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前回 港務局と言う公のお役所で盗み撮りをしちゃった顛末数人の方々にご心配をおかけし、からかって頂き有難うございました^^お陰様で楽しく笑わせて頂けました^^さ~て、港務局でセキュリティーカメラが有ったのにも気が付かず顔写真をばっちり撮られたか~も気が付かず鼻歌まじりに呑気にアバウト地図上では道路のはす向かいらしい 鄭 家 屋 敷 と 裏 マ カ オ 目指しての散策に出たのでした♪若い男性を選ぶ、などの贅沢は言っていられずマカオ人小父さん達に地図を指しながら端から何人も聞いて 辿りつけたみたいよ!!!で、その前に 裏 マカオ ねっ^^街路灯にはどれにも綺麗なお花の鉢があって高い場所をどう水やりをしてるのか?綺麗に手入れされて咲いていたのに感心@@街灯も味気ない電信柱の街灯と違ってエキゾティックじゃない♪ 公団?らしき入り口の表札?○号棟の棟は 座 って書くらしい^^「 所変われば表記変わる 」で面白いっ♪でも 第 も 漢数字 も三までは同じだわ^^四から先はどう書くのかな? 不動産屋さんの広告叔母の希望で撮ったの何んとなく理解できるのが可笑しくない?^^ 見つけましたよっ! 素朴、原始的 マ カ オ !歩道に沿ったフェンスに干し肉とお魚一匹だけの干物がっ!お魚の干物は矢印よ^^なんだか美味しそう~~~~~って目を近ずけてじっくり観察しちゃった!!こんな豚肉、田舎の親類ででも豚を昇天させたのかしら? < 鄭 家 屋 敷 >12月初めの時点で内装改修工事で閉まってました・・・・門の格子戸越しにガードマンと話せただけ。。。。。脱獄したい囚人みたいに格子を掴んで覗いたけど、な~~んにも見えず・・・・1881年に建てられた文化遺産指定の中国の文豪、鄭慶應氏のお住まいで中国の伝統的なお屋敷ですって内部はもとよりこの辺りの特産の牡蠣の貝殻を薄くして窓ガラスの代わりに使ってる木製格子窓を見るのが・・・・凄く楽しみだったの・・・・ とってもガッカリだった・・・・・ので入口の写真だけ撮ったの廂の下に、こんなに綺麗な絵を見つけた!中はどんなに凝ってる事でしょうか はるばる飛行機に乗って、何日もかけて楽しみに尋ねて来たのに・・・・惜しかったぁ~~~~~入り口の写真だけ撮った・・・間口はこんなに狭い 匂い菫が次々咲いて、小さい花だけど濃厚な良い香りです 名前が全然思い出せない蘭が一輪だけ咲いてくれました ☆ ご協力お願い出来ますか ☆クリックで救える命があります。http://www.dff.jp/あなたに代って企業が募金しますちゃお! あすた るえご!
2010年03月29日
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地図をみると港務局はA-Ma Templeのすぐ近くみたいだったのバラ広場を横切ってまた裏マカオを見るのを楽しみにてくてく歩きましたもうとっくに着きそうなのに着かなくて不安になって地図を指して若い男性に聞いたら2本も違う道を歩いてたっ!マカオ・ツーリスト・マップっていう現地の地図なのにアバウトなのよねぇ。。。。ちなみに道を聞く時は若い男性に聞くに限ると知ったわ若い男性が好みなんじゃないのよ^^実用のため若くて勤め人風だと英語が通じるからなお可です^^正しいらしい道を歩いていても尚不安で今度は道路を測量していた制服姿の若い男性に聞いたらあそこって指差してくれて、先の右側に現れたのが < 港 務 局 >ベランダだけ開放 9:00~18:00 無休 マカオ治安強化の為にインドのゴアから派遣されたインド人警察官の宿舎として1874年に建てられたんですってムガル人の影響による建築要素を融合した新古典様式が明らかな建築でイスラム様式のアーチが特長だそうです建物の色彩が綺麗で特徴のアーチもエキゾティックで綺麗でした☆ベランダをブラブラ見物しました ドアの枠の型がインド風だし未だに木のドアでノっカーがついていて昔のままみたい♪ 海上警察らしいアンカーのアクセサリーがありました 月曜の朝なのにどの窓も白の鎧戸が閉ってるから内部の様子が全然わからない。。。。ようやく半分開いてる窓があってラッキー!!って中を覗きながらカメラのレンズをくっつけたら。。。窓の内側にデスクがあって眼鏡をかけた若い女性がPCを打っててジロリと見られちゃった!!引くに引け無くて仕方ないから ニッコリ お愛想笑いをしてシャッターを切っちゃったのがこの写真 なかなか味のある落ち着いた雰囲気の内部ですよね叔母曰く飾ってある 槍 は昔の主なる武器だったとか左の柱の後ろにも沢山飾ってありましたちゃお! あすた るえご!
2010年03月28日
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早いもので1日フルに居られる最後の日になってしまったわ昨日も半日で頑張ってアチコチ行ったけど今日もフル回転で動くつもりで張り切って出発よ^^まずタクシーで島の南端にある < あま(女偏に馬の字は無かった)閣 廟 A-Ma Temple >に行きました開 7:00~18:00 無休 その前の広場 < バ ラ 広 場 >も遺産指定です元は海だった所で埋め立てられたのは20世紀に入ってからっていう新しい広い広場対岸に中国大陸が見えるそうだけど、気がつかなかった・・・ドジ・・・ 1500年代にポルトガル人が初めて上陸した場所ですってお寺の別名「 アマ―カオ 」が マカオ の名前の由来になったそうな廟内には堂が4つあって各々が海の神様、マー祖を祀っているそうで、朝から大勢お詣りに来てましたここでも膝つき台に膝をついて遠々とお詣りしてますねぇ 巨大打ち上げ花火みたいな、こんな巨大なお線香は初めて!! ここの渦巻き線香は香港のと色が違って黄色で灰がこぼれおちない様に灰受けが付いてるのが多かった1つ一か月も持つっていうのに4個も重ねてる!欲張りっていうか、よっぽど深刻なお願いっていうか@@みんな、なんだか 欲張りみたい あはは^^人の欲には限が無いわね @@ 昔はこんな帆船で航海したのね お鍋の縁を撫でるとお金が溜まるとかで、二人で必死で撫でたけど・・・・向こうに見える山は本土かもしれないわ?? 廟は大きい幾つもの岩の上にありました 日本人が中国の神様にお詣りしてもね~~~~って思って厄除けの爆竹をしたの♪ぶら下がってる鉤に赤い紙にくるんだ火薬を筏みたいに沢山繋いである爆竹を引っ掛けてご利益が二人一緒に来る様に叔母と手をつないで火を付けてビュンビュン回りながら大音響で爆発し続けてる間に厄除けのお願いをしたの^^ 思ってたより早く終わっちゃったけれどあ~~~~すかっと した!残骸です。。。。。 しっかり厄除け出来たかな♪ちゃお! あすた るえご!
2010年03月26日
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これもまた「世界ふしぎ発見」の受け売りで恐縮でございますが^^当時のポルトガルが日本との交易で、なぜ大儲けが出来たかと言いますと日本では価値が低くとっても安かった 銀 だったんですって日本では安価だったのにヨーロッパではとっても高価で、ボロ儲け だったらしい@@そんな事聞くと、とっても悔しいのは 愛国心?番組ではセナド広場近く のワンタン麺食堂 のオーナーででも、代々続いた老舗の方で 石見銀山 って彫ってある銀の小判?を持ってる男性が当時の銀の小判?を見せてらした石見 って書いて いわみ って読むのよ^^歴史の授業で習ったでしょう^^言わなくても常識だったかな^^まず文化遺産である セナド広場 に行きましたこの広場はあちこちに出てる写真で有名ね、マックがある世界遺産としても有名だわいつも観光客がいっぱいの広場らしいです 広場の横の道で又もや竹の足場の工事を目撃何度見ても感心するっていうか驚くっていうか。。。。。 広場に面したマックで恒例のトイレ拝借をして一休みにお茶しましたどって事無いけどマックの2階です日本のマックと変わらない光景ね ワンタン麺屋が老舗らしいので行ってみたの 店内は古色蒼然でキョロキョロと楽しかったの回りは地元の人らしいお客さんで満席でした皆其々に見た事無いお料理を注文してて興味深々だったわ^^ 昔日本語教師をしてた時同僚で上海人と結婚してた人がほんのちょっと前まで中国本土ではサービスが悪くて、例えばデパートで何か「 見せて 」なんて頼むと放り投げて寄こすのなんて普通だった って言ってたのこのお店のウェートレスは まさしく それっ「 怒ってるの 」って聞きたい位、全員が放り投げる様なサービスでこれなんだ って納得したわ@@マカオで2回呆れた内の一回でした^^ワンタン麺は期待外れで まあまあ で少しガッカリした・・・・ 何もかも満点なんて事は無理よね^^ちゃお! あすた るえご!
2010年03月23日
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聖ポール遺跡博物館の左側の敷地の外に < ナーチャ廟 >がありました 素朴に小さくひっそりとしていて 探す気が無い人には見付けて貰えないみたいな小さい廟 中国人数人だけが見てました。。。。 1888年に建てられた伝統的な中国寺院は この地域で疫病が蔓延した時 男の子の神様である ナーチャを祀る為に建てられたんですってその又横に 何にも目立たなく、ただあったのが < 旧 城 壁 >私、最初お隣りとの土塀だと思っちゃった@@アズレージョの標識が無かったら見落としてたとこよ1569年に築かれたもっとも初期の城壁で石だけじゃなく土砂、草、カキの貝殻なんかで出来てるとかポルトガル人が港での自分達を守る為に建設されたそうだけど何から守る為だったのかな?アフリカやインドでも築いたけれど地元での技術や素材を取り入れた独特のものなんですって 天主堂も十分見たし、他も見たし、辛いおでんも頂いたしで我ら出発!取りあえず色んなジャーキーやエッグプリンやクッキーを売ってる観光客で一杯の観光地商店街の混雑をを抜けてみたなんとなくブラブラとセナド広場らしい方角を目指してしばらく行ったら運よく < 聖ドミニコ教会 >に出くわしましたわ^^マカオで最古の三つの教会のひとつでいつできたのか公式記録は無しみたい薄い黄色の壁に真っ白な漆喰装飾はマカオのバロック様式ファザードで最も美しい一つなんですって10:00~18:00 無休 教会の前の広場が文化遺産指定されてるのにぼんやりドジは写真も撮らずなのでガイドブックの写真を・・・ヤシの緑が教会に映える南国風の広場でした 私ったら何を考えてたんだか@@ここでは 天井が綺麗!! って天井を撮って 古い 告解部屋 を 良い仕事してますなぁ~ って思って撮ってそれだけ・・・ 仕方無いから内部は又ガイドブックから。。。小さいから凝視してね^^ごめんなさいね。。。。 小さいけど雰囲気は分かったわよね^^ちゃお! あすた るえご!
2010年03月22日
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ご近所のこの白い桜は他のどの桜にも先駆けていつもトップに咲くのよ^^ 先週には満開で散り始めていたから昨夜の嵐でもう散ってしまったかもしれない染井吉野などに比べて小さくて真っ白な可愛い桜なの^^初夏になると1センチ位の桜ん坊をビッシリ付けますでも桜ん坊は渋酸っぱくて全然頂けない味。。。。。甲州街道でこんな可愛い袴の卒園生を見ました左にもう一人袴ちゃんが居たんだけど丁度前の女性の後ろに入っちゃって、面倒で1枚しか撮らなかった^^ははは^^春、 入園、入学、入社、 卒園、卒業、定年、 新旧が入れ替わる季節ですね 毎春きまって5輪しか咲かせられないデンファレが咲きましたこんなにチョビットで私って下手だな~と毎年の様に初心に戻らせてくれる蘭です^^ ちゃお! あすた るえご!
2010年03月21日
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たぶん普通では見られない写真^^聖ポール天主堂跡のファザードの裏側はこんなになってるのよ^^ 鉄骨でしっかり出来ていてファザードを支えてもいるみたいです裏の階段を登って窓になっている所から覗くと街の眺めがパノラマに広がって良い景色でした私覗いて楽しんだけど、写真撮るのを忘れてたわ^^ほほ^^ごめんなさいそして、焼け残った基礎石がガラス越しに見られる様になってるの ファザードだけでも大きいと想像できるけれど実寸で歩くと聖堂の大きさが実感出来ましたそして聖堂跡の一番突き当り奥の地下に博物館が有りました降りると焼け残った聖像等が飾ってあり 一番奥の突き当たりにキリシタンの磔のむごい絵が掛けてありましたただ、この絵は風景や人物などが日本じゃないみたいな感じだったけれど・・・ そして納骨してある棚がありました日本人の骨も混じってるんですって。。。合掌してから写真を撮りました そして、とっても驚いたのは日本で磔の刑に処されて殉教したキリシタンの方々の受難の追悼の目録の碑が有ったの!!日本じゃないのよ、はるか海を越えた異国の マ カ オ に!!マカオの方達の心の温かさに感動しました!! マカオに逃れたキリシタンの方々が亡くなった時もマカオ人はとても手厚く葬って下さったんですってマカオ人の温かい情けが身に沁みて、心から感謝の気持ちが湧きマカオが他人の国じゃないみたいな気持になってしまいましたちゃお! あすた るえご!
2010年03月20日
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キリシタンが弾圧され始めて大勢のキリシタンがマカオに逃れ出たんですって当時のマカオの人達が温かく迎え入れてくれたお礼に聖ポール天主堂 を建てる時は日本人達も良く働いたそうですマカオでは最も有名な世界文化遺産は1602年から35年かけて建てられましたが1835年に火災で焼き尽くされてしまってファザード( 建物前部の建築物 )と階段と壁の一部だけが焼け残ったんですってつい最近の1991年に修復が終わるまで手つかずのままで放置されてました私達は 花王堂街 を歩いて行ったらしい? です全く唐突に としか言いようがなくそれは現れて思わず「 わぁー 来た~ 」と声を上げてしまったわ^^ 他の閑散さとは大違いでここは混雑し過ぎでした ファザードの彫刻は立派な物と素朴な物が混在していました天使達の楽器の演奏が可愛らしい♪ 「 世界ふしぎ発見 」で見た面白い情報を追跡、検証して発見しましたっ^^工事現場で働いていた日本人キリシタンはキリシタンを迫害した憎たらしい 徳川家康 を天使に足蹴にされ踏みつけられている太った怪物の彫刻で表したんですって^^矢印がデブの怪物です^^ははは^^家康殿も形なし。。。。 もう1つは望郷の念断ちがたく皇室のご紋章である菊の花を飾ったそうです悲しみは深かったんでしょうね・・・・ 番組ではこの近所に「 みそ通り 」って小路があるって写してました私も行ってみるつもりだったけれど小路だらけで諦めた。。。。。マカオ名物の一つは屋台おでんですって 普通のお出汁味とカレー味と唐辛子味がありましたホット大好きな叔母に唐辛子味を買ったんですがさすがの叔母もギブアップの辛さで半分いただけ無かった見たい・・・・2枚目の写真で持て余し気味にカップを持ってます^^揚げボールみたいなのを一コ頂いた私もそれだけでお手上げだったわ他のこの辺の名物らしい物はココナツ?クッキー お味見せず色々な物のジャーキー ビーフだけ少しお味見したけど 強烈に甘くて真っ赤で気持ちが悪かった・・・・ちゃお! あすた るえご!
2010年03月17日
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聖ポール天主堂跡が近そうなので下町と庶民の生活振りを見ながら地図を頼りにブラブラ歩いて行ったの 町並みは古くて住宅がギシギシとくっついてたけどどこの街路灯にもお花が植えてあるし、手入れもしてあって荒れてる感じは全然無かったわ店先に調理台の様な物がポロンと一つあって台に1つだけ蓋があるおかゆの店や古い家具屋や八百屋さん菜の花とここでもエンドウ豆の葉っぱが旬みたいで束ねて沢山ありました八百屋さんの前を通る度に叔母が「 マンゴスティン無い? 」って探したけどとうとう無かったわ有りとあらゆる古くて小さいお店がぎしぎしと軒を並べてました車道側を歩いていた私に叔母が「 ねえ、ねえ、ピンクちゃん、何だか凄そうな所があるわよ 」って言うので立ち止まって、丁度お隣の小路が見える、縦の道から見ると並行してるお隣の小路がこんなだったの 「 ヒャー! 軽く100年は経ってそうね 見なきゃ、見なきゃ♪」って小路を入って見に行ったら左側は再開発が済んだ新しいビルばかりだったけど右側が廃墟みたいな こんなだったわ出来る事なら お家の中がどんなアンティークなのか見せて頂きたかった 「 凄いわね~~、古いわね~~、でも未だ住人が居るみたいよ、植木鉢があるもの 」等々言っているとどこからか じゃら じゃら じゃら って音が聞こえてきたの音の正体はどうも下方から聞こえてくるので塀が崩れた所から身を出して覗いたら目の前の廃墟みたいな住宅の2階分くらい低い1本隣の露地で男性達が 麻雀 で遊んでたのでした^^ 今日は日曜だから朝から誘い合わせて遊んでるんでしょう静かな街の中にパイを混ぜる じゃら じゃら だけがのどかに響いてました行って写真を撮りたかったけど下の道に降りるにはかなり先か、戻ってその小路に入らなきゃならずあまり遠周りになるので我ら、先を急ぐ 旅人 ゆえ諦めたのこんな小さい可愛い 土地の神様 も祭ってあってちゃんとお飾りやお線香が手向けてありマカオの方達も信心深いんだなぁって感じました 銀座の massage de Rose のこんな風に解体できるチョコレートを頂きました外側の花弁がビターチョコで芯にいくにつれてミルクチョコになるの^^重ねると一つのお花になります^^ ちゃお! あすた るえご!
2010年03月15日
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< カーサ庭園 >プロテスタント墓地のお隣にありました無休 9:30~18:00建物は1770年に出来た裕福なポルトガル商人の邸宅だったのがその後 東インド会社 に賃貸されて今は展覧会などの催し物がある時だけ公開されるんですってでも、後で分かったんだけどウィークデイだけ公開されてるギャラリーが有るらしいの又、見られなかったドジをしちゃった・・・・さぞ素敵であろうお屋敷内を見たかったのに残念だったわ門は大した事は無さそうなこんな感じ今の建物名、東方基金会って漢字が昔の日本みたいに右から左に書いてある! 中にはこんな素敵な邸宅が広がってました お庭はどうも、カモンエス公園って呼ばれているみたい広くて綺麗でしたよ < 40年ぶりのアメリカ大使館 >昔3年弱ほどヒューストンに居た時社会保険料を払ってたので配偶者の年金をたった月額$100程だけど払って下さるとかで40年ぶり位にアメリカ大使館に行ってきましたたったと書いたけどとっても有り難く感謝して頂きますわ^^大使館に初めて行ったのは1965年でこの頃は$1が360円で外貨持ち出し限度額が確か$2000だった気がする。。。二等書記官と英語で面接しないとビザを下さらなかったのアメリカに恋人は居ないか とか結婚する予定はないか とか両親が結婚後、伯父の両養子になった理由 とか微に入り細に入り質問された記憶がある今の様に簡単に渡米出来る時代とは隔世の感あり^^私、とっても歳をとったのね^^溜池山王で下りると日本なのに日本じゃない大きいビルがビルとビルの谷間に聳えて見えます 風に威風堂々とはためいているのは星条旗よ 大規模テロ厳重警戒とかで警察車両も何台も来てました 昔と違って警備がとっても厳重でここでまず身分証明書を見せて。。。。ペットボトルは預けるか?没収?@@警備の小父さんが僕の写真撮ったの? って可愛く照れてました^^ 後ろの建物に入ったら手荷物も体も飛行機搭乗前みたいにX線を通してデジカメは預けなきゃならず、厳し~~~でも、建物の中は懐かしき古き亜米利加だったわ♪ドアのノブが横に長いガチャンと押す式ノブみたいなのも亜米利加!特に絶対行ってみようって思ってたのはトイレ!やっぱりアメリカだったわ♪隣との仕切りの壁もドアも下から40センチ位は何も無く 素通し なのよ映画でもよく見るでしょう^^まだ日本では帝国ホテルなどの一流ホテル位しか洋式トイレが無かった’66年にサンフランシスコに行った私はトイレに入ったら何の疑いも無くそのまま直進の体勢でトイレに座って居たの有る時デパートでひょいと両隣りを見たら両隣りの女性の足の向きが私とは違うじゃないの!!ありゃ~~~~ そうだったのぉ!と初めて正しい座る向きを知ったのでした^^恥^^ほほほ^^年金担当の係り官と面接って聞いてたのでオシャレして行ったのに・・・・・英文の用紙2枚に書きこんだだけであっけ無く終わっちゃったのでした窓口の若い男性がアメリカ大使館の職員ともあろう人なのに「 お名前はピンクさんで宜しかったですか 」ってコンビニ言葉を使ったのが可笑しかったわ^^ちゃお! あすた るえご!
2010年03月13日
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前回の聖アントニオ教会のアズレージョの標識をけろりと忘れちゃった!聖アントニオなのになぜ 花王 って書くのかしら?? < プロテスタント墓地 >開 9:00~17:30 無休プロテスタント墓地のに行くのに通った文化遺産のマカオ最古の公園カモンエス広場をそれと自覚もせず写真も撮らなかった 呑気者でした木々がうっそうと茂っていたのを覚てるのみ。。。世界で最初の中英辞書を編纂した英国人のプロテスタント伝道師が奥さんが亡くなった時東インド会社に土地購入を勧めて作らせた墓地ですってあの 東インド会社 に作らせるなんてモリソンさん、よっぽどの顔だったのね1821年に作られてマカオの最古のプロテスタントコミュニティーの記録みたいな墓地らしいです伝道師の名前のちっちゃなモリソン礼拝堂もありました始めは管理人さんの小屋かと思った。。。。。TVで時々見る横浜や神戸の外人墓地よりずっと小規模で地味な感じだったけれど木々が多くてお墓が少なくてゆったりした感じなのに壁墓地が有ったのが不思議だった土の墓地は高価だったのかしら。。。。墓地入り口 ここはアズレージョのは無かった やっぱり観光客はまばら お掃除の小母さんが壁墓地の前を草むしり中わざとじゃ無いけど凄い恰好だった! 墓地の雰囲気は・・・やっぱりなんだか 寂しさが ひしひしと来ちゃった・・・・ちゃお! あすた るえご!
2010年03月08日
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前回のギアの灯台で見つけた丸やTの字の編上げの 不思議面白い 物体についてrakuten0811さんが 調べて下さりぢんこωさんが 情報を下さいましたおふた方には心から有難うございます本当は自分でしなきゃいけないのに・・・・私はぐうたらねぇあの 不思議面白い は、記号だと台風の信号に使う物ですって!台風が来ると台風が近づいた第一段階でTVの端に「T1」が出て、全番組の画面の端にずっと提示され続ける灯台に有ったものは私的にはレンズに付けて船に合図に使うのかなぁって想像はしてたの^^次の「T3」になると全部の幼稚園は休み、「T8」が出るとその時から全部の学校は休み、会社やお店もデパートも閉まってしまうとか香港やマカオでは台風はどちらかと言うと風台風で沢山の古い看板やらクーラーやらを地上に落としてくれる掃除台風の役目もあるみたいで三角のマークも風向きによって違う形のもので表示されるそうよナイトツアーで下町に行った時どの細くて古いアパートの壁にもぎっしりエアコンの室外機がへばり付いてるので怖くて下を歩けない位だったわ叔母と落下事故が多いでしょうねぇって話してたの台風の「シグナル8以上」傘マークの大雨警報の赤以上は、全部の交通手段が止まるので、観光客も足止めを喰うそうです警報が出る台風は4月頃から10月頃が多いらしいのでご参考までに^^私は昔の日本語の教え子の香港人ビジネスマンに11月がベストシーズンって聞いたので11月に行ったのでした毎日暑すぎず、寒くも無いとても良いお天気でラッキーだったわ^^ < 聖アントニオ教会 >ギア灯台からタクシーで西に向かってマカオでのキリスト教布教発祥の教会に行きました観光客は私達の他は一人で人気も殆んど無く静かで落ち着いた雰囲気でした元はマカオ初の礼拝堂として1558年に建てられたそうだけど2回も火災があって今一番古いのは1636年の十字架が残っているだけですって現在の教会は1930年に再建されたそうなのでどちらかと言うと新しいわね聖アントニオは軍人の聖人ですって7:30~17:30まで開いていて年中無休で無料です 祭壇の十字架が1636年の物でしょうか 聖アントニオ様 この辺はカーサ庭園やプロテスタント墓地、カモンエス広場(通り抜けた記憶はあり・・・)が固まってあって一挙に見られますよちゃお! あすた るえご!
2010年03月04日
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< ギアの砦と礼拝堂 > マカオで一番高い94m程のギアの丘にあります砦は海からの攻撃からマカオを守るために1637年頃作られたんですって灯台は1865年に作られて中国の海岸線で最古の西洋式灯台だそうです高さが91メートルとかのこじんまりした可愛い灯台でしたが快晴の夜は20マイルも先から見える灯がともるんですって残念ながら中は見学禁止でした灯台に寄り添うように、これも又可愛い礼拝堂がありましたこれは灯台よりずっと古く1626年に作られたそうです内部は残念ながら撮影禁止でしたが壁がかなりはげ落ちながらも当時のフレスコ画が一部残っていました白壁に色あせかけた赤一色で愛らしい一体の天使や花のモチーフが描いてありましたおおらかな伸びやかな描き方は細密にきらびやかに描かれた他のカソリック教会の絵や壁画に比べると素朴で温かく庶民的で当時のここでの教会のあり方まで偲ばせてほのぼのと心温まる物でしたよ^^丘の上からの海の眺めです他の島に行く橋が立派ね(丘の上にあったもの これは何か灯台の合図に使った物らしいです不思議面白い初めて見た物でした説明書きを読んだけどよく分からなかった・・・・不勉強を悔やんだけれど既に遅し・・・・綺麗に編み込みで出来ていました 見終わってすぐ横に丘を下る道があったので、下れるか叔母に聞いたら大丈夫、って言うので下ってみたけど丘に登るのにわざわざケーブルカーに乗るほどの事は全然無いあっと言う間の 距離・・・・・叔母を心配し過ぎて、貴重な時間を凄く無駄にしちゃった・・・・下りながら見上げた砦です マカオでは道路標識や遺産の標識にはアズレージョ( ポルトガルの柄タイル )が使われている事が圧倒的に多くて柔らかな良い感じで、ノスタルジックでした 坂道を下りた所でいくら待ってもタクシーが来ないので角にあった小さいホテルのフロントマンにお願いしてみたら快く呼んで下さってこれまた待って、ようやく移動出来ましたちゃお! あすた るえご!
2010年03月02日
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