時々鬱々日記

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チチエセ(6)米沢水戸大阪神戸東京高松宮



> 
> これは「フーテンの寅さん」が渡り歩いた土地の名前ではない。
> 生まれ故郷の米沢を起点とし、父の転勤と私の就職後に移り住んだ
>土地のことである。 
> 今は神戸に住んでいるが、本州の北のはし米沢からどんどん南下し
>東海道を往復し、四国に少し道草し九州南端の宮崎まで大移動したこ
>とになる。
> こんな動き方をして気のついたことは、その土地の風土(生い立ちの
>歴史や気候、農漁業産物の豊かさ)が大きく反映しそこで話される「言葉
>(方言)と気風」に大変影響していることである。
> 特に「言葉(方言)」はNHK標準語から外れていくほど変てこに聞こえる。
> それを強く思ったのは,水戸,大阪、宮崎に住んでみてそれを比較してみ
>ると本当によくわかる。
> 言葉から来る印象を一言で言うと、水戸は田舎者、大阪は軽薄、宮崎は
>素朴と言ったところだろう。
> 私の場合,両親の出自と幼児から少年時代に育った水戸の言葉と気風
>を強く受けている。
> 違う土地に変わり,その土地の言葉を話そうとしてもイントネーションは昔
>のままで,一向に変えることができないのである。
> 私の最初のカルチャーショックは,終戦直後小学3年生の時に本籍の水戸
>から大阪に転校したときであった。
> あまり豊かでない古い武士社会の尚武の体質の土地から、金銭を尊ぶ
>商人の社会へ一挙に飛び込んできたのだ。
> テレビなど無かった時代に,初めて聞くズーズーの水戸弁を聞いた大阪
>の悪がきがびっくりし、イジメをしたのも無理もない。
> 私から見れば大阪弁のほうがコンニャクみたいにふにゃふにゃしていて
>よっぽど変な言葉だったが致し方ない。
> 多勢に無勢、大阪弁を話すことに努力したが、気風がなんとなく軟弱で
>親しめなく性格まで軟弱になったようでいやだった。
> その後できるだけ標準語を話すことがその解決策であることを知り、それ
>とともに性格も何かニュートラルになるような気がしてほっと下気持になった
>記憶がある。
> 神戸に43年住んで,大阪人の言葉が軽薄さには全く関係ないことは分か
>ったが,今でも大阪弁はあまり好きではない。
> ことに明石屋さんまや紳助などはなにおかいわんやである。
> それに引き換え宮崎の言葉は、土地の歴史と豊かさから来る素朴な気風
>をのせた、まさしく九州独特なもので素晴らしい。
> 私は九州の言葉と気風が好きになった。
> 米沢水戸では開きにくかった口が、大阪では滑らかになり、そして宮崎では
>オットリと変わる、まさにこれが馬面列島の日本のすばらしいところだろうか。
> テレビなどで澄ました顔で標準語を話している俳優が、不用意にも生まれ
>故郷のイントネーションを出すことがある。
> 各地を歩いてきた経験で、そのイントネーションでその人の出身地がわかり
>一人ニヤリとしている。


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