黒神さまは文化財(腹五社神社・埋没鳥居)

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2008.12.15
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カテゴリ: 黒神さま・閃き

研究者の解読のまま
の説明文である。
テゲテゲであるが
解析は今後である。
士農工商の世の中、苗字帯刀を
紀伊の殿様から許されるとは
奇妙である。
益々、不可思議な瀬戸である。

商人や漁民が沢山いたと言う大正溶岩以前
4百戸以上の戸数の村だったとそうだ。

記事 誤り訂正である。
12月19日
テゲテゲの早とちりである。
電子図書館が教えてくれたのである。
薩摩の瀬戸ではないのである。
削除するべしである。


伊能忠敬測量日記・瀬戸、鉛山両村日記
(前文略)
文化2(西暦1805)年7月23日、

波が静かになっていました。
朝、6つ後(午前6時)、富田組の中村を出立(発)しました。
先手は、平山、小坂、永沢、利助たちで、鉛山村字梶原より
始めて鉛山村まで測りました。
明日測量する予定の新庄村 までは距離も大分あるので、瀬戸村の内、

後手は、我ら(伊能)、高橋、稲生、門谷、伊兵衛たちで、才野村より
始めて梶原まで測りました。
乗った船は鉛山村へ着きました。
後手は9つ(正午)ごろ着きました。
先手は、宿を通り越し、その先まで測ってきたので、7つ(午後4時)前に
宿に帰ってきました。
泊った宿は、鉛山村の本陣森三太夫方です。
この人は、紀州の殿様より刀を差すこと許されている人です。
隊員の市野の宿は三木善右衛門方でした。
この人も紀州の殿様から刀を差すことを許されている人です。
この夜は非常に曇っていたので天測は行いませんでした。
この村は温泉がありました。

(7月23日分の現代語訳 伊能忠敬記念館学芸員 米谷 博氏)

7月24日、
朝から少し晴れたり大そう曇ったりしていました。
6つ(午前6時)ごろ鉛山村を出立(発)しました。
先手、後手とも舟に乗りました。
先手は、平山、小坂、永沢、利助たちで、堅田村堂石(どういわ)
(現畑崎の観音堂のあるところ)から始めて、富田組と田辺組の境界
(池田湾)まで測りました。
後手は、我ら(伊能)、高橋、稲生、門谷、伊兵衛たちで、
瀬戸村の崎の浜より始めて、堅田村の堂石まで測りました。
先手、後手とも、9つ半(午後1時)ごろ田辺城下へ(後文略)

 地図に記載されている「メトシマ」について
 四双島(シソジマ)の沖に記載されている「メトシマ」とは、
四双島(シソジマ)の沖の「シャクシ」ではないかと云う。
 「シャクシ」は大潮の干潮時は岩礁の頂上部分が海面より
約2m位だと云う。
 上記「メトシマ」についての記載 2005-02-24





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Last updated  2008.12.20 00:51:33 コメントを書く


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