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遊星。.:*・゜さんComments
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昨日の日記に続けます。。。
佐野本署からかけつけた3人の隊員の対応に少し安心感を覚えた。
こちらの希望する病院順に、その他の病院に、いくつも連絡をとってくれた。
しかしこの日は、隊員が「今日は救急が多いんですよ」と言っていた程で
中々受け入れてくれる所が見付からない。
「寒いから家の中に居て大丈夫ですよ。その都度報告に来ますから」
温かい気遣いに、仕事としてだけでなく人としての心を感じる。
結局、隣市「足利日赤病院」に行った。
診察をした I 医師により、画像を見ながらの説明…
骨も異常ないので大丈夫ですね、打撲です。」
この言葉に「良かった」と家族全員が安堵した。
「再診の予約を入れておきますね。それまでには良くなってると思うけど」
この日は12日、再診は15日の2時。
お弁当を買って帰宅し、皆で食べながら
「本当に良かったね」と
病院に行く前よりは明るい表情で話した。
しかし母の容態は悪くなっていく。
14日、家族に…再診に行かずに、いつもの病院に行った方が良いのでは?
予約なしで待たされても、そちらにかかったほうが良いのではないか。。。
そう話したが聞き入れられず、取り敢えず日赤の再診に行こうと。
病院に義理立てする時代ではなかろうと思ったが、
違う意図かも知れないし
我が家の家風は、こんな時でさえも男性陣には逆らえない。。。
15日再診2時の予約、
病院で数時間待ちは普通のことだが、母はより辛かったことだろう。
診察室に呼ばれたのは5時
I 医師に悪くなっていると伝えたが
「此方でできるのは、あとはコルセットをするくらいですね~」と言って
コレをつけさせた。
心の中で、やっぱアッチの病院に行けば良かった。。。と。
納得できないまま帰宅した。
どんどん どんどん悪くなっていく。
痛み止めの座薬など効きやしない。
起き上がるのも寝るのも自分ではできない…
一人が両脇、もう一人は足を持ち
痛み苦しむ表情に何とも言えない気持ちを堪え
ベッドから起こし
シルバーカーに捕まらせ支えながら
ほんの少しずつ進みトイレへ行くが
もはや自力でできるのは排泄のみ。
私は自分の足が悲鳴をあげているのを感じたが
そんなのは二の次、
この時一番大事なのは母である。
17日の朝、お粥さえも食べられず
とうとう母は「私を助けて」と…限界である。
119へ電話、少し話すと「あっ12日に…方ですね」と言ってくれたので話が早かった。
「前回の日赤で大丈夫と言われ
15日再診にも行ったが出来ることはコルセットだけと。
でも悪くなる一方でもう限界で堪え切れない様子…」と話す。
「西分署から向かいましたから、もう少しお待ちくださいね」
比較的交通量の少ない方面から来るので、到着も早いと思いながら待った。
そして最悪な救急隊員が来た… 続く…
皆さん、温かいコメント本当にありがとうございます。
ですが今日、母は肺炎をおこしました。
なのでもしかしたら。。。
風に舞う花びらのように☆.。.:*・ 2014年04月07日 コメント(16)
日赤から、市内病院へ。。。 2014年04月05日 コメント(5)
「救急隊員とは。。。?」 2014年04月03日 コメント(4)