もう一生ベトナムでいいよ。。。

もう一生ベトナムでいいよ。。。

PR

×

Calendar

Profile

そーでした

そーでした

Favorite Blog

diary Patriniaさん

Free Space

○訪問者様数BEST10
1.2026年05月04日 4224名様
2.2023年12月05日 3963名様
3.2023年11月19日 3858名様
4.2023年11月30日 3769名様
5.2024年06月18日 3221名様
6.2025年08月02日 3172名様
7.2024年06月17日 2065名様
8.2023年08月20日 1380名様
9.2020年03月05日 1273名様
10.2017年06月18日 1256名様
2026年01月23日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
先日、BSでやっていた
映画『ボディガード』を観たのが
きっかけで、改めて
ホイットニー・ヒューストンの
足跡を辿ってみた。

ある程度前に亡くなってしまって
いるよなぁと調べたら2012年、
もうすぐ14回目の命日が来る。
思ったよりも前だった。


すんごい売れたはずだとWikiを
調べてみてちょっと驚いたのだが、
実質恐ろしいほど売れてたのは
1990年代半ばから2000年代半ばの
10年ちょっと。

最後のBillboardのNo.1ヒットは、
95年の“Exhale (Shoop Shoop)”、
最後のトップ10ヒットは、
2001年に9.11でリバイバルヒットした
"The Star Spangled Banner"を除けば
99年の"My Love Is Your Love"。

同じく“The Star...”を除けばやはり99年。
新世紀になってからはヒットが出てない。
とても意外な感じがした。

つまり、1999年を最後の輝きとして
その後21世紀に入ってからはすっかり

そのまだ輝いていた後半の方もヒットするのは
映画のサントラの曲や、誰かとのデュエットが
多く、どうもキャリア前半の圧倒的な歌唱力での
ヒット曲とは違っていたようだ。

思えば、3枚目の1990年発表のアルバム
“I'm Your Baby Tonight”(1位を獲得してない)で
「よりしっかりしたダンス・レコード」へと
移行させていったところからだんだんと
陰りの芽が出ていった気がする。
が、彼女としては“これが私(のやりたい音楽)”
だったのだろう。

その結果として売れなくなっていったのだとしたら
それはそれで仕方ないのだろうが、
彼女の死にはやはりその売れなかったこと、
一度あれだけの地位に上り詰めたところから
これだけ売れないのだから、
影響がなかったわけはないだろう。

彼女の(ボビー・ブラウンとの)唯一の子供も
2015年に彼女と同じような死因で亡くなっているし、
なんとも不幸な感じがする。

同じ頃に同じように売れて、一時スランプを
経験しながらもそこから復活して今も一線で
活躍している、例の曲なんかは
毎年クリスマスシーズンには定位置のNo.1を取り、
この先あと何年この記録が続くんだろう?と
楽しませてくれているマライア・キャリーとは、
どこでどう、これだけの運命の差が
ついてしまったのだろう?と思わずにはいられない。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2026年01月25日 19時27分35秒
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: