私としたことが、つい取り乱してしまった。
あ、さっきの日記のはなし。
寺田屋は全焼して、完全に再建されたわけではないみたい。
徳永真一郎著『寺田屋おとせ』のあとがきには、このように書かれているみたい。
「現在の建物(寺田屋)は、鳥羽伏見の戦火で半焼となったのを、
おとせが当時の百円で、半焼前と寸分ちがわぬものを再建したもので、
『おとせの百円普請』として評判だったそうな」
あ、お登勢さんは寺田屋の女将さんです。
ただ、当時の寺田屋の場所は、実際には現在の建物の右側にある
庭園の場所に建っていたそうです。
写真でみてみると、現在の寺田屋の右側には、
このような庭があり、寺田屋跡の石碑もしっかりありますね。
どうして気づかなかったんだろうか。
だけど、あの時代の背景を少しでも垣間見れたのだから満足です。
池田屋や近江屋跡にくらべるとね。
あのときの感動の気持ちを忘れずにいたいと思います。
だけどなんだか、、、ちょっと悲しくなりますねぇ。
おとせさんの気持ちを考えると。
なんだか、いろんな本を読んでみたくなりました
龍馬の死後のこういった背景のことも、もっと知りたくなってきましたよ。
あと、早く幕末ブログの更新もしたくなってきました
ちなみに、先ほども載せたこの写真。
この掛け軸の肖像は、お登勢が嫌がる龍馬をなだめ、町の画家に書かせたものだそうですよ。
有名なお話ですが、こういうエピソードも楽しいですよね。
もっと色んなこと知りたいなぁ
PR
Calendar
Category
Keyword Search