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名古屋日帰り強行@どまつりガイダンス&万博MTG 毎日の移動は、これでも前回より軽め。 今日は、はんこでおなじみのシャチハタの万博担当者 に会った後、どまんなか祭りの参加チームガイダンス に出かけた。 シャチハタの方とは、市民プロジェクトのことで会った のだけど、意外なことに、万博に合わせたスポーツ企画 もあるようで、そこに松岡シューゾー氏の名前が出た。 「おやおや、こんなところにもシュー様」 何でも、リサイクル事業で、テニスボールを椅子の足につ ける運動というのがあって、それに会社をあげて協力して いるんだそう。 特に、聴力障害を持っていて、補聴器をつけている人達に は、椅子と床の摩擦音というのが、耳に響いてしまうらし い。 それにしても、あの見た目はいただけない。 あれを見ると、何故か、四足の動物を思い出す。 どうにかならないものかと思っているのは私だけではある まい。 シュー様には、いろんなところで、ニアミスをしている。 会っても笑わないようにしよう。 今日は流石に疲れた。明日も早いので寝ます。
June 27, 2004
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「へー、こんなの、あるんだ」@小倉競馬場駅 車椅子バスケの全国大会のポスター。 躍動感のある絵。 梅雨本番の中、昨日の夕方から、万博のプロジェクト の打ち合わせのために、北九州市立大学に来てる。 「漫画の影響もあるのかなあ?」 なんて思いながら、モノレール駅の階段を降りて 行く。長くて狭い階段だ。 「どうやって降りるのか?」 私の頭が、条件反射で回り始める。 小さい頃、学校から帰ると、隣りの文房具屋のキク坊 のところへ飛んでいってた。 文房具屋の看板娘。とても可愛い。私より一回り上。 キク坊は歩けない。 筋無力症という病気で、中学生の頃から歩けなくなっ たらしい。 「まともなのは、首から上だけなんよ。」 とキク坊は、幼い私に説明しながら笑った。 中学生になって、彼女をおんぶできるようになってか ら、時々、車椅子で外に連れ出していた。 長い階段や、段差の激しい道を見ると、そこで立ち止 まっている自分とキク坊を思い出す。 「ここだったら、人が少ないから、駅員さんに声をか けられるなあ」 階段のことを恨めしく思ったって仕方がない。 解決方法を考えるだけだ。 駅から歩いてすぐのところに大学がある。 いつもミーティングを行うゼミ室では、プロジェクト を一緒に進めている大介先生が授業中。 「学生に混じって待っててください。」 と電話で言われたのを思い出して、中に入る。 窓辺にあるカウチに座るまで気づかなかったのだけど、 座った時、目の位置に、病院で移動に使われるベッド があった。 「ああ、この人だ」 障害を持っている人が、大介先生のやってるサークル にいることは、彼のサークルの掲示板の書込みで知っ ていた。 どの程度の障害なのか、その書込みからは想像できな かったけど、目の前にいる彼女は、見るところ、寝た きりで、ほとんどの動作に介助がいるような状態だ。 ベッドの上にある体の容積の少なさに、そこに人が いることを、ほとんど認識できない。 その現実を私が認識している間に、もうひとつ、私の 五感が感じていたことがあって、それは私をとても心地 よくした。 彼女の存在は、この空間で、自然に受け入れられていた。 今、こうして、改めて日記に書き留めているけれど、 あえて、私が意識したり、好奇心をかき立てられたり しなくていいくらい、普通にそこにいる。 そのこと自体が、実は普通ではなかなか経験できない ことだったのかもしれないけど、その空気を私はゼミ の間、一緒に吸いながら、再びキク坊のことを思い出 していた。 キク坊と一緒に町を歩くと、いつも視線を感じた。 じっと見つめる子ども、目をそらしながらも意識が こっちを向いている大人たち。 「子どもに見られるのはええんよ。興味を持ったり、 怖がったりするのは、自然なことだから。」 キク坊は、人の目を一瞬で捉え、その後ろにある 感情も読み取った。 「この人の前では、何もごまかせない」 中学生の私は、そこで腹をくくった。 キク坊にはうそをつかない。 そうか。リアルっていうのは、こういうことかもな。 何にもごまかさない。ごまかせない。 この人のことをここに書こうと思ったのは、テニスを している子ども達は、果たして、周りの大人たちに 受け入れられていると思っているのだろうか?と疑問 に思ったからだ。 結果を問われるスポーツという世界で、子ども達を 育てていくという作業は、実は、とてもセンシティブ な仕事だと思う。 最初に、日本の子ども達のテニスを見た時、彼らが とても周りを気にしているのを感じた。 「勝たなければ受け入れられない」 そういう空気。 自分のゲームではなく、周りとの取引を試合中にして いる。 もしくは、逆に、どんな状況でもおかまいなく、自分 の子どもを受け入れてしまうであろう、親達。 これって、優等生&障害者へ対して起こる反応と心理 によく似ている。 優等生は、みんなに何を期待されているのか、よく知 ってる。彼らは、自分のイメージをそこで勝手に作っ ていく。 そのイメージは、彼らの内面から作られていくわけで はない。 だから、そのイメージを維持できなくなった時、彼ら は周囲の中に自分の存在を見出せず、ましてや、そこ に本来のリアルな自分さえも発見できずに戸惑う羽目 になる。(リアルの高橋くん) 障害者の中にも、世間一般の障害者のイメージでしか 自分を捉えてない人もいる。 彼らは、障害を武器にする。 子供が子供であることを武器にするように。 自分達が異形であるが故、世間が自然に受け入れられ いというリアルな事実と、受け入れるべきだという正 論の間でしか、自分の存在を見出せない。 (車椅子バスケのメンバーのひとり) ジュニアプレイヤーが陥りやすいのは、優等生の方。 「トップジュニアにありがちなシンドロームですよ」 練習の後のBBQパーティで、あるプレイヤーの話になっ た時、韓国人のお父さんが言った。 「小さい時に、トップに立つと、その後のスランプで 上がれなくなることはよくあるんですよ。彼女も それで今、行き詰まってるんでしょう。」 自分のテニスを見つけることの大切さが、ここにある。 たとえば、小さい頃はそうでもなかったけれど、最近 ぐっと伸びてきているプレイヤーの試合を見ていると 確かにその傾向は見える。 「そうだなあ、ジルなんかがいい例かも。」 お母さんコーチは、彼女の成長をじっくり見守ってきた。 最近のプレイには、とても粘りがあって、たくましい。 勝っても負けても、変わらず支えてくれるコーチや家族 がいるという安心感は、子ども達の成長には欠かせない。 グループレッスンの中で、成績が残せなければ、次の遠征 に連れて行ってもらえないとか、ホームコートでも、競争 を強いられている子ども達には、もしかしたら、自分が 受け入れられているという感覚はないのかもしれない。 もしくは、せっかくテニスでの居場所を見つけても、 日本の学校教育の現場で、自己表現の制限の壁にぶちあた り続ければ、その影響から逃げろ!という方が酷。 それでも、挑戦し続ける者にしか、勝利の女神は微笑ま ない。 さて、ゼミ室の授業が終わる。 私がどんなに心地よい時間を過ごしていても、障害を持 っている彼女のリアリティは、心地よさを求めるために は、そのための解決策を探すチャレンジの連続。 「ねえ、誰か小倉の駅まで連れて行ってくれない?」 「いつ?」 「何しに行くの?」 知り合いが路上で歌っているのを聞きに行きたいと いう彼女のリクエストに、ゼミ仲間が質問を浴びせる。 交渉成立。 車椅子ならぬ、ベッドの上からの彼女のチャレンジに 静かに感動している自分がいる。 レッテル好きの世の中では、しばし、リアルはレッテル の後ろで身を潜める。 ましてや、すでに世の中のそのレッテルに振り回されて 生きてきた身には、自分のレッテル依存症さえわからな くなってる可能性もある。 だからこそ、そこから、子供は守ってあげたいよね。 過剰な期待も自己否定もしない、そのまんまって、 案外難しいもんだけどね。
June 26, 2004
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「おー!朝から熱いねー、兄ちゃん」@サッカーEURO2004 アメリカのメディアでは味わえないもののひとつが サッカーへの熱狂ぶりだ。 実家の整理を一緒にしているうちの兄貴、サッカーフ ァンで、テレビのスポーツニュースを見ながら、スー パープレイに朝から声をあげている。 「あー、ベッカム、また外した~!」 (あんた、CM出過ぎだよ>ベッカム様) サッカーの熱さ。 チームスポーツであること。 プロの世界各地のチームで、世界レベルの選手が 自由にプレイできるそのボーダレスなシステム。 そして、国対抗のビッグイベント。 それらの相乗効果によって、ここ数年、日本国内に も、ファンが増えてきている。 (と、これを書きながらも、目がテレビ画面に・・) 「・・・・うーむ、ワザあり」 イングランドとポルトガルのPK戦の熱さに、サッカー をフォローしていない私でさえ、その醍醐味を味あわせ てもらえる。 サッカーの面白さは、何もフィールドの上だけではない。 このゲームに熱狂する各国のサポーター達も、このスポー ツの重要なエレメント。 今回、日本に来る飛行機の中で、もっとも熱くグローバル な展開をしているこのサッカーの歴史と、これらの世界的 イベントマネージメントするFIFAの戦略のドキュメン タリーが上映されていた。 その中で、一番面白いなあと思ったのは、このFIFAの 世界的なサッカーの普及戦略。 日本に来る前にダンナと見たニュースか何かで、ペレが出 ていた。 「あのボール、ペレが死んだら、価値が上がるかなあ」 そう。 うちには、ペレのサインしたFIFAの公式ボールがある。 94年のアメリカでのワールドカップで、パサデナのロー ズボウルでメディアセンターのボランティアをした時、 ペレのスポンサーであるマスターカードのプレス向けの イベントがあり、その会場のお手伝いをした。 「歩くマスターカード」と誰が言ったんだっけ? スポンサーのご機嫌を取るためではないだろうが、ペレは 誰にでも笑顔を振りまき、紳士的に対応していた。 ボランティアの私達にも、マスターカードのその会場の ディレクターを通じて、それぞれの名前の入ったサイン 入りのボールをくれることを約束してくれた。 そのボールが届いたのは、それから数ヶ月後だったけど それは確かに私の名前が入った公式ボールだった。 ペレを初め、多くのサッカー選手は、貧しい境遇の中か ら成功してきている。 そのためか、サッカーのFIFAが、半世紀以上も前か ら、サッカーの世界での普及のために取った戦略は、ジ ュニアプレイヤーの育成と同時に、社会的貢献として それぞれの地域で大きな影響を与えてきた。 アフリカのケニア、難民キャンプに出来たサッカー選手 養成キャンプ。 タイの貧民街の、食料供給プログラムと一緒に作られた サッカーのユースチーム。 南米ボリビアのスラムから子供達を守るために立ち上が ったサンタクルスのアカデミー。ノーベル平和賞に3度 もノミネートされたという。 そういうふうに考えていくと、日本の中で、ジュニアテ ニスに力を注いでいる人達というのは、テニスによって 何を子供達に与えようとしているんだろう、という素朴 な疑問が沸いてきた。 子供達を強くする、その先には何があるんだろうか? 世界に通用する「日本の」テニスプレイヤーを生むこと? それで何が起こるんだろう? 最近、オリンピックに出る卓球の愛ちゃんを見ながら、 やっぱり疑問が沸く。 確かに愛ちゃんは強くなった。世界に通用するレベルに なった。 SO WHAT? いつもお疲れ気味の愛ちゃんの表情に、どうしても、 社会的な意味を見出せないこの頃。 日本のメディアにも問題はあるんだろうなあ。 個人技であるがゆえに、テニスにも卓球にも、選手個人 への負担が競技以外の場でも大きくかかる。 スーパースターになるということは、同時に、社会的責 任を負うことでもあるという事実。 特にテニスのように心の成長段階であるティーンエイジャ ーでも世界のトップに立てるという前例を持つ世界では、 その社会的なプレッシャーがどんなに選手に影響を及ぼす かは、カプリアティの例を出すまでもない。 ジュニアテニスのサポーターは、サッカーのように、 スタジアムの応援席で騒ぎ立てるわけには行かない。 この辺りで、テニスというスポーツのサポーターとして 静かな熱狂スタイルというのを確立するためにも、戦略は 必要になってくるなあ・・・・ (沈黙3分) ーふと、顔をあげるかっぱ母(シナリオ風に) 窓の外からは雨上がりに鳴き始めた鳥の声。 「シューゾー君はどうしてるんだろう?」 ふと、日本一テニスに熱くなれる男を思い出す、梅雨明け 間近の朝。 「日本のテニス界の梅雨明けは来るのだろうか?」 (お蝶夫人パパ、竜崎コーポレーション、夏木勲の後ろ姿 を想像してください) ローズボウルのVIPルームで見た、FIFAの色とりどり のメンバー(黒人が半分以上だった)の顔を思い出す。 テニス界版FIFA、ウイリアム姉妹が引退する頃なら 実現するかもね。
June 25, 2004
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「もしもし!」@事件がいっぱい。 電話口に出た声が興奮していた。 「S子ちゃん、ど、どうしたの?」 久々に電話した田園調布に住む友達は、小学生の女の子 のお母さん。田園調布で庶民生活をしながら、お金持ち の生態観察を楽しんでいる元子供グッズのデザイナー。 「なんか、今、田園調布で事件があったらしいの。 まだヘリコプターとか救急車とかいっぱいいて・・・」 私には、このS子ちゃんの他、同郷で、ふつうの主婦の 生活をしながらも、その鋭い感性で、クールに今の教育 現場を分析する友達が数人いる。 「究極よ、ここは。都知事も近くに住んでるし(^^)」 毎日のお金持ち観察は、彼女の生活に彩りを添える。 日本に帰ってくる度に、この日本の現場の真っ只中に いる彼女らの声を聞く。 「みんなの中で浮かないように、目立たないように、 どうやって生き延びるか、そういうことに神経使う のよ」 「人間関係、大変よー。」 と言いつつ、その中で、自分をちゃんと持って、流され ずに子育てをしている彼女は強い。 それにしても、この彼女でさえ、時々、気を滅入らせる 日本社会の閉塞感、ロスから帰って来る度に、この空気 の重さが如実にわかるようになってきたのは、いつの頃 からだっただろう? 東京を歩いていると、息苦しくなる。 「そういう時は明治神宮に行くといいよ」 故郷の近い編集者の友達が教えてくれてから、何度そこへ 足を運んだことか。 わからないけど、確かに何かが重い。 生き難くなっている。 同じ空気を、テニスをしている子供達から感じなかった ら、もしかしたら、この日記も続けていなかったかもし れない。 最初、ロサンゼルスへの海外遠征を日本の子供達へ進め ようと思ったのは、純粋に、テニスの経験を積むためだ ったのだけど、何度か、子供達のテニスを見ているうち に、気持ちが少し変わってきた。 「あー、ロスの空気を吸わせてあげたいなあ」 コートの上で、叫んでいる子供達を見せたいなあ。 うまくなるためや、プロになるためではなく、今の日本 の子供達には、逃げる場所、息をする場所が必要な気が してきた。 思いっきり、軽い空気の中で、テニスをしてもらいたい。 日本だけが世界でないことを知ってもらいたい。 いろんな生き方があることを実感してもらいたい。 そんな気持ちが自然に沸いてきた。 大人達がコントロールする、いつも見られている場所 ではなく、いつも点数をつけられる場所じゃなく、君 達が君達のままでいられる場所があることを知って欲 しい。 私が最初にロサンゼルスを訪れたのは、もう随分前だ けど、その頃、私はアメリカが大嫌いだった。 ロサンゼルスの人工的に作られた街の雰囲気も、文化 も歴史もなさそうなのっぺらな感じにも馴染めなかっ た。 ところが、何度も日本とロスを行き来する間に、日本 はドンドン変わっていった。 子供が生まれた後、日本に行った時、電車に乗っていて 「私はこの国の何を子供達に見せようとしてるんだろう?」 と思ったことがある。 老人が目の前に立っていても席を譲らず、寝たふりをして いる若者達。 ルールを守らない子供達を注意しない大人達。 もちろん、いいことも沢山あって、子供達は、今も日本 に来ることを楽しみにはしているけれど。 そうして13年経った今、私にとってはロサンゼルスの 方が日本より遥かに住みやすい場所になってしまった。 過干渉な親は、子供の逃げ場を無くしてしまう。 その親自体にも、もしかしたら、逃げ場がないのかも知 れない。 逃げろ、逃げろ、逃げろ、子供達。 まだまだ世界は広いんだから。 ここにいることはないんだよ。 ここだけで君の価値が決められるわけじゃないんだから。 思いきり、逃げてれば、そのうち、滑走路を飛び立つため の翼が背中に生えてくる。 自分を殺したまま生きなきゃいけない世界より、きっと マシな場所がある。 電話口の緊迫した友達の声を思い出しながら、気分は もう夜逃げ屋本舗。 「どこに逃がしてあげようかなあ・・・」 17歳で家出して以来、地球上にいくつも逃げ場を 持つに至っている私には、適職かもしれない。
June 24, 2004
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テニスが由緒正しいスポーツであり得る場所@USA 「Kiki,she is just one year older than you!」 対戦することのなかった12歳のプレイヤーを見ながら、 あーちゃんがKIKIに葉っぱをかける。 ハリウッドの閑静な住宅街にある歴史のあるテニスクラブ。 「映画スターがその辺でプレイしていそうだなあ。」 なんて思いながら、長い通路を歩いていると、プール サイドで、有名人?らしき人がカメラの前で延々とし ゃべっている。 「やっぱ、いるんだわ(^^)、こういう人達が」 今回は、あーちゃんは18歳以下にエントリー。 ドローには、12歳以下のトッププレイヤーがエントリー していて、今日勝ったら決勝で当たる可能性もあったのだ けど、いつものラウンドロビンで時々顔を合わせるプレイ ヤーにあっさり負けてしまった(TT)。 12歳の少女は、近くのコートで16歳のプレイヤーと 同じくセミファイナルを戦っていた。 「これはもしかしたら、この子が優勝するかも」 12歳とは言え、体格はあーちゃんよりもずっといい。 落ち着いたゲーム展開には、12歳の幼さがない。 もうこの歳で、プロを目指すかどうか決まる子達もいる。 この子もその選択を迫られる時期かも知れない。 今、アメリカで一番注目されてるジュニアといえば、この 間のイースターボウルのU18で優勝した14歳のドナル ド・ヤング君。 インサイドテニスという雑誌に、彼の記事が載っていた。 「9歳の時、大学の奨学金という選択は捨てざるを得なか った。」 元プロのお父さんが、当時を振り返る。 オレンジボールでも優勝しているドナルドには、今、様々 な企業からのスポンサーのオファーが来てるらしい。 すでにプロツアーのワイルドカードも獲得、LAでの大会 にも姿を見せてくれそうだ。 確実に増えている黒人のテニスプレイヤー達。 先週も朝のテレビに、ウイリアム姉妹が登場。 何でもオリンピックのプロモーションプロジェクトで、マ クドナルドと提携して、ビーナスがオレンジの帽子をデザ インしていて、それが紹介されていた。 ハンバーガー食べるともらえるのか?? こういうのを見ると、 「テニスだけしてて欲しい・・・・」 なーんて思ってしまう(笑)。いや、いいんですけどね。 USオープンで初めてファイナルまで進んだ頃を思い出す と、すっかりセレブらしくなったビーナス。 去年は家族が殺される事件や怪我で、しばらくメディアか らも遠ざかっていた。 最近、また笑顔が戻ってきたと、そのことがテニス雑誌の トップ記事になっていたりするあたり、プレイヤーとして だけではなく、セレブとしての認知度が高まっていると いうことかも。 一方、新しい星、ドナルド君は、ウイリアム姉妹とは違い、 両親ともプロという、テニス界では、それなりの血統書付き。 このままプロとして活躍してくれれば、間違いなく、黒人の コミュニティのローモデルになるに違いない。 別に、福祉活動をして社会貢献をするとかいうことではない のだけど、そういうのは、プロを育てていく上で、すごく大 事な意識だと思う。 どんなテニスをするのか、自分がどんなテニスプレイヤー になるのか、幼い頃からプロになる子供達への教育の一環 として、歴代のプロ達のことを学ぶのも必修科目だ。 それに、どんなに幼いプレイヤーでも、大人達は、その子 のプレイが賞賛に値するものであった時、一個人として、 敬意を表することを忘れない。 今日のあーちゃんの試合には、近くに住むダンナの友人夫婦 が観戦に来てくれた。 初めて試合を見るご主人の方は、あーちゃんの独り言につい 笑ってしまう奥さんのメリーベスと私とは対照的に、かなり 真剣にゲームを追っていた。 終わった後、 「You are a good tenns player!」 「I just lost!」 「It doesn't mean you are not good.」 蛇足の訳 「君はいいテニスプレイヤーだね。」 「今、負けたばかりだよ」 「負けたからって、いいプレイヤーじゃないとは 言えないよ。」 こんな会話を横で聞きながら、子供達を見守ってくれる 大人のいることに感謝したくなる。 「Did she entertain you enough?」 最後にメリーベスに聞いた。 「Sure,she did.Let us know when Kiki plays next time.」 テニスプレイヤーも、セレブも、それを支える人がいな ければ生まれない。 小さなエンターテイナー達は、今日も十分観客を楽しま せてくれた。 明日はジャック・クレイマークラブで、立野家との練習 とスイミング&BBQの予定。 前から「いつ電話するの?」とセッティングを催促されて いた。こういう時のテニスは、本当に楽しいらしい。 来週からはセクショナル。 暑い夏のテニスシーズンが本格的にスタートする。
June 19, 2004
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「え?テニスもそうなの?」@グラナダヒルズ ヒップポップの大御所と言われるトニー・ティーさんの スタジオで、レッスンの合間にトニーさんと話す時間が あった。 (ちなみにトニーさんは、マイケル・ジャクソンのバック ダンサーをした初めての日本人らしい) 「日本の子供達のテニスを見ていると、なんか大人しい というか・・・」 ダンスの世界でも同じことをトニーさんも感じていると 言う。 「フリとか、覚えるし、練習もするんだけど、踊りを 見てると、『それは別にお前が踊らなくてもいいん じゃないの?』って言いたくなるんだよね」 ふむふむ。 「動けりゃいいってもんじゃないんだよ。ダンスは表現 なんだから、そいつの中身が表現出来なきゃ、見てる 人は感じないんだよ。」 去年、広島の元暴走族の少年達で構成された南中ソーラン という踊りのチームのレッスンを引き受けてくれたトニー さんとアカデミーの研修生達。 その少年達と一緒に、JAPAN EXPOというイベント でパフォーマンスをしたのだけれど、ダンスのうまい下手で はなく、その少年達のダンスに、彼らは心底感動していた。 「あの広島の子供達は、ある意味、自分を表現せずには いられなかった子供達だったのかも」 「そうか、もう一回抜けちゃってるんだな(笑)」 何故か、日本の今の社会は、自分を表現することを抑制す る装置が働いてるようで、それは子供達の表情などに表れ ているように思う。 水曜日のクラスに行った後、ずっとこのことを考えてたら 面白いメールが飛び込んできた。 「ひとりの子供のアイデンティティを作るには、その子を 一個人として認める大人が20人はいる。」 日本とオーストラリアで子育てをした人が、どこかで聞いた ことばのようだった。 日本の社会は、個人がどこかに所属していないと、その存在 を認めないところがある。 母親になると、○○ちゃんのママになり、社会の中でも、会 社や組織に属していないと、まるで透明人間のような扱いを 受けることすらある。 昨日、あーちゃんのレッスンが始まる前に、隣りのジャック クレイマークラブに寄ったら、夏休みに入った子供達が沢山 集まって、ジュニアのイベントが行われていた。 クラブのトップジュニア達が合同練習していてるんだけど、 いつもの練習とは違い、何だかとてもリラックスして、楽し そうだ。 コートの外で見守る大人達も、わきあいあい。 あーちゃんのレッスンが始まったので、コートをうつったが、 その後、クラブの方から、賑やかな音楽が聞こえてきた。 「あ、マカレナ・・♪」 トニーさんとの会話を思い出した。 「トニーさんのところで、テニスの子供達のレッスンもして もらおうかな~」 「ボクシングの選手とかサッカーはやったことあるけど、 テニスは考えたことなかったなあ。」 トニーさんは、黒人と日本人の体の動きなどの研究もして いて、「鳩の首理論」や「16ビート理論」など、論文も 発表していて、これをスポーツ一般にも応用するための テスト中でもある。 ところで、海外に行くと、トーナメントの合間に、BBQ パーティやディナーの後にダンスをしたりすることもある。 「ああ、そういう時、日本人って乗れないんだよなー。 浮くんだもんなー。それはレッスン必要かも(笑)」 コートの外も上も、自己表現の場であることは変わりない。 プレイは、その生き方の一部であり、テニスは表現方法の ひとつ。 そう言えば、今日はKIKIの小学校の卒業式だった。 イヤーブックにひとりひとりの自己紹介が載ってる。 「私は大きくなって有名になります、何故なら・・・」 という文章で始まるそれぞれの夢。 KIKIの夢はアーティストになること。 テニスは学校ですることはないけど、学校には、彼女の アートワークを認めてくれる大人達が沢山いる。 テニスもKIKIにとっては、自己表現の手段のひとつ。 お姉ちゃんとはアプローチは違う。 テニスにも芸術点をつけるとしたら、誰がトッププレイヤー になるだろう?
June 18, 2004
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「これが来年から倍になるのか・・?」@Zonal Team 今日、あーちゃんに初めてインビテーションの来たチーム テニスの大会の申し込みを送った。 「そう言えば、去年の今頃は、こんなのあることも知ら なかったんだよなあー。ティア2だったし・・」 早くトーナメントを始めた同じ歳の子達より、明らかに 経験の差がある。去年より進歩してるのは確かなわけで それを喜ぶべきなんだけど、子供のテニスの腕前が上が っても、親の経済力が上がらないとついて行けない世界 なのね、って今更気づくなって(笑)。 嬉しさと一緒に、とほほな気持ちを味わいながら、 申し込み書をポストに落とす。 とは言え、これだって、選考に漏れる可能性はある。 初めてのチームイベントに、少々気後れしているあーち ゃんを 「いいじゃん、選ばれるかどうかわかんないんだもん」 となだめて?承諾させる。 そう、チャンスの神様は前髪しかないんだから、掴める うちに掴んでおかないとね。 南カリフォルニアのトップ25選手を5人ずつのチーム に分けて、ユタとテキサスの大学で行われる地区別対抗 戦へ送るというこのイベント。 ユタ大学とテキサス大学へのテニス奨学生としての道も 開けるというものらしい。 KIKIにも同じ招待状が来たけど、10歳以下のカテ ゴリーで、すでに11歳になっているKIKIには参加 資格がない。 ・・・・実は胸を撫で下ろしてたりして(^^; 情けない(--)。 でも、今の12歳のカテゴリーは、どうも簡単にランキ ングを登らせてくれそうにない。 あーちゃんがエントリーしているローカルのU18に、 ノーシードで入っているMちゃんは、まだ12歳! チェックするとU12でトップ、U14でも20番内に 入ってる。こりゃ強そうだわ。 KIKIの方はお金の心配より、次の招待が来るかどう か、そっちの対策の方だな。 それにしても、このチームイベント、飛行機代とか入れ ると軽く1000ドルは超える。 「トップの子達の親って、こういうのをこなして来てる んだわぁ~」 と改めて、皆さんに敬意。/(・_・)←敬礼してるつもり 今日はあちこちLA中を回った後、レイカーズのファイナル の中継をラジオで聞きながら、帰路に着く。 ラジオからもアナウンサーの脱力感が伝わってきて、夕暮れ のフリーウエイを走る車も、ロスの空も、力が抜けているよ うに見える。 「あー、見たくなかったぁ~」 家に着いた時、残り時間が10分以上もあった。 覚悟を決めて、負け試合をとくと目に焼き付けることにした。 隣りには、学期末試験の方のファイナルの勉強で、スペイン 語の教科書を広げているあーちゃん。 ダンナは、ファイナルだから栄養つけなきゃ!という訳の わからない理由をつけて、昨日、買ってきたステーキを 焼いている。 「あ、そこの辺においておいた記事、高校テニスのことと か書いてあるから、読んでみて」 ホームスクールについての記事が、テニス選手のインタビ ューやアンケートの結果などを混ぜて一面に載っている。 さて、次の数字。 春に行われたイースターボウルのプレイヤーと親を対象に 実施されたアンケートの結果と全米の数字。 年間平均22日、最高70日 高校生の欠席日数 年7%~15% ホームスクールを選ぶ子供の増加率 全体数に対する比率 2% ホームスクールを選ぶ子供達 150万人~190万人(2000~2001) 年平均$27000 テニスにかかる費用 などなど。 記事の中に、あーちゃんの小学校の時の友達で、中学から ホームスクールになったコーラルのことも載っていた。 「あ、コーラルだ。元気にしてるのかな?」 「その辺で見るよ、時々」 小さい頃から元気そうな子だったけど、今は、ウォーター ポロのトップ選手として活躍しているようだ。 「ウォーターポロなんてプロの世界はないのにね」 「オリンピックだろ、目指してるのは」 そう、ホームスクールは、特にスポーツのプロになるため だけではなく、ひとつの選択なんだよね。 この2%の中には、学校が近くにない子だとか、障害を持 っている子達だっている。 しかし、この中で確実に、スポーツ選手は増えている。 これも戦略のひとつ。 数字を見ながら、ゲームの戦略を親子共々考えねばと 思う、夏休み前。 レイカーズのファイナルの無念さをブレンドしながら 「あしたのために その1」(段平のおっちゃん!) の「高校テニス後半戦」編と「U12サバイバル」作戦 に着手する、数字を見るとゲーム気分になる(^^)母 でありました。今夜もいい風@ロス
June 15, 2004
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「ううう、重い・・・」@ベンチの空気 いつもならテレビに向かって、ご近所から聞こえてくる 歓声に便乗して、日本語で叫んでいるのに、今日の試合 は、見ていて、そんな声さえも出なかった。 「点差がそんなにないのに、なんか負け戦っていうのが 雰囲気でわかっちゃうねー」 ため息つきながら見るファイナル。 辛い(ーー;。 「I see Shaq,I see Kobe. But where is LAKERS?」 観客席にファンが掲げたプラカード。 そうなんだなあ、今日の試合、全然LAKERSらしく なかった。というか、PISTONSの戦術とチームプ レイに、本来の動きを阻まれているような試合内容。 これを書いてる間も、テレビでは様々な観点からファイ ナルの経過が分析されてる。プレイヤーの十二支で、今 の彼らの波を占ってる白人のおっさんまで出てきた(笑)! いくらホストがロブ・フクザキ(日系スポーツアナウンサー) だからって・・・(他人事ながら恥ずかしい) それでも、こういうビッグイベントには便乗してしまうこと にしている。アメリカという国の一面が、こういう時によく 見えるからだ。 試合を追っていると、町の中でも、知らない人達と会話する のにも困らない。(^^) それに、こういう時は、スポーツの歴史だとか選手のことと か、思いがけない知識も増える。 ________________________________________________ 今日のハーフタイムには、PISTONSのハミルトンの インタビューを交えた、彼のバックグラウンドの紹介があ って、それはとても印象的だった。 (こういうのは日本でも流れるのかな?) 父親と同じ、ビッグリップスというニックネームを持つ 彼は、小さい頃から、この父親に守られてきたという。 黒人社会で、親が子供達にスポーツを奨励するのは、何も プロになるためだけではない。 ギャングメンバーの誘いを受けないように、スポーツに没 頭出来る環境を作ることは、ひとつの大きな自己防衛手段 でもある。 「自分がまず最初に、この町から出て、プロになると決めて いたんだ」 「NBAに入るだけじゃない。NBAでチャンピオンになる というビジョンを持ってた。だから(父さんに)そんなに 驚かないでって言ったんだ(笑)。だって僕は、そういう ビジョンを持ってたんだから。当然なんだよ、ここにいる のは。」 きっと彼は、その町のヒーローになることも想像してたに 違いない。 でも、それは、自分のためだけじゃない。 その町に住む自分と同じ境遇の子供や若者達のためだ。 彼の言葉に、彼の生き様が見えてくる。 「僕の名前を覚えていてくれるなら、僕がこの町の出身だって ことだけは、覚えて欲しいんだ。」 ____________________________ プロになるということは、スポーツビジネスの中で、エンター テイナーになることとであり、同時に、社会的なローモデ ル、模範となることも意味する。 そう言えば、OJシンプソンの事件から10年で、また最近 ニュースで話題になっているけど、あの事件があれだけの インパクトを与えたのも、アメリカならではことだよなあ。 こっちで育ってないと、こういうのは感覚的にわからない。 特に、黒人社会では、このローモデルになるということは 強く意識されていて、彼らの成功してからの社会貢献度は、 なかなか表には出ないけれど、すごいなあと感心すること がある。 NBAのファイナルのハーフタイムに、こういう映像を 用意しているとことか、その制作意図というか視点など、 日本のスポーツ界がまだまだ到達していない領域がある のではないか? 例えば、今のジュニアテニスプレイヤーで、どのくらい の子が、テニスの歴史について知っているだろうか? 興味を持っているだろうか? テニスの歴史について、教えられるコーチがどのくらい いるだろうか? プレイヤーの生き様を語ることの出来る人達はいるだろ うか? USTAのニュースレターだったか、エッセーを募集して いて、そのテーマが 「何故、アーサー・アッシュは伝説の人となったか?」 こういうことも、私は、ダンナに教えてもらわなければ 知らなかったし、興味も持たなかったと思う。 テニスプレイヤーのことなのに、人種差別の歴史を知ら なければ理解できないこととか、世界情勢やその国のこ とを知らなければわからないこととか、世界に目を向け るということはこんなことも含まれているんだなあと アーサー・アッシュのことを調べるだけでも勉強になっ たのを覚えている。 (あ、ここではイチイチ書きませんので、興味のある方は ご自分でお調べ下さい。え?もう知ってる?失礼しました) ___________________________ 誰でもヒーローになれる。 それは、勝ち続けることだけじゃない。 トーナメントでチャンピオンになることだけでもない。 戦い続ける限り、何度でも、何歳になっても、ヒーロー になれる。 ヒーローは、誰かに勇気や力を与えられる人のことだと 思う。 ハミルトンは、今、故郷の人達にすごい元気を与えてる。 NBAの選手のひとりひとりに、そういう故郷があるって 考えるだけで、何だか嬉しくなってくる。 と、ハミルトンのインタビューに元気をもらって、ハーフ タイムの後半は、家の前のバスケットコートに走り出て、 KIKIとダンナと、2on1(私が1の方ね)。 久しぶりのバスケだったけど、まだボールの感触は忘れて ない。 いつもテニスコートでバカにされてるので、リベンジ。 ・・・でも。 ハーフタイムの間だけでよかった。 まともに動いて、息が切れた。ぜーぜー。 カール・マローンとそんなに歳変わらないのに・・・・。 (比べるなって?) そうだ、カール・マローンもすごい奴なんだよなー。 と、アメリカンヒーローを語り続けるとキリがなくなり そうなので、この辺で。 今、注目の日本のヒーローは誰だろう? 一番自分に元気を与えてくれるのは・・・・? ヒーローはみんなのヒーローである必要はなくて、自分の ヒーローならいいんだよね。 そう考えると、一番のヒーローは、子供達かな、やっぱ(^^)
June 13, 2004
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「やっぱ、変・・・」@ウエストチェスターのテニスコート 今日からまたトーナメントが始まった。 週末の仕事が入っていたので、ランチタイムに抜けて KIKIの試合を見に行く。 「今、6-0で1セットを取って、2セット目が始まっ たところ」 他人から見たらどうなのかわからないけど、KIKIは お世辞にも強そうには見えない。ひょろひょろして、ふ にゃふにゃして、歩き方は内股で、それをダンナはキャ ットウォークと呼んでいる。 「あのさ、あのふにゃふにゃなの、どうにかならないの?」 日本の田舎で、野山を駆け回って育った母は、どうも その身体能力のなさそうな風情が気に入らない。 「What's wrong with it?」 うちのダンナは結構、あのふにゃふにゃなのが気にいって るらしい。 今日のKIKIの相手は、見るからに気合いが入っている。 応援席もさわやかスポーツマン家族っぽい。 片や、我が家は、仕事を抜けたハッピ姿の母かっぱと、 オキナワンなズングリコーチ、今日の会場の近くに住んで いるボーイフレンドを呼びつけて、半分デート気分のおね いちゃんが、タコスを頬張りながら観戦しているピクニッ ク気分の一団。 (ま、かなりオープンなパブリックコートなので、こうい う情景もありだけど、プライベートなクラブでは、それ らしく振るまいましょうねー、皆さん) どう見ても、気合いじゃ負けてる。 「いや、こういう弱そうな奴が勝つっていうのが面白い んだよ」 面白がり方、間違えてない、お父さん? とりあえず、一回戦は突破。 次のラウンドでは、リトルモーの地区予選優勝者と当たる 予定。
June 12, 2004
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「ビビっちゃいましたよー!」@トニー・ティーダンスアカデミー 興奮した様子で、助手席で話し続けているのはY君。 お神輿の会を通じて知り合ったこのY君は、8月の二 世ウイークのパレードに参加予定の自称ダンサー。 3年前にヨサコイソーランチームをロスで立ち上げた 時からお世話になっているトニー・ティーさんのスク ールに挨拶がてら、彼を連れていった。 トニーさんは、日本人であるが、ヒップホップの大御所 として、また日本人で初めてマイケル・ジャクソンのバ ックダンサーを務めたダンサーとして、日本へ本場アメ リカのダンスを伝えてきた人である。 毎年、日本全国から、このアカデミーに研修生達がやっ てくる。 この研修生達を中心に、ロスのローカルなイベントなど のお手伝いなどをしてもらっている。 さて、Y君。 さすが自称ストリートダンサーだけあって、いきなり 上級クラスでの体験レッスンにもどうにかついていっ ている。 「へー、なかなかやるじゃん!」 その彼が冒頭のセリフを何度も繰り返した。 レッスンの最後に、研修生達が床に輪になって座り、 その中で、指名された二人のダンサーが戦う。 そう、ダンスでバトルするのだ。 相手の体に触ってはいけないというルールで、二人 のダンサーが、ミュージックに合わせて、喧嘩する。 この研修生達、毎年お世話になるのだが、みんなすご く素直ないい子達だ。トニーさんとこの方針なのだろ うけど、とても礼儀正しい。 それが、ダンスでステージに立った途端、まるで別人 のようになる。 「圧巻だねー」 ダンスバトルになると目が離せない。 双方の怒りの表現。 その強さ、リズム、相手との絡み、表情、迫力などなど、 見ていて、どっちが勝ってるのか、傍からではわからな い時もある。 でも、本人達には、どっちが勝ってるか負けてるかは かなりはっきりわかるらしい。 終わった後、「くそー、負けたー!」と言って床に座り 込む男の子。でも、その表情がとても気持ちよさそう。 何かこんなふうに、直接怒りを表現する方法を持ってい たら、精神的に健全でいられるかもしれない。 佐世保の事件の女の子がバスケで発散していたように、 今の日本の社会って、どこかでガス抜きする方法を ひとりひとりが持っていないと危ないんじゃないかな? 「いいねー、バトルー」 側でその私のつぶやきを聞いた研修生の女の子がすかさ ず言った。 「やりましょうよ!楽しいですよ!」 何でもこのスクールには、日本から来た寿司職人のおじ さんもヒップホップを習いに来ているらしい。 変わったところでは、某ボクシングのチャンピオンも 試合前に、このトニーさんの理論によるトレーニングを 受けにきたという。 バトルが出来るようになったら、生きてる感覚、違って くるかもなー。 ダンスバトル、日本で、広く普及すれば、少しは明るい 社会になるんじゃないだろうか? 怒らない日本人の精神衛生上のマイナス面は、中島義道 氏の本にもあったが、怒りを伝えられないというのは はっきり言ってコミュニケーション能力の欠如。 これって、西洋文化の中では、技術として体得してない と生きていけない。 テニスコートでもね。
June 11, 2004
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佐世保の事件を思い出しつつ@ロスの夜 「・・・・・うまい。」 リアル3巻を読み終えた。 つい、オタク気分で、もう一度読み直して、コマ割り とストーリーの展開の早さと無駄のなさに唸る。 「オヌシ、なかなかの腕前とみた・・・」 ネットカフェで読もうと思っていたカメさん推薦の 漫画本の前で沈黙すること、約3分。 「これに匹敵するテニス漫画は出来ないものか・・・」 こんなこと考えるのが趣味です、ハイ(笑)。 京都のネットカフェで見当たらず、ロスに帰る飛行 機に飛び乗る前につい関空の本屋で買ってしまった本。 結局、飛行機の中では映画を見てしまい、ロスに着い てからはバタバタと忙しく、やっと今日、読んだ。 「リアル」というタイトルについて考えているうちに 佐世保で起こった事件のことが引っかかる。 『こんなことが現実に起こるなんて、信じられない』 『現実とバーチャルの世界を混同している』 などと世間は、トンでもないことが起こったと騒いでい る。 こういう事件が起こる度に、 「起こって当然でしょう」 と、感じているのは私だけではないと思う。 戦争にしても、イラク戦争のことばかり反対するけれど 地球上で毎日ニュースにもならないくらい起こっている 日々の戦争のことは、誰も気にしない。 (ブラジルの貧民街なんてすごいぜー! 毎日が戦争。生きてるだけで大儲け! 誰か「CITY OF GOD」見た人いる?) それほど、報道されない現実と、子供達の教育現場や 家庭環境における日本社会の荒廃はすざましいものが ある。表から見えない分、現実は、陰湿化してきてい るらしい。 そういうものにフタをしながら、経済成長や、生活の 向上、消費生活を見境もなく推進してきたツケが、ま わってくる時期なんだと思う。 この事件だって、みんなネットの影響だっていうけど、 実はあの、現実と想像の世界がわからなくなる感覚って 漫画を読んでる時も起こるんだよね。 昔は、漫画とか本とか、何かに没頭している子供達と いうのは、現実逃避というより、自分の世界の中で遊ぶ ことも、子供の仕事として受け入れられていた。 おそらく、その没頭度では、昔の子供の方がレベル高か っただろう(^^) でも、今の子供達って、そういう世界さえも、大人に 干渉されたり、日々の忙しさの中で、確立されなくな ってきていて、そういう時間があったとしても、それ は現実逃避の色が濃くなってるに違いない。 手っ取り早いのがゲームの世界で、ゲームの威力という のは、「みんながやってるから」とか「やらないと仲間 外れになるから」という理由で、親達が受け入れざるを 得ない状況になってたりする。 そんな中、子供達が、今の日本の社会の中で、現実感を 味わえる数少ない方法が、スポーツをすることなのかも しれないと思った。 「リアル」のストーリー設定は、フツウの生活をしている 人達には、おそらく目新しくはあっても、あんまり自分の 身近なこととしては実感できない状況だ。 障害を持つということも、事故に遭うということも、経験 のある人にとっては生々しい感覚だけど、私達は想像する 力があるので、漫画を読んでる間は、あたかも自分がその 物語の中にいるかのように、感動する。 でも、もし、この物語の中に、ひとつでも自分の実生活と 結びつくものがあれば、それは想像ではなく、リアルな 感覚として、自分の中に蘇る。 「バスケ、してえ」 これは、わかるなあ。 生きていて、何が一番リアルな感覚かって、それは肉体を 100%使っている時、限界に挑戦しようとしている時、 自分の体を感じる時。 その時、心もひとつになって、そのリアルな感触を楽しめ る瞬間。 スポーツは、その記憶を体に刻んでくれる。 佐世保のニュースを聞いたのは、ロスへの帰り仕度をし始め た頃だった。 トンでもない話だというよりは、 「やっと子供達が大人の世界に、最終警告を発し始めている んじゃないかな」 と感じて、ある意味、今の子供達の心の叫びを代弁したような この女の子の感性を哀れに思った。 「リアル」の作者も、今の学校の中で起こっていることを 的確に捉えている。 本当に、リアルなのは、大人達には聞こえない、無言で叫んで いる子供達の声なのかもしれない。
June 10, 2004
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「フツウするか、そんな質問・・」@今日も脳天気 これは、日本の学生が、アメリカに来て、授業中に 一度はつぶやくセリフである。 この人達は恥じらいというものを知らないのだろうか? ここは大学だぞ、大学!そんなの、常識でしょう! 憤慨するマジメな日本からの留学生の憤りは、そのトン チンカンな質問をした生徒に、まともに対応する先生の 姿を目にした瞬間に、行き場を失う。 「そうか、それはありなんだ」 ロサンゼルスマラソンに、トレーニングもせずにスタート ラインに立った時もそうだ。 私以上に準備の出来てなさそうな、それでも、そこに存在 していることだけで満足してニコニコしているランナー (とも呼ぶのも躊躇われる)を見た時にも思った。 「こういうのも、ありなんだ」 とにかくチャレンジする人に、めちゃめちゃ甘い点数をつけ るのがこの国の特徴かもしれない。 ダメ出しをしない。 やる気のある間は、社交辞令であろうが、皮肉であろうが、 とにかく励ます。 失敗も経験。 会社をつぶした数で、採用が決まったという、ちょっと前ま でのシリコンバレーの伝説も満更ウソではないらしい。 今日、この夏のロス近郊のジュニアのトーナメントのリスト を写しながら、 「こんなにテニスする子供がいるのか?」 と、不思議に思い、いくつかすでにサイトで参加者を確認す ることの出きるトーナメントをチェックした。 6月も半ばを過ぎると、アメリカの学校は夏休みに入る。 6月の終わりには、日本でいう全国大会の予選が各地で始まり、 トーナメントラッシュに突入する。 チェックしたサテライトのプレイヤーのリストには、州外から の参加者の名前が結構あった。 「なるほど、夏休みだから、ロス以外からも来るんだ」 ロスは、夏でも陽射しは強いものの、風が涼しく、意外と 過ごしやすい。(夜は結構寒くなるから、長袖のジャケット は必要だよ~>ロス遠征のみんな達) 夏のトーナメントシーズンを過ごすには、内陸部の熱波や、 東海岸の湿気と戦うより、快適な場所だと言える。 ただ気候の良さは、いつもプラスだけに働くわけじゃない。 今日、日系のマーケットから持って帰ったフリーペーパー のエッセーの中に、 「気候が良すぎて、何も考えなくなるので、それが嫌で 他の土地へ引っ越した人もいる。」 とあったのは、日本人として、妙に納得できる。 ロスにいる日本人が日本人離れしていくのは、この気候の せいなのだ。(と気候のせいにしておこう) こんな土地柄だから、みんな、何にも考えないで、マラソン に出たり、テニスだって、自分のレベルも認識しないで、 トーナメントに出たりするに違いない。 ・・・書いてる内に、何だかだんだんバカになってくるよう な気分になってきた。ヤバイじゃん! この気候が合ってる職業もある。 発明家や研究者には、この脳天気さはサイコーらしい。 頭が空っぽになるので、新しい発明も出来るというわけだ。 ノーベル賞に一番近いといわれながら、会社に冷遇されていた 中村修二さんも、サンタバーバラを退社後の研究場所に選んで いる。 カリフォルニアからは多くの発明が産まれてる。 産まれても、育てたり、そこから発展させていくのは苦手ら しく、大概、その部分は日本とかヨーロッパの国の方が上み たいで、商品化とか、おいしいところはみんな他のところに 取られるという現象もあるらしい。 これって、テニスにも言えないだろうか? なんせ、チャレンジするのが大好きなので、テニスプレ イヤーは沢山出きる。大会も沢山ある。環境はいい。 その後だなあ、問題は。 と、考え始めたところで、外から湿気のない、快適な夜風。 しばし、頭を空っぽにする快感に酔う。 「・・・・・・・」(空っぽ) テレビでは、数日前に亡くなったレーガン元大統領のニュース。 「この人も脳天気な人だったなあ」と故人を偲ぶ。 「フツウ」俳優が大統領になれないという「フツウ」を見事 に覆したレーガンが、終の棲家に選んだのは、このロサンゼ ルスだった。うちから車で30分くらいのとこにある。 その更に内陸部にあるレーガン図書館で、葬儀があって、 そこへ行くのに3時間(渋滞で)、棺の置かれている場所に 辿りつくまで平均合計7時間もかけるロサンゼルスの人達。 (こういう人達が、何にも考えてないか、すごく考えてるか、 考えないことにしたい。) 今や、俳優が政治家になるのは当たり前で、州知事がシュワ ちゃんというカリフォルニア州。 やっぱ、フツウじゃない人が産まれてくる土地でもあるわけ で、このまま、カリフォルニアボケを甘受するのも、ひとつ の選択かもしれない。 チャンスの神様は、そういう脳天気な人々を見下ろしながら 何を考えているのだろう。 もし、最後までここに住んでたら、死亡診断書に 「死因:カリフォルニアボケ」って書いてもらおう。 病状は、チャンスを追い続けて死ぬこと、だな。
June 9, 2004
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「シンガポールかどっかに来たみたい(笑)」@WNテニスクラブ 昨日のラウンドロビンのアジア系の多さには圧倒されてしま った。 みんな10才以下だろうか? (やけに栄養の行き届いた奴もいるなあ。 太ってるけど、顔は幼いし。) ギャラリーも、アジア系(フィリピンとか南方系が入ってる?) の親達で埋められている。 (おー!スキンヘッドのお父さん!何人かわからん!) 「普段見ない顔も多いね」 久々に来たこのクラブ。 壊れていた照明も修理され、ベンチも新しくなっている。 (ん?金回り、よくなったか?それとも寄付かな?) アジア系のお父さん達の中には、明らかに体育会系ではない、 どちらかというとエンジニアとか、教育熱心系の人達がいる。 スポーツファンだと、うちのダンナなどと話していると、 テニスの話が、NBAのプレイオフの話にいつのまにかなっ ていたりするんだけど(笑)、この手のお父さん達は、 あくまで、マジメに、子供達のテニスの話で終始する。 こういうお父さんを持つ子達の多くは、教育の一環と してスポーツをしていて、大概、このまま大学へ行って、 専門職についたりするのだ。 数年前、女子のジュニアのトップだったAMBER LIU は、今も確かスタンフォードでテニスをしていて、最近、 カレッジのリーグでもシングルで優勝したというニュースが 流れていたが、こういうすごいプレイヤーが、プロになるこ とより、学問を選ぶということが往々にしてある。 彼らは、その青写真を小さい頃から持っている。 持てる環境を作っているのは、やっぱり家族だと思う。 日本の子供達はどうだろう? 今回の佐世保の事件でも表面化しつつあるような、今の 日本の社会が子供達に及ぼしている、大人には見えない 影響は結構根深いものがある。 だからこそ、家庭環境というのは、すごく今から大事に なってくる。それは、どこの塾に行くとか、どこの学校 に行くとかいうことよりも、ずっと大事だと思う。 その意味でも、ロスにいるアジア系、特に中国系の移民 の人達からは、学ぶことが多い。 彼らの多くは、とても家庭を大切にする。 周りが何をしていても、「我が家は我が家」というスタンス がある。 日本のジュニアの状況を見ていると、子供のテニスのレベル というより、周りの環境がどう彼らを支えていけるかという 問題の方が大きいような気がする。 混沌とした社会の中で、子供以前に親が翻弄されているのが 今の日本。 子供達の大会やクラブでの練習を何度か見に行ったけど、 親御さん達の不安と期待がヒシヒシと伝わってくる。 「う・・・この空気。」 あーちゃんが小さい頃、公園デビューに失敗した母は どうもいわゆる「○○ちゃんのお母さん」モードが 実はかなり苦手。 あのテニスクラブの空気には、そういうトラウマを思い 出してしまう何かがある。 アメリカのテニスコート脇では、結構、親に話し掛けたく て仕方ない気持ちになるのに、日本では、何だか親御さん と話すと、不安感をもらってしまいそうで、怖くなる。 でも、たまに、話し掛けたくなる人達に出会う。 家族力というのがあるとしたら、きっとこれからの日本の ジュニアテニスに必要なのは、そういう家族の力、支えて いく力だと思う。 さて、我が家の家族力も、最近、試される時期に来ている よう。 アジアの時代は、この家族力がキーかもしれない。 マイケル・チャンも杉山愛も、家族力から産まれたプレイヤー だものね。「今日はおいしいご飯を作ろう!」と心に決める@病み上がりの母
June 8, 2004
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「なんてロケーション!」@ロス ビバリーヒルズ、ロデオドライブに徒歩5分。 今度、日本から来る子供達のためのホストファミリー候補 のひとつ、N邸にお邪魔した。 お、ラウンドロビンの時間だ! 続きは帰ってから。
June 7, 2004
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「チェ!ケパソ!?」@フレンチオープン決勝 チェっていうのは、日本語の「ちぇっ!」ではない。 同士とかブラザーみたいな意味のスペイン語のスラングで ある。 革命家「チェ・ゲバラ」の「チェ」もそう。 彼もアルゼンチン人だったね。 そう、赤い土のコート、フレンチオープンの決勝は、この アルゼンチン人同士という珍しいカード。 当然、軽く勝つと思われたギジェルモ・コリアが、足の痙 攣を起こし、3セット目から意外な展開となった。 ロサンゼルス時間の朝、ベッドの中から2セットが終わっ たところを確認、 「コリアが勝ったら起きよう・・・」 と時差ぼけを理由に寝坊を決めこんでいたら、 「おいおい、サーブも出来ないのかぁ・・」 ダンナの声に、あまり見るつもりもなかった試合に、 「え?コリア、まだ決めてないの?どれどれ・・」 それから2時間近く、ベッドの中から、コリアの苦戦に 付き合うことになった。 だいたいアルゼンチン人というのは、中南米の国の中でも 「自分達は特別だ」と思っている、ちょっと鼻持ちならな い国民性であるというのは、ラテンアメリカ通の間では 一般論として通っている。 しかし、ここのところの経済的な苦境の中、スポーツに 愛国心を燃やすアルゼンチン人というのは、見ていて、心 を打たれるものがある。 それを実感したのは、2002年のワールドカップ。 たまたまアルゼンチンが負けた日、上野駅を歩いていたの だが、遠目にも見分けが着く程、落胆しているアルゼンチ ン人の塊があった。 「歩いていて、どれがアルゼンチン人かわかる。」 と、その後会った人に言うと、 「あ、やっぱりアルゼンチン人だったんだ。」 その人も、人目も憚らず、がっくりしている外国人を見て もしかして、と思っていたそうだ。 何かでコリアの記事を読んだ時、彼が、 「僕が勝つことで、少しでも母国を元気づけられれば」 とコメントしていて、 「アルゼンチン人にしては殊勝なことをいう奴だなあ。」 童顔の彼がそういうことを言うと、何となく効果が倍増 するような気がした。 皮肉なことに、今回は相手もアルゼンチン人。 会場には、アルゼンチンの往年のスタープレイヤー、 ビラ氏も観戦に来ている。 フルセットを戦った後の敗北。 試合直後に、ラケットを地面に叩きつけるコリア。 ベンチに座って、しばらく動かない横顔。 ・・・・今回のフレンチオープン、あんまり試合は見て いなかったんだけど、この決勝のコリアの戦いと表情は 忘れることが出来ないだろう。 アメリカでのこの試合の解説は、あのマッケンロー。 コリアの不調を信じられないという様子で、 「これはエンターテイメントだ。ドラマだ。」 と言いながら、まるで、コリアがこの退屈なカードを演出 しているとでも言いたそうな口ぶりであった。 確かに、結果は演出家であるはずのコリアの思い通りには いかなかったかもしれないが、テニスの格から言っても、 十分自信を持っていたはずのコリア。 表彰台のスピーチからは、育ちのよさそうな少年の顔が覗 いた。 国のためでも、家族のためでもなく、勝つことに恐ろしく 貪欲なコリアを、もしかしたら、アルゼンチンは待ってい るのかもしれない。 そうだ。 鼻持ちならないアルゼンチン人といえば、あのマラドーナ。 入院したってニュースが流れたけど、まだ生きてる? 悪い奴ほどシブトイんだな、これが(笑)。 コリアへの期待は大きい。 それは、勝ったガウディオでさえ、スピーチの中で触れて いた。コリアと対照的なソフトな表情の彼は、自分の置か れた状況をよくわかっていた。 表彰台でアルゼンチン国家を聞きながら、帽子を取って 俯くコリア。 「来年も戻ってくる。」 その言葉を信じることにしよう、チェ・ギジェルモ。
June 6, 2004
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我が家はいつも通りのテニスライフ@ロス やっと戻ってきたロサンゼルス。 時差ぼけ防止のためにもと、だるい体を起こして、 子供達のテニスの練習を見に行く。 我が家から高校のテニスコートまで、歩いて5分。 もう男子のテニスシーズンも終わっているというのに、 相変わらず高校生達は、コートに出てきていて、ダンナ は娘達の練習より、そっちの方の相手に忙しい。 あーちゃんとキキは、しばらく二人でゲームをしていた ようだが、それも終わって、ネットをはさんで、ボレー でラリーを始めた。 ラリーは続かず、代わりにコートに笑い転げる二人の姿。 それでも、それを何度も何度も繰り返す。 「何がそんなにおかしいの?」 ネットまで歩いていってみると、どうやらラリーを、日本語 アクセントの英語でカウントしているらしい。 「ママ、『7』って日本語で何ていうの?」 「セ『Bブン』でしょ」 Vではなく、Bの発音を強調するように、口をわざと突き出 して言ってみる。 「キキったら、セブヌーって言うんだよ(笑)」 キキ「ゲラゲラ・・・(お腹を抱えて転げている)」 二人で遊んでいる時は、とっぷり二人だけの世界で、いつも 笑い転げているこの人達。 日本に2週間以上いた時に、キキは、この日本語読みを 覚えた。 いくつかの英語の単語がそのまま日本語読みをすれば通じる ことに気づいたキキは得意になって、片っ端から英語を日本 語読みしていた。 テレビ、テーブル、キッチン、ドア、ウインドー、ETC. で、ある時、キキが聞いてきた。 「マミー、これ、イナフ?」 「はぁ?イナフ?」 ENOUGH、十分の日本語読みのつもりであった。 あーちゃんと私にはバカ受けだったが、 「キキ、それは通じないよ。ENOUGHは日本語読みでき ないんだよ(笑)」 ところが、昨年だったか、日本の地下鉄で電車を待っている 時のこと。目に飛び込んできた映画のポスター。 「イナフ・・・。日本語になってる(^^;」 映画のタイトル「ENOUGH」が、そのまま日本語読みに なって邦題になっていた。キキのことを思いだし、密かに笑 う母であった。 英語の数字を日本語アクセントで数える様子は、日本人から 見ると、何だかバカにされてるような気もしないでもないが、 ある意味、これって、日本語の特徴とか、正しい英語の違い がわかって、とても参考になる。 「これ、日本の子達が来た時にもやってあげなよ、あーちゃん」 「いいよ。じゃ、ママ、日本語のアクセント、教えてよ」 両方の言葉がわかってないと出来ない芸当である。 フィリピンの子供達が来た時も、彼らは、向こうの言葉を いくつか覚えた。その多くはいわゆる悪い言葉だったけど、 それを通じて、子供達はコミュニケーションをスムーズに していき、お互いの文化を受け入れる。 笑いながらも、ラリーは続く。 「Let's count in Japanese,now.」 英語が終わった後、今度は、日本語で、数え始めた。 「イチ」「ニ」「サン」「シ」・・・・ うーん、キキの日本語、英語訛りになってるなあ。 日本の子が来た時に、少しは思い出すといいんだけど。
June 3, 2004
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