭が見えた状態の頃、医師は すっと現れ 私の後ろでじっと産まれるときを待ってくれていました。産まれて、ほっとした後。40時間という長い時間がかかったため、子宮が疲れてしまい胎盤を出すと共に・・・・・ わっとあふれるほどの出血 一番怖い「しかん出血」です。医師は、一言「傷を見て」と。幸いにも、赤ちゃんが産まれて来る「産道」には傷がありません。次に、すぐに子宮に手を置くと・・・・・子宮が弱く緩んでいました。これは、赤ちゃんを生み出すまで頑張った子宮が疲れて子宮が緩み 止血が出来なかったのです。急いで 子宮をマッサージし 止血を試しました。数分の後、出血は止まりました。 ほっと 胸をなでおろす 私たち助産師と 医師。皆で看護ステーションに戻り、「お疲れさまでした」と。医師は、さっさっとカルテを書き込むと、「じゃっ」と帰っていきました。 先生は、夜中でも昼でも「お産で~す」という連絡に「うん」と一言だけ答えるとすっ飛んできてくださいました。そんな、頼れる医師がいなくなることは、正直 辛いです 不安です。 でも、お産を待っている妊婦さんは まだまだたくさんいらっしゃいます。私も、残る助産師も 頑張るしかありません。 その、去りゆく医師から 手紙をいただきました。「今後も、助産師としての力をのばしていってください」と。涙が止まりません 泣いていてもしょうがないと思いながらも、これから自分や助産師仲間や 妊婦さんたちが どうなっていくのかわからない状態に置かれて 不安にならないわけがないのです。でも、もがき続けるしかないのです。いや、歩き続けるしかありません。この手に託されてた命のために。
2007年02月16日
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バレンタイン~~昨日は当直だったので、彼にまだチョコを購入していません。彼の場合、なんか・・・ 質より 量 なんですでも でも 妊婦さんなみの お腹なのでチョコは 美味しいものを 少しにしよう と、決心夕方、私は この雨の中 歯医者に行かないといけないのでこれから買出しに行ってきます
2007年02月14日
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今日は日勤でしたたまたま、パートできている助産師と一緒に勤務でした。彼女と、マタニティ雑誌を見ていて、かわいいおもちゃが写ってました 私 「うわぁ~ かわいぃ こぅぃうのって 思わずほしくなりますね」彼女 「そうですか~?」私 「うん、たま~に 衝動買いして 玄関とかにおいておくと 彼に笑われるよ~~」彼女 「え~~ なら、子供つくちゃえばいいじゃないですか??」私 「そっ そっか~~ ん~」 出来ないかもしれないし、赤ちゃん。彼と付き合って 7年になるのです。「もしかしたら 妊娠」 いうときもあったけど、妊娠にはなりませんでした。自分がちゃんと妊娠できるかという検査とか、受けたわけではないけれど。でも、検査を受けること自体も 実はコワイのです「やっぱり、あなたは子供が出来る体ではないです」と 宣告を受けるような気がして。 実は、一時期 ココロを壊してしまって、催奇性の強い(赤ちゃんに奇形を起こす可能性の強い薬のこと)ココロの薬を大量に飲んでいた時期がありました。今でも、時折 ココロがすんごく苦しくなると 薬を飲まざるおえないことがありますがでも でも、そういう薬は 今では ほんの少しの量を 時折飲むだけです。けど、薬に頼っておる状態では 「赤ちゃん」を自分の胸に迎えることはとうてい 出来ないのでしょうね
2007年02月12日
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すいません。今日はへこんでます。 原因は、いろいろあるのですが。多分、ホルモンバランスのせいかしら 前から書いているように、PMS(月経前緊張症)でピル(低量黄体ホルモン)を内服しています。今月は3クール目です。・・・ 3回目の内服です。 ピルは3週間内服して 1週間お休みの間に生理が来ます。 その、ピルの内服の3回目が始まりました。先週は「休薬」だったのですが、内服が始まると・・・・・ 食欲亢進 食べたい~~~ 休薬の間は、そんなに食欲はなかったんだけど。薬を始めると 「たべたぁい」が始まります気持ち ちょっと おでぶちゃんになりそうでコワイなので、なるべく、野菜中心に食生活を過ごそうと思いますでもさぁ~ ウチの彼に 魚週間にしているのですがなんか物足りないらしく、「アイス」を食べている彼に どぅ対応すればいいのでしょか「まぁちゃんも食べなよ ほらっ あぁ~~ん」と誘われます。やっ
2007年02月11日
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こんにちわ。当直を終えた翌日は だいたいは休みです。で、今日は休日です。関東は、今朝はでしたが、いまはもぅ どんより~です。やっぱり寒く感じます。 こういう、不規則な仕事を始めて すでに19年。お気づきのあなた そぅ、私の人生の半分を看護師・助産師人生を送ってしまいました。で、休日は何する?と聞かれることがあります。若い頃は、一日中寝過ごしたり、遊びまくったりしていました。最近は・・・・セルフメンテナンスに気を使ってます。パソで情報を集めながら、サプリメントや食事に気を使ってます。ウチの彼がカレー好きなので、煮込みが楽だったのでもぅカレーばっかりでも、気づけば 彼のお腹が~~~妊婦さん やばっなので、今週は、カレーを廃止して 魚特集です今夜は、かれいの煮付けにしてみます。明日から、また仕事がれんちゃんなので、おかずも作り置きしておかないと日勤といっても、お産や緊急があれば帰りが 夜8時とか9時とかそっから、手作りでご飯を作るのは ちょっとしんどぃ幸いに、彼は何でも「おいし~ょ」と食べてくれるので 同じ料理になってしまうのが申し訳ない2年前は、訪問看護師をしていて、日勤ばかりでシフトも決まってました。なので、病院で日勤や当直という不規則な勤務に戻ることはじぶんの体力や気力と 同じくらい彼と過ごす時間が不規則になることが不安でしたでも・・・ やはり、助産師に戻ってしまうと カラダとココロはウキウキしてしまいます。この仕事がいつまで続けられるのか 正直分からないのですが病院の存続や自分の体調なんかのバランスが取れるのかな? ふあん 不安 フアン でも「朝の来ない夜はない」という言葉をつぶやいてみます。そう、どんなに暗い夜でも いつか朝日はやってくる今いる環境が苦しくても、もがいていけば どこかにたどり着く今の自分には そんな風に よちよちと歩いていこうと思います。
2007年02月09日
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暦の上では 立春 ですが。さむっ~ 昼間はまだあったかいけれど、夜になるとまだ寒いですね。冬生まれの 私ですがあちぃ~の さみぃ~のは だいの苦手ですたんなる「わがままやろぉ~」ですね 今日も 当直明けです。なんか、最近 当直多いような気がする・・・・・おばちゃんには そろそろきついかも で、今日のタイトル「もう一人の天使ちゃんの誕生日」ですが、2ヶ月前に 妊娠35週で死産になって お空に旅立った 赤ちゃんのお誕生日と命日が今日なんです。わたしは その御家族の戦いを忘れません。 Aさんは、初めての妊娠で 妊娠期間中 特に問題はありませんでした。新しい家族を迎える準備を楽しんでいたのです。去年の12月。突然悲しいお誕生日になりました。胎児って、夜のほうが胎動が多いんですよ。いつもと違う・・・ 胎動がない? どうしたんだろう?翌朝、定期妊婦検診ではありませんでしたが Aさんは病院に受診しました。信じたくない現実が 「子宮内胎児死亡」 でした。胎児の心拍はとまっていました。だから、胎動がなかったのです。いつ、お腹の赤ちゃんがなくなったのかは 分かりません。 辛いのですが、この場合も、陣痛をつけて「お産」にしなくてはなりません。御家族の 戦いが始まりました。お腹の赤ちゃんが亡くなっていても、自然に陣痛が来るのを待つことが出来ません。それは、お腹の中の赤ちゃんが亡くなると、時間がたつと胎児がこわれてゆき母体に悪影響を及ぼす危険があるのです。そのため、人工的に「お産」をすすめます。 子宮口を広げるため、ラミナリヤという海草を入れて一晩待ちます。翌日、点滴で陣痛促進剤を使い、陣痛を起こします。1日目の陣痛促進剤では、陣痛があるものの子宮口は5cmの半分までしか開きませんでした。2日目。前日と同じ陣痛促進剤が使われました。2日目は、点滴が始まるとまもなく、陣痛が強くなりました。お昼頃には、叫び声になりました。 辛いけれど、順調に子宮口は開きました。パシャッ 破水です。「Aさん、お産の準備させていただきますね」と、シーツや手袋を用意しました。超音波検査で、赤ちゃんはだいたい1600gくらいと聞いていました。準備が整い、「Aさん、力いれて いきんでみましょうか」と声をかけました。Aさんは、御主人の手の色が変わるくらい力いっぱいいきみました。す~っと 小さな頭が見えてきました。数回 いきむともう少しで 産まれそうになるときだけ「Aさん、いきみをやめて・・・ はっはっはっ・・・ 力を抜いてね」と一言。頭が出ました。一呼吸おいて 母体に傷をつけないように 赤ちゃんの体が出てくるように助けます。無事に 出てきてくれました。幸い、母体にも 傷がありませんでした。 Aさんは 少し眠りました。 その後、Aさん御夫婦の希望をうかがいながら面会の準備です。母体から出てしまうと 赤ちゃんは冷たくなってしまうので、暖かいヒーターの下に安置して 面会の用意をしました。「Aさん、このきれいな長い指はママからいただいたのかしら? クリクリした髪の毛はパパかな?」などと、赤ちゃんを囲んで話しました。そして、ママとパパが見ている前で 「産湯」ならぬ沐浴をしました。ママの手作りのベビードレスに着替え、ママの胸元に抱っこしていただきました。「こんなに重たいの?無事に産んであげられなくてごめんね」涙が止まらないママとパパ。Aさんご両親には、母子手帳、赤ちゃんのへその緒、髪の毛を少し、足型をお渡ししました。 一ヵ月後、Aさんからメールをいただきました。その中に、彼女のお産の内容や気持ちをつづったブログを残してくださいました。私やスタッフ、病院に対する心からの感謝の言葉を載せていただいていました。涙が止まりませんでした。 実はね、私の ココのブログのクマさんは、Aさんのつらいお産の最中に握りしめていたのがクマ人形だったので、ココのテンプレートはクマさんにしました。ウチのは、比較的小さい規模の病院なので、お産も多くない代わりに 死産も少ないはずなのですが。このに移動してから、続けて天使ちゃんのお産につかせていただくということはなにか深い深い意味があるように感じています。前から書いているように、このも産科医師が辞めてしまい、これから 残る医師がお産を続けていけるか まだ分からないのですでも、何とかしなければ何とか安全なお産が続けていけるように、一つ一つ山を越えていくしかありません 出来れば・・・ Aさんが元気な赤ちゃんを抱っこできる日まで ここで頑張りたいのですよ。私の手に取り上げさせていただいた赤ちゃんたち。どうか、パワーをください。と、ココロから願います。
2007年02月08日
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今日は、日勤でした今日は、悲しい天使になった赤ちゃんを 取り上げさせていただきました。 今回の妊娠は3人目。定期健診の 妊娠16週の土曜日。Yさんは、いつものように妊婦検診にこられました。しかし・・・・・ 赤ちゃんの心臓は止まっていました。 この妊娠初期には、異常がなければ、4週間ごとの検診です。4週間前の 妊娠12週のときは 赤ちゃんは生きていました。次の 16週で・・・・・ 心臓は動きを止めていました。 Yさんは、昨日入院。子宮口が閉じているため ラミナリヤという海草をいれてお産の準備をしました。そして、今日。医師が海草を取り、子宮口は少し開いていたため、陣痛誘発剤の 膣錠(膣の奥に入れ体温で解けて陣痛を起こす)を入れることになりました。1時間もすると 「お腹が少し痛い」と不安そうでした。御主人は、仕事でまだ病院に来ていません。私は、なるべく傍に付き添いました。緊急の入院で 少し離れることになりました。薬を入れて2時間後 「なんか、いっぱい流れてきました」と。破水です。破水から 程なく陣痛が強くなりました。内診させていただくと、膣の中に胎児が触れました。「Yさん、破水ですよ、子宮の出口が開いてきて 赤ちゃんが下りてきています」お産の進行状況を伝えると、とても不安そうな表情でした。「Yさん、御主人 病院には無理かしら? 何時にとはいえませんが赤ちゃん生まれますよ。御主人に来ていただけるか お電話してみてはどうでしょうか?」「はい、そうします」 薬を入れて3時間後。陣痛はあるものの、もう少し強くならないと時間がかかりそうです。医師に連絡し、2個目の膣錠が使われました。(膣錠を使うのは、助産師は出来ません。医師だけが出来ます) その頃、御主人が病院に来てくださいました。Yさんの表情が和らぎます。2個目の薬を入れて1時間後。声が険しくなりました。16週ですから、多分赤ちゃんは体だけで10cmもないでしょう。いきみ始めました。私は、静かに処置のシートや手袋を用意しました。一度だけ 内診すると 膣の中に赤ちゃんが お尻から下りてきていました。「Yさん、いきみたいですね。力入れていいですよ。大丈夫ですよ」Yさんは、御主人の手を握り締めて、声を絞り出すようにいきみ始めました。2回ほどいきむと、つるっと 静かに産まれました。 妊娠初期ですから、こういう時期はなかなか胎盤がはがれないのです。胎盤の処置は 医師に任せました。 カラダは小さいですが、手や足はきれいで指も5本そろっていました。スタッフが 手作りした小さな産着を着せ、小さな棺おけになるような 小さな木箱に安置しました。Yさんが落ち着かれたので、御主人と一緒に赤ちゃんと面会されました。 すでに、母子手帳が手元にありますとのこと。母子手帳には、出産の状況(妊娠週数、出生日・時間、体重や身長など)を書きこむページがあります。「Yさん、もし良かったら、母子手帳に記録残させていただいてよろしいですか?」「お願いします」と。 こういう、お産のときは母子手帳の重さを痛感します。お産に立ち会った、医師・助産師の名前を書きます。心をこめて。次に、16週で、死産されても 女性の体は悲しいもので 母乳が出ます。そのことは、Yさんも ご存知でした。「Yさん、もし良かったら、朝・昼・夕に 御家族と赤ちゃんが一緒にご飯を食べるように母乳を搾ってお供えするという考えがありますよ。でも、おっぱいが辛くてとめてしまおうと考えたら、受診してください。お手伝いしますね。」「そうします」と。 「それとね、これは渡したほうがいいのか相談してと思って・・・」ととても細く短い「へその緒」を桐箱に入れて差し出しました。「お辛いからこれはいらないとと思われるようでしたら、火葬の時に一緒にしてもいいのですけど」「ください。こんなに細いんですね。宝物にしてお供えします」「短い(妊娠期間)時間だったけど、お腹にいてくれてよかったです。ありがとう」Yさんは 私の手を 強く強く握り、母子手帳と桐箱を握り締めて泣きつづけていました。 不思議なもので、少し離れた分娩室で 同じ時間帯に元気な男の子が産まれていました。まさに、「生」と「死」が同時に訪れた日でした。 助産師にとって、「生」のお産も 「死」のお産も 産婦さんの カラダとココロに寄り添い 共に喜び、悲しむことが必要です。今日は悲しい話でごめんなちゃい
2007年02月06日
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今日は、ちょい暗い話になっちゃうかも・・・ です。昨日の、お産で出会った御家族のことで、自分の記憶からよみがえったことがありました。 経産婦さんで、上の子は3歳になる 可愛い女の子ちゃんでした。「あたし、もうちょっとしたら お誕生日なの~~」私「お誕生日 いつかな?」「2月の~ 13日~~」私「いくつになるのかな?」「うんとね~ みっちゅ~~~」(3才になるそうです) 2月13日・・・ なんだったっけ?バレンタインディの1日前? あっ・・・ 先に旅立ってしまった 実の兄の誕生日でした。にぃちゃん ごめんね、わすれてたょ 私は、3人兄弟の 末っ子です。一番上の 姉とは12歳離れています。次の兄とは10歳離れています。兄は、自立心が強く、中学校卒業すると親戚の自営業の所で働くため15歳で家を出て行きました。この時、私は まだ5歳。兄とは、年が離れていたし、性別が違うせいか、ほとんど遊んでもらったことはなく自分にとって、「兄」という感覚がなかったんでしょう。その後、兄は20歳で結婚、仕事も独立、3人の子供にも恵まれました。が、兄の家族と、ウチの両親を含めた家族との 交流はありませんでした。私が、看護師3年目(24歳)のとき、兄は突然の交通事故で即死しました。兄は、まだ34歳。3人の子供と妻を残して、悔しかったでしょうね。兄の、死から、私は「人間いつ突然死にゆくか分からない。生きているときに、精一杯のことをしよう」と決めました。それから、助産師になったのです。兄の「死」がなかったら、多分 看護師のままで、誰かと結婚なんかしてたりして その、兄が亡くなって 15年が過ぎました。命日は覚えていましたが、兄の誕生日はすっかり忘れていましたあの子に感謝です。今年は、兄の誕生日にケーキを作ろうかな
2007年02月05日
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ただいま~当直 終わりました。やっぱり、大潮の 波にのまれました 昨日、当直に入ったときは、すでに退院していて、母子誰もいませぃぇ~んで、一緒に夜勤する、内科の看護師さんに「さて、何をしましょ」と、思いっきりの笑顔で聴きましたが、「今は何もないよ」と。しょんぼり・・・・・ で、ちょっくら休んでたら「陣痛が始まったみたいで」「はいはぃ。何時からですか?」などと聞いてみると。今回、お産は2回目。昨日の妊婦検診で子宮口は半分開いてるって「あっはい。すぐいらしてくださ~い」 もうダッシュで、入院準備 産婦さんが到着されました。表情は余裕でしたが、すでに子宮口は8cm ちゃっちゃと お産の用意です。で、入院から1時間後 3日の夕方7時過ぎに 3200gの男の子の誕生です そして、朝にも2回目のお産の方が 子宮口8cmで入院。まだ、陣痛が弱かったので 日勤の助産師にバトンタッチしてきました。 やっぱり。あたしは、お産がないとう当直がないのです嬉しいもんです安産に 感謝 感謝
2007年02月04日
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今日は休みなんですが。前から 書いているように 今働いている病院にも嵐が産科医師が辞めていき、いよいよというか、もぅというか。今後の、産科分娩取り扱いについて 改革か、撤退するか厳しい状況になってきています。残る産科医師は、高齢の方で、緊急時の帝王切開などの対応が難しいと思われます。お産にこられる、産婦さんや ご家族は、「母子共に安全に産まれる」のが当たり前です。しかし、そういった緊急にどう対応できるか・・・・・産婦さんと赤ちゃんの命を守るために、私たち助産師は頑張りたいのです。でも、「頑張ろう」という言葉だけでは、どうにも出来ないときがあります。今まで以上に、安全性を高めて、もしも危険なときはより安全にお産が出来る 高度の設備(母児に緊急事態に対応できる)病院に移っていただくようにしなければならないでしょう。それよりも。もしかしたら、分娩を取りやめることになったら・・・・・ 私は、辛いですけど、お産を扱える病院で働きたいのでまた 働けるところを探すしかないのですよ開業という手段もありますが、何分にも まだカラダの状態が良くないので時間で交代しながら、働けるところを探すでしょう こんな状況が続いているせいかな今朝は、すんごぉ~い 不思議な夢にうなされました。お産の方が、2人。同時のお産の状況です。1人の方は、「う~~~ん」と、一息で ポンッと産まれました2人目の方は、なぜかね、男の人がお産する産婦さんなの。ありえないけど。で、「う~~~ん」と、いきんで一回赤ちゃんの頭が見えたのに。そこから、お産が進まずで、なんか、場面が変わって。次のいきみで、今度は頭ではなく 赤ちゃんのお尻が見える・・・・・なぜか、途中で、赤ちゃんが 逆子になってるのよ~ ありえなぁいで、急遽、帝王切開になり、無事産まれましたそこで、パッチリ目がさめました。「ありえなぁい」とつぶやいてみました。こりゃ、相当 仕事に追われているのです。自分がこわれなきゃいいのですが
2007年02月02日
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こんばんわ先週のように、またまた「きらきら研修医」 みてます。今夜は、産科の「カイザー」です。カイザーって帝王切開のことです。逆子(骨盤位)や胎児仮死((お産中に、お腹の赤ちゃんが苦しくなる)などで、普通に「経膣分娩」が出来ないとか、危険な場合、お腹をスパッと切って赤ちゃんを取り上げます。テレビでも、ガチャピンせんせ~が言うように、「最初の数分が勝負や」です。助産師も、もちろん帝王切開に立ち会います。自分では、取り上げてと言うわけではありませんが。産科医師が子宮から取り上げた赤ちゃんを、ちゃっちゃっとへその緒をパッと切り離します。で、「ほれっ」と、助産師に手渡されます。赤ちゃんの状態によっては、助産師が自分で、出生直後の新生児を速攻助けなくてはなりません。大学病院の頃は、そういう緊張事態に立ち会うことが多かったですが。今の、病院では、逆子などの場合陣痛や破水の起こる前に早めに予定を決めて帝王切開します。緊急時でなければ、手術室に、ご主人が立ち会えますまた、「カンガルーケア」といって、産まれたばかりの赤ちゃんを、ママさんの胸元に抱っこしていただきます。産科だけですよね。退院のときに「おめでとうございます。また、いらしてくださいね~」と、笑顔が出来るのは。 今日は、大潮 満月 です。が、日勤ではお産はありませんでした。大潮は、4日まで続きますよ。今週末、3日(土曜)に当直ですどんな、赤ちゃんの ハッピーバースディにつかせていただけるのでしょうかおまちしております
2007年02月01日
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