おかしい。
さっきからもう何度も同じ場所を歩いているような気がする。
背中にクロッテスを背負ったままのタイミルは、
心なしか霧がかかってきたように見える森の中を、
ぐるぐるとさまよっていた。
「おい!どーすんだよ!」
眠ってしまっている彼女に、
とうとう耐えられなくなって声をかけてみる。
小柄でやせっぽちの彼女なんて、
ずっと抱えてたってどうってことはないけれど、
怒鳴り声でもいいから会話をして、どうにか安心したかった。
どうすればここから抜け出せるのだろう。
しばらく待ったけれど、
あまりにも気持ちよさそうな寝息しか聞こえてこないので、
彼はあきらめて、ため息をつくとまた歩き出した。
歩く度にテスの首にかけられている飾りがゆれる。
蠍、水瓶、そして魚。
タイミルは後ろ手に持った麻袋の中に、山羊、牡牛を入れている。
ゆらゆら、ゆらゆら。
自分の体は眠っているのに、
移動しているせいなのか、みょうな浮遊感があった。
掴み所のない気持ち、伝わってくる不安。
誰かにたよるからだよ、期待するからだよ。
心の中の自分が言っている。
そう、わかってる。欲しがれば手に入らない。
明るく明るくふるまってはみるものの、
クロッテスはいつも失望にさいなまれていた。
ふわふわ、ふわふわ。
白くて大きな毛玉がひしめきあっている。
「どうしたの?」
ものすごい数の羊の群れの中心に、
タイミルが倒れいるのが見えた。
音もなくおしよせる羊に流されそうになりながら、
クロッテスは動物をかきわけ、なんとか彼までたどりつく。
「タイ?」
眠っているようなおだやかな顔から、
視線をその体にうつすと、
腹が羊に食いちぎられていて、血を流し、
かなりの皮膚がえぐれていた。
「・・・・嘘でしょ。」
怒りと悲しさで胸がつまる。
何故そんな目にあわなければいけないのか。
“好きになったからだよ。”
自分の声に似た羊達の声が聞こえた。
「なってないわよ!」
空間に叫ぶ。
もしそうだったとしても、態度には出していないし、
他人に知られる要素はない。
“ウソツキ”
“ウソツキ”
無表情の羊のどこから聞こえてくるのか、
冷めた声に絶え間なく責めらたてられている。
「黙りなさい!うるさい!」
タイミルの頭をヒザにのせたまま、耳を塞ぐと、
カシャリ。
自分がつけている首飾りが音を立てた。
少なくとも、クルスを集めるのは信じているからだ。
全部揃った時、願い事が叶うのではないかと思って。
もしかすると、顔色の悪いタイミルの顔は、
息をしてないのかもしれないけど、
それは現実ではないのではないかと、たしかにそう思った。
右手で三つの首飾りを握り、小さく呪文を唱えてみる。
keseran・paseran。
そして、血を流しているかわいそうな男の唇に自分の唇を重ねた。
眠っているはずなのに、彼女の瞳から涙があふれ出ていた。
何度呼びかけても目を覚まさない。
「っかしーな。」
タイミルは独り言をつぶやくと親指でその涙を拭いながら、
よこしまな気持ちにとらわれていた。
誰もいないし、本人の意識はないし大丈夫なんじゃないか?
勝手ないいぐさではあるが、そう思ったのだから仕方がない。
はらはらと止まらない涙越しに、そっと口付けをする。
あとでもし怒られたら、眠り姫の原理でいくと、
それで起きるかもしれないと思ったから、
という言おうと心に決めていた。
だけど、実際にはゆっくりとテスの目が開くと、
「・・・いや、泣いてたからさ・・・。」
しどろもどろの言い訳をする。
「・・・馬鹿じゃないの?あたしが泣くわけないでしょ?」
そのまま泣きじゃくりながら、
声をあげて自分の胸に抱きついてきた彼女の頭をなでて、
「いや・・・そうだな。
今ちょうどそんな夢見てたからさ・・・。」
タイミルはやっと抜け出せた森からはずれた、
広い空を見上げながらつぶやいた。
aries-結接蘭・破接蘭-
PR
Comments