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園芸種の「やまぼうし」と大島自生の樹の花(苞)の形がちょっと違います、大きさは同じくらいですが。先がとがってスリムです、苞どおしが重ならないすかしの状態です。今から10年以上前に熱心に「やまぼうしをタネから育てて庭や畑に植えたい」と思ってやっていた時期がありました。やりっぱなしでも樹はプランターから飛び出して地面に根を下ろし育っています。自分の背丈を超えています、何とかしてやりたいと思っているやまぼうし(HP伊豆大島文化情報館・藤井工房に記事あり)の苗木です。
2026年05月15日
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春本番に咲く「やまぼうし」ドーム型資料館と工房併設を作った時に、まわりを高い木で囲みたいと思って、やまぼうし(園芸種)を植えました。造園業の方に相談したら「潮がきついから無理だろう」と言われますが順調におおきくなっています。春本番と言えばこの樹ですね、もうすぐ屋根の高さに追いつきそうです。
2026年05月12日
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全国的に個人の家で鯉のぼりを上げることは少なくなったようですが、一カ所に集めて飾っているところが増えているようです。伊豆大島元町に住んでいますが、行動範囲の中では鯉のぼりを見ることはありません。食の世界で言えば「柏餅」が生き残っています。ありがたいことに大島では金太楼の「柏餅」がつぶあん・こしあん・みそあんの三種の具を入れて販売してくれています。私はつぶあんが好きなのでリクエストして今届きました。女房殿は「みそあん」派です。金太楼ではずっと「かしゃんば」という柏餅に似たものを作り続けています。同じような製法だと思われますが、柏の葉ではなくサルトリイバラ(サンキライともモガキとも呼ぶ)の葉に包んで蒸しています。前ほど食べる機会は減りましたが、何かのお集まりがあると今でもテーブルに出ています。「生もの」なので作る人は数や管理が大変でしょうが、ずっと残していってもらいたい島の食材です、時々求めています。お昼の後にいただきました。柏餅ですかしゃんばです
2026年05月05日
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金魚はちょっと水温が上がると走り回ります、ちょっと冷たいと水面まで出てきません。この連休にはどのカメもにぎやかです、金魚とメダカを飼っていますが、近業はいつもと違った行動をしています。なかなか決定的瞬間が写せませんが「金魚の産卵」が始まっています、数匹のオスがメスを追いかけているように見えます。数日してホテイアオイにツブツブがくっついていると別の水槽に移します、しばらくすると小さな子供が水槽のガラスについています。全部育つとたいへんな数になりますが、毎年多くて20匹くらいが成魚に育ちます。メダカの方が生命力が強いようで増えますね。
2026年05月04日
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大島に住み着いて50数年になる版画家のほし工房さんの作品を当館で販売しています。大分在庫が減ってきたので新たに注文しました、まだまだ藤井工房は健在なり、そう思っているのです。10年ばかり前にもまとめて版画を刷ってもらったことがありましたが、在庫と比べて見ると、10年前と今では好みがだいぶ違っていることが分かります。納品までにはまだ時間がかかりますが、自分の思うような版画作品が買ってもらえるのか、どうでしょうか。島の椿と島の遠景の作品が売れ筋です。手製で作った葉書の版画フォルダーに入れています、年季が入って来て台紙はボロボロです。
2026年05月03日
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私はヤマユリの変種と言われる「伊豆大島自生のサクユリ」の観察をしています。サクユリの仲間を殖やしたいと思っています。思えばその植物の生育の過程、特性や生息地を定点観測することが早道だと考えて毎週家から15分くらいの場所に出かけて育ち具合を見ています。この土手には狭い範囲で5本のサクユリの若芽が元気よく伸びています。早く伸び始めたほうが球根が大きいのかというとそうでもなく、途中で抜かして行き、4月23日の計測では一番が長さ(高さ)が140cm、根元の茎まわりが8cmの株がぐんぐんと伸びています。開花までにはまだ3カ月ほどあると思われます。このまま茎が伸びて花が咲くと土手から垂れ下がって地上まで垂れるのでしょうか。何か添え木をしてやった方がいいのか。地上すれすれになったら竹で支えてやりたいと思います。最初の写真の中には少なくとも5本のサクユリが育っていますが、よく見ないと判別が出来ません。この株が一番です写真の下から2番目が最大です
2026年05月02日
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2026年04月27日
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かなり前に父親が柿の木に着生させてあった地どりの「セッコク」を2年前にはがして移植した株です。見事に開花しています。咲く時期がずれているのは置いてあった場所のせいだと思います。
2026年04月26日
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私の自宅は大島一周道路(元町登山口そば)に面しています。キョンの通り道になっているので昼でも夜でも見かけます。しかし残念ながら写真に納めることはまだ出来ていません。家の山側には畑があるので外来生物除けの防除網を張ってもらってあるので安心と言えば安心ですが、畑に入るためにいちいちゲートを開け閉めしなければならず、非常にストレスです。時には考え事をしていて開けっ放しにしていることもあります。短時間ならまだ侵入されませんが、入られてしまったら苦労して育てた野草の「アシタボ」は全滅でしょう。駐車場から玄関に向かう通路は頻繁に使うので、さすがに網は張ってもらってありません。食べないものはどくだみと蕗の仲間や芝生くらいで、大変困っています。キョンの写真は「東京都の配布パンフレット」から撮影したものです。夜のなると奇妙な声で鳴いて縄張りを主張しているのか、相手を探しているのか、2匹で鳴き交わしていることもあります。捕獲が進んでいるとも聞きますが、全くそんな実感はありません。こっちがおりの中に住まわせてもらっているような毎日です。時々島のお客さんから「俳句集」の小冊子の製本を頼まれることがあります。200作詠みたまると記念に小部数を印刷しています。今回の作品の中に「羗除けの網に巻きつきバラ咲けり」というのがありました。文字を入力する時に「虫」のことかと思って作者に訊ねると「羗」はキョンのことだと教わりました、大陸育ちの原種生物だから漢字があるんですね。この作のようにゆったりした暮らしの目線があれば毎日が楽しくできるのか、もうすっかり諦めているのか、私も詠んでみたいと思います。ダラダラ派なので「俳句」より「短歌」でもきっとまとまらないと思います。
2026年04月25日
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潮の上げ潮の午後3時ころ休みを利用して弘法浜へ。やはり潮が引いているのを見ると行きたくなるのでした。遅かったのでもう満ちてきていましたので30分ほど遊んできました。これまでの経験からすると、いる池はほぼ決まっています、50年も前から変わりません。が、変わったのは磯が明らかにやせてしまって磯の匂いがしない、ということです。前から磯焼けだと言われていますが、メジナなどの小魚はいますが藻が少なくて住み心地はどうでしょうか大。30分ほどアミを杖代わりにしながら歩いてみましたが、私らは「エビラッコ」と呼ぶ磯すじえびの獲物は淋しいくらい(数えたら20匹くらい)少なくて悲しい現実をまた知ってしまいました。もうこれで礒行きも最後かな、そう思いながら戻ってきました。もちろん「マガニ」(ショウジンガニ)やめっかりなど全く見えませんでした、もしかしたらみんな違う池に移り住んでいるのかもしれませんがひとめぐりするパワーは帰りの砂浜歩きに取っておかねばなりません。乱獲という訳ではないと思いますなぜこうなってしまったのか分かりませんが私が知っている元町の弘法浜は残念な海になっています。
2026年04月24日
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何年も前から育っている「ハマナデシコ」です。ちょっと前のことになると、トンと思い出せません、赤だったか白だったか。前の日記を見ればいいのですが、たぶん白だろうと思います。育ててると言った実感はなく、勝手に春になるとこうして道路と側溝の間の土の隙間から出てきます。元来が強いのでしょう。あちこち工房の駐車場などで姿を見ます。さすがに車を止めるラインにはありませんが。
2026年04月23日
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多分今頃が「春の大潮」一番海の潮が引く時期だと思うので朝元町の海岸を走ってから工房へきました。弘法浜の朝10時ちょっと前でした。だいぶ引いていますが40年も前にはもっと沖の方まで引いていたことを憶えていますが、獲物はいつも近い方にいたとも覚えています。1986年の噴火の頃からでしょうか、大きく引かなくなって来ていたと思います。休館日には行ってみたと思う気持ちもありますが、引き具合はどうでしょう、まだまにあうか。弘法浜2026.4.18午前9:50分撮影ちょうど真ん中に「サンカク」と呼ばれるコンクリートが打ってある岩場があります。
2026年04月18日
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私の家から車で10分もかからない道路際に「アマドコロ」と思う群生が見られました。スズランのような感じです、家の玄関近くにもありましたが今は見かけません。もう少し行くと先週確認が出来た「サクユリ」が一週間でこんなに伸びるのか、というくらいになっていました。秘かにですが、もっと大きく成長して大輪が咲くようになると私が期待する光景が見られるかもしれないと期待しています。土手の上で育っているのでキョンによる食害はないと思われますが、難敵は「人の害」です、無事に育って欲しいものです。
2026年04月17日
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伊豆大島旅番組で唐沢寿明さんが来島本日午後7から地上波テレビ朝日の旅番組に俳優の唐沢寿明さんが来島された時のものが放映されます。番組名は「帰れマンデー見っけ隊」です。私はほとんどテレビ見ないので、どんな中身か知りませんが、知り合いが教えてくれたので情報として流します。リンク張り方分からずすみません。
2026年04月13日
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工房の廻りにはなるべく自生の蔓ものを這わせたいと思ってやってきました。今がちょうど咲き頃の「アケビ」がきれいです。今から2年前に「メジロが来る喫茶室」と名付けて身近にメジロが見られるように作ってあった「エサ台」のそばに、自然っぽく見せる、安心してエサを食べに来れるようにしたいと思って伸びてきていたアケビのツルを誘引してみました、うまく出来たと思います。そのツルに咲くアケビの花の色がちょっと変わっていました。室内からでは分かりませんが、外から見ると濃い紫色です。工房の入口のスロープに絡んで咲くアケビはうすい発色の種類です。同じころに植えたのだと思いますがどこから持ってきたものだか覚えていません、予想以上に楽しませてくれます。もう20年ほどここに絡んでいますが、一度も実を付けません、よく見るとオスがいないようです。知人が同じ根っ子1本では授粉しないから実はつけないと聞いていたので、両方の花で受粉のまねごとをしましたが、オスがいないのでは授粉はできませんね。ツルを誘引する前のながめです、ちょっと淋しかったですねうまく誘因が出来ました、中から花は目立ちませんが、メジロは安心しているだろうと自己満足です。外から見るとこんな花ですスロープに絡ませたアケビはこんな淡い色です
2026年04月12日
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自生種の「サクユリ」紹介私は伊豆大島に住むものですが、島の自生種の「サクユリ」を保護育成活動をしている「サクユリを守る会」の会員になっています。守る会では今年の夏も「サクユリ写真展」をやる予定があるので、今日撮影してきた「サクユリ親子の再会」というタイトルでもつけて出してみたいと思います。去年タネを付けて今はタネは風に乗って飛んで行ってしまった実鞘(タネが入っていた残りのガラ)と今年も大きく育ってまたタネを付けるであろう「サクユリの親株」が相対しているように見えました、どうでしょうか。
2026年04月11日
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本日午後7時から7時30分までNHKBS102で「日本百低山 三原山・大島」が放映されます。興味ある方ははご覧ください。吉田類さんの探訪記です。うまくリンクが貼れませんが、間違いなしに放映されますので。
2026年04月06日
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大島の宝「サクユリ」情報 ③タネを掘り出すその年の気候の高低により若干異なりますが、サクユリ1年のサイクルを書いてみます。きっとこれに慣れるとスムーズに作業とその準備が出来そうです。私たちはもう来年のタネの収穫が来ないかと心待ちにしています。その先は「大輪が咲くまでには8年から10年かかる」と言われています・・」。1・12月にサクユリのタネを採取2・1月に袋に入れたユリを土に埋める3・翌年の2月(先行して試し掘りはできないから、苗床のユリの芽出しが合図)に土から掘り起こす4・2月中に小球になったタネ(胚芽が球根と根と芽に変身)をプランターやポットに蒔く5・3月中に初めての発芽となる(タネを採取してからここまででざっと15カ月を要します)6・2年ほどこのサイクルで育てる写真は地中に埋めたタネの袋を掘り起こす、袋から取り出して用意したプランターに移植するうまくこのサイクルで増殖が可能になれば、植物学者の牧野富太郎先生が言われた「大島は花彩島」のひとつに返り咲くことも可能です。広く言えば観光と産業の一翼を担うことも夢ではありません。(サクユリを守る会)
2026年04月05日
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まだ経験が浅くうまくゆくかどうかわかりませんが、いずれ経過を紙資料として残して誰でもやりたい人が出来るように整理しておきたいと思ってそのたたき台にしようと「サクユリを守る会」では取り組んでいます。守る会は「三原山カルデラ内のサクユリを守り育てること」が第一目的ですが、身近で観察しながらサクユリの仕組みや性格を学んで、カルデラのユリの保護育成に生かせればと思っています。三原山のカルデラ内は自然公園法の特別保護地区に指定されているので、持ち出さない持ち込まないが大原則です。また集落でタネを採取する時には地主さんの了解を得ること、花が確かに「サクユリか、園芸種ではないのか」事前に確かめること、誰もがそれを厳守してくれることが約束事です。さて、サクユリのサヤを分解すると六つの部屋に分かれています。サヤの先端の方のタネが大きくて、だんだんと小さくなります。サヤが大きいほどタネもしっかりと熟しており、良いタネと言えるでしょう。いまはまだ実験段階なので細かく選抜はせずにゲットしたタネはすべて撒くようにしています。タネを消毒してから不織布の袋にバーミキュライトと水とタネを混ぜて地中に埋めます、何と掘り出すまでには約一年を要します、気の長い話です。タネが遅発芽の植物だからで、アシタボが2週間もあれば発芽するのとは大違いです。
2026年04月04日
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大島の宝「サクユリ」情報①タネに特徴あり大島の宝「サクユリ」情報①タネに特徴あり少なくなってきたと言っても車で島の中を走っていると夏の一時ですが「サクユリ」の大輪を見ることが出来ます。写真は背丈が2mを越し三つに株分かれした立派なユリの大輪です。こんな花が自分の庭にあればいいなと思います、毎年咲くのですから。私がこのサクユリという植物に最初に注目したのはこんな写真のように咲いている(生で見ました)姿を見た時からでした。、放射状に垂れ下がるフェニックスの葉と葉の隙間深くに入り込み長い年月をかけて定着したと思われる姿は不思議な光景でした。背が高い(3メートル近でしょう)フェニックスにどうやって根を下ろしたのでしょうか。鳥がタネを食べてフェニックスの上で「フン」をしたのでしょうか。サクユリのタネはサヤ(蒴サク)全体が緑から茶系に変色してやや枯れたような感じに見える時がタネの採取時です。このサヤを分解すると一つのサヤから400近くのタネが採取できます。10サヤ取れると4000粒ゲットできます。アサガオなどは小さなタネを付けてそのまま親株の根元に落ちて運がよければ発芽します。サクユリはサヤからタネを取り出した時点では薄っぺらい三角形の胚芽のような姿をしています。サヤの先端が開きはじめた風の強い日にサヤから下界に飛び出したタネは羽根のように軽い一粒のタネが空中に舞いあがりフェニックスの葉の間に到着するのだと思われます、その現場を見た訳でないのであくまでも想像です。なるべく遠くまで飛んで生息エリアを殖やそうと思っている訳ではないのでしょうが、集落に生息していたサクユリはタネを三原山まで風に吹き飛ばしてもらって群落をつくるまでになったのだろうと思われます。過酷な三原山の裏砂漠の砂地に自生するカヤやイタドリのソバに漂着して根付くものと思うので、一年に空を飛びかうタネの多さと三角の羽根に特徴がある植物、強い植物だからタネから育ててみよう、数うちゃ当たるで「サクユリを守る会」ではこういう発想から10年再生プロジェクトをはじめています。なくなってきたと言っても車で島の中を走っていると夏の一時ですが「サクユリ」の大輪を見ることが出来ます。写真は背丈が2mを越し三つに株分かれした立派なユリの大輪です。こんな花が自分の庭にあればいいなと思います、毎年咲くのですから。私がこのサクユリという植物に最初に注目したのはこんな写真のように咲いている(生で見ました)姿を見た時からでした。、放射状に垂れ下がるフェニックスの葉と葉の隙間深くに入り込み長い年月をかけて定着したと思われる姿は不思議な光景でした。背が高い(3メートル近でしょう)フェニックスにどうやって根を下ろしたのでしょうか。鳥がタネを食べてフェニックスの上で「フン」をしたのでしょうか。サクユリのタネはサヤ(蒴サク)全体が緑から茶系に変色してやや枯れたような感じに見える時がタネの採取時です。このサヤを分解すると一つのサヤから400近くのタネが採取できます。10サヤ取れると4000粒ゲットできます。アサガオなどは小さなタネを付けてそのまま親株の根元に落ちて運がよければ発芽します。サクユリはサヤからタネを取り出した時点では薄っぺらい三角形の胚芽のような姿をしています。サヤの先端が開きはじめた風の強い日にサヤから下界に飛び出したタネは羽根のように軽い一粒のタネが空中に舞いあがりフェニックスの葉の間に到着するのだと思われます、その現場を見た訳でないのであくまでも想像です。なるべく遠くまで飛んで生息エリアを殖やそうと思っている訳ではないのでしょうが、集落に生息していたサクユリはタネを三原山まで風に吹き飛ばしてもらって群落をつくるまでになったのだろうと思われます。過酷な三原山の裏砂漠の砂地に自生するカヤやイタドリのソバに漂着して根付くものと思うので、一年に空を飛びかうタネの多さと三角の羽根に特徴がある植物、強い植物だからタネから育ててみよう、数うちゃ当たるで「サクユリを守る会」ではこういう発想から10年再生プロジェクトをはじめています。
2026年04月03日
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唐突な話ですが、大島でずっと絶えることなく生き延びてきた野生種は元来が強いからだと思います。今から16年前に挿し芽や株分けで殖やしたホトトギスとイズノシマダイモンジソウ約450株を大島愛宕山の土手に移植しました。一般に呼びかけて38人が参加してくれてあっという間に完了したとブログに書いてありました。植えっぱなしでなかなか除草もできずにどうしたものかと心配していました、株数を減らしているだろうと思っていましたが、行動が伴いません。去年の秋に「ホトトギス立派に咲いてるよ」と声をかけてくれる人がいて見にいったら雑草に負けずに2種とも立派に自生していました。その時の写真です、土手の全面にとはゆきませんが、土地にあったのでしょう、見事に咲き誇っていました。ダイモンジソウは1月頃からの花になります、背が低いので目立ちませんがたくましく仲間を殖やしていました、うれしかったです。人がちょっと手を貸してあげれば、何もなかった土手がこんなにもにぎやかになる、その確かな手ごたえがあるので、激減してしまっている「大島の宝サクユリ」にダメもとで挑戦しようと思います。「サクユリ10年再生プロジェクト」と名付けました。タネから育てて大輪の花が咲くまでに10年はかかるだろうという代物です、私はただいま74才、守る会の会員も60,70才台がほとんどです。私は「サクユリを守る会」の共同代表の一人ですが、激減の現実を見て取り組んでみたいと思いました。2023年から小規模な育成活動をはじめてきました。最初は順調でしたが、去年の6月末から7月にかけてあらかたの球根の発芽株が地上から消えてしまいました、原因は分かりません。それから8カ月経ちほとんどの球根から新芽が芽が出始めました、枯れた訳ではなかったようです。大風呂敷を広げてからのアウトにならないように、地道に世話をしてきた結果が吉と出たのでした。このまま育ってくれればサクユリの群落も夢ではありません。時々近況報告をさせていただきますので興味ある方は「サクユリを守る会の事務所」になっている藤井工房へお立ち寄りください。 去年の「ホトトギス」シダや雑草の中で仲間を殖やす「イズノシマダイモンジソウ」大輪の「サクユリの花」と苗床4列の圃場です
2026年03月31日
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大島生まれの洋画家中出那智子(1931-2017)さんは油絵を宮本三郎先生に学び、生涯を絵描きとして精進され86歳で永眠されています。今お元気なら95歳、ふるさとの伊豆大島で暮らしながら絵をやっていたかもしれません。カタログなどでいろいろな画家さんの作品を拝見することがありますが、中出さんほど作品を見て「楽しみながら絵を描いているに違いない」と思わせる画家はいないのではと思います。俳句を作ったり、コーラスをしたり、晩年は絵皿を作ったりされていました。私の倉庫の中から絵皿を見つけたので、一日だけ飾っています「ひな」とかいてあります。
2026年03月03日
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例年今頃はまだ「メジロ」が行ったり来たりしていたと思っているが、ここ数日でバッタリその気配が消えてしまった。入れ替わりにやってくる鳥が「ヒヨドリ」隙間を潜り抜けてチャッカリミカンのエサを食べています。灰色のまだらだからヒヨドリのメス。今年は名物の「ヤブツバキ」の花が満開だから人の気配がする危険地帯には近づかないのかもしれない。
2026年03月02日
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大島町在住の人の作品展です、明日までやっています。この頃しばらく会っていなかった金子将司さんの作品が3点出ていました。2024年に当方で展示と頒布会をやりました。「描き貯めているらしいよ」と聞いているので、「またやろう」と葉書を出してみようと思います。同じ元町に住んでいて30年以上前からの知り合いだったので「まさし」と呼び捨てにしていましたが、私より2つしか違わないということが分かり「くん」をつけて呼ぶことにしようと思います。今は知的しょうがい者の施設で暮らしています。作品は「三原山頂の風景」「スッポンポン」と「アンコさんと椿」の3点です。彼の好きな題材が詰まった一品です。どんどんこんな絵を描いて欲しいと伝えてみます。
2026年02月28日
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しばらく前の話です、2月3日に「伊豆大島ジオパーク講座」で40分ほど話しました。40分は短い時間です、用意した内容のレジメを見てください。これを40分でやり切れる人はいないだろうと思います、おまけに自己紹介の所で「私のルーツである父親のビデオ」を15分も流したので半分も行きつかないでゲームセット時間切れでした。全部話せたらきっと充実したものになったに違いありませんが、私が日ごろ何をしていて今何でこのようなお役を買って出ているのか、そういう話をしないと本題に入れないと思っていました。「なんだ藤井工房の宣伝かよ?」とは言わないでください。NO9の伊能忠敬の測量図のことですが、ご本人は高齢もあり大島までは来ておりませんが、1816年に伊能忠敬の測量図「大島沿岸図117番」を完成させています。もう1枚の測量図は明治31年(1898年)大日本帝国陸地測量部が作った地図になります。2枚の時間差は82年です。左が大日本帝国陸地測量図です、重ね図にすれば明治の道筋がはっきりしそうです。
2026年02月24日
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ジオパーク講座は20回中の11回目までが終了しています。昨日1月22日からは各地区の在住者が「歴史と暮らし」というテーマで話をすることになっています。しょっぱなの差木地担当のK君とは同級生、大島節を唄って盛り上げてくれました。踊りもつければなおよかったですね。彼くらい親し気に子供の頃の苦労話をさらっと出来る人は少ないと思います、ユニークな存在です、役者さんですね。一周道路沿いの駐車場はほぼいっぱいで盛況でした。次回は土砂災害・防災関係を大島町と大島支庁の土木と港湾の職員3人が話される予定です。その次に2月3日(火)は「元町・野増の歴史と暮らし」について私がしゃべる予定40分です、そのあとは野増の木村さんが40分です。今用意している材料を全部出すと80分でも収まりそうもありません。これから話を決めて、流すデーターの順番を決めるつもりです。パワーポイントで分かりやすい図や文字を入れ込めればよいのですができないので、自分で材料(写真や図面)を順番に並べ始めました。司会者から「時間ですから」と待ったがかからないように、それが一番の課題です。あと10日余りです。
2026年01月23日
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私は伊豆大島の成長のキーワードは地形(港)・道・水ではないかと思っていろんな資料を見てきました。核心まではまだまだですが、強い味方として「伊能忠敬の大島測量図」があることを2021年の雑誌「サライ」で知りました。いまから200年ちょっと前の測量図には正確なメッセージが残されていると思います。伊能忠敬記念館から鮮明な画像の提供をいただけましたので、気が付いたことをジオパーク講座で話して見ようかなと思います。一枚の画像を貼り付けましたが、これは地図を拡大してみると当時の村を結ぶ道らしきものが描かれているように思います。明らかに今の主要道路とは場所は違いますがヒントにはなると思います。コピーをした地図を青いボールペンでなぞった線が道のように私には見えています。地図の左中央の元村(今の元町)から岡田までが白色一直線でつながっています、これはなにをあらわしているのか、まだ資料をいただいたばかりなので考えて見たいと思っています。
2026年01月19日
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時々頼まれると講師役を引き受けています。まだまだ先の話だと思っていましたが、実施日まで二週間足らずになりました、まだ内容は白紙の状態です。伊豆大島のジオパークガイドをめざす人や、テーマにより聞きたい講座を自由に参加できる「伊豆大島ジオパーク講座プログラム」です。2月3日に出番が来ます。すらすらできる方ではないので、いつもメニューを積み残してしまうので、私にはそれが毎度の課題です。40分ではかなり厳しいですね、私が住んでいる「元町の暮らし編」です。ジオパーク担当者が一生懸命だし、聞きに来てくれる人も熱心なので、少しでもお役に立てれば一番です、自分が関心興味がある地元のことが話せたらいいなと思います、どんな話を求めているのか分かりませんが、です。
2026年01月16日
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観光で大島にお見えのお客さん、昨日は船が欠航してしまったので戻ることが出来ず、当方にて「あんこ人形絵付け」に若いカップルがチャレンジ。右が女性の完成品、なかなかうまい、一度顔を削って修正している。左が男性、「私はあんこさんの人形を彫っているけど何を描いてもケッコウですから」といつも始める前に話している。よく見ると、左の若い男性の人形は、木の枠に関係なく、ズボンをはいて頭にビールを乗せたご本人のような人形でした。早く宿へ帰ってビール飲もうよ、そんな人形のように見えます。
2026年01月12日
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昨日から今までずっと嵐の中の大島です。今は雨はやんで快晴ですが、昨夜は大雨大風でした。やけに大きな雨粒の音だと思っていたら、寒くて霰のようなものが混じっていたようです、植物には被害はありませんでした。漢字で書くと「秋桜」ですが、今年に入ってからもう駄目だと諦めかけていた「コスモス」が厳密にいえば道路の側溝のふたの上のわずかな土の隙間で咲いています、毎年こぼれたタネが発芽しています、きれいですが今回は随分と遅い感じ、時季外れのような気がします。うまくタネをつければ飛んで行って思わぬ場所で咲くかもしれません、根性秋桜です。
2026年01月11日
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ログハウスにしては圧迫感がなく天井までが高く広く感じますが、目で見るような空間を写真に撮影する腕がないので伝えきれません。きっと奥行きを出すちょうどよい角度があるのだと思います。
2026年01月06日
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ログハウスと暮らして25年私が何かするならログハウスでやりたいと強く思っていたのか、25年も経ってしまってはっきりとは覚えていないが、外観が丸い建物で、中の展示とアンバランスでいいのでは、そう思っていたことは覚えている。ログハウスと言っても上からの圧迫感がない開放的な造りがいいと思ってドーム型にした。新しい年を迎えたので、周りの景色を改めて眺めて見ると、自然任せながら私は「良い風景」になってきたと思う。もう少し掃除と除草が出来ていれば一番だが。開館当初は赤や黄色の目立つ色の園芸植物に囲まれたいと思っていたが、せっかく地元で暮らすのだから「子供の時から身近だった植物」にしようと途中から入れ替えて正解だったと思う。うっかりすると数年で木々やツルに飲み込まれてしまいそうだがこの場所だけ山の中の感じがして良くなっていいと思う。(大いに自己満足)東西に走る広い道路は風が強く吹き抜ける。風から守るように成長の早いキフジ(キブシ)やムラサキシキブやヤマボウシの木が囲み、その木々にツルウメモドキやモガキ(サルトリイバラ)が頑丈に絡まって、冬になると赤い実がなって葉が紅葉してうれしい。まだ若かった時で、山に入り若い木やツルの根っ子を掘り起こして植えてきた。ツルを誘引したことはないので自由に伸び放題が良いのだと思う、上に上にと伸びてゆく。園芸種を植えた「ヤマボウシ」は2階の窓から見るともう少しで追い越されそうだ。イメージとしては建物の中の窓から外を見ると木が見えるようになるといいなと思ってきた、落ち着けるから。ツルウメモドキのツルが東京都のテスリに絡み、更にムラサキシキブに、そして垂れ下がってきている写真では分かり難いがモガキの赤い実がマユミ(?)と椿の木に絡んでいる北向きの残地スペースにはヤマボウシの下に「アシタボ」を植えた、ほとんど日が差さないが落ち葉に埋もれて何とか育っている、春先には太い新芽が姿を現す、窪地なのでキョンは今のところ現れていない。
2026年01月05日
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謹賀新年2016年』元旦強い信仰心があるわけではないが、私が引き継いだ「藤井」の畑には「地神様」がおられる。私が顔を知っている祖父母や今はいない父母が大事にしてきた由来不明の神様だから年に一回参道を掃いて御幣をあげている。動機のもう一つは御幣をもう一対あげてくれている方があることもある。今は参道を途中でキョン網で遮ってしまったので、網の外に置いてくれてある、自分が地神の両脇に挿した。写真では分からないが御幣は全部で4本になる。子供の頃にはイボッチャ(ジジンゴーサマ)をカヤで三角に組み上げて屋根を付けたようにしていた。今は御幣だけで勘弁願っている。
2026年01月02日
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パソコン初心者にはちょっとしたトラブルは乗り越えられない大きな山に見えます。これまでは、近くに高齢者ながら詳しくアドバイスしてくれる知人がいましたが、亡くなられてしまいました。もう頼れるのは息子ということで勤務時間の隙間や急務日をぬって元通り使えるようにしてもらいました。パスワードの設定のことでしたが・・・。しばらく前の記事を載せたいと思います。12月13日には「大島波浮港出身の詩人で作詞家の宮川哲夫さんの若き日の苦悩を伝える演劇のDVD」の上映会が大島ミュージアムジオノス1階のホールで13:30からおこなわれました。初めての試みでどのくらいの方がお見えになるのか予測もできませんでした。主催者の大島文化伝承の会の会長席が空席中のため、事務局の私が進行役を勤めました。はじめての経験で、舞台への上り下りの3段の階段が滑るようで怖くて何度か心細い姿を見られてしまい「大丈夫か?」と聞かれてしまいましたが、何とか無事に終了、調布からの便で当日見えた宮川哲夫さんの三女浅見洋子さんにあいさつをしていただくことができました。果たして何人の方がご来場いただけるのか、当日の資料は何部用意すべきか、なかなかムツカシイ判断を迫られました。私は100部刷って入口に置きました、16部残っていました、大勢見えてくれたものだと事務局・ご家族ホッとしています。こういう青春を潜り抜けてきた「宮川哲夫という詩人が大島に居たんだよ」という話で、見ていただいてよかったと思います。画像は舞台から客席を撮影したものです、開演のまだ10分ほど前でした、温かな客席が見えてました。大島出身と聞いたけどんな作詞家なのだろう、大島の唄も作ってきたのだろうか?、そういう疑問にお答えすべく、当日の受付に代表的な歌謡曲のリスト、もう一枚は大島を唄った作品の一部の紹介の資料をお配りしました。少しずつでも「宮川哲夫」の足跡を知ってもらえたらやった甲斐があった、そう思います。大島を題材とした歌謡曲や当時ヒットした音源の「置手紙」は藤井工房に保管されていますので、興味ある方はお尋ねください。貸し出しも可能です。
2025年12月29日
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大島波浮港出身の詩人で作詞家の「宮川哲夫(みやかわてつお)」の青春時代が舞台で公演、2025年2月5日から5日間都内の劇場でおこなわれ、初日の公演がDVDになり、関係者の協力により大島でDVDが上映できることになりました。事務局の準備不足もありましたが、ようやく大島の日刊紙に折り込んでここ2,3日のうちに各戸配布になる予定です。(添付画像の通りです。DVD上映会 2025年12月13日(土)13:30から15:30まで場所は 伊豆大島ミュージアムジオノス1階ホール(入場無料)主催は大島文化伝承の会 事務局は藤井虎雄(℡090-4026-0645)後援は大島町教育委員会です。ぜひお出かけください。お知り合いの方々への周知をお願いいたします。
2025年12月07日
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女房殿の実家がある泉津の畑から大きな「ムラサキシキブ」の枝をもらってきました。これだけ太いとミズアゲが悪くて数日で葉がしおれるので、いつもハッパは生けるときに取ってしまっています。なかなかこれだけ熟したムラサキシキブを気軽にもらってこれるところはないので、工房の飾りとしては助かっています、ぶっこみ生けですね。来月になるとこの写真の上部に見えている黄色っぽいカラの付いた「ツルウメモドキ」の真っ赤に熟したきれいな実がなるツルが手に入ります、一年経ってしまうと全部が色あせいつも取替時期までこのままにしています。
2025年11月14日
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家の廻りで自生している植物が秋を迎えています。ツルウメモドキ・モガキ(かしゃんばの実とツル)・ウベの実(鴉と取り合い)・ムラサキシキブです。みんな秋のイロドリです。ツルが若いせいか実の色が薄いです、これから全部カラがはじけます(ツルウメモドキ)
2025年11月11日
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工房のテーブルから近場で見ることが出来る「メジロのエサ台」を設置して大分たちましたが、まだメジロの世界では知れていないせいか、一日に3回くらいしかやってきません、それも1分くらいだけ。もっと慣れてきたり、伴侶が出来て2匹でくれば何度も長く、そして2匹並んでエサを食べるようになります。断定はできませんが、今来てるメジロは同じ一匹だと思います、体が小さくてくちばしが長いように見えます。
2025年11月10日
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1年前の夏から体中がカユイカユイになってしまいました。医療センターに行くと「朝晩の飲み薬」と「ヒルロイドとアンテベートという軟膏」を処方されました。暑さ寒さは関係なく、年中知らないうちに掻いてしまってました。だいぶ治まっては来ていますが両足にその残骸が残っています。ちょっと心当たりがありました。私にとっては冒険でしたが試してみることにしました。ちょうど夏前あたりから新製品が出たというタイミングで買って一杯やってみました。私はもう何十年も前から「キリンラガービールの350mlを2缶」晩酌に飲んでました、それが一日の楽しみでしたが、体内にアルコールが注入されると「かゆみ」がすぐにやってくることは知ってましたが、誘惑には勝てずに変わりなく休肝日なく暮らしていましたが、ノンアルコールの赤いビール味が出たということでチャレンジしてみることにしました。家族に言われてだったらきっと無理だったと思いますが、自主的だったので決心できました。もうアルコール抜きで20日ほど経っていますが、時々背中がうずくことがありますが、他は大丈夫で一滴も飲んでいません、湧き上がってくるようなかゆみはありません。晩酌の楽しみがなくなりましたが、一晩中かゆみとの戦いから比べると不思議なほどへっちゃらです。
2025年11月04日
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ここ数日きれいな夕日が見えてました。気が付くのが少し遅くて、ピークは過ぎていました、工房の入口から写してみました。夕日がきれいだったころに、日本の隣に近いお国の方が6人で見えられて、ホットドリンクとケーキを注文してくれました。一人でやっている店なので、最初にホットドリンクを作り、それからケーキを運ぶ、そういう順に考えてました。お客さんに「一人でやっているお店だからドリンク手伝ってもらえますか」と一つのテーブルにトレイごと置いて、それからケーキを運びました。お国の習慣をよく知らないので、ちゃんと個々に運んでそれぞれに届けてよ」なんて言われそうな気がしました。一人でやっているので、ちょっと手伝ってもらえれば温かいドリンクとケーキが一緒に食べられるので、そうお思っただけでしたが、後になってそう考えた自分がいて一人で笑ってしまいました、幸いにすべて残すことなく食べてもらいましたとさ。
2025年11月02日
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2025年7月28日の更新を最後にブログログインが出来なくなってしまいました。これまでのパスワードを入れても、心当たりの文字を打ち込んでもログインできなくなってしまいました。何処へ連絡すればよいのか、サポートセンターのような連絡先の電話が探せずに困っていたところ、息子が帰省してきたので助けてもらってようやく開通しました。心当たりのないメールアドレスに乗っ取られてしまっていました。調べてもらいましたが、実害はなかったようです。複雑なパスワードにしました。再開の最初は「目白の会える喫茶店」再開からはじめます。2012年からメジロの記事をアップしてきました。torafujii.sakura.ne.jp/kissatomejiro.html#mejiro です。今日メジロの気配がするので、エサ台を設置して見たところ、約2時間たってようやく姿が見えました。いつもより一か月ほど早いようです、暖冬のせいでしょうか。ときどき「メジロ」アップしてゆきます。スマートな若いメジロのようでした。私がいつも坐っている椅子から1,5メートルの近さです。
2025年11月01日
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小さな珍客上陸中です一週間前から娘と孫が大島に来て泳いだり盆踊りに行ったり、にぎやかに過ごしています。もう一週間あまり、パパが迎えに来るまで大島に居る予定です、トーシキで海の中を見てみたいということで一回一緒に行く約束をしました。パパの仕事が忙しくて普段の平日の暮らしぶりは母子家庭に近いので、なるべくジジババが外に連れ出して二人の気分転換を図っています。夏休みに2週間も実家にいてくれるなんてジジババもよいチャンスと張り切っています。写真は岡田港の日の出浜です、入り江になっているので静かです、午前中だったので人出もまばらでした。
2025年07月28日
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ここ数年5年ほど毎年行っている三原山カルデラ内のサクユリ観察会は、いつも天候に恵まれて、丁度見ごろに当たっています、今年もズバリでした。自慢するようなことではないだろうに、そう思われる人もおられるかと思いますが、町の広報7月号に告知の文章を載せてもらうためには広報原稿締め切りの6月1日までに観察会の日時を決めなければ間に合いません。最近の温暖化もあって開花が前後することもあり、腕の見せ所と天候予測があります。写真のように背丈は低いですが、立派な見ごろのサクユリに出会う日になりましたので見てください。青空が見事でユリが映える撮影日和でした。
2025年07月21日
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サクユリを守る会主催の「島の宝サクユリ」の観察会が本日7月19日におこなわれます、ちょうど見ごろを迎えているとおもわれます。絶好のお天気です。毎年キョンの被害を受けている三原山カルデラですが、今年は幾らか大丈夫そうですのでお出かけください。申し込み不要、集合後に現地に向かいます。サクユリ観察会集合場所 三原山温泉ホテル駐車場(サクユリを守る会の幟旗が目印です)出発時間 13時30分から16時30分(駐車場解散予定)観察会場所 三原山割れ目噴火口下周辺何かありましたら、留守番役の藤井工房に照会ください。℡090-4026-0645です。
2025年07月19日
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宮川哲夫を題材とした舞台劇のDVDが大島へ大島で生まれ育った文化人と言えば、洋画家の中出那智子、小説家・評論家の石川好、義太夫語りの竹本葵太夫(柳瀬信吾)と宮川哲夫ではないかと思って注目してきました。大島町の文化事業である「伊豆大島文学・紀行集4巻組」の編集に係わり作品の掘り起こしをしていた時に、大島を題材にした作品が石川氏や宮川氏にあることを知り4巻組に収録しました。週末のダンスフェスティバルの後に、宮川氏の3女浅見洋子さんから一枚のDVDをいただきました。それは宮川家の縁者である若い役者であり、脚本家でもある小谷嘉一さんがプロデュース公演した若き宮川哲夫の足跡をたどる舞台公演を撮影したDVDでした。2025年2月に5回都内で舞台公演をされた時の物です、若い俳優さんたち出演された「悲しみに戯けたピエローマボロシの作詞家ー」若い俳優さん17人ほどが演じた約2時間の上演舞台だということでした。去年の冬だったか、自分は役者だが今回は脚本とプロデューサーをします小谷です、と言って藤井工房にも顔を出してくれました。ご家族への聞き取りや資料などを読み込み脚本を書かれたようです。今回は役者としての出演はしない予定だとも言ってました。まだどんな劇なのかDVDを見ておりませんが、大島生まれの詩人で作詞家の話しなので、見終わったら多くの島の人にも見てもらえるのにふさわしい窓口を探してみたいと思います。いただいたチラシを一部切り抜き貼り付けコピーしたものを見てもらいます。
2025年07月15日
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7月12日13日におこなわれた2025年伊豆大島ダンスフェスティバルインすばるの「宮川哲夫の世界編」を見に行ってきました。12時から13時までで、スバルの芝生の庭を気持ちよさそうに走り飛び回っていました、屋内より開放的でよかったです。席とダンサーが近いのは良いのですがテントの中も暑くて、出演者はもっと暑い上演会となりました。青木健さんの「チャンバラ人生」初めて見ましたが普段とは違う役者さんの立ち振る舞いでさすが、と思いました。宮川哲夫さんの3女も見えられて、なつかしい松島アキラの「湖愁」「島の娘よ、さようなら」などを唄われました。
2025年07月14日
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今日と明日のフェスティバルの進行時間表が届きました。まずは7月12日分です、お出かけください。7月13日分です、リハーサルもご覧いただけます。
2025年07月12日
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伊豆大島ダンスフェスティバルが7月12日と13日に大島の「すばる」にて行われます。2025野外ライブイベントです。お馴染みの青木健さん、竹尾信吉さん、詩人(作詞家)宮川哲夫先生の娘さん浅見洋子さん、津軽三味線のといちさん、ダンサーの方も多数出演されます、どうぞポスターをご覧の上お出かけください。入場無料です。
2025年07月09日
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前回はホトトギスの挿し芽をプランターに2鉢やってみたが、どうやら根付いたと思われる株が約半分か。ひとつの鉢に生き残りをまとめて観察してみようと思う。地上分が枯れていたり、わき目から新芽が出たりしているが、枯れていても引っ張ってみてすぐに抜けない株は根が貼りだしたという印になる。今回気が付いたことは茎を触るとスカスカになってしまった株は枯れてしまったということ、地上部が枯れても簡単に引き抜けない株は脈があるということも分かった。知人からメデネールという薬剤もいいよと教えてもらったので、名前からして期待できると思い前から使っている発根促進剤のルートンと合わせて試してみることにした、どうなりますか。時期的にもう遅いような気もしますが、やってみないと分からないこともあるので再チャレンジしてみる。7月6日11時に挿し芽実行、さて何日で結果が分かるのか、たのしみが一つ増えた。何でもだけどやってみないと分からない(教訓)からやってみる。緑色の細い新芽は生きている証拠根っ子がどうなっているかを見るためにそっと引き抜いてみてからまた同じ穴に戻しておいた、根が張り出しているのが見える。地中に新芽が出るように2つの若葉まで挿した上の茎に新しい根が伸びてる、地上部分からの新芽が伸びている。これで新しい株が1つ増えることになる。発根促進財のルートンと植物活力剤メデネールを使ってみたメデネールにしばらく浸してからプランターに挿す、19本あるルートンの粉をまぶしてから挿した
2025年07月06日
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今年の春4月にホトトギスの新芽がだいぶ長く成長したところで、10本ほど地面から5センチくらいで切り取り、葉っぱを落として挿し芽(挿し穂?)ようにカットして赤玉土に挿してみた。あまり成績は良くないが、生き延びる割合は5割に満たないが、新しい芽が先端に伸びてきてこれから立派なホトトギスに成長して花を付ける。種蒔き、挿し芽、株分けを毎年続けて行けば、相当な数になると思ってやってきている。その花は私が好みの色が濃くてべっとりした模様の花が咲くはずだ。欲張って言えば挿し芽の9割くらいが根付いてくれたらと思うがあまり研究しながらやってはいないから、やり方もあてずっぽう。
2025年07月01日
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