2006年03月14日
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大森博士
 先日《こなひだ》東京の銀行集会所へ全国の重立《おもだ》つた銀行家が集まつて、地震学で名高い大森博士を招待《せうだい》して、講演を頼んだ事があつた。実業家が地震や天国の談話を聞いた所で仕方がないが、彼等は学者に勝手な事を喋舌《はなししやべ》らして於《お》いて、そして後《あと》から、
 「どうも学者などいふものはあんな迂遠な事ばかし考へてゐて、よく生きて往かれるもんですな。」
と笑ひ話にする事が好きなのだ。
 それを見て取つた大森氏は講壇の上から銀行家の禿頭を見下《みおろ》して、
 「諸君は朝から晩まで金を弄《いぢ》くり廻してゐられるが、一体一億円の金塊の大きさは何《ど》の位あると思ひます。」
と変な事を言ひ出した。
 銀行家は「さあ」と言つたきり顔を見合せて誰一人返事をするものが無かつた。大森氏はにやりと笑つて、
 「お答へが無いのに無理もありません。銀行家だからといつて、まさか金塊を懐中《ポケツト》に入れてゐる訳でもありますまいから、一億円の金塊は恰度《ちやうど》三尺立方の嵩《かさ》があります。序《つい》でに今一つ訊きますが、富士山の高さ程一円紙幣を積むと幾干《いくら》になるとお思ひですか。」

 銀行家は今度もまた「さうさ、なあ」と言つたきり誰一人返事をする者が無かつた。大森氏は小学教員のやうな安手な勿体振をつけて、
 「三千七百万円になります。」
と言つて聞かせた。
 先刻《さつき》からこんな問答に業《ごふ》を煮やしてゐた森村市左衛門氏は、「大森さん」と言つて衝立《つゝた》ち上りながら、
 「一寸伺ひますが・做蹴一ポのうちに琵琶湖とか富士山とか出来たと言ひますが、富士山を取崩したら、見事琵琶湖が埋まるでせうかな。」
と切り出した。居合せた銀行家は、「森村のお爺さん、巧《うま》くやつたな。」とにやにや笑つて大森氏の顔を見た。
 大森氏は「さやう」と言つて、森村氏の禿頭を見た。頭はニツケルのやうに光つてゐた。「御殿揚を標準《めやす》にして富士山を横断すると、それだけでもつて琵琶湖が十七程埋め立てられる事になります。」
 森村氏は「なる程な。」と言つて、そのニツケルのやうな頭を両手に抱へて笑ひ出した。頭のなかでは「耶
蘇教」と「貯金」と「長生術」とが混雑《ごつちや》になつて揺《ゆす》ぶれてゐた。





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最終更新日  2006年04月16日 21時19分06秒
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