可及的ゆるやかに。

可及的ゆるやかに。

2011.08.16
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カテゴリ: 日記
今日の朝日新聞朝刊の川柳で,

『敗戦日 休刊するとは 平和ボケ』

という,やや厳しい投句が掲載されていました。

敗戦から66年が経ちました・・・

私達の父母世代は,家族を出征させた家がほとんどではないでしょうか。
お盆に祖父母の家に帰省すると,仏壇の上には戦死された方の写真があって。

いつか誰かに伝えたいと思っていた,私の母方の祖母の話です。

12人子どもを産んで,末っ子の母(10番目)を含め,6人しか成人しなかった祖母。
その長男と次男を出征させました。


毎日,仏壇と神棚に息子達が無事であるよう,祈り続けていました。

しかしやがて,長男の戦死の知らせが届きました。

祖母は毎日大切に拝んでいた仏壇を,
「神も仏もあったもんじゃねぇ!!」と,叫びながら,
位牌からお供えから,なにもかもめちゃくちゃになぎ倒し,号泣しました。

まだ小学生になっていなかった母が,初めて見る,取り乱した祖母の姿だったそうです。

次男は,終戦後もなかなか帰ってこなかったのですが,
終戦を,サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジの直下にいた船上で迎えていました。

無事に故郷へ帰還したときに,誰よりも祖母は喜びました。
そして,持ち帰ったのは,一斗缶にびっしり入った白砂糖。
あの時代には絶対に手に入らなかった品です。



繰り返し話して聞かされた,戦時中の話。

父方は,甲種合格できた人がおらず,戦死者はいなかったので,
進駐軍のジープを追って,チョコや飴をもらった話が主でしたが・・・

嫁ぎ先でも,長男が戦死されていて,ツレ父は末っ子ながら家長に。
お盆には,一家全員で丁重に墓参りをするという習わしでした。


墓参りのたびに,全く実感のない,私の子供達に話して聞かせています。

このような歴史があって,私達が今こうして生きているのだということを,
何度も何度も,語り伝えていかなければならないと思います。



その母の母校,能代商業,甲子園で善戦しましたが惜しくも破れました。

「野球留学あたりまえ」の私立強豪校が,甲子園を席巻する中で,
能代「市立」の公立高校が,ここまでよく頑張りました。

179球をひとり淡々と投げぬき,また自ら良く打ったエースの保坂君,
ほんとうにありがとう。おつかれさま。

そして,いままで見たことの無い野球を見せてくれた能商ナイン。
君達がどれだけ練習を頑張ってきたかは,とても良く分かりました。
がんばったね。ありがとう。

応援団もよく声が出ていました。
壊れた楽器を応急処置しながら懸命に演奏したブラバン。
みんなの「ウィーアー!」,そして「ヤーヤドー」,忘れません。

お盆が過ぎ,甲子園も終わると,今年の夏が終わったような,
そんな気がしています。





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最終更新日  2011.08.16 17:02:03
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