*** My Secret Place ***

2008年07月20日
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テーマ: 京都。(6323)
カテゴリ: * 日常のつぶやき *








私としたことが、つい取り乱してしまった。


あ、さっきの日記のはなし。




寺田屋は全焼して、完全に再建されたわけではないみたい。


徳永真一郎著『寺田屋おとせ』のあとがきには、このように書かれているみたい。



「現在の建物(寺田屋)は、鳥羽伏見の戦火で半焼となったのを、


おとせが当時の百円で、半焼前と寸分ちがわぬものを再建したもので、


『おとせの百円普請』として評判だったそうな」






あ、お登勢さんは寺田屋の女将さんです。



ただ、当時の寺田屋の場所は、実際には現在の建物の右側にある


庭園の場所に建っていたそうです。



写真でみてみると、現在の寺田屋の右側には、


VFSH0205.JPG




このような庭があり、寺田屋跡の石碑もしっかりありますね。


VFSH0206.JPG



どうして気づかなかったんだろうか。


だけど、あの時代の背景を少しでも垣間見れたのだから満足です。


池田屋や近江屋跡にくらべるとね。


あのときの感動の気持ちを忘れずにいたいと思います。



だけどなんだか、、、ちょっと悲しくなりますねぇ。


おとせさんの気持ちを考えると。


なんだか、いろんな本を読んでみたくなりました


龍馬の死後のこういった背景のことも、もっと知りたくなってきましたよ。



あと、早く幕末ブログの更新もしたくなってきました




ちなみに、先ほども載せたこの写真。


VFSH0033.JPG



この掛け軸の肖像は、お登勢が嫌がる龍馬をなだめ、町の画家に書かせたものだそうですよ。


有名なお話ですが、こういうエピソードも楽しいですよね。


もっと色んなこと知りたいなぁ

















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Last updated  2008年07月20日 21時28分13秒
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