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カレー臭を気にしてる人を気にしてるんだろうw カレー臭を気にしてる若い衆はケツの穴にもフレグランスってかww大笑いですw 自分の臭いなんか気にしてどーすんのよ。毎日風呂入ってりゃそれでいいだろ。 お互い気にしちゃう臭いってのは確かにあるけど、カレー臭は悪い、若い奴の足の臭いは悪くないみたいなそんな分け方はやめるベキwとくにカレー臭を撒き散らしてるオッサン連中に言える事だけどな。「カレー臭くらい吸えよw」と言い切るベキである。 だいたい臭いなんてーのはそんなに大雑把に分けられない。大概好き嫌いで「いいかおり」と「臭い」が区別されているんだよ。 怒られるのを覚悟で言えば博多トンコツの臭いとウンコの臭いは紙一重なんだよ。にんにく食った次の日のウンコとガーリックソースハンバーグのいい香りはほぼ同じなんだよ。 信じられない人は今度よく嗅いでみるといい。 カレー臭がクサイクサイと騒いでいるのは他ならぬカレー臭を撒き散らしてる本人、オッサン世代の奴。そいつらがカレー臭防止の石鹸とかいろんなモノを売っているワケです。 それがまた売れてしまうんだから、笑っちゃいますなw こんな日記を書いたのはPR欄に「加齢臭ケア石鹸」の広告が貼ってあったから。 誰が買うか アホw
2009年05月05日
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今生きている。今私たちは生きている。でも、いつか死ぬ。どうしようもなく、いつか死ぬ。お墓の後ろに名前を刻まれる以外に後世に己の存在を表現するものは無い。100年後に自分の存在を知る人がどのくらいいるだろうか?自分は自分の祖先を知っているのだろうか?自分がその祖先と同じに忘れ去られてしまう存在なのではないかという不安に苛まれる事は無いのだろうか。生まれてから死ぬまで自分は自分であるが自分が無くなる日がいつか来るのである。人生何十年かは人それぞれだろうが今、現在から過去を思えばそれは一瞬の出来事なのではないだろうかそして、死ぬ直前までそれは続くものであり死ぬときは生まれた時から今までは一瞬の出来事としてそこで認識されてしまうのである。怖い怖いが、仕方ない人生とはそういうモノだからだ。織田信長やカエサルが名を残したとしてそれを本人たちが実質的に認知できるなんて夢物語だ。彼らは後世の事など知らない。人生が終わったならば、何もかもがそこで終了なのである。それは有名人でも、大金持ちでも、貧乏人でも全く同じだ。私を構成する全てが死によって無に帰す。誰にも逃れられない現実である。いつか死ぬ。どうしようもなく死ぬ。死んだらおしまい。あなたも私も無くなる。赤ん坊は青年になり、青年はオッサンになり、オッサンはジジイになり死んで焼かれる。いままで自分という意識をしていた全ては無になる。真剣に考えた事はありますか?寝て、起きてを繰り返していつのまにか歳をとって死にます。あなたも私も誰も死にます。千年後には跡形も無いでしょう。一万年後には?真剣に考えた事はありますか?自分は死ぬという事をそして、はるか未来は自分とは全く関係がない世界だという事を
2009年05月04日
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友達の嫁が鬱病です。某有名大学病院でお墨付きを戴いたらしいです。 でもそんなの関係ねー 俺は接し方を他者と区別したりはしませんw たまにギャーギャー喚きますね。面倒くさいんでひっぱたきます。最初は物凄い顔するんですよ。見た事も無い生物を見たような顔されますw友達も喚きました。「オイ!なにしてんだよ!」ってね。 でも今では別にそんな事無かったかの如く自然に接してますよ。 まぁこんな事例がどこの誰にも有効なんて事いう気はさらさらありませんが腫れ物に触るような感じで接していたらどんな人間でも嫌になりゃしませんかぃ?鬱の人は自分が泣こうが喚こうが鬱なんだからコッチが何をどうにかしようと思ったところで意味なんか無いですよ。結果、悪い事が起きたとしても、それは単なる一事象として消化すべきです。それには意味も何もなくて、ただそうなってしまったってだけの事です。何も悩むことないですよw 死にたい人が死ぬ。結構な事じゃないですか。生きたい人が生きる。結構な事じゃないですか。 実際何しようが死ぬ人は死ぬし、生きる人は生きるんですよ。 それは仕方の無いことなんです。 思議したところでどうしようもない事なのです。(不思議) 鬱は甘えという意見とは根本的に異なります。鬱は鬱でどうしようも無いんです。こちらが出来る事は他者と区別せずに接するしかないんです。 それが良かったのかなんなのか彼の嫁は俺に何故かなついてます。 ですから俺は彼と彼の嫁が休日に家に遊びに来てもなんとも思いませんw
2009年05月03日
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yes! 俺はバカである。その証拠に、音楽ではロックが大好きだ。ロック好きはバカなのかって?カチーンときましたか?いやいや、そりゃーバカでしょう(音楽的に) バンドなんて2人いれば出来るし、なにより楽曲的に単純だし、いわゆる頭のいい雰囲気とは対極の位置にあるでしょ? それでもバカ呼ばわりはゆるさん!っていうのはただのワガママです(笑) 格好いい事は格好悪いですか?マジメに頑張る事はバカにする対象?明け透けに頑張ってる姿勢をそのまま評価するのは恥ずかしい?とにかく一ひねりして、ぼやかして評価されたりしたりしたい?そんな葛藤の受け皿がロックなんですよw だから俺はロックが大好きなんですぅ バカな事を言っているようで実は違うという事をバカにも間接的に悟らせるそういうテクニックが詰まったロック的歌詞を単純でキャッチーなコード進行とビートに乗せて歌いまくる!そんなロックが大好きです。 稀に頭のいい人がロックを解釈するとき、実に大げさで身勝手な事を言ったりしますが そんな事もロック的に大好きです!!!! 実はバカに見えたロック歌手が超インテリだったりすると無条件にイイと思ってしまいます。 ロックは死んだ!とロックを歌い、ロック的商業でロックマネーをガッポリなロッカーは尊敬に値します。どんどん俺からお金を巻き上げてくださいw 先日、俺の家にあるロックCDは2000枚を超えました。ブルース系もロックCDに含んで計算していますw ジャニタレに熱狂しているババァを笑えないどころか軽蔑さえされそうなんですけどw ロックの基本は「抗」という俺なりの定義がありましてその対象はまぁなんでもいいんですけど「抗」とそれに反する(例えば単純に持つ者に抗う者が持たざる者を認めるという)「認」に呼応する立場を明確にしてくれていないと嫌だったりするワケですよ。 そういう単純明快な立場表明というのが俺なりのロック感という奴でして、それすら曖昧にしてどっち付かずの思想ボヤカシ歌唱は俺の中ではロックではないわけです。 「ええーじゃぁメジャーレーベルのロッカーは皆却下じゃん!」 そんな意見もあるでしょうが、実はそうでもないんですよ。こちらがそのロッカーの苦悩を汲み取ってあげるスキルさえあればいんです。 過去の例を出して見ますと、ジャニタレでバンド組んでた「男闘呼組」というバンドがいました。彼らは実は真っ当にそして真剣にロックバンドをやっていましたがジャニタレというクソでかい枠を超えられず、失敗しました。彼らの主張はゲストで呼ばれた番組でのトーク間に限定され楽曲、歌詞内容ではそのロック魂をTVで発散する事ができませんでした。今でも当時を知る日本のロック史マニアの間では「男闘呼組」はけっこう可哀相だったねぇと言われています。彼らの受け皿は本当に日本のロックを全て知ろうというロック知識層以外にはジャニヲタしかいなかったからです。ジャニヲタは彼らをロッカーと定義していましたが、一般ロック好きにはただの面倒くさいアイドルとして無視され、洋楽好きには空気以下の存在とみなされかなり辛い活動を強いられていました。彼らは後にTOKIOの祖先として一部知識層から再認識されますが、当時の燃えるような本人たちのみの圧倒的情熱はもはや過去にロストされて未来永劫封印されてしまいました。 まったく残念な事象でした。受けて側が彼らのロック魂を間接的に理解できるスキルさえあれば。それにも増してジャニーズのバンドというレッテルをロック好き自身が貼り付けてしまって、いわば自身忌み嫌う体制側の手法を無意識の内にやってしまっていた事にすら気が付かないという絶望的馬鹿さ加減w そして、そんな事はスッカリ忘れてしまっているという現実。 まさしくバカと云わずして何と云ったらいいのでせうか。 こんな事例は腐るほどあります。 ロックをスキな人は大勢いるでしょう。では、あなたのロック定義は?何を以ってその楽曲をロックといいますか?
2009年05月03日
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