雪の帰り道




 何もこんなに積もらなくてもいいのに。
 雪が降る中、私は傘を差して自転車を押しながら家に向かって歩いた。

 朝、学校に来た時は全然雪も降ってなかったから、いつものように私は自転車に乗って学校に来た。昼頃に雪が降り出したけれど、それもすぐにやむだろうと思って、あまり気にしていなかった。
 しかし、4講目の統計学入門と5講目の西洋文学論が終わって外に出てみると、そこには一面の銀世界が広がっていた。

 長年この土地に住み慣れた私に、これほどの衝撃を与えるとは。さすが北国の冬。侮れない・・。

 雪は、かるく10センチ以上積もっていた。無理に自転車に乗れないことも無いだろうし、実際自転車に乗って帰っている人も居るが、私は自転車を押して帰ることにした。
 今も雪が降っているから、きっと自転車に乗ったら寒い。ばしばしと顔面に雪がぶつかってきて、鼻水まで凍るかもしれない。
 だったら、傘を差して歩いた方が楽だろうし、何よりそっちの方が女の子らしい。私はそう判断した。

 そう、私は女の子らしくするのだ。
 小、中、高校と、バスケ部のキャプテンをしていて男勝りだった私には、浮いた話がまったくなかった。大学に入ったら女の子らしく変身して、ステキな恋愛をしよう。そう私は決意した。

 しかし、ゆっくりと自転車を押していると、タイヤに雪が絡まって重い。ある程度スピードを出せば雪も勢いで飛んでいったり摩擦で溶けたりして絡まってこないのだけど・・。
 私は大変な思いで自転車を押しながら、自転車に乗ってしまおうかと何度も考えた。けれどその度に、女の子らしくしなきゃという思いが働いて、私は自転車に乗ることを諦めた。


 私がそんなことをもやもやと考えながら自転車を押していると、交差点に差し掛かったところで自転車に乗って私を追い抜いた男の子が、激しくスリップした。
 あー、こんな雪の中で自転車に乗るから・・。そう思いながらその男の子を良く見て、私の心臓は急に高鳴った。

 「高梨くん、大丈夫?」
 私は急いで駆け寄り、声をかけた。その男の子は同級生だった。
 「・・痛てて、転んじゃったよー。」
 「こんな雪の中自転車乗るから」
 私はそう言って手を貸そうと思ったが、自転車と傘で両手がふさがっていて手を差し伸べることができなかった。
 「ああ、なんかみんな乗ってるから、乗れるのかと思ってさ・・。いや、でもやっぱ雪ってすべるんだなー。初めてだよ。雪で転ぶのって。」
 高梨くんはそう言いながら起き上がり、服についた雪を払っている。
 「高梨くん、沖縄だもんね。あんまり無理して自転車乗らないほうが良いと思う。」
 「うん、そーする。押して帰る。」
 高梨くんと私は、自転車を押しながら並んで歩いた。彼とは、帰る方向が一緒だったので、話をしながら帰ることになった。

 高梨くんと、並んで歩いている。
 それだけで私の胸は、驚くほど高鳴っていた。私は、彼のことが好きなのだ。
 もちろん、私の片思いだ。
 彼は私のことをなんとも思ってないだろうし、私の気持ちに気づいてもいない。
 というよりは、彼が私の気持ちに気づくほど、私たちは親しくは無いのだ。

 クラスメイトの彼のことを好きになったのは、夏休みの終わりごろだったと思う。それから数ヶ月、私がしたことは、彼のことを目で追うくらいだった。

 私は大学に入って、長年続けていたバスケをやめて、ボランティアサークルを選んだ。髪も伸ばし始めた。行動も出来るだけおとなしくしようと心がけた。
 そう思っておとなしい女の子らしく振舞っている私に、好きな人が出来た。けれど、今まで恋愛をしたことが無かった私はどうしていいのかわからなかった。“おとなしくて物静かな女の子”である私は、彼と話をする機会を作ることは出来なかった。


 雪のおかげで、彼と話をする機会が巡ってきた。
 その帰り道の数十分間、私たちは学校のつまらない授業の愚痴、普段見てるテレビの話、好きな映画の話をした。会話が弾んで楽しかった。
 私も、高梨くんも、よく笑った。私はほんとに幸せな時間を過ごした。

 「私あの映画見たいんだよね。原作読んで感動して。」
 「あ、マジで?俺もあれ見に行きたいと思ってたんだよね。」
 「すごいお勧めだよ。映画がどうかわからないけど、原作読んだ限りでは、きっと泣くと思う。」
 「じゃあ、今度一緒に見に行こうか?」
 え・・今なんて?
 「・・うん、行きたい。」
 「よし、じゃあ今度行こう。」
 信じられない。こんなことがあるだろうか。
 もうすぐ彼の家の方との分かれ道に差し掛かる。この幸せな時間も終わってしまうという時に、彼が、私のことを映画に誘った。
 「そういえば、連絡先知らないや。メール教えて。」
 そう言って彼は携帯電話を取り出した。私は、かじかんで上手く動かない手で、彼の携帯にメールアドレスを打ち込んだ。
 「メール届いた?それ、俺のアドレスね。」
 「うん、ありがとう。」
 「じゃあ、映画のことはまたメールする。」
 「わかった。待ってるね。」
 そう言って、私たちはそれぞれの家の方角へと歩き出した。
 自転車が重たいことも、雪が冷たい事も、忘れてしまうくらいに私は舞い上がっていた。

 好きな人と話して、メール交換して、映画見に行く約束して・・。
 雪が積もって良い事尽くめじゃないか。
 いやあ、冬が来るのと一緒に、私の心には春が来ちゃうのかも。
 それにしても自分、大学生にもなって思春期みたいな恋愛してるよなあ。もっと余裕のある大人の恋愛できたらいいのになあ。
 ・・・・心臓のドキドキが止まらないなぁ。

 そんなことを思いながら、私は雪の帰り道をニヤニヤしながら歩いた。


おわり


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